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前回までのあらすじ:移動中その一。

今回予告:街について一泊します。護衛の仕事が入りました。

 ダフネンの街は蜂蜜御殿。近くの林に生息する少し特殊な蜂は、集めてきた花の蜜に成長を促進する特殊な体液を混ぜる。それがあの広場で味わった刺激的な味を作り出しているそうだ。古くは四百年もさかのぼり、この大陸を支配していたラー・テトリン帝国の歴代皇帝の一人が視察に訪れた際に献上し見出され、最高級の蜂蜜として有名になったそうだ。それまで細々と農業に勤しんでいた小さな村は当時の村長を中心として完全に蜂蜜を取ってきて売ることに特化した専業体制へ移り、商人たちと互角に渡り合って今の地位を築いてきた。蜂蜜に誇りを見出す街なのだ。だから街の出入り口に、その特殊な蜂と針先から滴る水滴の絵が書かれた看板がでかでかと掲げられていたり、家々の玄関に蜂蜜を入れる小瓶がデザインされていたりする。


 という話を今晩泊まることにした宿の女将さんから聞いている。すでに小一時間は。

 ただ水差しに注ぎ足してもらうためだけに話しかけたのだが、なら蜂蜜はどうだい? と勧められて、やんわりと断ればあれよあれよという間に蜂蜜の良さ、ひいては街の素晴らしさを講釈されるにいたる。

 一度は水を足してもらい部屋に持ち帰ったのだが、その際まだ話し足りないと、食堂に呼ばれてレニーと二人で一から話を聞いている。もうしんどい。


「あれ? 大将に姐さん。飯はまだ早くないっすか?」

 街についてチェックインを済ませたのは日が少し赤みを帯びてきた頃。赤い世界が暗くなり始めようとした今はまだ晩御飯には早い。二階から降りてきたマフス君に救世を感じた。


「女将さんも夕餉の仕度があるでしょうし、これ以上は時間を取らせるわけにはいきませんよね?」

「……ああ、もうそんな時間かい。残念だねえ……」

 どれだけ真剣にレニーと私が遠慮しても聞かなかった女将さんが窓を見て儚む。ようやく解放された。


「ありがとうマフス君。君のおかげで救われた」

 彼の肩を軽く叩く。

「はあ、そうっすか」

 旅の疲れが倍増した気分だ。


「ところでマフスはどこへ行くつもりだい?」

 少し目つきの悪くなったレニーが問う。


「休憩中にもらったアドバイスを実行しに行こうかと思いましてね」

 恋の話か。


「この人の言うこと、役に立ちそう?」

 マフス君に聞いてレニーが反応した。

「あれ、何の話か知ってるの?」


「デクスさんに聞いたよ」

「あっ! そっちには口止めしてなかった!」

 マフス君痛恨の失敗。


「広めはしないよ。私はね」

 口止めして来なけりゃ、と彼は踏み抜くんじゃないかというような勢いで階段を上がっていった。


「僕たちも部屋に戻って休もう」




「この前食べた蜂蜜と比べて、なんだか味が薄いように感じなかった?」

 夕餉に出た鹿肉のステーキはこの街の蜂蜜をかけて食べた。が、氷と一緒に味わうことでいくらか薄まっていたであろうあの時の味と比べて、普通の蜂蜜とそんなに変わらない平凡な味わいだった。


「多分街の人たちが普段自分たちで使うものは、売りに出すものと比べて粗悪品なんだろうね」

 まあ、売れば高値になるものを普段からがっぽがっぽ使ったりはしないだろう。たとえ客に出すものだとしても。それに、味が平凡だと言ってもあの特徴的な刺激が全くないわけではなかった。鹿の臭みをごまかして、肉質を柔らかく感じさせる程度の役割は果たしていたように思う。


「ねえ、そういえば蜂蜜を買っていくつもりはあるの?」

 行商の話はどうなったか。

「長い船旅に耐えられるほどには持たないんだって。それに、明日は朝が早いよ。買いに行く暇はないな」

 今日はもうとっくに店じまいしているような時間だ。外はもう月明かりと、窓から漏れるランプやロウソクの明かりだけ。


「明日も歩き通しだから、早めに寝よう」

 そして部屋の中のランプも消した。




 さて、盗賊ギルドでもらった情報ではこの街の市長も大陸の有力者一覧に含まれている。しかし、ただの蜂蜜売りが私の目当てである世界を牛耳るような悪人とは思えないし、それに関する情報を持っているとも思えない。いや、情報に関してはもしかすると……。ということもありえるが、可能性としては薄いように思う。危険を冒してまで確めに行くほどではない。少なくとも現時点では。


 ふと、ベッドから出てきて暗い窓の下を見る。今回はシングルベッドだからレニーを起こしてしまうようなこともないだろう。

メルディメルだ。一人で街の外に向かっている。寝着の上にケープを羽織って部屋を出る。少し気になったのでついて行ってみよう。


 宿を出てメルディメルが向かった方向を見るが、すでに姿は見えない。長い道だから本当に街の外へ出てしまったわけではないだろう。どこかで道を曲がったのだ。

 ただの興味で追うには労力がいるようになってしまった。明日のことを思うと戻って寝た方がいい。第一、こんな夜中に一人で出て行ったのだ。見られたくないこともあるのだろう。

 しかし、こうした謎は纏うだけでその人を神秘的に感じさせる。十四歳のやんちゃそうな女の子がどこかミステリアスに。私はこうした感覚を大事にする方だ。だから、決して面倒になって追うのをやめたわけではない。彼女が夜な夜な徘徊する理由を知ってしまえばこの神秘性が失われてしまうから戻って寝るのだ。




 薄い霧が立ち込めている。ダフネンの周囲は治安が良いらしいが、半年前の戦火でごろつきが増えている。こんな日はちょっと危ない。


「霧が出ている。今日は念のため、いくらか警戒しながら進みましょう」

 遮蔽物がなくとも、100m先は真っ白な世界だ。デクスさんが、気張る必要はないが気を抜いてだらけもするな、と案外難しいことを言っている。慣れないことで丁度いい塩梅の努力をしようとするのは失敗の元だ。何人かは首都から出たことのないような人たちである。彼らの分まで頑張らないといけない。こういうところで先日の失敗を少しずつ挽回していくのだ。



 出発の準備が出来たので、みんなを待つ間宿の隅で佇んでいるとがっちりとした体格のおじさんに声をかけられた。


「お嬢さんはこちらに泊まっている傭兵団の方ですか?」

 営業スマイルというやつか。

「はい、そうですが。あなたは?」


「申し遅れました。わたくし、トリステン商会のキャラバンの一つを運営しております、ハンスと申します」

 霧が出てきたので、念のため護衛を増やしたいらしい。要は同行させてもらえないかという話だ。


「いくらいただけますか」

 レニーと何か相談しながらロビーへ降りてきたデクスさんが取り次いだ。


「港町まで五千でどうでしょう?」

 これから出ても港町までは日が暮れるまで着かない。


「……それなりに気前が良いが、細かい条件を聞かずに飛びつくことはできませんな」

 首都を出る際にも小金稼ぎにと、同じ道を行く人たちを護衛する仕事がないか探したそうだが、傭兵団の規模に合った仕事はなかったそうだ。今回はどうだろう。こうした商談はいまいちよくわからない。


「荷馬車が四台。キャラバンの人間が私を含め四人います。馬車については馬の怪我、馬車の破損には責任をもってもらいたい。人間の保護に関しては、誰かに傷をつけられないように。つまり、襲われて手傷を負うことがないようにお願いしたい。当然ながら、中の荷も失ったり、破損したりすることのないように。もともといる護衛は六人の冒険者パーティです。彼らも今私が言った条件で雇われています。冒険者にしては誠実な方々ですよ。彼らの進言で、危ないかもしれないから確実を期すならあなたたちを雇おうと考えました」


「同じ条件というが、我々は十人だぞ。その冒険者たち六人も同じ五千で雇われているのか?」

 デクスさんが少し顔をしかめた。


「彼らには首都から護衛していただいておりますので」

 首都からこの街まで、この街から港町までの距離を鑑みて、そして人数で割るといくらかお得なように感じる。


「あなたたちの扱いについてはわかったが……。馬の怪我とは、たとえば道のくぼみで足を挫いたような場合でも我々の責任となるのか?」

 細かいことを気にしている。こういう商談の様子を見ると、デクスさんのような人がうちの人についてきてくれて、本当にありがたい。レニーにはこんなことできないだろう。おそらく。今だって実際横にいるのにも関わらず二人の商談に入り込めずにいる。見て学べ。


「高い金を支払って、いざ野盗の類に襲われたときに商売に差し障るような被害を出されると困るのです。中には荷を悪人に差し出して助命を願うような役立たずもいます。彼らに限った話ではないですが、損害を出させておいて、ちゃんと護衛料を出せとのたまうような輩もいますので、裁定を厳しくするのはご了承願いたいですな」

 ハンスさんは少し横柄な態度を出している。理はこちらに有り、と示すような態度だ。


「まあ、そういう輩を警戒するのは商人であれば当然ですね。馬車の損害とは具体的には?」

 苦笑しながらハンスさんの言い分を受け入れる。


「修理するか、買い換えなければ使えなくなるようなことになれば、その金額を保証していただきたい」

 仮に平均的な荷馬車四台を買い換えれば八千はいく。


「それは、あなたたちが既に雇っている冒険者と折半して払うことになると?」

「そうなりますね」

 考え込む。


「あなたたちと冒険者がグルで、古い馬車をわざと壊させて高い金をむしり取ろうとしているってことはないですよね?」

「失礼なことを言いますね」

 先程の意趣返しのような話だ。しかし、デクスさんたちのしてきた苦労が偲ばれる。


「年のため、冒険者の方々と少し話をさせていただきたい」

 そう言うと、ハンスさんは少し困ったような表情をして。

「いいですが、あまり時間をかけると明日の商売に障ります。そんなに時間はかけないでください」


 その後、デクスさんとレニーが冒険者の人達といくらか話をして、護衛を受けることになった。細々とした値段交渉をはさんではいたが、概ね良縁な依頼のようだった。




 首都からダフネンまでの平原を行く道とは違い、ダフネンから港町までの街道は土地の高低差と、北側に広がる林のせいで見通しが悪い。加えて朝から出ている霧。警戒心は誰でも自然と高まる。


「この道なんとかならねーのかな」

 昨晩雨が降ったようで、道が少しぬかるんでいる。車輪がはまりそうな水たまりはないものの、足元がずっとビチャビチャし続けるのは旅にとって気分の良いものではない。マフス君が鬱陶しがるのも仕方がない。


「こんな日は野盗のみんなだって、けだるく感じて怠けてるよ。そんなに気にせず気楽に行こうね」

 気を張って警戒していた私に気づいたのか、エリスが横について話しかけてきた。冒険者の方々は後方、私たちが前方を主に警戒しているため、ここに彼らはいない。が、彼らは職務に真剣だった。自分たちの護衛料が減るかもしれないのに追加で護衛を雇うよう進言したりするあたり、相当に人の良い人たちだ。もし今のいい加減をするような発言を聞かれれば険悪な関係になるかもしれない。


「……そう言えば団長と姐さんって首都に来るとき野盗に襲われて返り討ちにしてんっすよね。」

「レニーが全部一人でとっちめたんだけどね。相手はたったの四人だったけど」

 異国情緒溢れる四人だった。あの時は縛る縄さえあれば殺さずに済んだのに。


「前に団長と木剣で模擬戦やったんすけど、打ち込んでも当てられる気がしなかったっす」

 あいつは細身の割に体幹しっかりしてるから、なかなか崩れそうにないだろうな。魔法で自分の動きを補助するのも上手いし。

「メルディとは違った強さなんすよね。あいつはやる前にこっちがやられそうな感じというか」


「そう言えば昨日言ってた作戦って上手くいったの?」

 何をしようとしてたのかは知らないが、あの時の状況から考えるに、どうせプレゼントを用意するとかそこらへんだろう。


「なになに? それって何の話?」

 エリスも話に乗ってきた。

「げっ! そう言えば姐さんにも口止めすんの忘れてた!」


「マフス君、好きな子がいるんだって」

「ああ。殺生な……」

 言ってしまった。聞いたエリスは目をしぱしぱしている。


「メルメルに? それくらいわかるよ」

「そう? 私は言われるまで気づかなかったんだけど」

 まったくもって。仲がいいなあ、としか思わなかった。


「この話ってどれくらい広まってるんすかね……。最悪本人に知られなきゃ大丈夫っすけど」

 落ち込ませてしまった。




 そろそろ昼食という時間になって、それはやってきた。


「……あれ、なんだ?」

 私が休憩を終えた直後のことだ。ウィーさんがまだ晴れぬ霧の先を指差した。


「動いている……? あの影のでかさ、人間じゃないよな?」

 デクスさんが、馭者をやっていたハンスさんやみんなに止まって警戒するよう指示した。


 距離があるし影だけだからはっきりとは言えないが、高さ4mほどはあろうかという、ずんぐりとした影がのそのそと動いているように見える。


「……トカゲか?」

 目を凝らしていたウィーさんが呟く。トカゲ。トカゲだとしたら大きいなんてものじゃない。


 徐々に姿が見えてくる。あちらがこちらに近づいているのだ。


「何があった?」

 休憩していたレニーや、騒ぎを気にしたのか冒険者の一人がこちらに駆け寄ってきた。


「……こりゃあハンスさん。うちを雇っておいて良かったですねえ。あれ、まごうことなくトカゲですよ。……巨大ですが。いわゆるモンスターだ」


 モンスター。主に通常ではありえないほどに巨大な姿をした生き物の個体を指す。今回のトカゲもそうだが、種族の平均サイズより非常に大きい。極まれに存在する魔法を使える個体が、その力を用いて暴虐の限りを尽くしているとこうなることがある。魔法を使えるとなると端的に言ってに強くなる。そして周辺のヒエラルキーを破壊し、大量にものを喰うようになり巨大化する。魔力の影響で寿命が伸びるので、まるで突然変異のように種の限界を超えるのだ。


「落ち着いてダフネンまで戻ってください。確実に逃げきれないし、やりあえば馬車と馬もおじゃんだ。冒険者の皆さんは馬車の護衛を引き続きどうぞ。我々が足止めしますので」

 冒険者の人が頷いて、ハンスさんたちと道を反転しはじめようとする。


「マフス、休憩中の奴らを呼んできてくれ」

「了解!」

「林に誘導して撒くか?」

「どちらにせよ時間稼ぎが先だ」

 相談する時間があるくらいには蜥蜴の速度が遅い。


「どうするつもりか知らんが、死ぬなよ。あんなのをどうにかするのは国の仕事だ」

 完全に馬車が反転しきったところで冒険者のリーダーから激励が。


「うちの馬車も頼みます」

 レニーが真剣な表情で返す。


「一応うちの馬車に一人は残しておいたほうがいいんじゃないですか?」

 答えは予想できているが、デクスさんに提案してみる。

「……頼めますか」

 そうなるよね。この前の独断専行で信頼を失ったのが痛い。トカゲ退治を手伝いたいけど、ここで無理を言っても邪魔にしかならないだろう。


「任されました。みんな無事でいてくださいね」

 すでに休憩していた面子も集まってきていて、デクスさんたちの作戦会議に参加したりしている。頼もしいような、そうでもないような。


「エーナちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。だってあのトカゲ鈍いもん。まだあんなに向こうにいる」

 エリスの言う通り、トカゲがこちらに向かってくる動きは鈍臭い。だけど、とても図太そうで厄介な相手であることには変わりない。


「心配しなくても、死人は出させないよ」

 レニーの気遣いが痛い。こうなってくると本当に先日の失敗が重くのしかかってくる。


「それじゃあ、また後で」

 モンスターに立ち向かう彼らを背に、自分たちの馬車へ駆けていく。




「あれ、お嬢さんは戻ってきたのか」

 馬車の並びが真逆になったので、うちの馬車は先頭にいる。キャラバンの馬車を追い抜いて行く時、冒険者の一人に話しかけられた。


「はい。一応、非戦闘要員なので」

「そりゃ当然だ。気にすることはない」

 笑っている。なんだろう。やけにのんきなのが気にかかる。自分たちは逃げに専念できるから安心しているのだろうか。


 自分たちの馬車は先程激励をくれた、冒険者のリーダーが馭者をやっていた。

「ありがとうございました。ここからは私が御者をやるので、ご自分の仕事に戻ってください」

「……ああ」

 作られた感じを受ける真剣な表情。これは警戒すべきかもしれない。



 それにしてもあのサイズになるまで、街道に出てくるようなことのあるようなモンスターが発見されていなかったのは不自然だ。トカゲや虫など、小型の生物のモンスターは大体が全長1mを超えるころには人目につく場所に現れるようになる。この辺は人里からいくらか離れているし、隣に林や山があって見つかりづらい場所ではあるにしても、あのサイズはない。作為的な何かが見える。デクスさんたちがこれに気づかなかったとは思えない。……ということは、こちらも危ない? そこに一人送られたってことは、実は信頼されてる? ……いやない。少なくとも、冒険者の人たちは信用していいとの判断なのだろう。


 馬車の右前方には急いでいる馬車に合わせて駆け足の冒険者が一人。まったくこちらを見ない。これはこれで不自然だ。私はすでに、彼らを限りなく黒目にみている。だから怪しく見えるだけなのかもしれない。悩ましい。もし間違いがあってはいけないので、何かが起こるまでは静観しよう。



 そして小一時間。そろそろ離れたし、急に急がせた馬を休ませるためにも一度止まることにしようと冒険者の一人が言ってきた。


「そろそろ我々は安全圏ですかね」

 ハンスさんの表情と声には落ち着きが戻っている。

「そうですね。もう追いつかれはしないでしょう。あのトカゲ、足は遅いようでしたから」

 冒険者のリーダーが笑顔になっていた。


 ハンスさんたち四人、冒険者六人、そして私。全員がすぐ近くまで集まっている。そして左手には林。これはいるな。気配がある。

 そして冒険者のリーダーが懐から何か取り出して、吹いた。ピィーっと甲高い音が響く。


「はっはっは! いやあ、儲かる儲か……」

 一歩寄って首筋を切り裂いた。これはレニーの言っていた後の先というやつに当てはまるのだろうか。飛び散る血液が私と、切り裂かれた冒険者の目の前にいたハンスさんに勢いよく当たる。いきなりの事態に、ボケっとしているハンスさんの襟元を急いで掴んで後ろに放る。


「なっ、なんだ!?」

 完全に仕事をこなした気になっていたのであろう冒険者、……冒険者風の一人が悲鳴のような叫びを上げる。近かったので正面から心臓を一突きにした。これでもう一人商人を自分の後ろに匿えた。あとの二人は厳しい。間に合わないだろう。


「自分の命を最優先に!」

 商人たちを促したつもりだが、どれだけ効果があるだろうか。


「くそっ! てめえ!!」

 林から大勢の人間が駆けてくるのを横目に、一番早く武器を構えようとしている一人に近づく。商人たちはまったく動けずにいるが、冒険者風の野盗どもは流石に対応しようとしてきている。


「もうちょっとだったのにね」

 敵が構えた直後の武器を持つ腕に、柄で強打を見舞う。そのまま跳ね上げるように顔面を裂いた。魔法って便利だ。肉や骨で刃が止まらなくなる。……近くにいるのはあと三人。


 炎の魔法を撃ってくるのが一人、あとの二人はそれぞれ商人を抱き寄せ、首に短剣をあてた。商人と野盗の叫びを一旦は無視し、放たれた火球を避けて一歩寄る。林から近づいてきているのがここに来るまでにこいつらは仕留めたい。が、無理だろう。もう来てしまった。


「おいおいどうなってんだよ!!」

「てめえ! おとなしくしやがれ!!」

「た、助けて……」

「ひぃぃ」

「お二人は先に逃げてください!」

「あの二人はどうする! 逃げきれないし交渉するしかない!」

「てめえらうるせえよ!!」


 混乱を極める。商人たちは全滅させてしまうかもしれない。せめて一人は生き残らせたいところだけど。


「人質は助けません。無理です。諦めてもらう他ない」

 言ってしまった。

「そんな……」

 後ろにいるから見えないが、呟くように漏らしたハンスさんはきっと青褪めてでもいるのだろう。


「なんなんだよこれ……、リーダーが死んじまってるよ……」

 駆け寄ってきた中から漏れてきた。この膠着した状態でも私に仕掛けてこないのは、惨劇を見てしまったからだろう。


「てめえ……、こいつらが死んじまったら護衛失敗だろうが! 何見捨てようとしてんだよ!」

 人質を取っている一人が喚く。

「私一人なので、どちらにせよ守りきれません。それに交渉は無意味です。あなたがたには見逃す理由がない。こちらの交渉材料は全て力ずくで奪ってしまえるのだから」

 みんな黙り込んだ。もういいだろう。


「全力で走って逃げてくださいよ。全力で逃がしますから」

 後ろの二人は覚悟が決まったのか、駆け出した足音が聞こえる。状況に混乱したのか、駆けつけた野盗どもがこちらを囲まなかったのが幸いだ。


「まって! 待ってくれ!!」

「そんな、嫌だ……」

 人質にされた不運はお悔やみ申し上げる。


「逃すなよ!?」

 人質を取っていた一人が叫び、商人の首元を切り裂いて捨てた。こちらに向かってくる。もう一人人質を取っていた方も、遅れてそれにならう。


 囲まれないように逃げた二人の方へバックステップで近づく。逃がすためには通すわけにはいかない。




 あとに残ったのは野盗三十二人、商人二人、合計三十四の死体だ。一人も通さなかったから、逃がした彼らは無事にダフネンまでたどり着くだろう。……今さらだが、最後の一人くらい生け捕りにすれば良かった。前回と違い、縛る縄はあるのだから。これではなぜうちの傭兵団を雇わせようとしたのかわからない。まあ、おそらく欲目が出てきただけなのだろうが。

 さて、これからどうしよう。手傷は追っていないが、持っていた武器は全て壊れた。馬車の見張りをするくらいしかやることがない。一人で馬車五台は操れないから。……そういえば、あの騒ぎでも馬は一頭も逃げ出したり暴れたりしなかった。いい馬たちなのだろうか。少なくともうちの馬車を引いている馬は安物だった。

 ああそうだ、避けた火球が街道を外れた草むらを燃やしている。まずはあれを消さないといけない。

 霧は晴れてきている。


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