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空棲の魔女(スカイ・ウィッチ)の里(中編)


 魔女のホウキは滑るように空を飛んだ。


「すごい、飛んでる……!」

「座り心地も快適じゃのぅ!」


 見た目は普通のホウキなのに、座ってみるとあら不思議。まるで『快適な馬の背中』に腰掛けているみたいな柔らかい乗り心地。股間が痛くなったりしないことにもホッと一安心。


 地面から100メートルほどの高さを、全力の自転車よりも速い速度で飛んでゆく。周りに高い建物も目印もないので、あくまで感覚としてだけど。


 僕らを乗せたマリリーヌさんのホウキは、緑の絨毯のような草原地帯の上を飛んでいた。


「眺めが良くて気持ちがいいね」

「キャラバン隊の車列じゃ」

「僕らは見えてないみたいだね」

「じゃろうのー」


 草原の間を縫うように描かれた道の上を、馬車の車列がのんびりと進んでいる。誰もこっちには気がついていないみたいだ。

 

 ホウキはどんどんと東の方向へと進みながら、やや進路を北東へ向ける。北の方角には大きな山脈が横たわっている。あの山の(ふもと)に「魔女の里」があるのだろうか。


「空の旅もいいものでしょ? でも手を放すと危ないから気を付けてね」

 マリリーヌさんが振り返る。長い髪が風でなびくと良い香りがする。

「は、はいっ」

「何をデレデレしておるのじゃ……」

「べ、べつに」

「いいからワシを後ろからしっかり支えておれ」

「もう、なんなのさ」

 キュンがなんだか絡んでくるけれど、心配したほど揺れないし風圧もあまり感じない。自転車でのんびり走っているみたいな気持ちの良さ。実にかいてきな空の旅だ。


「油断しているとたまに揺れるから気をつけ……」

「わっ!?」

「のわっ!?」

 マリリーヌさんが気をつけてといいかけた途端、突風に煽られたような感覚があった。

 ホウキが急にぐわん、と斜めになって慌ててキュンとホウキを強く支える。マリリーヌさんは慌てずに「よっ」と、姿勢を立て直した。今のはちょっと焦った。手にじんわりと汗がにじむ。


「い、今のは……?」

「空中回廊が所々で破れてるのよ。ほら、先日の『星降る夜』の影響で、魔法の結界が綻んでる箇所があって……。修理は組合のほうでしてるけれど、追いつかないのよ」


「流れ星の夜って、そんなに大きな異変だったんだ……」


「そりゃね、何百年に一回あるかないか。空に見えていた大きな青い星が、揺らいで消えちゃったんだから、おお騒ぎだったわ」


「え? 青い星が……消えた」


「そうよ? 知らないの? お月さまの向こうに時々見えていた、青い大きな星。アースガルドと呼ばれているもうひとつの世界、月の青き伴星ね。占星術の記録では時々おかしな動きをするらしいけれど。今回のはとびきりの大異変だったわ」


 マリリーヌさんは話すことが好きなのか、『星降る夜』のことを教えてくれた。

 星が消えた。それは本当に消えたのか、見えなくなっただけなのか、まだわからないという。

 もしそれが僕が住んでいた世界なら……。


 するとまたホウキが揺れた。今度は高度がガクン……! と下がって思わず悲鳴をあげる。

「っとと……! 危ない、大丈夫?」


「は、はぃぃ……」

 正直、ちょっとチビリそうでした。

「ふぅ……。焦ったのう。本来このホウキは今のような気流の中を飛んでいるんじゃ。気温も低いし風圧も今さっき感じたとおり危険なものじゃ。とてもではないがこの高さをホウキで移動することなどできんのじゃ。じゃが、魔女たちが何世代にもわたって魔法で空にチューブ状の『回廊』を作って、安全に行き来できるようにしておるのじゃがの」


「へぇ……! キュンはこんなことまで知っていたんだね」


 だったら最初から魔女をヒッチハイクしたかったなぁ。


「幸運だったのはさっきの町での肩車じゃ」

「え?」

「あの時、たまたま町の外で空を見上げた時、破れた回廊から魔女が飛んでいくのが見えたからのぅ。それで空中回廊の存在に気がついたんじゃ」


「それじゃ、今までも気が付かないだけで頭の上を魔女が飛んでいたかもしれないの?」

「かものしれぬのぅ」


 魔女は本当にいて、ホウキで空を飛び回っている。

 けれどほとんどその姿は見えない。

 空中回廊という特殊なチューブ状の結界の内側を飛ぶから、ということらしい。


 ならUFOが消えたり見えたりするのも同じような理由かな?


「それに、良い魔女ばかりとは限らんからの」

「そうなの?」

 キュンが振り返ると小さな声でささやくように言った。


 しばらく空の旅を続けると大きな川を通り過ぎた。

 両岸に村があり、その間を渡し船が行き交っている。広い川面に浮かんでいる船から比較しても、川幅はとてつもなく広い。


「大陸を南北につらぬくベコン川じゃ」

「すごいね、黄河(・・)みたい」

「なんじゃ黄河とは?」

「あれ? なんだっけ。えーと……あ、思い出した。中国を流れるすごく大きな川でね」


 そこまで言うと、キュンが僕の腕に手をそっと添えた。


「……ミヨはもっと多くのことを思い出すべきじゃな」

「キュン……?」

「なんでもないのじゃ」


 マリリーヌさんのホウキは川に沿って北上する。途中でいくつもの小さな村や町が見えた。水が豊かなせいか耕作地も目につくようになった。


 それらを飛び越えるとやがて深い森の上へと差し掛かる。

 時間にして2時間も飛んだだろうか。


「ほら! あそこよ。降りるから掴まってて」


 マリリーヌさんは徐々に高度を下げた。途端に、ぶわっ……! と風が顔や全身に吹き付けた。


「おふうっ……!?」

「空中回廊を抜けたんじゃ……」


 高さはまだかなりある。ぐらぐら揺れて怖い。けれどそれも僅かな時間だった。森の木々と同じ高さまで来ると、半透明の魔法円を通り過ぎた。


「魔法の結界じゃ」

「里を隠している、みたいな?」

「そうじゃ、ミヨは物分りがよいの」


 ホウキはゆっくりと地面へと近づいて、着地。地面に足がついた。


「なんだかフラフラする……」

「ワシもじゃー」

「あはは、ホウキ酔いね、初めてだとみんなそうよ」


 と、目の前には極太の幹の上に小さな家が乗っていた。目玉の親父が棲んでいそうな樹上の小屋。もとい、可愛い魔女が住んでいそうなツリーハウス。

 捻れた太い幹一本につき、ツリーハウスが一軒乗っているみたいだ。


「ここが魔女(あたし)の里」

「わぁ、なんか凄くいい感じです」


 木の板の壁に茅葺の屋根。入り口にはいろいろな薬草や動物の骨、カラフルな鳥の羽根などがぶら下げられている。いかにも魔女の家という感じがする。


「気に入った? じゃぁ疲れているところ悪いんだけど、ちょっと家に来て。手伝ってほしいことがあるんだ」

「あ……はい!」

「嬉しそうじゃのぅ」

「そりゃ嬉しいよ、魔女の家なんて入ることないからね」

「警戒心のないやつじゃのー」

「大丈夫だよ」


 僕とキュンはマリリーヌさんの後ろをついて、里を歩き始めた。


<つづく>


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