暗黒の騎士と魔神の書(前編)
◇
「夕べはすっかりご馳走になっちゃったね」
「手作りパンは絶品じゃったのぅ。おまけに土産までもらってしまうとは」
「お土産のパンは嬉しいね」
「食費が節約できるからのぅ」
キュンが肩から下げたカバンには、大きなパンがいくつも詰め込まれていた。
魔女のマリリーヌさんから頂いた、嬉しいおみやげ。保存が利くように焼き締めたというパンだ。
家で一晩を過ごさせてもらった僕たちは、翌朝になり出発することにした。
マリリーヌさんのご厚意に甘え、森の入り口まで魔法のホウキで運んでもらった。
魔女の森は迷いの森。抜け出せなくて躯になる人がいるのだというから断る理由はない。
「ありがとうございます!」
「世話になったのぅ」
「いいのいいの。とっても興味深くて楽しい話をたくさん聞けたから」
上機嫌のマリリーヌさんは、ふわりとホウキで空へと舞い上がった。
「ノートパソコン、ありがとうね!」
「動かなくて申し訳ないですけど」
「とんでもない、家宝にするわ」
ノートパソコンはマリリーヌさんにあげることにした。
翌朝にはバッテリーも切れ、再び動くことはなかった。思い出の品ではあるけれど、記憶が戻った以上は、持っている意味はない。
君の持ち物だから返すと言ってくれたけれど、もう単なる重い荷物でしか無い。
思い出は胸の中にあればいい。
だから、お世話になったお礼を兼ねて。貰ってくれたほうが嬉しかったし。
「二人に、幸あらんことを」
マリリーヌさんは空に舞いあがりながら、キラキラと光の粉を僕たちにむけて放った。
「祝福の魔法、旅の安全祈願じゃの」
「なんだかステータスが上昇したような気がする?」
気がつくと手首の印は消えていた。
「じゃぁね、良い旅を!」
「ありがとう!」
「感謝じゃー」
お世話になったお礼を言って別れ、ふたたび東を目指す。
――東に向かうの? 東の地の果てには天に通じると云われる「何か」があるらしいわ。けれど、ここから三千里も先の彼方よ。
マリリーヌさんがスケッチブックに簡単な地図を描いてくれた。大陸の果までの道のりと、途中にある大きな街の大体の位置だ。
大陸の尽きる東の果て。
そこには天に伸びる「何か」道のようなものが描かれていた。マリリーヌさんも魔女の仲間たちもそこまで行った者はいないという。
「ここが最終目的地……」
「東の果て、サイハテの地じゃ」
向かう先は三千里先にあるらしい。
聞き慣れない単位だけど、どれほど遠いのだろう。
キュンにたずねると「徒歩で進めるのは一日あたり30里程度じゃろう」ということだった。
「てことは、100日間歩けばたどり着くんだね……」
「簡単にいうでない。時間をかけるということはそれだけお金も必要ということじゃ」
「遠い。果てしなく遠い」
「馬でも魔女でも何でも良いから『ヒッチハイク』して乗せてもらうのが近道じゃ」
「だよね。貰ったパンも、2日ぐらいで無くなりそうだし」
「その時こそ食い扶持を探さんといかんのぅ」
「僕の荷物を見ながら言わないでくれる? もう売らないからね!」
「ケチ臭いことを言うでない。そもそも、あの『ノートパソコン』とやらを大きな街の商人に売れば、軽く金貨100枚ぐらいにはなったかもしれぬのに」
キュンが僕のリュックの上によじ登りながら、そんなことを言う。
「マジで?」
「大マジじゃ」
金貨100枚。大金だ。
すごく惜しいことをした気がする。
「一ヶ月、御者付きの馬車を雇えたかもしれぬのぅ」
「それなら三千里でも進めたかな?」
「さぁの」
にししと意地悪に笑いながら頭を押さえ、僕の頬を太ももで両側から挟むキュン。
肩ぐるまというか、完全に馬の扱いだ。
「ま、急ぐ旅でもなし」
「そうだね。ゆっくり行こう」
しばらく二人で歩いていくと、やや開けた場所に出た。
明るい里山のような場所。まばらな木々の間を綺麗な小川が流れている。小休止をしながら振り返ると、山脈の手前に黒々とした深い森が横たわっている。
魔女の里は、魔法のホウキでなければ辿り着けない場所だったのだろう。
食べられる木の実でもないかと、河原を散歩しながら進んでいくと前方に何やら黒いものが見えた。
「ん?」
「なにかがおるようじゃの」
慎重に近づいてみると、黒い鎧を着た人だった。腰に物騒な剣をぶら下げている。
倒れたまま動かない。
「死んでる?」
「ミヨよ、石を投げてみるのじゃ」
「えー?」
嫌だなぁ。とりあえず小石を拾い上げる。すると、黒い鎧の人が「うーん」とうなり声をあげた。
「生きてるよ!?」
「こ、こらむやみに近づくでない!」
僕はキュンをその場に残し、駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
と、いきなり足首を掴まれた。
「わ、わぁああ!?」
慌てた僕の横をかすめて、何かが飛んだ。ゴッ! と鈍い音がして石が黒い鎧の男の頭部に命中した。
『ギャッ』
男が悲鳴をあげて手を放した。ぐったりとその場で再び動きを止める。
「キュン!」
「命中じゃ!」
見事命中した石は、メロンぐらい大きかった。
「石、大きすぎない……!?」
<つづく>




