螺旋の運命と、流星の旅人
日が暮れると、メビウスディスティニア卿は僕たちのために宴を催してくれた。
「さぁ遠慮無く召し上がってください」
門番だったマリルさんが、可愛いメイド服に着替えていた。
「こんなに沢山、いいんですか!?」
「ミヨ、今のうちに栄養補給じゃ! 一週間分を詰め込むのじゃ」
「無茶言わないでよ……」
「で、ではいただくでござる」
今までとは比べられないくらい豪華な夕飯だ。
夢にまで見た大好きなハンバーグや揚げ物、甘いケーキまである。
「いただきます!」
「美味いのぅ」
美味い、涙が出るほどに。
「どうだい? 十分に堪能してもらえると嬉しいなぁ。この街は交易で栄えているからね。様々な地域の、豊かな食材を活かした料理だよ」
メビウスディスティニア卿が言うとおり、交易の拠点として栄えているのがわかる。王様の住む都として賑やかで、魅力溢れる街だ。
「おいひいです」
「うむうむ、馳走になるのぅ」
「拙者……ここで暮らすでござる」
フェルトさんがさらっと言い切ったけれど、気持ちはわかる。それに、旅は自由だ。目的も終着点も違うのだから、止める理由もない。
「ところでミヨくんは、絵が好きだとか?」
「えっ? まぁ……はい。誰にそれを?」
「荷物にスケッチブックを挟んでいたからわかるさ。あれは絵描きが使うものだろう?」
部屋の隅に置いてあったリュックに視線を向けて、メビウスディスティニア卿が微笑んだ。
「えぇまぁ」
最近は絵は描かず、もっぱらヒッチハイクの行き先を書くばかりだけど。
そういえば、いつから描いていないんだっけ。昔……学校で僕は絵を描いていたんだ。美術部……? だったかな。
「実は、知り合いの宮廷画家が助手を探していてね。助手と言っても、絵師としての才能を持っていることが条件なんだ」
「……えっ?」
「ゆくゆくは弟子として育てて、戦力になる事を期待してね」
「画家……宮廷画家? なんだか凄い……」
「だろう? 条件もいいんだ。城の隅にあるアトリエの住み込みさ。三食にお夜食つき。お給金も少ないけれど出すらしいんだ。けれど、なかなかいい人材が見つからなくてねぇ」
メビウスディスティニア卿はワイングラスを傾けながら、凄く美味しい話を持ちかけてきた。
心が揺らぐ。今まで旅をしてきて、ゴールも見えてきた。
謎の『最果ての塔』にいけば旅は終わる。元の世界に戻れるとか、期待していないわけではないけれど、もし……そうならなかったら?
やがて行き倒れて、どうしようもなくなる。行き詰まる時が来るかも知れない。
それならいっそ、ここで、豊かなこの街で暮らすというのも……。
「で、でも……。宮廷画家さんって、なんだか気難しいとか、そんなイメージが」
適当に相槌を打ちながら曖昧にごまかす。
「そんなことはないと思うよ。まぁ世間一般では変わり者……かもしれないけれど、ボクほどじゃないな」
あはは、と笑うメビウスディスティニア卿。
「……どんな方なんですか?」
「ボクと同じぐらいの年の女性でね。美人だけど独身で……おや、興味がおありかな?」
「あっ!? えっ、いやその、まぁ……無いわけではないというか……」
無いといったら嘘になる。美味しい条件に、楽しそうなお仕事。
それなら僕にだってできるかも。
世界のぶらり旅を終えても、元の世界に戻れるわけじゃない。戻ったところで世界は粉々なのだ。最後は結局、ここで根を下ろして暮らすしかないかもしれない。
だったら荷物運びの日雇いバイトよりは、ゆくゆくは宮廷絵師……なんて、夢みたいな話も悪くない。
おまけに美人の宮廷絵師さんなだなんて……。ってまぁそれは関係ないけれど。うん。
ちょっとだけ薔薇色の未来が見えてくる。
「なんなら明日にでも、紹介してあげようか?」
「いっ、いやその……えぇと」
となりに視線を向けると、キュンは夢中で肉にかぶりついている。フェルトさんはマリルさんと楽しげに話していてこちらの話に気がついていない。
「無理にとは言わないよ」
メビウスディスティニア卿の思惑はなんだろう?
僕たちをここに留めておきたい?
僕たちを『最果ての塔』に行かせたくない?
だったら「行く方法を手配する」なんて言わないはず。
塔は「何も無い祈りの場」とも言っていた。つまり塔はどうでもよくて、引き止めるとこの街にとって利益になる……とか。
あるいは、そのどちらでもないのかもしれない。
柔和な表情のまま、僕の答えを待っている。
きっと僕がどちらを選ぶか、試しているんだ。
「でも、明日には旅立ちたいと思っているんです」
最初の気持ちに立ち返って答えた。
「……そうだったね。うん、まぁこの話は急ぎではないんだ。旅から戻ってきてから決めても、遅くはないさ。……その時はもう、決心しているだろうからね」
メビウスディスティニア卿は美味しそうにワインを飲み干した。
僕が塔から戻ってくると思っているんだ。
本当に塔には何もないのだろうか。
ガッカリするだけの、観光地のような……。果てしなく高い塔なのだろうか。
今度はキュンに視線を向けて話しかけた。
「ところでお嬢さん」
「なんじゃ」
聞こえていたみたいだ。きっと僕の話も聞こえないふりをしていただけに違いない。
「役人をやっている友人に、訊いてみたのだけれど。どうやらこの街に『羽なし妖精族』の生き残りがいるみたいなんだ」
「なん……じゃと?」
キュンは顔色を変えた。いつもすまし顔で余裕を見せていたのに、今ははっとして拳を握りしめている。
「この街は大きくて、人口も多い。流入する人間のほうが多くて、日々膨れ上がっている。ちくいち住民台帳は更新されているんだが……。入って出ていった記録がない者は、まだ街に留まっているというわけさ」
「それが……ワシの仲間だと何故言えるのじゃ?」
「最低限の記録、名前と性別、種族の記録はとってあるのさ。門を通るときにね」
なるほど。確かに門で簡単な質問に答えた気がする。
「……だとしても、もう……ワシには関係ない。この街で暮らしているのじゃろう? 幸せならよい」
「この街で探す手配をしてあげてもいいんだけど?」
「良いと言っておろうが……」
「出過ぎた真似だったかな」
メビウスディスティニア卿は眉を持ち上げて、話を切り上げた。
ところで、と僕とキュンに真顔を向ける。
「もしかしてキュンさん。君は、あの伝承を信じているのかい」
「あのとはなんじゃ?」
「『最果ての塔』にまつわる、言い伝えさ」
「……そうじゃな」
キュンは肯定した。いったい何の話なんだろう?
「それで合点がいったよ。ボクは世界を『螺旋で束ねる』ことが正しくて必要で、皆が幸せになれる選択だと思っている。だからこの街は常に螺旋の渦の中心で、人を、物を、お金を、全部あつめている。だから幸せになれるんだ」
「……そうかの。『旅人はただ真っ直ぐ進むのみ、螺旋のまどろみと永遠に別れを告げ、運命を切り開き、願いを叶える』ワシは、そのほうに賭けているのじゃ」
「まってよキュン、それ……どういう? 伝承ってなに?」
「……今聞いたとおりじゃ。目の前のメビウスディスティニア卿は『螺旋の運命』論者なのじゃ。人の運命はくるくると流転し、同じ場所にとどまり、同じ日々を繰り返すことで幸せになる。……とな。それも真理であり間違いではなかろう」
「螺旋の運命……」
僕たちをここに留めて置きたい理由。それはメビウスディスティニア卿の信じる何か、信念というか、そういったものなのだろう。
だから自分自身の信じるものに、僕たちが従うかを試している。
「対して『旅人とは流星のごとし』何にも囚われず、進み、やがて消える。しかしの、胸に秘めた想いを手にすることが出来るとされている」
「胸に秘めた……想い?」
「ワシは、皆にもう一度逢いたいと願っておる。いまは亡き村の友や……愛するものに。ミヨ、おぬしとて同じであろう? 元の世界に戻りたい、逢いたい。そう願っているからこそ、螺旋の運命には囚われぬ」
キュンは僕を真っ直ぐな瞳で見つめた。
そうだ、そうなんだ。
僕は――
「うん。僕の願いは……元の世界に戻ること。世界が元に戻ればいいと思ってる。馬鹿げた夢かもしれないけれど、みんな元に……大事な……あの時に」
「……わかった。『星降る夜の旅人』よ。ボクの負けだ。君たちは君たちの信じる道をゆくといい。明日、からなず塔に送り届けるよ」
「メビウスディスティニア卿……」
「感謝するぞい」
◇
<つづく>




