ヒゲ男の国(後編)
◇
「見るのじゃ、髭を売っておるぞい」
「えっ……!? うわ、ほんとだ」
僕は驚いた。
だって街角の露店で「付け髭」を売っているんだから。
流石は砂漠の国。他で売っているところなんて見たことが無い。
売っているということはそれなりに需要があるんだろう。
例えば……僕みたいな旅人に。
離れてお店の様子を眺めていると、天幕を張った露店では色々な形の「付け髭」を並べて売っている。
店の前には中年男性が一人いる。外国から来た旅人だろうか? 金髪の恰幅のいい男の人で、格好からして商人のようだ。
品物を見定めながら店主のお兄さんと丁々発止の価格交渉を始め、ようやく代金を支払った。やがて「長い付け髭」を受け取ると鼻の下に装着してもらっている。
「まいどー!」
威勢のいいお兄さんの声が響いた。
金髪の旅人さんは心なしかホッとした様子に見えた。きっとヒゲが無いことで、商売相手にバカにされたり苦労したりしたのだろう。
僕もこの国に来て最初の5分でヒゲが無いからと言う理由で「女の子」扱いされたし。
「売れてるみたいだね」
「まぁ、立派な男の象徴らしいからのぅ」
キュンが僕のシャツの裾を掴んでいる。雑踏で迷子にならないようにだけど、こういうところはちょっと可愛いなと思う。
「この国にいる間は、ヒゲが無いと不便かな……」
「かもしれんのぅ」
長居する気はないけれど、少なくとも一泊ぐらいはすることになる。
その間、いちいち女子だと思われていたら反論するのも嫌になるだろう。
意を決して露店に近づいてみる。
「いらっしゃい!」
若い店主さんが愛想よく出迎えてくれた。
頭に布をぐるぐると巻いた浅黒い肌のお兄さんも、やっぱり鼻の下に黒々としたヒゲをはやしている。
「あの……」
「おっと、みなまで言うな。わかってるよお嬢さん、彼氏に素敵なヒゲをプレゼント……だろ? いいとも! だったら、これなんてどうたい?」
指さしたのは『最新モデル』と説明入りの値札がついた「付け髭」だった。
値段は銀貨5枚。
「高い……!?」
「高くないよー! 人気の『ズラーズ』社製の最新モデルだもの。それによーくみてよ、これ。ツヤツヤの天然毛髪をベースに、先端を真紅の竜血で染めてあるんだ!」
「へ、へぇ……?」
「すごいのかのぅ?」
「安物は植物の繊維を染めるだけだけど、これは天然素材でこのお値段! それにこのヒゲのデザインにも注目さ。これは若さと強さ、そしてドラゴンの生命力とエネルギーを表現しているんだ! すごいだろう?」
さすがは商売人。ぐいぐいくる。僕もキュンも店主のお兄さんの巧みな紹介話術に翻弄されて、思わず聞き入ってしまう。
「確かにすごいかも……」
「ミヨは流されやすいのぅ」
「って、そうじゃなくて!」
「おや? 気に入らない? ならもう少し落ち着いたこっちのモデルはどうかな?」
「あの、僕は男です! ヒゲを買いに来たんです」
むっとした顔で言ってやる。
別の店を探してもいいけれど、近くにヒゲ売り屋さんは見当たらないから仕方ない。
「……あっ!? あぁああ!? そうかゴメンね! 旅の少年くん! 外国人だと年齢とか性別が分かりにくくて……ハハハ?」
そんなわけあるか! と心の中でツッこみを入れつつ、ぐっと我慢。
キュンは相変わらず「いつものことじゃなー」と横で笑っている。
でも店主さんはようやく、僕が欲しがっていることに気がついてくれたみたいだ。
「オーケー、オーケー! 外国人さんならヒゲが無いと苦労するよね。この国ではヒゲは男らしさの象徴! 信頼の証! 男ならヒゲ。でもね、付けヒゲの初心者なら、お値段と付け易さも重要だよ。それと、さりげない男としての主張も忘れちゃいけない。だから……これなんてどうかな?」
選んでくれたのは「チョビヒゲ」だった。鼻の下に黒い四角いヒゲを付ける感じの。
「……なんかカッコわるい気が」
「うん! 確かに学業優秀で学舎を卒業したばかりのお役人みたいだものね! なら……こっちはどう?」
なんだか調子のいいことを言っている気もするけれど、端っこの方から別のヒゲを持ち上げて見せてくれた。
両端が少し尖っていて、細長くて幅広い。
「あー、なるほど?」
だんだんと、ヒゲにも色々なデザインや意味があるんだなぁとわかってくる。
「おやぁ? 違いがわかってきたみたいだね。筋がいいねぇお客さん」
「そうかな……」
「そうともさ。だってほら、さっきのとはぜんぜん違うだろう? 尖っているヒゲの先端は『剣先』と呼ばれていて、強さの象徴さ。ヒゲは幅広いほど権威を表現するけれど、若いうちは逆にこれぐらいの幅が謙虚で好感を持たれるよ」
「好感……」
大きければ良いって訳じゃないんだね。ヒゲの形や大きさにもちゃんと理由がある。相手はそこを見て判断するわけか。ふむふむ。
店主さんの説明を聞いているうちに、僕も「付け髭」の目利きができるようになってきた気がする。
「それにね、ヒゲの高さも重要さ。上下に厚みがあると『安心感、安定感』を相手に与え、逆に薄いと『行動力、決断力』に秀でていると思われる!」
「そうなんだぁ?」
「ミヨよ、そろそろ決めたらどうじゃ?」
キュンは飽きてきたのかあくびをしている。
「若い人に人気のこのモデルなんてどう?」
「あ、いいですね。先の尖った感じが……。幅もほどほどですし」
「わかってるねぇ……!? 通だと思われちゃうよ? 君によく似合うと思うし」
「そうですか? へへ……」
で、お幾らなんだろう?
「これは銀貨7枚だけど……お兄さん! さっき間違えちゃったから特別割引! 今日は銀貨5枚でいいよ!」
「安い! 買った」
「毎度ー!」
「いや最初のと変わらんじゃろ……」
キュンはそう言うけれど、納得して買うんだからいいの。
とてもお買い得で満足だし。
お兄さんは銀貨5枚を受け取ると、僕に付け髭の付け方を教えてくれた。
粘着質のゴムみたいなもので貼り付けるだけらしい。
「よい旅をー!」
店のお兄さんは僕に愛想よく手を振ってくれた。
ヒゲの生えた僕、街をゆく。
「で、どうじゃな? つけ心地は」
横から僕の顔を見上げながら、キュンがニヤニヤしている。
「んー? なんていうか、大人? 一気に大人になった気分だよ」
ヒゲの先端を「くいっ」とつまんで見せる。道をゆく人たちも僕を見て微笑んでいる。
おかげでその後は街の散策も順調だった。
変な客引きはやってこないし、食べ物も飲み物も美味しいし店員さんも愛想が良い。
少し散財しちゃったけれど、「付け髭」で快適な旅、広がる新しい世界……!
適当な宿を見つけてフロントで部屋を頼んでみる。
「お兄さん、お二人で?」
「えぇお二人で」
どうよ……! 男として認められたこの感じ。いいね。
キュンと二人で部屋に入り、ようやくひと心地つく。
「あー疲れたのぅ」
「やっと休めるー」
ベッドが2つに極小のシャワーとトイレがある。ちゃんとした部屋だ。二階の部屋なので、窓からはヤシの木の街路樹と、乾いた砂色の街が見える。
「交代でシャワー浴びようか」
「ところで付け髭、いつまで付けとく気じゃ……」
「あ、忘れてた」
ビリッと外してベット脇に置いた時だった。
一枚の紙が床に落ちていた。何かの資料かポスターみたいなものだ。
『ヒゲ産業を育てよう! 付け髭こそ我が文化! 髭を育て、積極的に売り込もう!』
なんだかスローガンめいたものが書かれていた。
「ヒゲ産業……」
「あー、この砂漠のオアシス都市は、取り立てて産業も名物も無いからのぅ。水の売買だけでは立ち行かないと、伝統文化で一儲けしようと躍起になっておるらしいのじゃ」
物知りのキュンがサンダルを脱いで、ワンピースみたいな服をまくりあげた。白いお腹とカボチャみたいなパンツ姿を恥ずかしげもなく晒す。
「そうなんだ……へぇ」
僕は外した「付け髭」に視線を落とした。
銀貨5枚がひどく無駄に思えてきた。
「ま、お買い得だったんじゃろ? 良いではないか」
キュンは服を脱ぎ捨てると、僕の横を通り過ぎてすたすたとシャワー室へと歩いていった。
「そうだよ……ね」
無駄なものなんて無い。
無駄なものなんて……。
無いはずだ。
ヒゲはこの国では大事なものなんだ。
でも、一日しか居ないわけで。
この後は絶対使わないよね。
「……」
でも、これはお買い得だったよね?
最新モデルだしさ。
だって髭にも詳しくなったんだし。
僕は髭を鼻の下にもう一度付け直して、自分に言い聞かせた。
旅の醍醐味。
それは地元のお土産や「へんなお文物」を買ってしまうことなのだから。
<つづく>