告白
眠れない夜が続く。
昨夜とて、俺は何となく遅くまで起きていた。
何となく気になって、何となく落ち着かなくて――どうにもこいつが危うくて、せめて寝付くまではと意地になって目を開けていた。
ただ、今日も今日とて眠れないのは、泣いているのが千春ではなく美優だからだ。
あの背中を、胸元を、陰部を見てしまってからというもの、まるでこの世のものではない何か、ひいては妖怪や幽霊といった類の何かに出くわしてしまったかのように口を噤み、怯え、黙りこくってしまっている。
俺も同じ感覚だが、美優が嗚咽を交えてまで泣き続けているのは、美優が千春を、血を分けた姉も同然に付き合って来たからである。
千春だけでなく美優の心にまで傷を残したあのシルエットを甘い浮かべると、俺は悲しさではなく怒りでどうにかなってしまいそうだった。
あまりに泣き止まないものだから、床で寝転がっていた俺の横に座らせた。
せめて傍に置いて、少しでも気が休まれば――と思ったのだが、叶いそうもない。
「千春お姉ちゃんは子どもなのに――自分の子どもなのに、何でこんなことが出来るの…? 私たちのお母さんやお父さんは、こんなこと、絶対…」
「正義なんてものは、あるいは風習や文化の違いだけで変わるからな。感情に正解はない」
「兄さん…!? 一度は付き合ってた女の子でしょ!? そんな言い方はあまりにも――」
「誰も"どうでもいい"とは言ってないだろ」
制して呟いて一呼吸置いて。
何より疑いようのない本音を、感情を、そのまま言葉にする。
「普段は絶対にこんなこと言わないが、俺は今……あの馬鹿を殺したくて仕方がない。次に目が合えば、それも叶えてしまいそうだ」
「兄さん…」
同じ"罪"だと言うのなら――下手をすれば俺は、それを実行しかねないような精神状態だ。
話を聞いて匿って、親父さんを見かけてここに逃げ込んで、傷を見て、更に今に至るまでの一日と少しの時間、俺はずっと苛立ち通しなのだ。
ふざけた行為にふざけた行動、ふざけた頭にふざけた容姿。
華奢な娘に手を出して一人太るほど食うなんて、紛れもない馬鹿の所業だ。
そんなやつを、誰が許せようか。
同じような犯罪者でもなければ、同意しかねる人外の行動だ。
両者合意の上とは言え、別れたのは間違いだった。
もしあのまま――と"たられば"を言っている場合ではないが、それでもふと、あのまま付き合い続けていれば、なんて考えてしまう俺がいる。
もう、絶対に手放さない。
二度と汚い手で触れられないように、俺が守る。
「なぁ、千春」
語りかけた肩が僅かに動く。
眠っていないだけでも十分だ。
「付き合おう、俺ら。せっかくの仲なんだ、母親頼ってでも、みっともなくても、何をしてでもお前を守る。だから、付き合おう」
好きだから――というのも素直な気持ちではあるが、それ以上に、今はこいつを守らなければと気持ちがはやる。
「将来的には結婚か、そうでなくても同棲続けて、ずっと俺のところにいればいい。金が貯まったら遠くに引っ越して、なるべく平和に暮らすんだ」
「……うん…うん、ありがと、悟志…」
そう答えて泣き始める千春。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も続けて止まらない。
悪い子だから、何も出来ないから、と自分を責めているのは、きっと親父さんから受けた諸々の過去がフラッシュバックしているから。
まずはそれを忘れさせて、落ち着かせて、それから関係を続けよう。
とりあえず、今日のところは眠って――明日は笑ってくれるだろうか。
「ごめんね、悟志…誰より大好きだから、ごめん…」
「気にするな。全てをかけて守ってやるから」
そんなかっこいいことを敢えて強めに言ってのけると、千春はやがて、安心したように寝息を立て始めた。
真っ暗な狭い部屋。
際限のない黒の中で、俺はなぜだか彼女の言葉を思い出していた。
――夢は大きく――
俺の夢は…。