それぞれの望みと街の景色
◇
「これは、ちょっとした悪夢かもしれない」
「今度は誰じゃ?」
「クラスの担任、名前は確か田中先生」
「ふむ? 恩師どのが宿屋の主人とな」
「もう驚かないけど」
宿屋の受付カウンターに座っていたのは、クラス担任の田中先生だった。
「いらっしゃい! 快適な眠りを約束する『トール・スリーパー亭』へようこそ」
他人の空似、いや「同じ顔に見える」だけかもしれないけれど。
僕を見ても特段の反応は示さない。自分の生徒と異世界で再会した驚きや喜びを感じている……ようには見えない。あれは単なるお客さんを見る目だ。
「お宿を借りれますか?」
「三名さま……あいにく大部屋は埋まっておりますが、二人部屋と一人部屋ならすぐご用意できます」
「じゃぁそれで」
「まいど! すぐご準備しますので少々お待ちを」
田中先生の「そっくりさん」は手慣れたようすで僕たちの応対をこなす。やっぱりこの街で昔から暮らしている赤の他人、そっくりな別人なのだろう。
街で見かけた「そっくりさん」は何人もいた。クラスメイトや親類縁者、どこかで見た顔だなぁと思うと、その人の名前を途端に思い出す。
けれど話しかけても相手は「誰です?」という反応をする。
僕はそのたびに落胆した。
異世界でようやく知り合いを見つけた、と思って期待してはがっかりする事を繰り返した。
キュンに事情を話すと、何やら思案深げに首をひねった。
「言われてみれば不思議じゃのう……。ワシは知り合いなど一人も見かけぬが、ここに着いてからというもの、やたらと可愛いアクセサリーや宝飾、小物の店が気になるのじゃ。今までそういったものに縁遠かったからと、単にそれだけかと思っておったが……」
フェルトさんにも訊いてみると、また違うことを言う。
「ここに来てからでござるか? そうでござるな。ここに来てからずっと食べ物との出会いが続いているでござる。漂う匂いが気になって仕方ないでござる。見たこともない食べ物が無限にあるでござるし、ずっと食べ歩きをしたいくらいでござるよ」
「むむむ……?」
なんとなくだけど、それぞれが無意識のうちに「望むもの」が気になっているみたいだ。
この違いはなんだろう。
僕は「記憶の中の懐かしい人々」に興味が向いている。
キュンは「可愛い品物」に目を奪われている。
フェルトさんは「おいしい食べ物」をいっぱい食べてみたい。
つまり見ているもの、感じているものがそれぞれ違う。そりゃぁ別の人間なのだから、興味や望んでいるものが違って当たり前だ。
僕はここで『記憶の欠片』とでもいうべき、知っている人間を探している。この街で探していれば、いつかきっと巡り会えるような気がしてならない。
多分それが、僕の望んでいることなんだ。
「もしかして、魅力的な街に思わせる魔法がかけられている……とか?」
僕はそんなことを考えるに至る。
もちろん証拠はないけれど、なんとなくだ。
魔法使いが普通にいる世界なのだから、そんな「大仕掛け」があったっておかしくない。
でも、何のために?
何の得が?
悶々と考え込みながら、宿屋の受付カウンターでお金を払って二部屋に分かれる。
「僕とキュンが同じ部屋……」
「良いではないか、今更じゃぞい」
「うむ、お二人は盃を交わした仲でござろう。拙者は一人部屋でよいでござる」
「盃なんて交わしてないけど」
ってなんの盃なのさ? 舎弟とか義兄妹とか、まさか夫婦って意味じゃないよね。
「それに拙者、いびきが酷いと村でも評判だったでござるし」
照れ笑いするフェルトさん。うん、たしかに野宿したとき凄い音でびっくりした。
ということでフェルトさんは一人部屋、僕とキュンは二人部屋だ。
それぞれ部屋に入ってシャワーを浴びて、すこしばかり休憩。それから三人で夕ご飯を食べに出かけることにした。
エディンは大きくて豊かな街だ。いくらでも食べるところがある。
仕事帰りのお父さんに家族連れ、恋人たちが夕日の照らす街に繰り出している。無数にある食堂やレストランで、思い思いのご飯を食べて、お酒を飲んで楽しそう。
みんな幸せそうに笑っている。
自炊している家は無いんじゃないってくらい、飲食店が多くてどこも繁盛している。
「何処も美味しそうだね」
「拙者、目移りして決められないでござる」
「うまい肉が食いたいのぅ」
「いいね、お肉食べよう」
「賛成でござる!」
街に溢れる民族音楽の旋律、拍手や笑い声。心地よく路地を吹き抜ける風に、賑やかな夜の始まり。僕たちも高揚感を感じていた。
肉の定食が美味しそうな食堂を見つけて、三人でご飯を食べる。
もう手持ちのお金も殆ど残っていない。
「いよいよ荷物を売り払う時か」
「なぁに、大きな街じゃ。なんとかなるじゃろ」
「売り払う物は無いよ。旅が続けられなくなるもの」
「ならば仕事を見つけるしかないのぅ」
「働かざる者、食うべからずという諺があるでござるな」
「うん……」
ここで仕事を見つけて働くしかないのだろうか。お店の壁にはバイト募集の張り紙があった。時給銀貨一枚。悪くない。
働いてお金がたまったらまた旅へ。それも悪くない気がする。
給仕をしている女の子が、クラスの姉御的存在だった中野さんに似ていた。けれどもう気にしない。
「君たち、もしかして旅人かい?」
僕たちが旅人だと気づいたらしい隣の席のお客さんたちが話しかけてきた。
若い男女のカップルだ。
リュックは宿屋の部屋に置いてきたのに、なぜ? 雰囲気か何かでわかるのだろうか。
不思議に思いつつも、逆にいろいろと尋ねてみた。
この街のこと、戦争のこと、魔法使いの居場所についてなどだ。
「この街で暮らすと、毎日が幸せで充実しているわ」
「あぁ、ここには希望と夢がある。明日何をしようかと毎日ワクワクして暮らせるよ」
「そうなんですか……」
「旅なんてやめてここで暮らすといい。仕事もたくさんあるから食うには困らないさ」
僕は曖昧に笑ってごまかした。
街はとにかく人を惹き付ける何かがあるみたいだ。
みんな目を輝かせて、楽しい、興味が尽きないと語ってくれる。
「戦争? あれは王様の取り巻きと、王妃の取り巻きが勝手にやっているだけよね」
「俺たちには関係ないな。実際、ここにいれば何もかわらない」
戦争に関しては興味なさげだ。
実際、人が死ぬわけじゃないし勝手にやっていればいい、とさえ言う。
だったら騎士団と兵士たちは、何のために戦っているんだろう?
国のため? 王様のため? 国民のため? どれも違う気がする。
「魔法使い? あぁ王宮横に魔法使いの館がある。そこに魔法使いメビウスディスティニア卿がいるよ」
メビウスディスティニア卿。
それが女王陛下の馬車に一緒に乗っていた魔法使いの名か。
「元々は占い師よ。行けば気軽に相談にのってくれるわ。今でも会えるかはわからないけれど……。彼は最近、女王陛下のお気に入りだもの」
「旅人さん、仕事をさがすなら斡旋ギルドもあるからね。街での暮らしはとっても楽しいよ!」
エール酒のジョッキを空けながら、男の人が言った。
「ありがとう、すごく参考になったよ」
魔法使いはこの街のキーマンに違いない。
明日、会いに行ってみよう。
<つづく>




