空棲の魔女(スカイ・ウィッチ)の里(後編)
魔女の里は森の中にひっそりとあった。
一抱え以上もありそうな巨木の樹上に見える、ツリーハウスが住み処らしい。茅葺屋根の可愛いお家は、まるで小鳥の巣のようにも思える。見回すと同じような家々が木々の梢に何軒もあった。
「階段で上り下りするんだね」
「ホウキで飛ぶのは遠くへ買い出しにいくときだけよ」
樹上の家に行くためには、幹に打ち付けられた階段を使うらしい。一人が通れるくらいの狭い木の階段が、ぐるりと幹を螺旋状に取り巻いている。手すりはあるけれど、上り下りはけっこう怖そうだ。
マリリーヌさんの案内で里の中を歩いていくと、空からホウキに乘った別の魔女がゆっくりと降下して来るのが見えた。そして樹上の家へと降り立った。玄関前の木製のウッドデッキ風のテラスに着地すると、中へ入っていった。
「この里には何軒ぐらいの家があるの?」
「全部で三十世帯ぐらいで暮らしているわ。数十年に一度は里ごと移動するけれど、あたしが生まれたのはここ」
「素敵なところですね、静かで良い感じです」
「気に入ってくれて嬉しいわ。あたしの家はすぐそこだから」
僕とキュンはマリリーヌさんの後ろをついて行く。
小鳥たちがさえずり、木漏れ日も優しく気温も心地よい。
荒野に砂漠、そして草原と進んできたからか、余計快適に思える。キュンは僕の手を握ったまま、だまって歩いている。
と、向こうから赤毛の魔女が歩いてきた。
髪の毛はフワフワした巻き毛で、魔法使いのマントを肩からラフに羽織っている。手にはホウキではなく、パンの入った紙包みを抱えていた。
「やぁ、ルイハール」
「おやっ? マリリーヌ。その子ら、何処で拾ったのサ?」
僕らを見るなり、赤毛の魔女さんは切れ長の瞳を瞬かせた。
「ども、こんにちは」
「あら可愛い……! いいわね、今夜はごちそうだネ」
今夜はごちそう。
その言葉に含まれる不穏な響き。
なんとなく嫌な予感がする。僕ら旅人が食材としてお料理される……的な流れじゃないよね?
「あの……」
するとマリリーヌさんは相手の魔女に対して余裕の表情を見せた。
「ルイハール、旅人さんと出会ったあたしの幸運を妬まないの」
「ちぇ、ごめんネ。冗談だヨ。取って食べやしないヨ。ゆっくり休んでいってね旅人サン」
「あ、はい」
「純粋な旅人さんには親切にする。幸運が舞い込むか、あるいは運命の歯車が回りだす。これは魔女の間に伝わる言葉なんだ」
「どうやらここでも旅人は優遇されるらしいのぅ」
「目的不明の無職だと親切にしてくれるなんて、嬉しいような申し訳ないような」
「ま、なるようになるじゃろ」
キュンもさほど気にする風もない。
「マリリーヌはラッキーだヨ」
赤毛の魔女はウィンクしながら去っていった。
「魔女の中には嫉妬深い子もいるからね」
マリリーヌさんは手にもったホウキを杖のように立てながらそう囁いた。
「嫉妬……?」
次にすれ違った魔女は、中年の色っぽい女のひとだった。首に数珠のように連ねた木の実をぶら下げている。
「あらぁ!? マリリーヌ、ずいぶんと可愛い使い魔と契約をしたのねぇ? 生きている間は大事にしてあげてね」
「つ、使い魔……!?」
ていうか生きてる間って何のこと? 思わずマリリーヌさんに視線を向ける。
「ハリフルルさん、旅人さんが怖がるからやめてください」
「もう、冗談よ。つい羨ましくって」
マリリーヌさんがため息を吐きながら「気にしないで」と言った。こっちが「どうしよう」という反応をするのが相手は楽しみたいだけなのかもしれない。挨拶代わりみたいなものかもしれないけれど、言われた方は困惑する。
「ねぇ、マリリーヌさん。この手首の印も冗談?」
「それは本物、明日には消えるから気にしないで」
「そうなんですね」
空を飛んだという点に関しては間違いないし、魔女の契約は本物らしい。
木々の間の小道を進んでいくと、洗濯物が梢で揺れ、煙の立ち上っている家もあった。どこからともなく美味しそうな匂いもするし、魔女たちが生活を営んでいることがわかる。
その後も何人かの魔女とすれ違った。子供たちが「わーい」と言いながら、翼の生えたトカゲのような生き物と一緒に走り抜けていった。
「……ねぇ、男の人がいなくない?」
「気がついたかの? 魔女の里は『女の里』じゃ」
「どゆこと?」
するとキュンは僕の手を手繰り寄せて、顔を近づけてきた。
「そのへんで気に入った男を捕まえて、里に連れてくるんじゃ……」
「え、えぇ!?」
「夢のような一時を過ごして……気がつくと、どこぞの荒野にポイ。放り出してしまうんじゃ。それまでの記憶をすべて消してのぅ」
キュンが意地悪くニヤリと嗤う。
「そ、それって、このまえの僕……?」
「そうじゃったかのぅ?」
記憶がなくて行きなり荒野にいたわけで。
「それって、マジ?」
「……冗談じゃ」
「もううっ!」
なんなのさキュンまで! 脱兎のように逃げ出したキュンを追いかけて、マリリーヌさんを追い抜く。
「あはは、仲良しな夫婦ねぇ」
「「ちがうぅ!?」」
僕とキュンは同時に立ち止まり叫んだ。
「息もぴったりなのに。 って、そこがあたしの家だよ」
「あっ?」
目の前の木がマリリーヌさんの家だったらしい。
「どうぞ、そこからあがって」
言われるまま螺旋階段を上り、手すりで囲まれたテラスまで上る。ギシギシと足元の木の板が鳴っている。眺めがいいし風通しも良い。とても快適そう。
「さぁどうぞ。入ってはいって」
「おじゃまします」
「おぉ良い住まいじゃのぉ」
中は清潔で明るかった。入り口のすぐ横に小さなキッチンと水場。5メートル四方ほどの小さな部屋の中央にはミニテーブルと向かい合った二つの椅子が見える。
壁際には持ち運びのできるポータプル型の暖炉。窓のほか、壁一面には薬草や木の実など、魔法や薬の材料になりそうな物がいろいろとぶら下がっている。向い側には簡易的な壁で仕切られた寝室らしい部屋が見えた。
ふわりと、甘いお香のようないい匂いがする。
「そのへんに荷物を下ろして、ゆっくりしてよ」
「はい、お言葉に甘えまして」
ようやく背中のリュックを床におろして重さから解放される。勧められるまま椅子に座っていると、マリリーヌさんが魔法の炎でお湯を沸かし、ハーブティーを淹れ僕とキュンにごちそうしてくれた。
香りのいい紅色のお茶を頂いて、僕らは「美味しい!」「温かいお茶じゃのー」と感激する。
「それでね。ひとつ見てほしいものがあるの」
そういえばマリリーヌさんはここに来た時も、手伝ってほしいとか、そんな事を言っていた。
「僕にできることなら。なんでしょう……?」
「あのね。これが何か教えてほしいの。空中回廊を破壊した落下物」
「えっ、隕石かな?」
「ううん。石じゃないの。旅人さんならこれが何か分かるかと思って」
マリリーヌさんが壁際の棚から何かを持ってきた。
ゴトリとテーブルの上に置かれたモノに僕は目を見張った。
「なんじゃ、これは?」
キュンが珍しく首をかしげ、眉根を寄せた。
けれど僕には見覚えがあった。
四角くて鈍く光る金属製の板のようなもの。横には押し込み式の仕掛けがあって、そこを押すとパカッと開く。
「まるで固い本のようじゃが……?」
「……ノートパソコン」
「ノート、ぱそ? なんじゃそれは」
「僕のいた世界で使われていた道具で……あれ?」
そこでもうひとつ気がついたことがある。
僕の部屋にあった物に似ていた。ぼんやりとした曖昧な記憶。かつての暮らしぶりが甦ってきた。
机の上にあったパソコンは、中学入学のお祝いに親から買ってもらったものだったはず。
多少汚れてはいるけれど、メーカーのロゴも色も、形もそれによく似ていた。
「ミヨよ」
「な、なに、キュン」
赤毛の女の子らしからぬ神妙な顔つきで、机の上のノートパソコンを見つめている。
「おぬしの世界は、本当に壊れたのかのぅ?」
「……え?」
<つづく>




