プロローグ ~僕たちの旅のやりかた
目の前に砂丘が広がっている。
通ってきた草原はいつしか乾いた土漠へと変わり、気がつくと見渡す限りの砂漠の風景だ。
「暑いね……」
空を仰ぎ、シャツの胸元をぱたぱたする。雲ひとつ無い青空が恨めしい。
なだらかな砂の丘の間を縫うように、石と乾いた砂ぼこりに覆われた道が果てしなく続いている。陽炎にゆらいでいるのは、馬車の車輪が残した轍の跡だ。
「ミヨ、干からびちまう前に獲物をゲットするのじゃ」
後ろから鈴を転がすような声がした。
さっきから姿が見えないと思ったら、キュンのやつ僕の背中に隠れていたみたいだ。
正確に言えば、背負っている大きなリュックで出来た影の下に潜んでいる。
「獲物っていうな」
「乗せてくれる獲物じゃ」
「他人のご厚意をそんなふうに言う子は……こうだ」
くるっと振り返ると、とたんに影が消えた。太陽の直射日光がじりじりと幼女を炙る。
「ぬわー暑いっ……! なぜ急に避けるんじゃーい!?」
緋色のさらさらしたロングヘアを手で押さえながら、ルビーみたいな大きな瞳を細める。
八重歯を口元からちょこんと出して、まるで猫みたいな身のこなしで飛びかかってきた。
「さっきから人を日傘がわりに」
「いいじゃろうが!」
これが僕の旅の相棒。『羽なし妖精族』のキュン。
見た目は6歳ぐらいの幼い女の子。だけど本当の年齢はわからない。
口の悪い妹みたいで憎たらしいったらありゃしない。けれど、この旅が寂しくないのは、この子のおかげ。まぁ調子に乗るから口には出して言わないけどね。
「キュン、自分だけ涼もうなんてずるいんだよ」
「うるさいのー! ミヨは幼女をいたわる義務があるのじゃ!」
「やだね」
「なんじゃとー!? おのれ年下……人間のくせにー」
聞き捨てならない事を言った気もするけれど、キョンは僕の股下をくぐって、素早く背後に回り込んだ。あっという間に背後をとられ、がっしりと背後から腰にしがみつかれた。
このまま腰を下ろせば、旅の道具が入ったリュックの下敷きだ。
「……あのさ、暑いから無駄な体力を消耗させないでよ」
「はぁはぁ、ミヨが黙って立ってればいいのじゃ!」
「もう……」
やれやれ。ただでさえ暑いのに。汗がさらに出てきた。
と――。
大きなトカゲが二匹見えた。
いや、あれは巨大なトカゲが牽く馬車だ。陽炎の向こうから行商か何か、とにかく馬車がやってきた。
「いや、馬じゃないから蜥蜴車? かな」
「あれは砂漠バジリオオトカゲじゃな。って、なんでもいい! 獲物を捕獲する準備をすのじゃー!」
僕のリュックを揺らすキュン。とにかく助かった。
キュンはいろいろなことに詳しい。古い言い方なら「生き字引」というか、まるで検索エンジンでも付いてるんじゃないかってくらい何でも知っている。
って検索エンジンってなんだっけ?
「まぁいいや、それと獲物って言わないの」
長い尻尾を優雅に左右に振りながら、たまに赤い舌をチロチロ。いわゆるドラゴン的な生き物だろうか。体の色は砂色で、大きさは3メートルぐらい。尻尾の長さまでいれれば6メートルはありそうだ。
手綱と金具で固定された二頭の大トカゲが牽いているのは、白い幌を荷台に張った荷車。御者は白い髭をたくわえたおじいさんがひとり。荷車にも誰か乗っているみたい。
リュックの背中に挟んでいた「スケッチブック」を取り出して開く。白い紙に、油性の黒いマジックペンを走らせる。
――『街まで!』
キュッキュッ! と急いで書き入れる。
これが日本語なのか外国語だったのか。僕にはもうよくわからない。とにかく大きく書く。
蜥蜴車はすぐそこ、およそ20メートル手前まで近づいていた。
「のせてくださーい!」
スケッチブックをよく見えるように掲げて、笑顔で親指を立てるポーズ。
これがヒッチハイク。僕たちの旅のやりかた。
スケッチブックを高く掲げて――笑顔。
「どうどう……!」
近づいてきた蜥蜴車に乗っていた男の人は、手綱を引いた。すぐに減速し、僕たちの目の前で停車してくれた。
トカゲが四つの足を前後、左右で交互に持ち上げているのは、砂が熱いからだろうか。
「珍しい旅人だね。となり町でいいのかい? なら乗っていくかね?」
立派なヒゲをたくわえた初老の男性だった。みるからに砂漠の民という感じで皮膚は浅黒く、顔に深いシワが刻まれている。すると荷台から男の人と女の人が顔を出した。
「旅人さんか、僕たちは運がいい」
「幸運を運ぶ旅人さんを拾うなんて。狭いけどどうぞ」
荷台から若い男の人と女の人が声をかけ、僕たちを荷台に乗せてくれた。
「お言葉に甘えまして。ありがとうございます!」
二人は夫婦だろうか。女の人は綺麗な民族衣装を身に着けて、若い男の人はチョビヒゲを生やしている。
馬車の御者をしていたご老人が「ワシの娘と婿じゃ」と教えてくれた。
「助かりました、ありがとうございます。僕はミヨ」
まずは丁寧にお礼を言って名乗る。とにかく乗せてもらえた事に感謝。
笑顔が大事な瞬間だ。
白い幌のおかげで日差しは遮られ涼しい。ほっと一息つく。
「うまくゲットしたの」
「あぁもう! キュンもほら、お礼を言いなって!」
がっ! とキュンの首根っこをつかんで頭を下げさせる。
「やーめーろー」
「あはは、仲がいいわねぇ」
「姉妹かい? 女の子二人での旅は大変だろう?」
「あの、僕は男です」
「……えっ? そうなの? てっきり」
「まぁ、可愛い」
これはいつものこと。もう苦笑するしかない。キュンが横で笑い転げているので、ほっぺたをぎゅっとする。
ガタゴトと蜥蜴車が進み始めた。
とりあえず、ヒッチハイクの旅はいつもこんな感じ。
いつから旅を?
そして、どこへ――?
そんな会話を交わしながら、僕たちは荷台に揺られながら砂漠の風を感じていた。
<つづく>