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暗黒の騎士と魔神の書(中編)

 キョンの投げた石は黒い鎧の男に命中。見事なクリティカルヒットにより倒れて動かなくなった。


「だ、大丈夫かな?」

「それ、今のうちに身ぐるみを剥いで、金目のものを頂くのじゃ!」

「そんなのダメだよ!」

「……冗談じゃ。ったく、ミヨは自分が酷い目にあったばかりなのに、お人好しにも程があるぞい」

 桃色の髪を耳にかきあげながら、キュンがため息を吐いた。


「そうかなぁ?」

 倒れた人間から奪うのが普通だとは思わないけれど。やっぱり異世界は怖い場所なのかなぁ。


「どういう国で育てば、そんな風にのほほんとした性格になるんじゃ? あの『ノートパソコン』といい高度な魔法で造られた平和な楽園かの?」

「うーん? どうだろ」


 日本はどんな国だったのだろう?

 それ以前に、自分のいた学校とはどんな場所だったろう?


 魔女の家での一件で、断片的にせよ交流のあった友人のことは思い出した。

 家族や友人がいた記憶を取り戻したのに、他のことは曖昧なまま。まだ肝心なことを何か思い出していない気がする。それも決定的な「何か」を。


『う、うーん……』

 河原に倒れていた黒い鎧の男が目を覚ました。


「あの、大丈夫ですか?」

 今度は油断なく距離をとり、掴まれない位置から声をかけてみる。


『い、痛てて……。あれ? 水を飲もうとして……拙者はどうなったでござる?』


 ござる口調で自分を拙者と呼んだ男は、上半身を起こすと、(つら)そうな様子で頭のヘルメットを脱ぎ去った。

 地面に落ちた鎧の一部が、ガランと音をたてて僕の足元に転がってきた。


 黒い鎧の男は亜人だった。ピンと立った二つの耳が頭の上、ややウェーブした茶色い髪の間から突き出るように生えている。


「犬族……?」

 顔は精悍で格好いい。海辺にいる日焼けしたサーファーみたいな肌の色、それに二割ぐらいワンコ的な成分が混ざっている感じ。瞳の色はグリーン。どこかでみたことがある顔つきだなぁと思ったら、シベリアンハスキーだった。


 転がってきた鎧のヘルメットを拾い上げて近づいて、「大丈夫ですか?」と手渡しながら声をかけてみた。


「かたじけない、お恥ずかしいところを……見られてしまったようでござるな。旅の……御方でござるか?」

 立ち上がろうとしたけれど、ヘナヘナとまた座り込んでしまった。

 そこで彼のお腹の虫がぐぅと鳴いた。腹をかかえて困惑している様子。どうやらかなりの空腹らしい。


「……キュン」

 僕は少し離れた場所にいるキュンに声をかけた。

「あぁもう、わかっておるぞな。魔女からもらったパンをくれてやるのじゃな?」

「僕の分を我慢するから、この人にひとつあげていいかな?」

「ミヨの好きにするが良い」


 肩掛けのカバンからパンをひとつ取り出すと、キュンは僕に手渡してくれた。

 本当は貴重なパンだ。けれど目の前に腹ペコで倒れている人がいるんだから、放っておけない。


「これ、よかったら食べませんか?」

「……なっ!? ななっ、そんな……そういうわけには」

「お腹すいてるんでしょ?」

 施しを受けるわけにはいかない、とでも言いたげな様子だけど視線はパンに釘付けだ。今にもよだれを垂らしそう。


「うぅ……」

「遠慮せずに」

「かっ、かたじけないでござる……!」

 ハスキー顔のお兄さんはパンを受け取るとガツガツと平らげてしまった。よほどお腹が空いていたのだろう。


「危ないところを助けて頂き、深く感謝するでござる。拙者の名はフェルト。北の山脈で暮らす狼犬族の戦士でござる」

 食べ終えて落ち着くと、河原に正座して僕たちにお礼を言った。

 フェルトと名乗った黒い鎧のお兄さんは、狼犬族。犬なのか狼なのかどっちなのかすごく気になる。


「狼犬族は、狼に似た犬か、犬のような狼か、当の本人たちでさえ結論が出ず、絶えず議論され続けておるイシューらしいのぅ」

「そ、そうなんだ……」


 ようやく立ち上がると背の高い戦士といった風体だ。腰に下げている剣は鞘に収められているけれどすごい迫力がある。


「拙者は川を下りここまで来たでござる。あの山脈の麓にある村から、この森を抜けて……ここまでようやくたどり着いたのだが、力尽きてしまったでござる」

 かなり苦労した様子、疲労こんぱいの様子が見て取れる。鎧はよく見ると傷だらけで戦いを経てきたのだろう。


「僕はミヨ。こっちはキュン。二人で旅をしているんだ」


 僕はここまでの旅について、簡単に説明した。


「お二人は本物の『旅人』でござったか!? どうりでこんな辺鄙な場所を歩いているわけでござる……。あ、いや。ここは危険な魔女の支配する『(くら)き森』と呼ばれていて、知らずに迷い込めば生きては帰れない危険な場所なのでござる」


「え?」

「そうかの?」

 思わずキュンと顔を見合わせる。

 真剣な表情で話し始めるフェルトさん。話によれば、村を旅立ってから数日間、森で魔物に襲われながらも必死で進んできたのだという。


「河原を下り、なんとか森を抜けたところで空腹で行き倒れてしまったようでござる。魔物に襲われた時にやられたか、頭部の傷が痛いでござるが……」


 あ、それ魔物じゃないです。と思ったけれどそこは黙っていた。


「ワシらは魔女のホウキでラッキーじゃったのう」

「う、うん。魔女さんは親切だったし」


「なっ!? なんですと魔女のホウキ!? いやいや、そんなはずは……。魔女は口が耳まで裂けていて人を食う恐ろしい連中でござるよ!? 狼犬族を捕まえては首輪をつけて、使役獣(ペット)にしているという噂で……。とにかく恐ろしい連中でござる」


「そんなの見なかったけどなぁ」

「じゃのぅ?」

 誤解じゃないのかな?


「しかし、ミヨ殿とキュン殿が『旅人』であるのなら話は別でござる。魔女どもにとって『関わること』自体がこの上なく魔女の中の地位を高め、名声を得る行為だと聞きますから。それで丁重にもてなしたのでござろう」


 なんだか誤解と偏見があるみたい。きっと争いはこうやって起こるんだね。魔女のマリリーヌさんは裏表なく僕たちを助けてくれたと思う。


「魔女さんは親切だったし、そのパンもくれたんだよ」

「……なっ!? 拙者、魔女の作ったパンを……食べたでござる?」

「そうじゃの。美味かったであろう?」

 キュンが意地悪な笑みを浮かべる。


 フェルトさんは一瞬、顔を青ざめさせて目を白黒させていた。けれど過ぎたことは仕方ないとばかりに肩の力を抜いた。


「美味……ではござった」


「よかった。魔女さんはいい人だよ。ちゃんと会って話せばきっとわかるよ! 本当はみんないい人。僕はそう思う」

「あぁ、ミヨはお人好し過ぎるから、参考程度にの」

 キュンがフェルトさんに耳打ちする。


 ところで、フェルトさんは危険な目にあってまで、どこへ行こうとしていたのだろう。


「実は拙者、『星降る夜』をきっかけに旅に出たでござる」


「『星降る夜』……!」

「また運命の出逢いというやつかのぅ?」


「あの夜を境に、魔物が活性化して村は大変でござった……。村の戦士たちがなんとか食い止めたのでござるが……」


 森がざわめき、普段はおとなしい魔獣や獣が暴れたのだという。


「……『星降る夜』は世界が変わる知らせだと。一族に伝わる『魔神の書』には過去と未来の真実が書かれているのでござる。拙者は一族の代表としてそこに書かれた真実を、この曇りなき(まなこ)で確かめるために旅に出たのでござる」


 キリリとした眼差しではるか東を見つめるフェルトさん。


「ま、『魔神の書』には何が書かれているの?」


「一族に伝わる『魔神の書』は賢者しか読めないのでござる」

「えぇ? そうなんだ」


 何それかっこいい。


「もしかして、『魔神の書』とやらを持っておるのかの?」


「うむ、これでござる」

 フェルトさんはゴソゴソと鎧の内側から何かの書物を取り出した。それは茶色く変色した古い時代の大学ノートに見えた。


「え……?」


「拙者たちにはまるで読めない未知の文字で書かれた書物でござる。しかし、ここに書かれている内容は、世界の終焉(しゅうえん)と誕生……天地開闢(てんちかいびゃく)にいたる壮大な神話だと……云われているでござる」


 賢者にしか読めないという『魔神の書』――。


 けれど僕にはそれが日本語にみえた。

 少なくとも古い大学ノートには漢字で、『魔神の書』と書かれていたのだから。


<つづく>

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