フェルトさんイメチェンする
「今まで『ひっちはいく』が上手くいっていたのは、ひとえにワシの愛らしさ、それとミヨの人畜無害な雰囲気のおかげだった……というわけじゃな」
キュンは、立て続けに失敗したヒッチハイクの原因が、新しい仲間のフェルトさんにある……と、言いたいらしい。
「キュン! なんてこというのさ。それじゃまるでフェルトさんのせいで失敗したみたいじゃん」
「だってそうであろうが」
「いや、それは……」
そう言われると僕も返す言葉がない。次こそ成功すると前向きに言いたいけれど、さっきの様子ではまた失敗してしまうかもしれない。
「冷静に考えてみい。物騒な剣を携えた流浪の戦士じゃ。最近では盗賊でさえ武器を用いず、言葉巧みに奪い取る連中が出没するくらいのスマート社会じゃ。武器を持っておっては、乗せてもらえぬのも無理からぬ道理じゃろう」
「スマート社会なの……知らなかった」
「こ、この武器がいけなかったでござるか? しかしながらこれは拙者の命の次に大事なものでござる。しかしお二人と共に旅をすると拙者の願いの妨げになるとは」
キュンの歯に衣着せぬ言葉に、さすがのフェルトさんも困惑し、悔しさを滲ませる。狼みたいな耳がしゅんと垂れて、なんだか可哀想。
なんとかならないかなぁ。
「あ……!」
僕は、今までの旅で学んだことを思い出した。
「どうしたのじゃ、ミヨ」
「あのさ、多分フェルトさんはまだ本当の『旅人』になっていないんじゃないかな?」
「本当の旅人……?」
「なるほどの」
僕の言葉に小首をかしげるフェルトさん。キュンは悟ってくれたみたいだ。
「今のフェルトさんは、誰がどう見ても戦士や剣士って思うでしょ? それじゃ乗せてもらえないんだよ」
「それは証明された事実じゃな」
「しかし拙者、里では一番の戦士でござるし……。剣を手放すわけにもいかないでござる」
「なら、鎧は? せめて鎧をはずせないかな?」
「思い出深い品ではござるが、これならば。しかし拙者、戦士ではなくなってしまうでござる」
「旅をしたいなら、戦士じゃなくなるしかないよ」
「…………うぅ、そういうことでござるか」
「僕は何に見える?」
フェルトさんの前でくるりと一回転。狼犬族の戦士フェルトさんは、ちょっと考えてから姿勢をただして向き直った。
「『旅人』でござる。ひと目でわかるでござる。商人でも農夫でもござらぬ。ましてや王や道化でもござらぬ。深い知性と教養を感じさせる立ち振る舞い。信念を宿したような眼差し。職業不詳、性別不詳であるがゆえに、まごうこと無き『旅人』にみえるでござる……!」
「言うではないかお主、ワシはどうじゃ?」
「それは、キュン殿とて同じで候」
なんだか言いすぎな気もするけど、フェルトさんは何かに思い至ったみたいだった。
「あと、性別は不詳じゃないからね」
どうみても男でしょ! と細い上腕二頭筋を見せつける。
「し、失礼したでござる」
「じゃが、ミヨが言った通りじゃ。ワシもミヨも旅人じゃ。他の何者でもない。お主はまだ捨てきれておらぬのじゃ。足りないのは……覚悟じゃ!」
キュンがとどめとばかりに指差すと、フェルトさんは決心を固めたようだった。
「わかり申したでござる」
そう言うとフェルトさんはスックと立ち上がった。周囲をぐるりと見回して、一番近くにある集落で目を留めた。1キロメートルほど先に、小さな村か集落が見える。
「フェルトさん……?」
「ミヨ殿、キュン殿! 拙者、ちょっと用事をおもいついたでござる。必ず追いつくでござるから、先に行っていてはくださらぬか?」
「え、うん。ここで待ってるよ」
「早く戻らんと置いていくぞい」
「かたじけない!」
フェルトさんの真剣な眼差しと勢いに気圧され、二人で頷く。
「すぐにもどるでござるッ!」
そう言うとものすごい勢いで駆け出した。一分もたたないうちに、はるか彼方まで走り去っていた。
「まかさ旅の支度? 戦士をやめるのかな。なんだか申し訳ないね」
「面倒ならこのまま置いていってしまうかの?」
「ダメだよそんなの」
「冗談じゃ」
近くにあった木陰に腰を下ろし、休憩。フェルトさんの帰りを待つことにした。
すると20分ほどして一台の馬車がやってきた。
幌の無い荷台を牽く馬車だ。御者席で手綱を握るのは若い男の人。後ろの荷台には、緑の野菜のはいった篭と一緒に奥さんらしい女の人と、小さな子供がのっている。
僕たちを見るなり馬車は速度をおとして、停車。
「まさか旅人さんかい……?」
御者の男の人が声をかけてきた。人の良さそうな若いパパさんだ。
「えぇ、そうです」
「旅をしておるんじゃ」
「すごいな! 君たちみたいな子供が旅人なんて……! 本物見るのは初めてだよ」
「あなた、乗せてさし上げましょう。こんな幸運は、めったにないことよ」
「ここから東側の小さな村ですが、そこまででよければ」
「嬉しい! 良いんですか?」
思わず飛び上がって喜ぶ。
「村の牧師さんが、おっしゃっていたの。――世界の終焉を告げる『星降る夜』が訪れた。やがて我々を試すべく神は西方より使者を遣わすだろう……って」
奥さんが感激した様子で、手を祈るように胸の前で合わせている。このあたりでも『星降る夜』の話題でザワついていたのだろう。
「だからすぐにわかったよ。君たちが使者……『旅人』だってことが」
「そ、そんな大層なものじゃないんですけど」
「旅人さんなのー?」
「そうじゃよー」
なんと僕たちを積極的に誘ってくれた。ヒッチハイクしていないのになんて親切なんだろう。
「ありがとうございます」
「ありがたいのう」
僕とキュンは嬉しくて、お言葉に甘えることに……。
「って! まってよキュン。フェルトさんをわすれるとこだった」
「そうじゃったの。つい順調だったから忘れそうになっておった」
僕は若いパパと奥さんに「ツレがいるので少しだけ待ってもらえないか」と頼もうとした。
「ミヨ殿、キュン殿ぉおお!」
と、その時だった。
遠くから大男が走ってきた。フェルトさんだ。
腰の後ろでフサフサと揺れているのは尻尾らしい。キラキラとした笑顔で手を振っている。
「お……?」
「なんと!?」
フェルトさんの服装は見違えるように変わっていた。
明るい花柄の開襟シャツに、ハーフパンツ。足元は軽やかなサンダル履き。頭には大きな麦わら帽子を被っている。
背中にはリュックの代わりか、丸い竹かごみたいなものを背負っていた。
包帯のような布でぐるぐる巻きにしている杖を手にしているけれど、おそらく剣だろう。
まるで近所に散歩に出掛けるかのような軽装だけど、印象は全然ちがう。
「はぁはぁ、お待たせでござる!」
「ずいぶん見違えたけど、鎧はどうしたの?」
「売り払ったでござる。売ったお金で服とカゴを買ったでござる。食料や日用品も少々、買い込んだでござる」
背中のカゴのなかには干した肉やソーセージ、フライパンなんかもはいっていた。
「すごい!」
「これで拙者、旅人でござろうか」
「そうじゃのう、ワシにはそう見えるが……」
剣はただの「杖」として持っている。これなら威圧感もないしどうみても戦士じゃない。
乗せてくれるという農家の若夫婦を見ると、新しい旅人の登場に驚いた様子。でも拒否する気配は感じられなかった。
「あの、すみません。連れがもう一人いまして……。一緒に乗せていただけませんか?」
「あぁ! 大歓迎だよ、旅人さんたち! 今日はなんだかすごく幸運な日らしいぞ!」
「えぇ、そうねあなた」
フェルトさんとキュンと顔を見合わせる。
「「「ありがとうございます!」」」
こうして――。
新しい旅の仲間を得た僕は、再び東へと向かって進みはじめた。
<つづく>




