羊竜(シープドラゴン)の町(後編)
『ようこそチチズーラの町へ』
僕とキュンは町の入口に立っていた。
目の前の看板は木の板にナイフで彫り込んだラフな感じ。
町は草原地帯の中に浮かぶ乾いた小島のよう。土色の町の通りの両側には、日干しレンガの壁に、干し草を屋根に載せた家々が立ち並んでいる。
先日の砂漠の街とくらべれば幾分小さい。町というよりも村といったほうがいいくらい。通りを行き交う人々もまばら。
「賑やかな町ではないね」
「まぁ長居するわけでもなし」
歩いている人々の雰囲気もまるで違う。牛飼いとか羊飼いとか、そんな雰囲気の男女がのんびり歩いている。
日焼けした肌にシャツ。大きなつばのある帽子を被り、ピッチリしたズボンにブーツ姿。腰にはムチなんかをぶら下げている。
周囲の草原地帯で、羊竜とかいう謎の生き物を飼育している人たちだろう。
「あっ見て!」
「どうしたのじゃミヨ」
目の前をモフモフした塊が転がっていった。
カサカサカサ……と風に吹かれて動くのだから軽いのか。枯れ草色の「綿あめ」みたいなものだった。
「今のって、えーと西部警……じゃなくて、西部劇で決闘の前に転がっていく草だよね!?」
「セイブ……? 西部劇とやがら何かは知らぬが、今のは羊竜の抜け毛じゃな」
「抜け毛……」
なんか思ってたのと違う。
「この街の風物詩じゃな」
「そうなんだー」
「ところで西部劇とはなんじゃ?」
「古いアメリカの映画でさ、決闘の前に転がっていく草があったんだけど、それにそっくりだったんだ。あ、また……!」
ころころ転がっていく様子を見ているといろいろと思い出してきた。
「ほぅ? そのアメリカとは」
「国の名前でね。まって……何かちょっと思い出してきた」
「それはまぁ何よりじゃな」
あまり関心が無さそうなキュン。
でも今、抜け毛の塊を見たことで「アメリカと西部劇」という言葉を思い出した。
記憶はかなり断片的。けれど何かをきっかけに思い出す。
アメリカはUSA。すごく大きな国で強くて、色々なものと戦っていた気がする。独裁者の国とか、怪獣とか、宇宙からの脅威とか……。
「羊竜は季節の変わり目に毛が抜けるからの。抜け毛を集めて、糸に紡いで商いにするんじゃ。あとは乳を搾ったり、チーズにしたり。ほかには肉を乾燥させたやつも有名じゃな」
「そうなんだー。キュンは何でも知っているねぇ」
「毎度のことじゃろ」
「すごいねキュンは」
素直に感心して、よしよしと頭を撫でる。
「やめんかー」
小さいのに何でも知っているキュン。見た目は小学1年生、でも頭脳は大人!
「で、キュンは一体いつどこで勉強したの?」
「まぁ、時間を無駄にせんことじゃな」
キュンは前髪を気にしながらフイと目を逸らした。
「答えになってないような……」
「まぁウロウロするのもなんじゃし、店に入って腹ごしらえといこうかの」
「あ、賛成」
僕とキュンは町をひとしきり見てから、一軒の店に入ることにした。
看板にはジョッキと食べ物の絵が描かれている。
「ここにしようか」
「地元の名店……とあるの」
入り口のドアは両開きで、パタパタと両側から押して動くスイングドア。
木製のドアは胸と腹を隠すだけの高さで、きっと店内からは顔と下半身が見えるだろう。店内からは威勢のいい話し声や、笑い声が響いてくる。いい匂いもしてくるので食べ物屋さんなのは間違いない。
何処の町でも、一軒目に入るときは勇気がいる。
意を決し両腕で押し開けると、店内がしん……と静まり返った。店の中は薄暗くてテーブル席には結構お客さんで埋まっていた。
「いらっしゃい」
陰気な店主の声に、お客たちの視線がギロリと僕たちに集まる。
「わぁ」
「おぅ」
僕とキュンは思わず上ずった声を出した。
丸いテーブル席に足を乗せ、ジョッキで何かを飲んでいる大人たち。手にカードを持って何かに興じている最中の大人たち。その殆どが見慣れない旅人である僕たちを凝視している。
「これ、西部劇のあるあるシーンだったような気が……」
「だから何なのじゃ西部劇とは」
「このあと注文すると絡まれるやつ」
昼間なのに場違い感がハンパない。まるで夜の酒場に迷い込んだみたい。ちょっと怖いけれど堂々としていれば大抵は大丈夫、なはずだけど。
丸いテーブル席は全部で8つほど。すべて埋まっていてカウンター席しか空いていない。
背中のリュックを背負い直してから、キュンの手を引いてカウンター席へと進む。店内がまた騒がしくなるけれど、何人かは僕とキュンをジロジロと見てくる。
「あっ……! クソッ!」
「負けた! チキショォ」
横のテーブルでは羊竜飼いの大人たちが、カードを持って叫んでいる。声が大きい。
席につくと店主がカウンターに肘をついて話しかけてきた。
「見慣れない顔だね、商人かい?」
「ま、そんなところです」
「……ご注文は」
「この店オススメで安いやつを二つじゃ」
キュンが第一声、適当な注文の仕方だけど間違いない。オススメの頼み方。
「それとミルクを」
僕も続けて注文。指を二本立てる。うん、大人っぽい。
「おいおい、聞いたかよ兄弟! ミルクだとよ!」
「ハッハー!? 冗談じゃねぇここはガキが来る場所じゃねぇぜ?」
注文したとたん、後ろのテーブル席から野次が飛んだ。
カードに興じていた男たちの反対側にいた、店の中でも見るからにガラの悪い二人組だ。
「僕ら、いきなり絡まれてる?」
「じゃのぅ」
「定番を頼んだだけなのになぁ……」
「ミヨの頼み方が悪いんじゃな」
「なんで!?」
僕らは未成年なのでウイスキーやバーボンはダメ、絶対。かといって水も味気ないし、果汁は高い。火で沸かしたミルクが一番安くて安全ということなんだけど……。
どうしよう。表にでろとか言われるの、めんどくさいなぁ。
横を見るとキュンは平然としている。どうしてキュンは怖くないの?
僕が反応に困っていると、店主が慌ててメニューみたいな板切れを指し示した。
「おきゃくさん、お客さんっ……! せっかくですからホラ、あれのどれかを注文してくださいよ!」
「……え?」
壁に『本日のオススメ羊竜乳』とある。
――メイジー・おいしい羊竜乳
――コイワー・のうこう羊竜乳
――メグミー・なま搾り羊竜乳
……
――ミルク(ブレンド・最安)
「全部ミルクじゃん!?」
よくわからないけれど、メニューはミルクだらけだった。
「しーっ! あのテーブルは常連さんで……羊竜乳の生産者なんです。自分のとこにこだわりがあるんですよ。あそこも、あっちも」
「はー……?」
店のお客さんは大半が羊竜の乳製品の生産者で、こだわりがあるらしい。
店主さんが教えてくれたことによると、お客さんが注文してくれるお金を賭けて勝敗を決めているらしい。
僕が頼んだのはふつうの「ミルク」で賭けは成立しない。だから気分を害したのかな? そんなの知ったことじゃないけど……。場の空気ってのは大事かもしれない。
「じゃぁあの、『メイジー・おいしい羊竜乳』ひとつください」
「聞いたか兄弟! やったぜ! ヒャッハー!」
「見たか! これで4勝目だ!」
わっ! と斜め向かいのテーブル席で歓声があがった。
最初に絡んできたテーブル席は「くそっ」と意気消沈。ざまぁと思いたいけれど、なんだか悪いことしちゃったみたいな気分になる。
「キュン」
「仕方ないのぅ。では店主よ、ワシは……」
店内が静まり返る。固唾をのんで注文に聞き耳をたてている。
「『なま搾り羊竜乳』でいこうかのぅ」
落胆と歓喜の声が響く。どうやら今度こそ絡んできたテーブルの生産者が納品したミルクだったらしい。
「お嬢ちゃん! わかってるじゃねぇか!」
「ありがとうよ……! 負け続きでイライラしちまってたんだ。すまなかったな」
「あ、いえ……別に」
「お詫びにおごらせてくれよ! ウチじゃぁジャーキーも作ってんだ!」
男がチャリーンとコインをカウンターに叩きつけると、シャーッと干し肉の載った皿が滑ってきた。
店主がウィンクしながら「どうぞ」という仕草をする。
「いただくとするかの」
「えぇ? いいの?」
「こういう場では食うのも礼儀じゃ」
キュンは大人な仕草でジャーキーを受け取ると、干し肉を頬張り美味いと言った。男たちもこれで満足したのかジョッキのミルクで乾杯している。
ほどなくしてジョッキに注がれたミルクが二つと、パンケーキみたいな食べ物が目の前に並べられた。
ミルクを飲んでみると、口いっぱいに広がる濃厚で豊かな味わい。滋養が全身に満ちてくる感じがする。
「……美味しい!」
「濃厚じゃなー」
後ろのテーブルではカードゲームでまた騒いでいる。
なんだろう? と思って覗いてみる。何やら艶めかしい肌色の生き物が写っているカードだった。
大人たちはカードを出し合っては、勝っただの負けただのと騒いでいる。
きっとエッチなカードにちがいない。
「あれは魔法の転写カードじゃな」
「転写……?」
写真みたいなものかな。
「毛を刈ったあとの羊竜を写したモノじゃ」
「げえー!?」
首を伸ばしてみてみると、なるほど確かに。竜みたいな尻尾のある生き物が「全裸」で写っていた。
「発育度合いを比較して勝敗をつけるゲーム『羊竜・デュエル・クロニクル』じゃ。確か」
「何それ!? 微妙に格好いいけど」
「カードにはそれぞれ、毛の刈り方による相性、雄雌、肌ツヤ、育ち具合……などがある。それらのカードを組み合わせてデッキを組み、互いにカードを出し合って勝敗を決めるのじゃ」
テーブルでは男たちが真剣にカードを出し合っている。
「――山札からカードを引いて『グランド・肉用羊竜』をもう一体! さらに『黒毛』カードで全羊竜を強化! ターン終了」
「次は俺のターン……! 手札から『季節チェンジ』カードを場に!」
「何ぃ!?」
「『季節チェンジ』カードの効果により一定ターン内は『真夏』と同じ効果がフィールド全体に発動! 対戦相手の『黒毛』系強化カードを無効化ッ! こちらの攻撃……!」
「一体破壊された……! おのれ!」
次々にカードを重ねては叫び、勝った負けたと騒いでいる。
「び、微妙……!? 面白いのか面白くないのかわかんないよ、謎すぎるよ!?」
「生産者にしかわからない玄人好みの遊びなんじゃろうのぅ」
「そういうものなのかな~?」
店の中は生産者達によるミルク談義が続いている。
そして謎のカードゲームに興じる男たちの歓声も止むことはなかった。
<つづく>




