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 いつからあるのだろうか。この世界には紋章術と呼ばれる便利なものが存在している。人間の体に紋章という彫物を入れることによって、特殊な現象を引き起こせるようになる。例えば、風を巻き起こしたり、火を灯したり、水を出したり。それを紋章術と人々は呼ぶ。


 この世界の大気中に浮かぶコアという粒子を体内で変換させて、外に様々な現象として放出する。その変換装置となるのが、紋章である。


 では、それを可能とするコアとは何なのか。学者連中が長年それを研究しているが、その答えは未だに出ていないらしい。目に見えないので、そもそも本当にそんなものが存在しているのか、カイトとしては疑問に感じるが、興味がないのでどうでもいい話だ。


 紋章術とは紋章を入れなければ発現できないため、人のみに許された力だと解釈するのが一般的だ。


 しかし、ごく稀にそのような特殊な力を発する獣が現れたり、そう呼称するしかない不可思議な現象を起こす武器が存在する。人々は前者を魔獣、後者を魔剣を称している。どちらも非常に珍しいものだ。


「……その一つがあの女の子ね」


 カイトはワインの入ったグラスを持って、少女――ティア・ボースマンを見つめる。


 ティアは今、ドレスを着ており、貴族と思しき中年の女性と談笑している。年齢はカイトよりも一つ下の十五歳。つまり成人してほとんど間がなく、こういう社交界にも出始めたばかりということだ。


 こうして見ても、幼さがまったく抜け切れていないどこにでもいる女の子だ。『魔剣』と紹介されたが、どこに魔剣の要素があるのか、まるでわからない。


 そのティアはカイトが見つめていることに気付くと、満面の笑みを浮かべて小さく手を振ってきた。その笑顔に逆らえず、カイトも釣られて手を振る。ティアのような一点の曇りもない笑顔ではなく、苦笑いではあったが。


 カイトはワインを一口飲む。成人したということで仲間内でも酒は解禁になったが、昔みたいにおいしくは飲めない。味がしなかった。


「あらあら、主役なのにこんな壁際で寂しく飲んでないで、貴族の方々に挨拶でもしてきたらどうですか?」


 声をかけられ、カイトはそちらに目をやる。任命式を同じように細い体をマントで隠し、ワイングラスを持った手だけを出したシルヴィアがそこに立っていた。カイトも同じような格好だ。違いはマントの色が白色と空色であること。


 カイトがいるこの場はフェロクロム城のダンスホールである。現在、ここで『空』の騎士団長の就任パーティーが行われている。名門の貴族たちが集まり、ダンスや食事を楽しんでいる。


「こういう静かなパーティーに慣れてないんだ。最初の挨拶をした段階で義理は果たしてるだろ」


 カイトはうんざりした表情で言った。


「大体、ほとんどの同僚になるはずの騎士団長たちはもう受け持ちの地域に戻り始めてるんだろ?」


「そうですね。彼らも暇ではありませんから。早馬で五日ほどかかる場所もありますしね」


「だったら、挨拶回りなんて意味がないだろ。ここにいるのは貴族様たちばかりなんだから」


 今現在、帝都に留まっている騎士団長は元々からこの帝都が受け持ちである『白』と、受け持ちの地域がない『黒』ぐらいのものである。


「カイト君、騎士団長というのは部下たちを食べさせなくてはいけません。貴族の方々はその重要な資金を提供していただいているんです。特にあなたの団は二万五千人もいるんですから、こういう場面で心証をよくしておいた方がいいですよ。団の予算が増えることもあるんですから」


 とは言われたものの、まったくやる気は起きない。騎士団長なんて別になるつもりもなかったし、貴族連中はいけ好かない。


 すると、シルヴィアは眉を持ち上げて「ふふっ」と笑い、一歩身を引いた。


「もっとも、あなたみたいに若い騎士団長。あちらが放っておかないでしょうけど」


 シルヴィアがワイングラスを軽く掲げる。そちらを見ると、数人の女性がカイトの方に近付いてきていた。カイトの年齢が若過ぎることもあり、年上の方が多いようだが、社交界に出たばかりの年下も見受けられる。要するに年齢層はバラバラだ。しかし、その全員が煌びやかに着飾っており、貴族だと一目でわかった。


「騎士団長になると、こういう恩恵もあるんですよ。品行方正で『最高の騎士』なんて呼ばれてる『青』の『閃電』殿なんて引く手あまたですからね」


 シルヴィアは最後に小声で「まあ、あちらを落とすのは至難の業なんですけどね」と付け加えたが、それをカイトは追求できなかった。興味もなかったし、その余裕もなかった。カイトは貴族の女性たちに周囲を取り囲まれてしまったからだ。


「カイト様、『空』の騎士団長就任、おめでとうございます!」


「まだお若いのに騎士団長なんて凄いですね」


「あ、あの、カイト様、今度ご一緒にお食事など……」


「ふふふっ、あなたと目が合った回数はこれで、三十一回目……。これはもう運命と言っても、過言ではない……」


 シルヴィアはこれを恩恵と言ったが、カイトとしては困惑するばかりだ。今まで狭い世界で生きてきたおかげで、こういう見知らぬ女性たちにちやほやされるという経験がない。


「あー、えーっと……」


 カイトはしどろもどろになりつつ、どうにか言葉を探そうとする。貴族なんて金づるでしかなかったし、どちらかと言えばいけ好かない部類に入るのだが、困惑しながらもこうして若い女性に囲まれると悪い気がしない辺り、健全な男だったのだろうとカイトは自嘲した。


「いててててっ!」


 鼻の下が伸びたカイトの頬が突如横から引っ張られた。見ると、いつの間にかティアがすぐ側までやってきていて、頬を膨らませている。


 そんな暴挙にカイトの周囲を取り囲んでいた貴族の女性陣が呆気に取られる中、シルヴィアだけが「あらあら」と含み笑いを見せた。


 ティアはカイトのワイングラスを持っていない方の手を掴むと、その集団の外へと連れ出した。


 女性経験ははっきり言って皆無に等しいが、何となくわかる。この少女はカイトに好意を持っていて、ヤキモチを焼いたのだろう。ただその理由にまったく心当たりがない。そして、こんな感情豊かで人間にしか思えない彼女のどこに魔剣の要素があるのか、カイトはますますわからなくなった。


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