空棲の魔女(スカイ・ウィッチ)の里(前編)
◇
「お金のかからない町に行きたいなぁ」
「なんじゃ、やぶからぼうに」
一夜明けた草原の町チチズーラ。
早朝の郊外を行き交う馬車を眺めながら、僕は出立の準備をしていた。
『グェー』
横では羊竜が草を食んでいる。
もこもこした白い羊っぽい体にトカゲの頭。尻尾はワニみたい。鳴き声もかわいくない。
ドラゴン系っぽいけどお乳が出るんだから哺乳類なのか。僕らは昨日こいつの乳をジョッキでガブ飲みした。
夜には宿で肉料理も食べたっけ。ラムっぽい味の鶏肉みたいで美味しかった。そういえば何の気なしに食べた今朝の卵料理も羊竜のだったみたい。卵を産む……? やっぱり謎すぎる生き物だよ。
「そろそろ所持金が少なくなってきたんだ」
「いくら残っておるんじゃ?」
「銀貨3枚」
「……! 今日の食費でおわりではないか」
キュンが急に背後に回ると、僕のリュックによじ登ろうとする。
「重い重い、何するのさ!?」
「売って金にするんじゃ!」
「ダメだよ、これ以上は」
「よいではないか」
「よくないー!」
リュック経由で背後からよじ登ったキュンが、どしんと首に腰掛ける。
肩車しているみたいな体勢になって、小さな手で後ろから僕の頭を押さえて、話しかけてくる。
「じゃぁ、これからどうするのじゃ?」
「……お金を稼ぐよ」
「ほぅ? お主がかの? どうやってじゃ」
「それは今から考えるし」
「猶予は今日だけじゃぞ。野宿はもう嫌じゃからな」
「僕も嫌だよ!」
キュンと出会ってから2日ばかり岩の陰で野宿をした。寒いし朝露が冷たいし、一晩中ワケのわからない生き物の声が聞こえて来て眠れなかった。
キュンは僕のひざを枕がわりにぐーぐー寝てたけど。
ふと、あの「星降る夜」のことを思い出す。
この小さな『羽なし妖精』の女の子は、一体どうやってあそこまで旅をしてきたのだろう?
見渡す限りの荒野、周りには街もなければ街道から外れた場所だった。おまけに危険な『翅アリ妖精』のコロニーが点在する地。実際に僕たちは捕まってキノコの苗床にされるところだったわけだし。
僕と同じ様に何処から湧いて出たのか。まさか空でも飛んできたとか……? なんてね。
キュンはまだ何か隠し事をしているのかもしれない。
「こんなところで話していても始まらぬ。ほれ例のアイテムの出番じゃ」
僕の頬をもてあそびながら、キュンが足をパタつかせる。
「はいはい、いまやりますよ」
キュンに言われるまでもない。リュックの背中に挟んでいたスケッチブックとサインペンを取り出した。
「願いが叶う魔法のアイテムじゃな」
「まさかぁ」
「それを見せれば大抵、乗せてくれるじゃろ?」
「そうだけどさ」
きゅっきゅとペンで「東のエディーン」と書き入れる。
目的地の名前は昨夜、宿屋で親父さんに聞いた。東にはエディーンという大きな街があると。かなり遠いらしいけれどキャラバンや行商の馬車が向かうことがあるらしいとも。
「ワシが持ってみようかの」
「あ、いいよ」
「試したいことがあっての」
「何を?」
スケッチブックを手渡すと、キュンは肩車させたままの状態で、高々と両手で空に向けて掲げあげた。
「空をゆくぬしら、ワシら旅人を乗せてみんかー?」
空に向かって叫ぶキュン。何をやっているんだか。
「もう、空に向けたら見えないでしょ。ほら! あそこで大きな荷馬車が二台動き始めた!」
僕は地団駄を踏むように方向転換。草原の向こう100メートルほど先で動き始めた荷馬車の方を指さした。
「おぬしの運を試してやろうと思うてな」
「なんのことさ? ほらいくよ……!」
と、そのときだった。
「へえ……? 君が旅人さん?」
突然、背後で声がした。
「はえっ?」
慌ててキュンの足首を掴んで180度方向転換する。
すると、女の人が一人立っていた。
すっと背が高くて、顔立ちがシンプルで綺麗なお姉さん。空色の髪は長くて腰のあたりまである。
「こんにちは。気配がしたから来てみれば……すごいラッキーかも」
お姉さんは僕とキュンを物珍しそうに眺めて微笑んだ。
「あれ……いつのまに?」
さっきまで周囲には羊竜しか居なかったのに。一体どこから現れたんだろう?
女の人の服装はゆったりとしたワンピースみたいな感じ。膨らんだ胸元が大胆で慌てて目をそらす。もうひとつ目を引くのは長い「ホウキ」を持っていることだった。内側が赤い薄手のマントを羽織っていて、まるで魔女みたい。
「あたしは空から来たのよ」
「そら……?」
お姉さんが指差す空に視線を向けると、ヒュッと何かゴマ粒のようなものが視界を横切っていった。雲の浮かぶ空の向こうへ飛んでいって物体はすぐに見えなくなった。けれど鳥のようには見えなかった。
「こやつは『スカイ・ウィッチ』じゃ」
「スカイフィッシュ?」
キュンが頭上からにゅっと顔を出した。
「ちがう、ウィッチ……つまり魔女じゃ」
「魔女!? マジで?」
「あはは、私たちは魔法族の『空棲の魔女』と呼ばれているわ。魔法でシールドされた地脈上の空中航路をたまに飛んでるの。君、知らないの?」
僕はなんと答えていいやら思い悩む。異世界だし亜人や変な生き物がいるわけだから、魔女がいてもおかしくない。
「魔法で空を飛んできたってことですよね!? すごい!」
「今までもたまに飛んでいたじゃろ」
「え!? 見てないよ」
「まぁ大抵の人間は、空なんて見て歩いていないからねー、転ぶしさ」
「違いないのぅ」
なんとなく波長が合うのか、魔女さんとキュンが同時に笑う。
「契約すれば、ちょっとだけなら乗せてあげるよ」
「契約……? えと、何に乗せてくれるんですか?」
「そりゃぁ、あたしは魔女だから、このホウキにきまってるでしょ?」
あっけらかんと言う。空色の髪を手でかきあげて、ホウキをほいっと放り投げる。すると目の前でホウキがふわりと空中に浮かび静止した。
「おぉ、ぉお!?」
「魔法のホウキじゃぞ」
本物の魔女だ! しかも空を飛ぶなんて、すっごいファンタジー!
「どうじゃミヨ、見事に釣れたであろう?」
「釣れたって……」
またさりげなく失礼なことを。聞こえてはないみたいだけど。
「効果てきめんじゃな、このスケッチブックは」
「スケッチブックのおかげなの?」
「どうじゃろうのー?」
キュンがペンとスケッチブックを眺めながら、ちょっと邪な笑みを浮かべている。売ったらお金になりそうじゃ、と言い出しそうなので取り上げる。
「で、旅人さんはどこまで行きたいの?」
「えっ、あの……東のエディーンに行きたくて」
スケッチブックを見せる。
するとお姉さんはちょっと腕を組んで指先で顎を押さえて、何やら考える。左右の腕で寄せられて盛り上がった胸につい目が行く。と、僕の両目を小さな手が塞いできた。
「な、何!?」
「手が滑っただけじゃ」
見えない、やめて。
「今、空中航路が破断してる箇所が多くてね。ほら先日の『星降る夜』の影響でさ」
魔女さんの言葉にキュンは顔を見合わせる。僕は見上げてキュンは上から覗き込む。
「流れ星の、なるほどー」
「あの夜こそが旅の始まりじゃ」
「そうだね」
「君たちも沢山の星が降るのを見ただろう?」
「はい」
こくこくと頷きながら、調子を合わせる。
「とりあえず街までひとっ飛び、とはいかないわ。道は閉ざされているの。陸路で行くつもりなら一週間は覚悟しておいたほうがいいよ? 途中は川もあるし危険な場所もある」
「やっぱりのう」
「キュンはこの先の道を知っていたんだ?」
「まぁの」
「空をとんで行けるとこまでならつれていってあげてもいい。でも……一旦、私の里に立ち寄っていいかな? それでも良いなら一緒にどう?」
「里って魔女の……?」
「そ、わたしの家があるの」
「キュンよ、とりあえずオッケーじゃ。馬車や徒歩より万倍も良い」
「あ、はい! おねがいします! 乗せてください」
キュンが背後からオッケーサインを出してきたので、頭を下げてお願いする。
「……ま、リスクはあるがの」
「え?」
「よし! 決まった。ならいまから一時的に私と契約をしてもらうね」
「あ、はい」
地面に何かの粉を撒きながら、ホウキの柄で円を描く。ミミズが這ったような紋様も描かれる。きっと魔法円とかいうやつだ。かっこいい。
僕とキュンはそのうちがわに移動する。
「汝、我がマリリーヌの下僕となり……えーと、君たちの名前は?」
お姉さん魔女に言われるまま、「ミヨです」「キュンじゃ」と答える。
魔女さんはマリリーヌという名前らしい。
祝詞のような魔法の言葉をすらすらと言い終えると、マリリーヌさんは僕とキュンの手にそっと触れた。
手首に光の輪がまとわりつき、やがてタトゥのような印が張り付いた。
「わ……これ、何?」
「一時的な契約の証。キミらは今から私の所有物。ま、通行証明書みたいなものよ。これがないと魔法の空中航路には入れないってこと」
「そ、そうなんですかー? へぇ」
これ、ちゃんとクーリングオフ出来るんだよね?
一抹の不安を感じつつ、キュンの顔を見上げるけれど何食わぬ顔をしている。
きっとそれなりに予備知識があるのだろうし……なんとかなるのかな。
「じゃぁいこうか! 乗って」
ひょいっとホウキに跨るマリリーヌさん。ふわりとワンピースの裾がめくれあがり白い脚が見えた。
僕とキュンに「おいでおいで」と手招きをする。
キュンを肩から下ろして二人で近づいてみる。
「これ……に?」
どう見てもホウキが短い。長さ150センチぐらいのホウキに僕とキュンが乗れるはずもない。
それに、こんな棒きれに跨ったら股間が痛そう……。思わず縮み上がり内股になる。
「大丈夫だから、跨ってごらんなさい」
「キュンよ、言われた通り彼女の背後から跨ってみい」
「う、うん」
じゃぁ失礼して……っと。
「――あれ!?」
跨ったとたん、視界と尻の感触が変わった。
目の前にはマリリーヌさんの空色の髪。覚悟していた股間に食い込む固い棒の感触は無かった。代わりに腰の下はふかふかのソファーみたい。それに不思議とぜんぜん狭さを感じない。
一旦下りてみると、見た目通りの普通のホウキのまま。
再び跨ると……まるで巨大なバイクに跨っているみたいな感覚になる。
「すごい! 乗り心地がいい!」
「でしょう? 後ろから私の腰に掴まっててね」
「あっ、はい……」
「キュン! ワシが間に入るのじゃ」
「あっ、そうか」
「ほれほれ、離れんか」
間にグリグリと乗り込んできたキュンを、前に抱きかかえるような体勢になる。
ふと見ると、前のマリリーヌさんは自転車かバイクみたいな操縦桿を握っている。
「不思議……! 見た目とぜんぜん違うんだね」
「そりゃ魔法だからね。見た目が全てじゃないさ。ねぇ……キュンちゃん」
「そうかもしれぬの」
「……?」
何だろうこの二人、何か「わかってます」的な空気は。
「さ、じゃぁ出発ー」
マリリーヌさんの掛け声とともにフワリ……! と身体が空中に浮かぶ感じがした。
「わ、わわっ……飛んだ――!?」
「おほぅ、久しぶりじゃのー!」
視界が一気に高くなる。
眼下では草を食べる羊竜の群れと、パパズーラの街がどんどん小さくなっていった。
<つづく>




