0話(『空』の騎士団長)
成人して一年、十六歳になったばかりのカイト・アルマンディアは今日ほど目まぐるしい一日を送ったことはなかった。今後続くであろう長い人生においても、これほどまでに劇的な一日はないように思える。
自分がなぜこんな場所にいるのか、カイトはまるで理解が追い付いていないが、しなくてはいけないことはわかっている。
カイトはその場に膝を付き、真紅の絨毯に視線を落とした。チリ一つ落ちていない鮮やかな赤色。滅多にお目にかかれない高級品だとすぐにわかった。
そんなことを考えているカイトの肩に触れるものがあった。横目でそれを盗み見ると、抜身の剣が肩に置かれている。磨き抜かれた抜身の剣に自分の顔が映り込んでいた。
男性にしては長い栗色の髪に、灰色の瞳。しっかりと化粧をすれば女装もいけるんじゃないかと、癪に障る感想を述べられたいつもの自分の顔がそこにある。しかし、立場はそんな感想を述べられた頃――いや、今朝までとは明らかに違っていた。
「カイト・アルマンディア」
男性の声。静かだが威厳のある、そしてどこか圧迫感を覚える声がカイトの名を呼んだ。
「本日より、貴殿を『空』の騎士団長に任命する」
「はっ。承りました」
状況は相変わらず飲み込めないが、カイトははっきりとした口調でそう答えた。そう答えるしかなかった。
決められていた答えを聞き、声の主は「表を上げよ」と告げる。その声に従って顔を上げると、そこには一人の男性が立っていた。
背丈や体格は至って普通。だが、その目がカイトには印象的だった。勝気とも違う揺るぎない意志を秘めたような強い目。例えるなら、紅蓮の炎を連想させる瞳だ。
彼はこの帝国――クロムガルド帝国の王である。まだ三十代後半。他国の王に比べれば、まだまだ若いが、その政治手腕は卓越したものだと聞いている。
その王は側近と思われる男から何かを受け取り、それをカイトに差し出した。これもまた事前に決められていたことだ。カイトは教えられた通り、両手でそれを受け取る。
「さあ、それを身にまとった姿を皆に見せるがいい」
王の言葉にカイトは「はっ」と頷き、ゆっくりと立ち上がった。そして、受け取ったそれで自らの体を覆う。
それはマントだった。ふくらはぎの辺りまで覆い隠す長い空色のマント。
それを身にまとい、カイトは踵を返した。
王から視線が離れ、一気に視界が広がる。そこはとてつもなく広い部屋だった。左右にも広いのだが、縦にも広い。その高い天井には豪勢なシャンデリアが等間隔でいくつもぶら下げられていた。
カイトの足下には先ほど見ていた高級品の赤い絨毯。それが一直線に伸びており、その絨毯を挟むようにして左右に合計十人の男女が並んでいる。
その全員がカイトと同じマントを身にまとっていた。ただし、その色はバラバラである。
カイトの右手側には手前から『白』『茶』『青』『緑』『紫』。左側には『黒』『灰』『黄』『桃』『橙』のマントを羽織っている。
それらとは違う『空』色のマントを着たカイトは、最初に言われていた通り、王に背を向けて絨毯の上を歩き、『緑』のマントをまとった目の細い男性と『紫』のマントの大柄な男性の間に入る。
正面には『桃』のマントの若い女性。その隣の人物がカイトの視界に入った。
『黄』のマントで体を覆っている女性だ。無表情であちらも色々と言いたいことはあるだろうが、カイトとは目も合わそうとしない。
心がささくれ立つのを感じた。表情の筋肉が強張る。例えあの出来事が仕方がないことだと理解していても、この感情の奔流はどうすることもできない。
しかし、ここは王の御前。こんな場で胸に渦巻くこの感情をぶつけるわけにはいかず、カイトは胸の内でどうにかそれを押し殺した。
そんなカイトの感情を知っているのか、知らないのか、王はどこか楽しそうな口調で、芝居がかった様子で両手を広げた。
「さて、これで新しい『空』の騎士団長の就任式を終了とする。皆、より一層の研鑽と奮起を期待する」
その言葉を合図として、マントを着た騎士たち全員が剣を抜き、顔の前に持ってくる。無論、カイトもだ。
こうしてカイトはその場にいる十人の騎士団長と同じ立場になった。クロムガルド帝国の盾であり剣でもある栄えある騎士団長の一人。
とても今朝までこの城の地下牢に捕らえられていた罪人とは思えない立場の変わりようだった。