王都エディンは夢の国【前編】
――東の都、エディン。
第一印象は「とにかく大きな街」だった。
遠目には城塞都市のように見えていたけれど、近づいてみるとスケール感が桁違い。街を囲う壁の高さは10メートルぐらいはあり、東京ドーム何個分? というレベルじゃない。
果てしなく巨大な都市がまるごと壁に囲まれている。王都と呼ばれていることは以前から何度か会話に出てきていたけれど、それを実感する巨大都市だ。
簡単な荷物検査を行う検疫所を難なくクリア。
他にも大荷物を抱えた商人が列を成しているので、旅人の僕らに構っている暇はないという感じだった。
キュンを肩車したまま進む。フェルトさんは荷物を持ってくれている。
巨大な大理石の立像が左右から屋根を支える門をくぐる。
「うわー、見上げるとひっくり返りそう」
「ミヨ、ワシまでひっくり返るぞな」
通り抜けると大きな広場になっていた。まず目に飛び込んでくるのは大きな噴水だ。何かの塔を模した柱のような彫刻から、水が勢いよく吹き上がっている。
噴水を囲むように、直径30メートルはあろうかという円形の池があり。大勢の市民がくつろいだり、子どもたちが歓声を上げて水遊びを楽しんでいる。
「すごい……大都会!」
「目が回りそうじゃのー」
「ミヨ殿にキュン殿は冷静でござるな……。せ、拙者……既に人に酔いそうでござ……」
うぷ、と口を押さえてうずくまるフェルトさん。
「わ!? フェルト無理しないで! 噴水のところで休もう」
「かたじけないでござ……る」
一番頼りになりそうなフェルトさんが街を見ただけでダウン。都会の人混みに酔ったみたいだった。
かなり山奥にある静かな田舎から出てきたのでは無理もない。少し休めば良くなるだろう。
「ふぅ、一休み」
「水が飲み放題とはのぅ」
「うわ、綺麗な水。美味しい……!」
噴水の水場は自由に使えるみたいだった。水を汲んでいく女の子もいるし、流れ出る水で洗濯しているおばさんたちもいる。
なんとか、ほっと一息つけた気がする。
改めて噴水の広場から見渡しみてると、周囲はひたすら市街地が広がっている。赤い屋根瓦を乗せた総二階建ての家々がびっしりと立ち並び、街路樹が整然と植えられている。
はるか向こうにそびえ立つのは巨大な王宮だろうか。
街のどこからでも見えそうな高くて立派な城がある。
お城へとつづく真っ直ぐなメインストリートは、左右に宿屋やレストラン、商店などが立ち並んでいる。
住民が暮らしているのは通りから一本路地を入ったところらしく、大勢の市民が路地を出たり入ったりしているのが見えた。
それに足下の道路はすべて目の細かいタイルで丁寧に舗装されている。こんなの見たこと無い。
街の巨大さもさることながら、とても豊かに暮らしている事がわかる。外で行われている「戦争」の影響や気配など、まるで感じない。
人々の表情は明るく、関心ごとは買い物や食べ物に向いているように思えた。
行き交う人々を眺めると人種も様々だ。右を見ても、左を見ても、人、人、人。人間だけじゃなくて、フェルトさんのような亜人というか、いろいろな種族の人々が歩いている。
「人は多いでござるが、綺麗な場所でござるな……。人の叡知がこれほどまでとは。まるで……楽園でござる」
フェルトさんは元気を取り戻したみたいだ。
「店もあるし、食べ物屋も多いのぅ。これは一日では見きれんのぅ」
キュンもそわそわと落ち着かない様子で辺りを見回している。今にも街を見学したいという様子で僕の袖をひく。
「これからどうするのじゃ?」
「うん、街を見学したら今日はこの街に泊まって休もう。そしてまた明日、東を目指す商隊や馬車を探そうかな」
「明日じゃと? もっとゆっくりしていけばよかろう」
「そうでござるな。これほどの街、見て回るだけでも何日かかるやら」
「う、うん……」
「まずはあの店からじゃ! 何を売っておるのじゃ」
「拙者はあの屋台の食べ物が気になるでござる」
「あ、まってよもう」
なんだか二人が珍しく街に興味深々の様子だ。
仕方ない。ここはのんびり街を見て回るとしよう。……僕の持っているお金があるうちは。
それから、僕たちはひたすらに大きな街を見て回った。
目の回るような商店街の品物は豊富で、何を見ても種類も量も潤沢だ。人々はみんな楽しそうで、困っている顔をしている人なんて見かけない。
「良い街だね……!」
気がつくと僕は、すっかりこの街が気にいっていた。
「じゃのぅ、ワシも気に入ったぞな」
「へぇ? キュンにしては珍しいね」
「なにがじゃ? ワシは元より楽しい事が好きなだけじゃ」
「ふぅん」
赤いロングヘアをかきあげるキュンの横顔をぼんやりと眺める。瞳を輝かせて、興味は次々と移り変わる。
ここは平和そのものだ。
「あれ?」
――王様と王妃様の仲が悪く、内戦になった。
外で戦っていた兵士たちはそう言ってた。けれどそんな様子はどこにもない。
大道芸人のパフォーマンスは面白いし、何を食べても美味しいし安い。
平和そのもので、まるで夢の国にいるみたいだ。
どれくらい時間が経っただろう。
気がつくと空は茜色に染まっていた。
「いやぁ、どこもかしこも凄いでござるなぁ」
「これは何日でも楽しめるぞな」
「流石に疲れてきたよ」
へとへとだ。ヒッチハイクをしているほうが楽なくらい。
「だらしないぞい、ミヨ。ほれ、あの店で食事にするとしようかのぅ」
「え、あそこ?」
大衆食堂には見えるけれど、店構えの立派なレストラン。お金も残り少ないのに……。
「ほれ、いくぞな」
キュンが僕の手を引いて進む。
あれ……?
なんだろう、何か……変な感じがする。
耳鳴りのような違和感。キュンの声が、街の喧騒が、遠く感じる。
目眩のような感覚に足を止めた瞬間、ジャラァアアンと、銅鑼のような音が鳴り響いた。
人々が一斉に動きを止め、音のした方に視線を向ける。
「なんでござるか?」
両手一杯に串焼き肉を持ったフェルトさんが戻ってきた。
キュンも立ち止まり耳を澄ます。
「あっちじゃ」
人々の視線もキュンが指差す方向に向いていた。メインストリートに出てみると行列が進んで行く。
「あの格好は……騎士団だ」
ピカピカの金属の鎧に、白いマント。整然とした様子で騎士たちが進んでいくと、やがて「馬の牽かない馬車」がゆっくりと現れた。
外の戦場で見たタイプよりも大きくて、白くて優美なデザイン。あちこちに金の装飾が施されている。
「ポゾムリア女王陛下だ……!」
街の誰かが叫ぶと、人々は通りすぎて行く行列を歓喜で迎えいれた。馬の牽かない馬車にはガラスの窓があって、そこから女王陛下の姿も見えた。
真っ赤なドレスを身に付けて、髪をうず高く結い上げている。
その横には若い、ローブを身に付けた人物が座っている。
もしかしてあれが王女そそのかした魔法使い?
一瞬、目があった気がした。
距離も離れているし、そんなわけはないのに、射ぬかれたように嫌な感じがした。
それよりも――
「おかあさん」
「ミヨ?」
「ミヨ殿?」
「……え? あれ……僕、なにか言った?」
僕の口から溢れた言葉に、他の誰よりも自分自身が混乱し、戸惑いを覚えていた。
<つづく>




