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2話(理由)

 鉄格子付きのホテルから出してもらったカイトは、シルヴィアに手かせを外してもらった。手首を振って関節の動きを取り戻しながら、カイトは訊ねる。


「それで俺はどうすればいいわけ? いきなり『空』の騎士団員たちに挨拶をすればいいのか?」


「おいおい、焦るなよ。さてはおまえ、早漏だな? まずは任命式とお披露目だよ。新聞とかにも載ってるだろ」


「誰が早漏だ、この筋肉親父。あいにく新聞なんて読む優雅な生活してないんだよ、こっちは」


 ダニエルの言葉にカイトは肩を竦めた。歳をそれなりに取った連中は新聞を読んだりしていたが、カイトは子供だったこともあり、そういう真面目なものを読んだりはしていなかった。たまに自分たちの記事を見つけて、同年代の子供たちと共にはしゃぐぐらいのものだ。


「じゃあ、その任命式ってのに早速向かうのか?」


「いいえ。そちらの方は現在準備中です。式場の準備もしなければなりませんし、王のスケジュールも空けなければなりませんからね。それにまだ各騎士団長も集まってません。ま、騎士団長の件については、あなたが捕まった時点で召集をかけてますので、夜には全員集まるでしょう」


「……用意が良すぎるだろ」


「ま、そこは『深淵』の二つ名は伊達じゃないってことだろ。先読みが得意だしな」


 ダニエルの言葉にシルヴィアは「ふふっ」と意味深に笑った。


「それじゃあ、それまで待機してろってことか?」


「いえいえ、あなたにはまずしてもらうことがあります。それはあなたも気になっているでしょう騎士団長への抜擢理由の説明にもなりますね」


 それは確かにそうだった。何の実績もない、そもそも騎士ですらない小童の罪人を騎士団長にする理由。カイトには心当たりもないし、見当も付かなかった。


 その疑問の回答を待つカイトにシルヴィアは「その前に」と、話の切り口を変えた。


「お風呂にでも入ってきてください。こんな場所で立ったまま話す内容でもありませんし、騎士団長たる者、身だしなみは大事です。それなりの服も用意させてありますから」


「それはありがたいね」


 捕まってから数日間、食事は出してもらっていたが、風呂には入れていない。服も地下牢なんかで寝たので、小汚くなっている。


「それでは、ニーナ」


「はい」


「うわっ!」


 いつの間にか背後に人が立っていて返事をしたものだから、予想もしていなかったカイトは酷く驚いた。振り返ると、そこには少女が立っていた。年の頃はカイトと同じぐらいだと思える。どこにでもいる年頃の町娘のような格好をしているが、この地下牢にはまったくそぐわない。


 だが、服装や年齢よりもカイトが気になったのは、その生気のなさだ。こうして目で見ていても、その生気のなさは異様だ。まるで精巧な人形のように感じる。


「彼を一階の浴場に連れて行って下さい。この時間なら訓練上がりの騎士たちもいないはずですから」


「わかりました」


 抑揚のない声で返事をして、ニーナという少女は歩き出した。カイトもそれに付いていく。この少女も騎士なのだろうかと思ったが、特に訊ねたりはしなかった。根掘り葉掘り初対面の少女のことを訊く趣味はないし、相手も答えるとは思えなかった。それにカイト自身興味もない。


 お互いまったくの無言で地下から城の一階に出た。


 クロムガルドというのはアイロシオンと呼ばれる大陸にある帝政の国だ。大陸内ではおそらく人口、領土共に最大規模を誇る。騎士の数も当然他国よりもはるかに多い。


 ここはそんなクロムガルドの帝都『クロム』。そして、この城こそがクロムガルドの象徴とも言えるフェロクロム城である。カイトもそれぐらいの知識はあったが、想像よりもはるかに大きな城だった。


 メイドのような女性たちが何人も働いている。相当な人数がいるようだが、この城を全部掃除するのに一体何日かかるだろうと、ぼんやりと考えながらカイトはニーナに付いていく。


 やがて、その風呂に到着する。カイトが脱衣所に入ると、ニーナはすぐさま踵を返した。


「背中ぐらい流してくれるのかと思ったけど……」


 当たり前だが、そんなサービスはないらしい。


 結論から言うと、その風呂はアホかと思うぐらい広かった。城に住み込む騎士たちや、訓練を終えた騎士が使う風呂。明らかに一人用ではない風呂を一人で使う。何とも贅沢な気分だ。


 カイトはそれをたっぷりと満喫してから、浴場から外に出た。文字通り潤いを取り戻し、カイトは大きく息を吐き出す。


「さてさて……」


 脱衣所に置いたカイトの服はなくなっていた。代わりに別の服が綺麗に折り畳まれて用意されていた。城の中でもおかしくないように配慮されたのか、一介の貴族の御曹司が着るかのような服だ。あまり好みではないが、これ以外に着るものもないのでカイトは仕方なくそれに袖を通す。


「うわ、サイズぴったりだ。あの女、こんなことまでお見通しなのかよ」


 騎士団の総長というのは伊達ではないらしい。


 カイトは栗色の髪を乾かす。男性にしては長い髪なので、少し時間をかけて水気を取る。少し湿り気が残ったところで、カイトはその髪を首の辺りで結び、脱衣所を後にした。


 その脱衣所の扉の先には、すでにシルヴィアとダニエルが待ち構えていた。


 ダニエルはカイトの頭からつま先まで眺めて、「ほう」と頷く。


「さっきはみすぼらしかったが、なるほど。こうして身だしなみを整えると、悪くはねえな。これなら、わからないわけでもねえか……」


「ええ。中々に格好のいい男の子じゃないですか」


 上っ面だけにしか聞こえないシルヴィアの言葉に、カイトは「そりゃどうも」と形だけの返事をした。


「それで総長殿、説明してもらえるんだろ? 俺が騎士団長に選ばれた理由」


「はい。ですが、百聞は一見に如かず。あれこれ説明するよりも、直接その理由を見せた方がいいでしょう。付いてきてください」


 カイトは二人に付いていく。


 フェロクロム城という城は広さも相当なものだが、高さもかなりある。階段を二階、三階と上がり、四階に到着する。城のちょうど中間ぐらいの高さだ。その階の一室で二人は足を止めた。


 シルヴィアはドアノブに手をかける前に言った。


「今更ですが、正確には私たちが推薦したわけではありません。ある人物があなたでなければダメだと言ったんです」


「へえ。で、そいつがこの部屋にいるってわけだな」


 この騎士団のトップ二人を説得できるだけの人物。真っ先に思い浮かぶのはこの国の王。次点でそれと同等に影響力のある貴族。


 どんなお偉いさんが待っているのか、想像力をカイトが働かせていると、そのドアが開けられた。


「よう、連れてきてやったぞ」


 とてもお偉いさんを相手にしているとは思えないダニエルの気安い口調。それもそのはずだった。


 その言葉を聞いて、ソファーから立ち上がったのは小柄な少女だった。肩の辺りまでの黒髪の少女。その黒髪が肌の白さを一層際立たせている。白いブラウスに膝の辺りまでのスカート。いかにも貴族のお嬢様というような風貌だ。


「この子が?」


 部屋に入りながら、カイトは眉をひそめた。


 育ちが良さそうなこと以外は、至って普通の少女である。騎士団長に推薦できるほどの人物なので、勝手に威厳のある年寄りを想像していたのだが、ずいぶんとかわいらしいものが出てきて、カイトは逆に警戒心を強めてしまう。


 そんなカイトの心境とは裏腹に少女は目を輝かせて笑顔を浮かべた。


「やっと会えた!」


 少女はそんなことを言い、カイトの胸に飛び込んできた。小柄な女の子だ。平均的な身長のカイトと頭一つ分違う。


 その少女がカイトを見上げた。本当にかわいらしい少女だ。整った目鼻立ちに黒曜石を思わせる瞳、そして形の整った薄桃色の唇。それらのパーツが小顔の中に綺麗に見事に収まっている。


「あらあら」


「……ちっ」


 シルヴィアの含み笑いとダニエルの舌打ちが同時に聞こえてきた。


 年の頃はカイトと同じぐらいだろうか。体格のせいでそれよりも幼く見えるが、それでも一つか二つしか変わらないだろう。こんな美少女に抱き付かれているのだ。健全な男としては頬が緩みそうになるが、この場合は疑問の方が勝った。


「俺、ひょっとしてからかわれてる?」


「いいえ。至って真面目ですよ」


 シルヴィアはそう言うが、どう見てもこの少女にそんな発言力があるようには思えなかった。仮にこの少女が王女のような身分であっても、騎士団長に推薦できるのか疑問だ。


 どう反応していいのかわからずに困るカイト。そのカイトの首に何かが柔らかな何かが巻き付いた。


 それが何なのか考える暇もない。唇に柔らかなものが押し当てられた。舌は触れていないので味なんてわからないのに、妙に甘い。それにいい匂いもするように感じる。それを認識すると同時に、カイトはどういう状態なのか気付いた。


 先ほどの少女にキスされている。驚きのあまり、カイトは数秒ほど硬直する。その間に少女は「ん」と小さな呻き声を上げて、カイトから離れた。


 甘美な感触が唇からなくなり、カイトは我に返った。慌てて、少女から距離を取る。


「な、何を……?」


 頬が熱くなるのを感じる。


 ダニエルはカイトを『早漏』と言ったが、早漏も何も童貞だ。恥ずかしながらキスもしたことがない。そのカイトがまさか初めてのキスをこんな形で奪われるとは思ってもいなかった。しかも、相手は会ったばかりの女の子だ。


 いきなりカイトの唇を奪った少女は悪びれるどころか、カイトと同じように顔を真っ赤にして「えへへ」と笑った。なぜこの状況で笑えるのかよくわからないが、嫌な気分にはならないのが不思議だった。

 それよりも不思議なのが、向こうだ。


「まあまあまあ、ダニエル殿」


 シルヴィアがダニエルの肩を叩いて宥めている。どういうわけかダニエルは被害者であるはずのカイトを睨んでいた。しかも、これ以上ないほどの力で拳を握っているようで、腕がブルブルと震えている。


「とにかく、これでめでたく契約は完了ですね」


「契約?」


 まだ熱の引きそうにない唇を触りながら、シルヴィアの言葉にカイトは首を傾げた。


 少女はその言葉を聞いて、両手を腰に当てた。お世辞にも凹凸があるとは言えないその身を誇っているかのように胸を張る。


 その少女をシルヴィアが紹介した。


「彼女はティア・ボースマン。そこにいるダニエル殿の娘にして、我が国が誇る魔剣の一つです」


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