暗黒の騎士と魔神の書(後編)
 
「あの、もしよかったら見せてもらえますか?」
「これは賢者にしか読めない書物でござる。いかに旅人のミヨ殿とはいえ、読めるはずが……」
狼犬族の戦士フェルトさんは、一族に伝わるという聖典を僕たちに見せた。
世界の真実が記されているといわれる『魔神の書』とはいうけれど、どう見てもそれは古い大学ノートだった。
表紙には漢字で『魔神の書』と書かれている。少なくとも僕にはそう読めた。
「読めるかもしれない」
「いま、なんと申された?」
「読めるのかの?」
驚くフェルトさんとキュン。
「では、これを」
「うん」
僕はフェルトさんから大学ノートを恭しく受け取った。
経時変化で茶色く変色してはいるけれど、やっぱり大学ノートだ。開いてみると最初のページにはこんなことが書かれていた。
――ここに書かれているのは、旧き世界の終焉、そして新たなる世界の誕生にいたる、天地開闢の神話である。
『異界戦記ヴァイツクリューガー(設定集1)』
「せ、設定集…………」
僕は言葉を失った。静かにノートをめくってみると、次のページにはおおまかな世界観や登場人物(?)に関する事が、細かに書かれていた。
――ダーク・ウルティメイト・ナイト
――もとセントヴァーナード王国の神聖騎士が堕天使と契約し、暗黒騎士化した姿。リミットブレイカーによるダークソウル・パニッシャーの一撃は強烈で、イージスナイツによる神聖防御結界さえも簡単に破壊(以下略)
――旧世界、オールド・アース
――新世界、プテオマイオ・アース
――巨大隕石の衝突によって崩壊した旧世界、オールド・アース。しかし事前に危機を察した魔法王国ガルド・アース・シャンバラリアの大魔導士たちにより、惑星の破片を次元の狭間へと次元転移することに成功。生き残った人類は、人造の太陽と月を浮かべ、平坦な大地の連なる擬似的な七つの浮遊大陸を形成する。この新たなる平面世界を支えているのは『神器』と呼ばれる7つの宝石である。これは大魔導師たちの命を触媒として生み出したものであり、七大陸それぞれの神殿で(以下略)
「うぁぁ……これって」
明らかに厨二病全開の、中学生か高校生が創作したマンガか小説の設定集みたいだった。しかも「1」というからには、続きもあるのだろう。
文字は鉛筆で書かれていて、お世辞にも上手いとは言えない。これが賢者にしか読めないという『魔神の書』の正体だった。
「なんと書いてあるのじゃ?」
キュンも興味津々の様子で横から覗きこんでくる。
「えぇと……新世界と旧世界のことや、大魔導師のこととか……」
「すごいでござる! ミヨ殿は大賢者のお孫さんか何かでござるか!?」
「なんとなく読めちゃうっていうか」
けれど疑問も浮かぶ。賢者にしか読めないというのなら、賢者と呼ばれる「誰か」が最初にこれを読んでフェルトさんの一族に内容を伝えたことになる。最初に誰かが読んだからこそ『魔神の書』何て云われているはず。
「うん、じゃぁ内容を説明するね」
僕はかいつまんで内容を説明していった。
隕石の衝突、そして破壊された世界をつなぎ合わせて、大魔導師達が平坦な大地を創った。
その新しい世界で紡がれる、七つの王国の物語だ。
けれど一つの国が魔王によって支配される。他の大陸にも脅威は及び4つの王国が魔王軍の手に堕ちる。残った3つの王国は総力を結集し反撃に転じる……。
というのが大まかなストーリー。
選ばれし者、戦士や騎士そして魔法使いたちが、魔王軍と呼ばれる正体不明の敵と戦いを繰り広げる。
でも魔王軍の正体は、旧い地球を破壊した隕石に取り憑いていた異星の生命体だった。
それが新しい世界にも侵入していた、という設定らしい。
そこで、七つの『神器』と呼ばれる宝石を守るため、何年にもわたって壮絶な死闘を繰り広げていく。そんな物語だった。
「そ、そんな壮大な神話でござったか……」
「荒唐無稽というか、凄すぎてついていけんのう」
「うん……神話だからね」
物語の結末は書かれていない。
どこかに続きが書かれたノートがあるのかもしれない。
そういえば勇者と共に戦った戦士が、亜人の戦士だった。狼犬族の戦士ウォルフ。それがフェルトさんの祖先なのかもしれない。そう説明した。
フェルトさんはいたく感激して、涙を流していた。
「そうでござったか……苦労して旅をしてきた甲斐があったでござ……。そうでもないでござるが」
「故郷の里を出たのは何日前じゃ?」
「『星降る夜』の後でござるから、一週間ぐらいでござる」
「大したことのない旅じゃのー」
「うぅ、確かに」
「賢者と出会って『魔神の書』の真偽を確かめる。その目的はあっさりと達成してしまったわけじゃな」
「で、ござる……」
「なんか悪いことしちゃったかな?」
けれどこれ全部、創作された「物語」なのだろうか?
誰かが考えてノートに書き綴った物語だとしてもノートはかなり古い。製造年月日も無い。作者の名前を探したけれど、見当たらなかった。
作品なら普通は、自分の名前を書きたくなる気がするけれど……。
きっと古いといっても百年も前というわけじゃないと思う。なんというか、書かれている内容や発想がアニメやゲーム的な感じがするから。
でも――。
ノートに書かれている設定が、僕のいた地球を襲った悲劇と似ている気がする。
世界の滅亡の部分だ。宇宙から飛来した謎の物質により、月と地球が崩壊。
地球は木っ端微塵になって人類は全滅……したはず。
なのに僕は確かにここにいる。
本当は死んでいて、この世界に転生したのかもしれないけれど……。どうも、そうでもないらしい。
大学ノートを読んでも僕の記憶は何も戻らなかった。
つまりこれは誰か、別の人が書いたものだ。
少なくとも僕の持ち物ではない。もしもこれを書いたのが自分だったなら、それはそれで赤面ものだけど……。
「賢者殿……!」
フェルトさんが改まって僕に向き直った。
「えっ、誰が?」
「ミヨ殿でござる。『魔神の書』を読めたのでござる。賢者様に違いないでござる」
「違うってば」
「良いではないか、呼ばせておけば」
キュンはニヤニヤとしている。
「いやだよ」
「拙者は、ここに書かれているという『真実』を見極めねばならないでござる」
「もう見極めたんじゃ……」
するとフェルトさんは真剣な眼差しでこういった。
「一族の言い伝えには、続きがあるでござる」
「続き……?」
「詩歌として、伝わっているのでござるが」
「聞きたいものじゃな」
「では――。やがて東方を目指す旅人が現れる。東の地が尽きる『最果ての塔』を目指す者、かの者は賢者の瞳を持ち、言葉を紡ぐ翻訳者も旅を共にする。あたかも世界を記憶する者、デオキシリボカクサン――。DNAのように、共にゆく者は記憶を紡ぎ、翻訳する触媒、ポリメラーゼ酵素――」
フェルトさんは滔々(とうとう)と唄う。一族に伝わるという詩歌を唄う。
「え……ぇえ?」
僕は途中から唖然としていた。今……なんて言った?
確かDNAとかなんとか聞こえた気がする。確か細胞の中の、染色体。それにポリメラーゼって……なんだっけ?
でもこの詩歌も『魔神の書』を書いた人物と関係があるのかもしれない。
「まったくもって珍妙な伝承じゃのぅ」
「う、うん」
歌い終わるとフェルトさんは片膝をついて、頭を垂れた。
「共に、旅をさせて頂きたい。お願い申す」
「うん、一緒に旅をしてくれるなら嬉しいよ」
「まぁ頼もしい事は頼もしいからの」
<つづく>
 




