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前回までのあらすじ:仕事のあとゆったりと過ごしました。
今回予告:傭兵団の紹介をしながら街を移動します。
十人を乗せるには、持ってきた馬車は小さかったので一回り大きいものに買い換えた。十人乗れると言ってもいっぺんに乗っては引く馬を潰してしまう。それぞれの荷物と、交代で休む人数が乗れる程度の馬車だ。
「……旅ってこんなにかったるいもんなんだね」
隣を歩くメルディメルの、いかにもしんどいと訴えかける気の抜けた表情、声色、崩れた姿勢が伝播しそう。狼戦など鑑みるに彼女は多分傭兵団の中で個人戦闘力は一番だが、普段から日々是れ鍛錬とはいっていない様子。
「夏の暑さのせい、っていうのもあると思うけど」
隣を見ずに言う。
「暑さもそうだけど、このさ、ずっと同じ風景が続くのって精神的にくるね」
あたし、街出たことなかったからこんな経験初めて、と続く。
こういう会話をしていると、なんともなくとも仲良くなったように感じるのはなぜだろう。
「そうだね。森とか山なら結構見所あるんだけど、街道は滅多に景色が変わらなくて辛い」
「ああー……。狩人やってたんだっけ?」
狩りの仕方、獲物となる動物のこと、村周辺の森と山について語った。そこそこ暇つぶしにはなったと思う。私はたくさん喋った分体力を使ったけど。
「……あんな失敗した私にも嫌な態度を取らず普通に接してくれてるよね。なんで?」
声を潜めて聞いてみた。みんなそうなのだ。誰も表立っては責めないし、態度にも出してくれない。
「他のやつらは知らないけど、あたしはああいうことしちゃう気持ちもわかるから」
遠い目をしている。
「誰かを頼るのって腹が立つよな」
ちょっと違う。
メルディメルは自分一人の力で生きたい。一人と言っても何から何まで自分でやるというわけではなく、自分の領分というものを持ち、そこへ誰にも立ち入らせたくないのだそうだ。聞くだに職人っぽい。傭兵団に入ったのも、個人で傭兵や冒険者をやっていても良い仕事にはなかなかありつけない。だからどこかに所属して、最低限の義務を果たしつつも仕事の仕方については勝手をやりたい。そういうことだそうだ。うちは出来立てほやほやで、仕事の仕方なんて決まってないだろうから自分で作ってしまえるだろうと考えた。噂では剣の振り方一つ、魔法の訓練や雑用の仕事すらきっちり型にはめてやらされるところもあるらしい。そういうところは仕事ぶりが安定していて、食いっぱぐれることも滅多にないそうだが。
「だいたいが魔法なんて使い方も覚え方も人それぞれのもんでしょ? それにあたし、これはこういうもんだ。なんて頭ごなしに言われるのが一番嫌なんだよね」
要するに自分に自信を持ちすぎなんじゃ……。
「守られたくないって言ってたっけ? だからそういう気持ち、わかるなーと。まあ、ああいう状況で実際にやっちゃうのはどうかと思うけど」
「ごめんなさい……」
「あやまんなくていいよ」
「……でも、それじゃあ自分が危険な目に合わされたことはいいの?」
うーん、と唸って考え込んだ。
「そんなに危険だったようには感じてないかな」
剛毅だ。レニーに忠告していた内容とは食い違ってきているように思うけど。
「でも、間抜けについて行って一緒に沈むのは嫌なんでしょ?」
さっきから質問してばかりだ。
「それは上の人間に対して思うこと。同僚が何やって失敗しようが、それは自分で止められるもんさ。一緒に沈んじまうのは自分の力量不足だね」
案外彼女も規律を重んじるタイプなのかもしれない。型にはめられるのが嫌だというのも、その重みを知っているからと解釈できる。だから立場が上の人間には求めるし応えようとする。そう考えるとなんだか納得がいった。
「つまりあん時のあんたを責めるなら、まずあんたの独断専行を止められなかった自分を責めるべきだってこと。いざという時誰かを責めたって、状況は変わんないだろうしね。普段から危機に陥らないよう自分で気をつけるべきなのさ」
やはり剛毅。
「メルメルの言ってることって極端だよねー」
エリスが寄ってきた。彼女がメルメルと呼んだからか、メルディメルの目線がジトーっとエリスに向かう。
「普通は怒るもんだよ? わたしなんて最後の方、腕食いちぎられそうになったところを団長に助けてもらったし」
「それは……、本当にごめんなさい」
きついなあ。
「でもいいよ。エーナちゃん可愛いもん」
何と言っていいのかわからない。
「あんた、そんな子だったっけ……」
メルディメルの方が半年もエリスと長く付き合ってるはず。でも違和感ありと。
「メルメルはわたしをどんな子だと思ってたの?」
「まずそのメルメルって呼ぶのをやめろ」
あはは、と笑ってごまかしている。
しんどそうにかったるいと言っていたメルディメルとエリスが元気に軽口を応酬し始めてまもなく、先程まで馬車で休んでいたマフス君が呼びに来た。休憩交代だ。言い合うメルディメルとエリスを見た彼は、二人だけでも姦しいっすね、と漏らしたところを二人に聞きとがめられ青くなった。
馬車に入るとすでにデクスさんとアルヴェドさんが休憩に入っていた。直前まで休んでいたのはレニー、ジェニーラウラ、マフス君の三人だったはずだから、これから一時間、この三人で過ごすことになる。
「さっきまで休んでいた三人は恋の相談をしていたみたいですが、我々はどうしましょうかね?」
デクスさんは真面目は真面目だが、普段は結構くだけた感じ。
「恋の相談って、誰のですか」
まさか我が夫ではあるまい。
「マフスがメルディを狙っているみたいです」
「あ、仲がいいとは思ってましたが、そういうことだったんですね」
「何か以前、失敗をしたようでなかなか言い寄るような踏ん切りがつかないとか」
二人で含み笑いをしながら話す。
「あれ? でもさっき、メルディメルは一生独り身でいるつもりだとかって言ってたような……」
恋なんてもうしない。そう言っていた。聞いた時も気になってはいたが、もうしない、だ。
「そうなったきっかけがマフスの失敗らしいですよ。具体的な話は彼の名誉のためにも言いませんが……。まあ、若さゆえの過ちといったところでしょう」
「それにしても、ジェニーラウラさんはともかく、レニーにそういうことを相談するとは」
私たちは幼い頃は子犬と飼い主のように触れ合って、親の仕事を手伝うようになると馴れ合いの中に少々煩わしさも感じはしたが、青年となる頃にはお互いの気心が知れていて、なおかつ尊重しあえる。そういう関係だった。これで愛しくないわけがない。恋愛らしいことをせず、……ほとんどせずに友愛へ至ったことは確かで、これが愛なのか、友情なのかと聞かれれば答えに窮するのはおそらく私もレニーも同じこと。よくあるお付き合いから始まったのではないからして、どうすれば気のない相手を振り向かせられるかなんて問題の相談相手には間違っている。
「たしかに馭者台から聞いていた限りでは相談相手に向いてなかったようですね」
デクスさんが、ははっ、と笑い飛ばす。
こんなに隣がうるさかろうとアルヴェドさんは無口なまま、目を閉じてじっとしている。兄弟だと知ってもデクスさんとアルヴェドさんは似ているところを見つけられない。
「こいつのことが気になりますか」
デクスさんが私の視線に気づいた。アルヴェドさんの肩に腕を回してバシバシ叩いている。アルヴェドさんが少し迷惑そうに眉をひそめた。
「俺たちは兄弟っていっても、ほんとの兄弟じゃありません。昔世話になっていた孤児院からの付き合いなんです」
二十年ほど前、山脈を越えた南の国で起こった内乱でデクスさんは両親を亡くし孤児院で世話になったらしい。その孤児院に同じ日に預けられたのがアルヴェドさん。まだ六才だったデクスさんと自分の年齢すらわかっていないアルヴェドさん。なんとなく放っておけない気持ちになったデクスさんはアルヴェドさんを弟扱いし、よく世話を焼いていたそうだ。
おねしょをした時に着替えさせたとか、フォークやスプーンで掬った食べ物をよく落としていたから食べさせてやったみたいな話をデクスさんが笑いながらして、流石にアルヴェドさんも怒って彼を殴った。
孤児院生活を始めて五年、経営が立ち行かなくなって解体されるとき、彼らは自立した。十一歳の少年と十に満たないであろう少年は紹介された酒場で働き始め、おもしろがった客の何人かが体術や武器の振り方を彼らに教えた。案外才能があったらしい二人は背が伸びて青年らしい顔つきになる頃、酒場に世話になった分のお金を返して職業戦士としてデビュー。その後なんやかんやあって今にいたるという、長い話だった。
「それでお二人は動き方の癖が似てるんですね」
二人が顔を見合わせる。
「似てますか」
「似てますね。強い人って戦いの動きが普段の動きにも出てきますから、同じように戦い方を学んだなら基本が同じです。それが出ているんだと思います」
動作の始めの重心移動の仕方が特に顕著だ。というか、ここに特徴の現れない人はいない。そこが似ていれば気にはなる。
「あなたのそういう観察眼やこの前の仕事で見せた高い戦闘力はどこで培われたものなんですか。団長も知らないと言ってましたが」
「あの件については悪いと思っていますが、それは秘密です」
ここは流石に笑顔を見せられない。
その瞬間は急にやってきた。悟られまいと、急いで馬車の外を向くようにデクスさんたちに背を向ける。体中が燃えるように熱い。あの瞬間を思い出している。熱いのか痛いのか、終わって振り返らねばわからないような強烈な刺激。体の内側、手先や足先といった隅から体が燃え散っていくような、それでいてなくなったパーツが空気に溶け込んで熱がっているような不思議な感覚。最中に不思議だなんて思えるくらいには慣れてきた。そして心臓が握り締められるような心と体の苦しみ。
だんだんこの瞬間が訪れる間隔が長くなっていた。一回一回の苦しむ時間も短くなっている。つまり薄まっている。十歳頃までは声を上げずにいられなかった。十二までは暴れずにはいられなかった。母には迷惑をかけた。布団をかぶって漏れる声を押さえ、そろそろ来るかと思えば自分の手足を縛って過ごすこともあった。こうして少しずつ抑えられるようになってもいつかは消える苦しみだと思えないのはこの強烈さゆえ。
体の右側に張っている馬車の幌へ力任せに体重を乗せて、なるべく息を漏らさず、動きを殺して耐える。前回はほんの十分ほどだった。今回だって前回よりは短いはず……。
そして徐々に辛みがどこへともなく散っていく。どんなに頻度が少なくなろうと、少しずつ症状に耐性がつこうと、使命を果たさねばこの苦しみが消えないというなら、なんとかしなければならない。
落ち着いた頭で考える。私はあの人形と比べて弱くなった。神は神威を与えると言ったが、それはきっとこの辛みのことに違いない。これがあるから私はずっと囚われる。




