夜桜
だんだんと日が暮れてきた。
俺達は、昼と夜の桜を見に来たので、まだ桜ヶ丘にいる。
『夜の桜も、きれいですね。』
「ああ、俺も夜の桜は好きだ。」
俺は、学校を転校した後、よく夜桜を見に行った。
もちろん、親にバレないように。
月明かりが桜を照らしてくれていたのが、好きだった。
それに、星村も見てくれていたらな…と思っていた。
星村は、昔こう言った。
『お昼の桜も好きだけど、夜の桜も好きなの。』
「どうして?」
『何だか、落ち着くの。』
「そうなんだ。」
とやり取りをしたのを覚えている。
そんな事を思い出していると、星村が話しかけてきた。
『橘さんって、桜好きなんですね。』
「大好きだよ。」
『男の人が、桜を好きなんて言うの初めてで
、びっくりしました。』
「俺は、桜が大好きなんだ。だけど、好きになるきっかけをつくってくれたのは、ある一人の女の子だ。」
『女の子…?』
「うん。俺が幼い頃、よく一緒にいた子なんだが、桜が好きで…。」
あっ、つい言ってしまった。
どうしよ…と思いながら星村を見ると、びっくりした顔をしていた。
『も…もしかして…、』
「そうだよ。俺は、橘 翔。転校する前にいた、星村の幼なじみだよ。」
『えっ…、そんな。』
「ごめんな、星村。」
『謝るのは、私の方です。ごめんなさい、気付けなくて…。名前で分かるはずなのに。』
「星村は、悪くないよ。俺が、あの頃急いで転校だったからな。」
『挨拶もなくて、急にいなくなってしまって、どうしたのかな…って思ってた。』
「親の転勤が急に決まって、急いでたんだ。ごめんな。だけど、向こうに行っても星村の事をずっと思い出していた。
桜の季節になると、特に思い出していたよ。」
『私も、途中まで覚えていたんだけど、急に翔くんの事を忘れていた気がする。』
「いいんだよ。思い出してくれて、ありがとう。
久し振りに会った時は、びっくりしたよ。
大人っぽくなっていたから…。」
『私は、優しい人だなって思ってた。』
「ありがとう。星村、あのさ…、」
俺がそう言っていたら、星村が遮った。
『昔みたいに、夏音って呼んで…。』
「分かった。か…夏音、あのさ…俺ずっと好きだったよ。それは、今でも変わっていない。夏音がよかったら、俺と付き合って下さい。」
『…翔くん。私も、好きだった。
昔の翔くんも今の翔くんの事も…。』
「夏音、ありがとう。」
『きっと、幼なじみじゃなくても好きになっていたと思うの。』
「夏音…。」
そう言って、俺は抱きしめた。
『翔くん、好き。』
そんな二人を月明かりは優しく照らしていた。