行け、ここは拙者が引き受ける……!
翌朝、僕たちは街の大魔法使い、メビウスディスティニア卿に会いにいくことにした。
王宮の横にあるお屋敷にいると教えてもらったけれど、エディンの街はものすごく大きくて、徒歩で移動するには広すぎる。
乗り合い馬車も巡回しているけれどお金が必要だ。
三人でご飯を食べるだけで計算しても、あと2日ぐらいしか生活費がない。
キュンのやつは僕の荷物を売ればよかろうと気楽に言ってくれるけれど、そうはいかない。着替えに懐中電灯、テッシュに歯磨きなどの日用品まで、どれをとっても大切な「元の世界」の思い出なのだから。
「まさか街の中でヒッチハイクとはのう」
「歩いて行くよりは楽だという算段でござるね」
「うん、このほうが確実かなと思ってね」
僕たちは今、街の中でヒッチハイクを敢行中だ。
――王宮方面へ連れて行ってください。
スケッチブックにペンで行き先を書き入れる。
街の主要な道路は行き交う馬車が多い。貴族やお金持ちが乗っていそうな高級な装飾の施された馬車に、荷物を満載した商人の馬車などだ。時々『馬の牽かない魔法の馬車』なんてのも走っている。
今までの経験を踏まえて、速度の出る直線的な大通りは避ける。商店や取引所のある裏手、すこし路地に入った場所に移動する。そして馬車が停まるあたりで目立つようにして待つ。
するとさっそく商人のおじさんが「酒を届けるんだが、一緒にどうだい?」と声をかけてきてくれた。
どうやらお酒の入った瓶を、商店の店先で受け取って、馬車で運ぶところらしかった。きっと人手が足りないのだろう。
「手伝います! 荷降ろしも手伝いますから、宮殿まで乗せていってくれませんか?」
「そりゃぁ願ったり叶ったりだ。頼むよ」
「はいっ」
これで交渉成立。
僕とフェルトさんが重い瓶を何本もリレーしながら荷台に積み込むと、あっという間に作業終了。
それから馬車に揺られて街の中を進み、30分ほどで宮殿へと到着した。
「おおきい……!」
「まさに天を衝くような高さじゃの」
「近くで見ると豪華絢爛、凄いものでござる」
三人で王宮を見上げてひっくりかえりそうになる。
「ははは、君たちは外から来たばかりだろう? 驚くのも無理はないさ。常に手を入れて拡張工事を続けている、生きた城だからね」
「生きた城……」
城全体がキラキラしていて、造りも手が込んでいる。城を取り囲む庭は綺麗で、色とりどりの花が咲き誇っている。その周りでは大勢の人々が忙しそうに働いていた。
書類を抱えたお役人さん、衛兵さん。大工さんや何かの職人らしい格好をした人たちが行き交っている。時折、メイドさんっぽい女性たちが壺や食べ物を運んでゆく。
城全体が賑やかで活気に溢れている。生きた城、とは言い得て妙なのかもしれない。
「ここでは皆、何か仕事を見つけて暮らしていける。働くことでお金も得られて、楽しい暮らしができる。……君らも落ち着いたら仕事を探すといい」
「あ、はい……」
仕事をしたほうが良いとやんわりと言われてしまった。
確かに旅をつづけるにもお金がない。ならば働くのは至極当然の道理なのだけど。
とりあえず商人のおじさんとの約束通り、荷降ろしを手伝う。
城の衛兵さんがお城の裏手の勝手口(?)に案内してくれて、そこへ馬車を移動させて、大量の酒瓶を運び込む。
僕とフェルトさん、そして商人のおじさんと三人でリレー方式であっというまに運んでゆく。キュンは急に可愛らしい顔をしてちょこんと庭の隅で花を眺めている。
運び終わると、おじさんはとても喜んでくれた。
「いやぁ、ほんとに助かったよ! そうだ、これをもらってくれ」
「そんなお礼なんて……! 僕たちはここまで乗せてもらっただけで十分です」
「気にしなさんな。手違いで多く頼んだ分だから」
「そうですか、ありがとうございます!」
そう言うとお酒の瓶を二本くれた。僕もフェルトさんもお酒なんて飲めないけれど、何かの役に立つかもしれない。ありがたく受け取っておく。
商人のおじさんに何度もお礼を言って、馬車が見えなくなるまで見送った。
それから、近くにいた衛兵さんに声をかける。
「なんだい坊やたち」
僕とキュンの組み合わせは警戒されないらしい。迷子か何かと思われたのかもしれない。
ヒゲを蓄えた衛兵さんに「メビウスディスティニア卿のファンなんですけど、お屋敷は何処ですか?」と尋ねてみた。
「あぁ、それならここを右手に5分も歩けばお屋敷の入口が見えてくるよ。メビウスディスティニア卿は気さくな方でね。時間さえあれば誰とでも会ってくれると思うけど……気難しい門番、というか執事がいるからねぇ」
と、ヒゲの先を指でこよる。
「気難しい……?」
「卿に会えるも会えないも、その執事次第さ。気に入られると良いらしいけどね」
「……もしかしてお酒が好きだったりしますか?」
わらしべ長者みたいに、今もらったお酒が役に立つ……とか。
「いや、あまりお飲みにならないかな。昼間は仕事の邪魔になるからね」
「わかりました。ありがとうございます」
衛兵さんにお礼を言って、キュンとフェルトさんと言われた方へと進んでみる。
ほどなくして、大きなお屋敷が見えてきた。周囲を高い生け垣に囲まれた立派なお屋敷だ。
「あれかな」
「そうらしいのぅ」
「メビウスディスティニア卿のお屋敷でござるか」
正面の鉄格子のような門は開け放たれている。
けれど入り口に詰め所のような場所がある。近づいてみると、一人の女の人が出てきて行く手を遮った。
「ここはメビウスディスティニア卿のお屋敷です。何用でございますか? 旅のお方」
口調は丁寧だけれど眼光は鋭い。
一見すると「メガネをかけた社長秘書」みたいな感じの若い女の人で、ラベンダー色の髪を一つに束ね前に流している。
このひとが門番兼、執事なのだろうか。
「あ……、えーと。僕はミヨといいます。旅をしてきてこの街にたどり着きました。そこで偉大なメビウスディスティニア卿の話を耳にしまして……。その、是非とも一目お会いしたいなーと思いまして」
「そうですか。残念ですが、お通しするわけには参りません」
「どうしてですか?」
「そちらのお方が、武器を持っておられます」
すっとフェルトさんに視線を向ける。フェルトさんも警戒し狼のような耳をピンと立てた。
「拙者……でござるか」
確かに杖のように持っているのはただの「包帯を巻いた棒」ではない。暗黒騎士のようなフェルトさんの武器なのだ。
「これより先は魔法の領域。魔法は金気を嫌います。故にお通しするわけには参りません」
「どうすれば通してくれますか?」
「……そうですね」
しばしの沈黙。確かに簡単にはいかなそうだ。
「私は少々退屈しております。執事であり門番であるこの私、マリルに何か心沸き立つような座興をいただければ……あるいは。私が手合いに興じているスキに、人畜無害な少年と無垢な幼女が門をくぐり抜けたところで、お咎めはありませんわ」
通って良いのは僕とキュンだけらしい。ということは……。
「なるほど拙者と、手合わせ……と」
「珍しい狼犬族の戦士にじゃれついてみたいだけです」
マリルと名乗る門番は、しゅんっ……と、しなる木刀のようなものを腰から取り出した。どうやらベルトのように腰に巻き付けていた植物の蔓か何かだ。
それを魔法か何かわからないけれど、一本の硬い棒のように変化させたのだろう。
「……なるほどでござる。マリル殿の発せられる剣気……只者ではござらぬ」
フェルトさんが真剣な顔になる。
「メビウス卿に仕える身である以上、剣はとうの昔に捨てたのですが。失礼ながら貴方は?」
「狼犬族の戦士、フェルト」
フェルトさんが持っている剣には、包帯のように布が巻かれている。そのまま柄に手をかけて、じりっ……とフェルトさんが相手との間合いをとった。
二人の間に何か見えない火花が散る。
「えぇ……!? ちょっ、なんで?」
「うーん、暇つぶしなのじゃろうか」
キュンとそんな事を言った次の瞬間、双方が同時に地面を蹴った。
ギィン! と金属音が弾けた。
木刀に柄に入ったままの剣がぶつかっただけなのに、衝撃音はまるで本物の剣同士の激突のようだ。
「ぬ、んっ!」
「はっ」
フェルトさんはやや大ぶりに、横薙ぎで剣を振るう。それをマリルさんはひらりと避ける。身体を半回転せ、逆方向から木刀をフェルトさんめがけて叩き込む。
だけどフェルトさんはそれに瞬時に反応。
剣をぐるりと回転させると、軽々と弾き飛ばした。
「ほぅ……! やりますね」
「マリル殿こそ!」
「だが、まだまだ」
二人は闘志みなぎる表情で剣を何度も交差させる。まるで剣を通じて何かを語り合うみたいに。
「あわわ……」
呆気に取られている僕に、フェルトさんが叫ぶ。
「ミヨ殿ッ、行くでござる……!」
「えっ、でも……!」
「拙者がここは引き受けるでござる! はやく先へ……!」
「わ、わかった。ありがとうフェルトさん」
フェルトさんとマリルさんが剣と剣をぶつけて押し合っている間に、僕はキュンを小脇に抱えて門をすり抜けた。
「あぁ、しまった……なんてことだー」
マリルさんが適当な調子で言うけれど、なんだか楽しそう。あとはフェルトさんに任せることにする。
広い庭を駆け抜けたところで、キュンをおろす。そして屋敷の大きなドアの前へと立つ。
「はぁはぁ……おじゃましまーす」
<つづく>




