第8話 フォールダウン
――ドドドドドドドドドドドドドーーー!!
「あれは地竜ランディドラゴンじゃぞ? ここではこんな浅い階層にも出て来るのか!」
それは全身が乾いた泥で覆われた地竜の一種で頭には岩で出来た王冠の様な複数の角を持っており、その全長は約十メートルちょいと言ったところだろうか。
そして、その角を地面スレスレの高さに構えながら今度はオレたちパーティ目掛けて突進を開始した。
「狙いはライア…いやリリィか?!」
モンスターによっては、パーティ・メンバーのうち体力値が一番低いメンバーを狙う性格のものが居るのでリーダーがそれを危惧する。
例え自分たちが狙われたと知っても、倒れたままのリリィを置いて逃げる訳にはいかない。
地竜がかなりの速さで駆け寄って来るが大盾を構えたまま動けないオレの背中に、冷たい何かが流れ落ちる。
「レイラ、早くリリィを逃がしてやってくれ!」
「今やってるわ!」
――ドドドドドドドドドドドドドーーー!!
地竜の突進を大盾で受け止めたオレはそのまま勢い良く吹き飛ばされてしまう。
それでも敵の攻撃がヒットする瞬間に大盾を少し斜めに傾けて地竜の進行方向を僅かに逸らせる事には成功し、瀕死のリリィとレイラが巻き込まれる事だけは防ぐ事に成功する。
走り抜けた地竜がまたまた岩壁へと激突して、その振動により壁と天井の一部が剥がれて落ちて来る。
――パラパラパラ……
「か、壁が崩れてるぞい!」
「ライア、レイラ、大丈夫か?!」
「ええ、こっちは無事よ」
このゲームにログインしてから判った事の一つとして”痛み”の再現がある。
死と同様にほぼリアルと同程度の痛みを、痛覚としてシグナルに変換し脳へと直接送り届ける事によってその痛覚を受け取った脳はそれを生命の危険として認識する。
そう、このゲームの”痛み”には”怖い”と云う感覚が伴うのだ。
だから、特に外傷による痛みに耐性の無い者は受けたダメージよりも”痛い”と感じてしまう事で引き起こされる”恐怖”によって、動けなくなってしまう事がある。
今の地竜の突進はさすがに痛かった。
いや、激痛とでも呼べる程のダメージだったと思う。
幸いな事にオレが止めを刺される前にリーダーとリュウセイが地竜へ攻撃して注意を引き付けてくれたおかげで回復薬を口にする猶予を得た。
「な、何て強さじゃ! レベル四十五じゃと! 今のワシらではとてもじゃないが歯が立たんぞぃ!!」
敵のステータスを魔法で鑑定したアバンが叫ぶ。
今度は地竜が前足で地面を蹴りヤツの前方六十度くらいの範囲に向けて岩塊が跳び散る。
「がはっ!!」
拡散弾と化した無数の岩塊がリーダーの全身を打ちのめした。
「ソラ!!」
急いでリュウセイが駆け寄るが、地竜は前足を地面に擦り付けるように蹴ってからリーダーへ向けて再度の突進を開始した。
「うぐぅっ!!」
岩塊によって防具の至る所が破損し出血しているリーダーの身体が地竜の追撃を受けて宙を舞う。
――ドサリッ!
一瞬だがとても長く感じた滞空時間の後、地面へ落ちて来たリーダーの手足が変な方向へ曲がっているのが見えた。
「「「リーダー!!」」」
リーダーのソラの身体は全く動かない。
そしてオレの、いやオレたち全員の目の前にシステム・メッセージが表示される。
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リーダーのソラが力尽きました。
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「ちくしょーー!!よくもソラをーー!!」
地竜は壁に激突した頭部をこちらへ向けると、次の攻撃準備に入る。
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パーティリーダーの変更を通知します。
新リーダーに副リーダーのリュウセイを任命します。
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「リュウセイ、ここは一旦引くべきだわ!」
「何を言ってんだ、ソラがやられたんだぞ! 仇を討つのがオレたちの役目じゃないのか?!」
古くからのフレンドを目の前で殺されて頭に血が登ったリュウセイに対して、レイラが彼に冷静になるよう促すが全く聞く耳を持たない。
「このパーティはオレとソラの二人で始めたんだ、アイツを殺されて逃げ帰るなんて、そんな無様なマネは出来ない!」
その間にも地竜が突進を繰り返し、その度に壁と天井の一部が剥がれ落ちて来る。
――パラパラパラ……
「敵の強さを見たじゃろう…、もう付き合いきれんぞぃ…」
「元はと言えば、こうなったのはレイラとライアのせいだろ!」
「……」
行き場を無くしたリュウセイの怒りの矛先がレイラとオレに向かう。
自らの責任を感じて何も言えないレイラに代わり、敢えてオレが言おう。
「シュプラブへ向かうのは皆の合意だったはずだ!」
しかし、気が動転している相手に対して正論を吐くなんて、この時のオレもどうかしていたものだと思う。
「ソラが殺されたのに、何でみんなそんな冷静なんだよ!」
そう言ったリュウセイが急にオレたちに背を向けて走り出した。
「もうこんなパーティなんて終わりだ、もう知らないからな!!」
すると先ほど見たシステム・メッセージが再び現れた。
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パーティが解散されました。
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リリィが息絶えていない事を知っている地竜が、再び地面を蹴って岩塊を飛ばして来るがオレが大盾を構えて彼女を守る。
「もうダメみたいじゃの…ワシもまだ死ねんのでな、悪いが先に行くぞぃ」
「ライア、リリィ、ごめんなさい…私もまだ死ぬワケには行かないの、ここでさよならさせて貰うわ、本当にごめんなさい……」
地竜のターゲットがまだオレとリリィを向いているうちにアバンが去り、そしてレイラも泣きながら去って行く。
跳んで来た岩塊をオレが全て防いでしまうと、ヤツはオレたちにトドメを与えるべく頭を下げて突撃体勢に入る。
やっぱ最後はそれで来るよな……。
オレは右手に持っていたメイスを放り出すと、両手で持ち直した大盾の下部を地面に突き刺してしっかりと固定する。
「これがオレの最後か……、リリィ守ってやれなくてゴメンな…」
後ろにはまだ倒れたままのリリィが地面の上に横たわっている。
一人きりで死ぬのでは無いからなのか不思議なほど怖くはなかった。
地竜の突進が大盾ごとオレとリリィの身体を吹き飛ばすと、そのまま岩壁へと激突した。
何度も繰り返し衝撃を受けていた壁と天井が一気に崩れ落ちる。
すると巨大な岩塊が地面を粉々に割り落盤が発生すると、オレとリリィの二人は一緒に地竜もろとも裂け目から下へ落ちて行った。