表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

創作怪談――創怪

砂糖さらさら

作者: ユージーン


 近年の研究によると砂糖には中毒性があるという。

 本当かそうでないのか私にはわからない。

 言われてみれば食後に甘い物を食べる習慣ができると、無いと物足りなく思う。

 砂糖を舐めたいとは思わないし、話を聞いたからそう思うようになっただけと言われると気のせいなのかもしれない。

 美味しいから食べたくなるというだけなのを中毒というのは言い過ぎなんじゃないかとも感じる。

 結局はあれこれ考えても仕舞ってあったチョコレートを食べてしまうのだけれど。




 この話はIさんから聞いた。

 アパートの部屋で眠っているとさらさらと水音がするのに気づいたという。

 自分では特に敏感なタイプと思ったことはなく、少々の音は気にならないし一度眠れば朝まで目が覚めないのが普通。

 けれど水音となると話が変わってくる。

 濡れればどんな物も腐るしカビが生える。大切な日常の道具や衣類、思い出の品が捨てるしかない状態になると困る。


 それで部屋の中を調べることにした。

 目に見える場所はもちろん、クローゼットの荷物を動かして奥を調べたり、冷蔵庫を動かして裏側まで調べたがどこにも濡れている場所はなかった。

 それでも水音は聞こえる。

 とすると壁の裏側か床板の下かもしれない。

 しかし不動産会社に連絡して配管工事の業者に調べてもらっても異常は見当たらないとの事だった。




 その晩も目が覚めると音がしていた。

 聞き逃さないように、耳に届く音が途切れないように、できるだけ静かに起き上がった。

 部屋の真ん中に立って、その場で少しずつ時計回りに身体の向きを変えて音の方向を確かめる。

 いつもなら小さな耳鳴りのようでとらえどころがなく、聞けば聞くほどわからなくなってしまう。

 けれどこの時は違った。いつもよりもはっきりと聞こえる。

 足音でかき消されないように、足の裏の皮膚に意識を集中してゆっくりと歩く。


 キッチンの前に立つ。音は間違いなく中から聞こえる。

 その時にはじめて、さらさらという音がずっと続いているのではなく、少し途切れてからまた続くというのを繰り返しているのに気づいた。それだけいつもよりもずっと長く、鮮明に聞こえていた。

 聞き取りやすいように戸はほんの少しだけ開けてある。そこから足元を照らす常夜灯の薄明かりが漏れいてる。


 そっと中を覗くと左手の壁際にあるシンクに向かって男が立っていた。

 中年ぐらいでランニングシャツの腹がでっぷりと突き出しブリーフを履いている。

 両手のひらを上に向けて体の前に出していた。

 高い位置にある右手から左手に砂糖がさらさらと流れ落ちている。

 それが止まると今度は左手を高くして、少し下げた右手の平へ。

 さらさらさらさら、手を入れ替えて、さらさらさらさら。

 間違いなく砂糖だ。

 なぜなら砂糖を入れている瓶が流しの横の台の上に置いてある。

 男はしばらくそれを続けた後、砂糖を瓶の中に流し入れてから元通りに棚に戻す。

 それからゆっくりと姿が薄くなって消えた。まるで水の中に溶ける砂糖のように。


 すぐに台所に飛び込み、瓶の中のグラニュー糖をシンクにぶちまけて水道をいっぱいに開いて排水溝へと流した。

 考えてみれば、ここに引っ越してきてから砂糖を買ったことがない。

 そうたくさん使わないとはいえ減るどころか増えていた。

 あの男が勝手に補充していたのだ。

 手の平にのる砂糖など少量のはずなのに、まるで湧き出るようにたくさんの砂糖が音を立てながら落ちていた事を思えばそのように考えると辻褄が合う。


 よくよく考えてみれば、室内の水音ならポタポタとかピチャピチャ、せいぜいチョロチョロ、ぐらいのものだ。小川のようにサラサラと聞こえるなんてありえない。


 砂糖を捨てて以来、さらさらという音は聞こえなくなった。

 代わりに個別包装のスティックシュガーを使うようにした。


 しばらくして友人や同僚に「最近、少し太ったね」と言われるようになった。

 言われてみるとそんな気もする。

 少しダイエットしようか。

 そんな事を考え始めた頃、キッチンのゴミ箱のフタを開けるとスティックシュガーの紙袋が大量に入っていた。近所のファミレスやコーヒーショップなどの赤や黄色やストライプ、様々な色と太さの物が埋め尽くしている。

 もちろん自分で集めてきたり使った覚えなどない。

 できる限り早くその部屋から引っ越した。




 Iさんは「けど、ダイエットの方はぜんぜん効果がなくて」とボヤきながら帰っていった。いまだにウェイトオーバーの状態で、痩せるどころか気を抜くと太ってしまう状態らしい。


 砂糖は中毒性があるという。

 本当か嘘かはわからないが何らかの形で取り憑かれている者がいるのは間違いない。

 砂糖だけに限らないのかもしれないけれど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ