赤い果汁戦争
◇
「前方、敵です……待ち伏せされました!」
「増速せよ、このまま突っ切る!」
「了解、魔力動輪機巧、増速2」
車長と操縦士が緊迫した様子で叫んだ。
操縦席で何かを操作すると、車内に警報が鳴り響く。ゴロゴロと石臼を動かすような音が床下から響くと、『馬の牽かない魔法の車』が加速を始めた。
僕たちは今、エディンメリモア王国の誇る最新兵器『馬の牽かない魔法の車』に乗せてもらっている。
車内の前方、操縦席らしい場所には木製のレバー、スイッチのような操作盤がある。それらを操作する兵士が二名、その後ろで指示を出す車長が一名で操縦しているらしい。
マイクロバスほどの客室は、前方に操縦席と僕らのいる客席。更に後方が運搬用の貨物スペースになっているらしかった。
何か機械のようなものがシートで覆われていて、周囲には4名の兵士がいる。よほど大事な荷物なのだろう。この魔法の車はあの荷物を運ぶために移動していたみたいだ。
「何が起こっておるんじゃ?」
「敵襲、といっていたでござるな」
「でも、プチトマト戦争なんだよね……」
身体の大きなフェルトさんが、僕とキュンを守るようにして座席にしがみついた。
ここは、赤い果実を撃ち合う戦場だ。
命中しても潰れるのは果実。血のような果汁を撒き散らしても人は死なない。
まるで「トマト祭り」みたいだけれど、これは「戦争」なのだと彼らは真剣な顔で言っている。
果汁で一度色がつくと洗い流しても綺麗にはならない。しばらくは赤い色が取れずに、屈辱を味わうことになる。だから「死んだ」ことにするのだとか。
殺し合わない戦争なら、スポーツと一緒のような気がする。
ルールを決めて思う存分戦えばいい。
戦争と平和の意味をここにきて改めて考えてしまう。
「車長! 前方に敵の装甲馬車が展開中……! 随伴兵もおよそ30名左右に陣取っています!」
「おのれ、待ち伏せとは。先程の奇襲部隊はここへ誘い込むための罠か」
「どうしても王都へゆかせぬつもりなのでしょう」
前方を窓越しに見ると、騎士団が馬車を動かして道を塞ごうとしていた。装甲馬車と言われるだけあって、金属の板を貼り付けた客室を二頭立ての馬が牽いている。
こちらの速度が落ちたところを、展開した騎士たちが狙い撃ちするつもりなのだろう。
既に装甲馬車の左右では数十名の騎士たちが陣を張り、ランスを構えている。先端から赤い果実を撃ち出す銃のような武器だ。
「どうしましょう、車長!」
「仕方ない……これを使う」
ヒゲを生やした中年の車長が、客室の後ろを振り返った。視線は僕たちを飛び越えて、貨物室にあるシートに覆われた「何か」に向けらていた。
「しかし! あれは移送中の秘密兵器で……」
「今使わずにいつ使うのだ!」
「しかし……!」
「実戦で使い物になることを証明するいい機会だ、上部ハッチを開けろ! 技師長たちは稼働準備!」
「「はっ!」」
車長の命令に兵士たちが一斉に動いた。テキパキと二名の兵士が荷物室を覆っていた布を取り払い、残り二人は屋根を開ける。手回し式のレバーを回転させるとゆっくりと天井が開いて光が差し込んできた。
「これを連中に渡すわけにはいかん……! 戦況を左右する新兵器だからな」
車長が決意を秘めた視線で見据える先――。そこには巨大な樽のような木製のタンクと、木と金属と滑車、歯車で構成されたカラクリめいた機械があった。
機械からは束ねた6本のパイプのようなものが水平に伸びている。
「どこかで見たような……?」
思い出しかけている。似たようなものを見た気がする。
そうする間に、ガラガラと音を立てて新兵器がせりあがってゆく。兵士たちがギコギコと手回し式のハンドルを回し、高さをあげてゆく。ものの一分もたたないうちに、開放された車体の天井からそれは姿を現した。
「技師長、撃てるか」
「果実弾2000粒、装填済みでさぁ! 撃てますぜ」
技師長と呼ばれた初老の兵士が親指を立てた。
騎士たちの包囲網は目の前に迫っている。射程に入った途端、一斉に射撃をしてくるつもりだろう。
「だが、こちらほうが射程は長い! 撃てぇ!」
「了解……! 斉射……開始ぃい!」
車長の号令とともに、六本の金属パイプがカラカラと回転を始めた。
そして――チュガガガガガガ……! と赤い果実が物凄い勢いで射出されはじめた。
大きな樽のなかには赤い果実が入っていて、それを連射するカラクリのようだった。まるで赤い雨粒のように間断なく果実が射出される。
「あっ、ガトリング銃だ!」
思い出した。
戦闘ヘリとかの前方についている武器、あるいは戦闘艦の近接防御兵装そっくりなのだ。
赤い果実の弾幕が、地面を舐めるように着弾し、騎士たちに降り注いだ。圧倒的な弾数で騎士たちを制圧、瞬く間に赤く血……もとい、果汁で染め上げる。
「ぎゃぁああ」
「うわぁあ!?」
「敵の新兵器……ぐぁあ!」
赤い果実の蛇が、射線軸上の敵兵を次々と薙ぎ払ってゆく。
バララララ……と果実の帯が空中に射線を描き、騎士たちに吸い込まれるように命中する。
「ハハハ……! みたか、我が軍の秘密兵器の威力を! これぞ果実超連射砲……!」
「王都の連中は凄いものを考えるのぅ」
「食えぬ赤い果実を連射する意味がわからんでござるが……威力は凄いでござるな」
「凄いんだか凄くないんだか……」
僕らが半ば呆れ返っている間に、弾切れになったらしい。カラカラカラ……と静かにパイプの束だけが回転している。
けれど前方の騎士たちもあらかた掃討したようだった。
身体に数発の果実弾を受けた最後の騎士が、バタリと仰向けに倒れた。
「よぉおおし!」
「やった!」
車長と操縦士、そして技師たちがガッツポーズ。
残るは前方の装甲された馬車だけだ。馬は赤い果実の流れ弾を浴びて「ブルル……」と不機嫌そうに首を振っている。
「車長、このまますり抜けます」
「よし……んっ?」
その時だった。
前方に展開して待ち伏せしていた装甲馬車の荷台が左右にバックリと割れた。
中から現れたのは全身を重装甲で覆った騎士だった。よく見ると荷台に金具やパイプで固定されているみたいだ。
手にしているのは長大な黒光りするランス。他の騎士たちが持っていたものの、優に三倍はあろうかという長大さ。
ブシュゥウ……! と水蒸気をあちこちから吹き出しながら、長大な黒いランスを水平に構え、こちらに狙いを定めている。
「あれは、まさか果汁圧搾砲!?」
後方で技師長が叫ぶ。
「なにっ……!?」
「車長、回避を――」
車長が何かを叫ぼうとした、次の瞬間。
ビシュゥウッ! と空気を切り裂くような音とともに、真っ赤な光が放たれた。
一瞬で車体の前方に命中、窓を真っ赤に染めた。
光に思えたそれは太陽光を背負った液体だった。
ビシャァアアア……! と赤い果汁が鋭いビームのように車体を直撃する。赤いビーム(?)はそのまま上方へ移動、開いた荷台から真っ赤な液体が頭上より降り注いだ。
「ぎゃわぁああ」
シャワーのように降り注いだ果汁が、中に居た全員を赤く染める。
「ばかな、指向性圧搾果汁砲……だとッ!? 完成していたというのか……」
技師長が全身を赤く染めながら天を仰ぐ。
どうやら、絞った果汁を高圧で水鉄砲のように発射する新兵器らしかった。
こちらがガトリング兵器なら、向こうは果汁のビーム兵器だなんて。
「被弾、走行不能……ッ」
「無念、これまでか」
車長も操縦士も、技師長も次々と赤く染まる。これで死亡判定。
みんなその場にガクリとうなだれて動かなくなる。
けれど、果汁の飛沫が僕たちにも迫っていた。
「なんで僕らまでー!?」
「のわー!?」
――もうだめだ……!
そう思った刹那。大きな身体が僕とキュンの上に覆いかぶさった。
「危ないでござるっ!」
「フェルトさん……!?」
バシャァと赤い果汁がフェルトさんの背中に降り注いだ。
「ぐはぁああああッ!」
「フェルトさあぁあ――ん!?」
「お主、我が身を呈して……」
「……拙者……ここまでのようで……ござ……」
ガクッと全身の力が抜ける。
「って、死なないけどね?」
「……すまないでござる。つい雰囲気で」
むくりと起き上がり、苦笑するフェルトさん。
「もう……。でも、ありがとう」
「うむ、守ってくれたその心意気には、深く感謝じゃ」
「そ、それほどでは……」
頬についた赤い汁をハンカチで拭う。うまく拭き取れないけれど、それでもそうせずにはいられなかった。
やがて、車長さんがすまなそうな顔で近づいてきた。
「我々はここで名誉の戦死を遂げた。すまないが君たちだけで街へいってくれ」
僕らは、徒歩での移動に戻るしかなかった。
周囲は死屍累々、赤い果汁にまみれた騎士たちがうなだれている。
「街でお風呂に入りたいでござる」
「争い事に関わるべきではなかったのぅ」
「同意だね……」
意気消沈した僕らは1時間後、街の門をようやく潜ることができた。
<つづく>
 




