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5

 慣れない場。慣れない着飾った貴族連中。その心労を誤魔化すように酒だけが進んだ。成人して一年と少し。嗜み始めたが、鍛えられてはいない。少しばかり酔っ払ってしまったようで、カイトはダンスホールから外のテラスに出た。

「ふぅ……」

 フェロクロム城のテラスの手すりに手を置き、カイトは酒のせいで熱っぽくなった息を吐き出した。中からは相変わらず喧騒が続いている。

 カイトは夜風で火照った体を冷ましながら、町の灯りを眺める。規則正しく並べられた街灯に火が灯っているのがここからでも見える。

 今日一日で色々なことが起きた。起き過ぎた。こんな肩が凝る立派な肩書きとマントが与えられるなんて、昨日までのカイトは想像もしていなかっただろう。

「よう、主役」

 背後から声をかけられて、カイトは振り返った。そこには黒いマントに身を包んだ『蹂躙』の二つ名を与えられたダニエル・ボースマンが立っていた。

「ああいう場は苦手か?」

「まあな。育ちが育ちなもんで」

「俺もだよ。ガキの頃は貴族様を地べたから見上げる生活しかしてなかったからな」

 ダニエルは笑った。今でこそ『黒』の騎士団長などという肩書きを与えられてはいるが、彼は叩き上げの騎士だという話は有名だ。やはり本当の話だったらしい。歯を見せて子供のように屈託なく笑う姿を見ると、その信憑性は増す気がする。

「で、副長殿」

「そういう面倒な肩書きで呼ばなくていい。もっと気安く『旦那』とかで構わねえぜ。実際、そう呼ぶ連中は多いからな」

「それじゃあ、『ダニエルの旦那』で」

 ダニエルは「それでいい」と再び笑った。

「もし、『お義父さん』とか呼ばれたら、この場から突き落としてたところだったぞ」

 ダニエルは快活に笑いながら、恐ろしいことを口にする。こんな場所から突き落とされれば、潰れたトマトのようになってしまうのは考えるまでもない。

「そう言うってことは、やっぱりあいつはあんたの娘で間違いないんだな」

「おうよ。目に入れても痛くないほど、かわいい我が娘だ。おまえもそう思うだろ?」

「それは否定しないけどよ……」

 確かにティアは美少女の部類に入るだろう。町を歩けば、年頃の男たちの目を惹くのは間違いない。だが、隣にいる父親は男臭いという言葉がもろに当てはまる大男だ。それを上から下まで見てから再確認する。

「本当にあんたの娘か?」

「信用してねえのか?」

「初対面の人間の言葉を鵜呑みにできるほど素直な性格はしてないって自覚してるけど、そういう意味じゃない。似ても似つかないって話をしてるんだよ、あんたら親子。類似点が目玉が二つあるぐらいしか思い浮かばない」

 あの少女は可憐だ。この大男の娘とはとても思えない。そう説明されても、すぐに信じるのは難しいだろう。

 すると、ダニエルは「くくっ」と押し殺したような笑い声を漏らした。

「ま、似てねえのは当然だ。俺とあいつ、血が繋がった親子じゃねえからな」

「え……?」

 あっけらかんとした態度でそう口にするダニエル。カイトは一瞬口を開けてから、眉を寄せて訊ねる。

「それって言ってよかったのか?」

「構わねえよ。隠してるつもりもねえし、知ってる奴は知ってる。あいつ自身もな」

 呆気に取られはしたが、それほど驚いてはいなかった。似てないにも程があったし、彼女は『魔剣』だという話だ。

「あいつ、魔剣だって話だけど、人間とみなしていいのか?」

 カイトは最初から思っていた疑問をぶつけた。

「俺は魔剣なんて見たことがない。『紋章術を使える剣』って漠然と認識してるだけだ」

 人間に化けれる剣というものも、もしかしたら存在しているのかもしれない。だが、それは人間と呼べるのか、カイトは疑問だった。

 すると、ダニエルは「うーむ」と難しい顔をして唸った。

「人間なのは間違いない。言うなれば、魔剣と人間の中間ってところか……」

「その説明じゃわからないんだが……」

 自覚はあるようで「ごもっとも」とダニエルは頷いた。

「説明が難しいんだよ。シルヴィアなら説明できるんだろうが、俺には無理だ。まあでも、近いうちにあいつが魔剣だってところ見れると思うぞ。あいつと一緒にいればな」

 そこまで言って、ダニエルは唐突に苦虫を噛み潰したような表情をして、太い指の生えたごつい手でカイトの肩を掴んだ。結構な力が込められていて、マント越しだというのに肩が痛い。

「あいつが選んだことだからな。俺は口を出さないようにしていたんだが、やはり男親として複雑なものがある。そこでおまえに頼みがある。少し試させてもらえないか、娘を預けるに相応しい男かどうか」

 不穏な気配。『頼み』と言いつつ、断れる雰囲気ではない。だが、承諾すれば自分の身が危ないとカイトは直感していた。

 その防衛本能が首を横に振らせる前に、ダニエルはカイトを小脇に抱えた。

「よし、それじゃあ早速行くぞ」

 この強引さ。出会い頭にキスをしてきたティアに通じるものを感じる。血は繋がっていないと言っていたし、顔や体型も似た部分はまるでないが、二人は確かに親子だとカイトは荷物のように運ばれながら納得した。


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