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前回までのあらすじ:傭兵団に入ってくれるみんなと会いました。

今回予告:ちょっとレニーと話し合いをします

「あんたたちが門の外に出るまでは見送りに行くから」

 朝、朝食を宿の食堂から持ってくると先程までまだ寝ていたレニーが着替え始めていた。


「うん。……もうそんなにしないうちに出るけど、こんなに早い時間から会ってもらえる?」

 今はようやく日の出が見えはじめた時間。こんなに朝が早いのは、レニーたちが仕事にどれだけ時間がかかるか見通しが立たないためだ。


 仕事内容は単純。狼を狩って、毛皮を剥いでくること。とある商会で、仕入れてきた少々特別な毛皮を運んでいた馬車が野盗に襲われ、有名な服飾家との契約が果たせないかもしれない状況になったために舞い込んできた仕事。傭兵団に直接関係はない話ではあるが、デクスさんはその騒動に何やら陰謀めいたものを感じているらしい。


「ラントさんの家、南門からは結構遠いから時間については大丈夫」

 案の定というか、レニーは少し顔を顰めた。

「言うほど遠いのなら、やっぱり女の子を一人で出歩かせるのは不安だな……」

 脛に軽く蹴りを入れる。


「いたっ!」

「そういうのは相手を選んで言って。……あんたは私の心配じゃなくて、今日の仕事について考えんの」

 今さらレニーに女の子だとかどうとか言われても、ねえ……。恥ずかしいだけだ。


「……エーナはエーナでどこかズレてるよね」

「その非難がましい目つきはやめて」

「そう思うのなら、それはエーナが非難されるような自覚があることをしてるってことだよね? 僕は非難するつもりじゃなくて、……ああ、呆れてたんだよ」

 うまい言葉が出てこなかったのか。つまり、素直な気持ちで呆れたのか。




 宿を出てまだ薄暗い外の清らかな空気を肺いっぱいに吸い込み、伸びをする。爽やかな一日の始まりだ。後から出てきたレニーと横に並び、てくてくと歩き出した。


 歩き始めて数分。ようやく覚悟が決まった。……わけではないが、着くまでに話し切るにはそろそろ口を開かなければならない。


「……覚えてるかな。ずっと前に私が『助けてくれる?』って言ったこと」

 あえて相手の顔を見ず、俯いて話しかける。


「覚えてるよ。……ずっとはぐらかされ続けるのかと思ってた」

 そうか。察していたか。

「うん。黙ってるつもりだった。あれを言ったのはずっと後悔してるんだ」


「じゃあ、最近何か思うところでもあった?」

「そうね。もう夫婦になっちゃったんだから、一蓮托生。黙ってはいられないかなって。迷惑かけるかもしれないし」

 顔を上げる。昨日の昼頃は人で溢れかえっていた通りも、今は数える程。


「話すっていっても信じてもらえるとは思えないから、抽象的な話になるけどね」

「信用されてないなあ」

 レニーの服の袖を摘む。

「レニーが信用されてないんじゃなくて、私が信じられないだけよ。あんたは頼れる男になった。……珠傷はあるけどね」

「あまり昔と比べられると苦しいな。……あの約束をした頃の僕は考えなしのやんちゃ坊主だった」


「考えはあったでしょ? かわいらしいのが」

「……何かあった? いや、聞くのはやめておく。後悔しそうだ」


 一息吐く。ちょっと怖いな。

「……私は人を殺さないといけない。使命だから。逆らうことはできないの」

「うん?」


「この世界に溢れるエネルギーを独り占めしてるんだって。だから殺して、みんなで分け与えないといけないの」

「……」


「……全部、夢の話だけどね」

 ちらりと見たレニーの表情からは何も読み取れない。ただ、こんな内容でも真剣に聞いていることはわかる。


「悪いけど、結局何を伝えたかったのかわからないな。わかるのは君が誰かを殺さなければならないと考えていることだけだ。でもそんなことを言いたかったわけじゃないだろう?」

 そりゃそうだ。伝わらなかったのは伝えなかったから。これは浅はかだった。後戻りできなくなってから失敗に気づく。こんな親に叱られるのを嫌がる子供みたいな失敗をするなんて。


「……本当は伝えたくないんだね。それなのに良識なんてものに引っ張られて話をしないといけない気になって中途半端なことを言った。ごめん」

 空虚な謝罪だ。自分で言っておいてなんだがなんとも空々しい。


「話したくないならそれでいいよ。……ちょっと臭いかもしれないけど、君のそういう気持ちも含めて大切にしたい」

 レニーの顔が赤いが、今はそこを突っ込めるような状況ではない。


 前方の横道から大人一人分くらいのサイズがある樽を抱えた小太りのおじさんが、樽の右や左からちょくちょく顔を出して自身の前方を確認しながら出てきて、通りを横切った。なんとなく空気を壊された気持ちになって、感謝したいような怒りたいような。


「えっと……。とりあえず、危ないことをします。でも、止められても止めることはできません。という話、です……」

 今はそれだけしか言えない。


「……聞かないとは言ったけど、やっぱり少しだけ」

 一拍置く。

「それってエーナがやりたいこと? それともやらなきゃいけないこと?」


「やり遂げなければいけないこと。だと思ってる」

 私はそれを本当にやらなきゃいけないと思っているだろうか?






 物心がついた頃には既に両手で足りないほどの人間を殺していたそうだ。

 孤児と、専用に捕らえてきた女を優秀な兵士にあてがって作った子供を教会の施設で暗殺者としてだけの機能を高めるよう教育し、必要な時に使う。そんな場所に暗殺者としていた。

 名前はない。最初は皆、あれ、それ、お前などと呼ばれていた。試験に合格し、実践に投入されるようになれば順位をつけられ数字で認識されるようになる。最初は十七と呼ばれた。何度か仕事をするうちに、一二、十、九、と数字が若くなっていき、ついには一としか呼ばれなくなった。

 数字で呼ばれるようになると、それまでは私を含め意思なんてない人形のような者たちばかりだったにもかかわらず、その中の数人は大人のように生き生きとしだした。そして生き生きとした者たちほど数字は若くなっていった。というより、そうなれなかった者たちがいなくなるのだ。それが死んだということだとわかるのにそう時間はかからなかった。生き生きした者たちが、あれが死んだ、あいつも死んだと言って笑っていたから。

 仕事のほとんどは外に出て大人を殺すことだった。施設の大人に手渡されるナイフを隠し持ち、近づいて刺したり切ったりする。過程はともかく、例外なく殺す。時々やけに小さい大人を殺すことがあってやり方に戸惑ったのだが、あれは実は子供だったらしい。私はそれまで、生き生きとしたものは皆大人なのだと思っていた。

私が一と呼ばれるようになる頃には、私以外に人形のような者はいなくなっていた。……時々新規に補充される子供達を除いて。そんな中で同期が二しかいなくなり、その後にもずらっと大人のような子供達が並ぶようになると、私は彼、彼女らに殺されそうになることがあった。数字が小さくなると仕事が多くなったり、ご飯がたくさん食べられるようになったり、寝る部屋を移されたりする。移った先には自分一人しかいない。それがいいのだと言って襲いかかってくる。試験でもないのに。

 それを見ていた大人が、襲いかかってきた彼を殺せと言ったのでその通りにした。別の日にもまた、別の者たちが襲いかかってきた。徒党を組もうが全て返り討ちにした。あまりに人数が減りすぎたのか、私に襲いかかる前に大人の許可を得るようにと大人が残った数字たちへ言い渡していた。

 いつしか私と二だけが年を重ねて大きくなり、それ以外の子供達が皆、私の肩のあたりまでしか背がない者ばかりになっていた。皆私に殺されるか、仕事から帰ってこないか。数字で呼ばれるようになってからそんなにしないうちに死ぬのだ。二は私を殺そうとはしないし、仕事からは帰ってくる。そして私が殺してきた人たちが私を見るような目で私を見る。


 ある日、訓練が終わったタイミングで二が「今晩お前をダカセロ」と声をかけてきた。言葉の意味がわからなかったので二に問おうと思ったのだが、それを聞いていた大人が「それはいい!」と言って、準備をするからここでおとなしくしているよう命令を出してどこかへ言ってしまった。それで言葉の意味はともかく、しなければいけないことなのだとわかったため、命令通りおとなしくすることにした。待っている間に二に言葉の意味を問えば、なんだかうるさくされそうな気がしたからだ。二は口角が上がっていた。

 戻ってきたとき大人の人数が増えていた。大人に前後を挟まれ、今まで入ったことのない地下の部屋に案内される。なんだか嗅いだことのない嫌な匂いのする部屋だった。

 そして私は大人たちに監視される中で二に犯された。

 それが数日だけ続き、訓練も仕事もなくなり部屋を移された。何をするでもなくただ食べて寝て合間に施設内を歩く。なんだか様子のおかしな大人に毎日体調を聞かれ、この生活に入ってどれほど経ったかわからなくなる頃、二が死んだと聞かされたり私が一ではなくなったと言われたり。あの頃の私にはよくわからない日々だった。


 私のお腹が大きくなってきた頃、この施設がなくなることになった。上の人間が代替わりしたとかで私たちを使わないことに決まり、証拠隠滅のために私や数字たち、子供たちは施設ごと焼き払うそうだ。私や子供たちはともかく、生き残っていた数字たちはそれを知って大人たちを殺すことにした。新しい一が見込みのありそうな子供や他の数字たちに命令し、施設が焼き払われるギリギリのタイミングで大人たちと戦った。

 私や取り残された子供たちは命令通り集められた部屋でおとなしくしていた。数字たちと大人たちのどちらが勝ったのかは知らないが、施設には火が放たれたようだ。炎の熱を感じ、焼け落ちる施設の轟音を聞きながらじっと待ち。ひとりひとり気を失っていった。私は、立っているのが数人になるまでは意識があった。




「おきなさい」

 声に気がつく。聞いたことのない男の声。ずっしりと圧力を感じる声。それまで感じたことがない何か。そして熱い。


「お前に神威を授ける。我が世界に繁栄をもたらすため、必ずや成し遂げよ」

 なにも見えない。光しか見えない。熱い。燃え上がる炎などとは比べ物にならない。目に入る光が体の内側を灼く。動かない体が動いていれば、私はきっと叫び声を上げていたに違いない。


「お前を運ぶ。世界を閉じる者を探し出し、排除せよ。成ればお前を救おう」

 そして私は消えた。




 思い出したのは四歳だったか。唐突に、瞬時に理解した。あの時神様に言われた言葉の意味。それと思い出した記憶は実際にあったことなのだということ。

 実感があった。経験したという実感が。しかし同時に記憶の中の私と今の私が同一人物なのだとは思えなかった。それが嫌悪により拒んだだけなのか、あるいは本当に別人格で、この実感が嘘なのか。考えてもわからない。あの人形と人間の私には連続性がまったく見出せない。姿が違う。物の考え方が違う。……そのことについて考えれば考えるほど得体の知れない恐怖が迫る。

 少なくとも、ああいうものがいて、今の私がとても幸福なのだという事だけ。それが大切なように思えた。

 しかし私は忘れることができなかった。あの神威を授けると言った何かの言葉を。神威というのだから神なのだろう。神には威厳があった。生き物が触れていいものではないと自ら悟らせるだけの力だ。思い出したからにはあの熱を忘れることはできない。逆らうことなどできない。命令に従うだけの人形じゃなくて、人間でさえもそこに違いはない。


 さて、世界を閉じる者とやらを排除、殺すのはやらなきゃいけないことなのだろうか?

 この世界に溢れるエネルギー、魔力の源となるもの。それを独り占めする何者か。あの神様にも手出しができないような何かを相手取って何ができるのか。かといって、あの言葉に逆らえる気はしない。






 レニーと二人で南門前まで行くと、すでに傭兵団の数人が集まっていた。


「おっ、大将に奥方! 早いですね」

 ボサボサと野坊主に髪を伸ばした青年、ウィー・デンセン・ケルム・トラスさん。北方の遊牧民族の出で、最初のウィーが自分の名前。彼の出身である氏族にはそれぞれが特に親しい友人の名をくっつけて名乗る風習があり、実は厳密に言うと自分の名を示すものではないのだと言っていた。人のつながりを重視しなければいけない環境ゆえの風習で、本人曰くちょっとした失敗により地元に居づらくなったため遠出してきたのだという。


「……昨日ジェニーラウラさんにも奥方様と呼ばれました。みんな私を奥方様って呼ぶつもりなのかしら。……あっ。おはよう。ウィーさん」

 もし奥方様呼びが普通のことなら慣れるしかないかな。


「ははっ。そりゃあ自分たちのトップの嫁さんとなりゃあ、それなりに敬意を払いますよ。やり方は手前次第かもしれませんがね」

 この人はよく笑う。大きな声で笑う。昨日デクスさんが怒って部屋を出て行った時も彼は特にうるさくしていて強く睨まれていたようだった。とにかくいろんなことに旺盛で、先の戦争でも真っ先に敵と切り結んでいたのは常に彼だったそうだ。後退の指示が出されても真っ先に下がる。反応が良いとも言えるよう。


「むず痒く感じられますか?」

 先程までウィーさんと会話していた学者然としたおじさん、のような青年のコトレーさん。昨日の、服のような形に整えた継ぎ接ぎの布きれを被っただけといったボロい格好から、フードが付いていて、複雑な縦縞模様の入った赤いローブを着用した身奇麗なおじさんに変身していて驚いた。昨日感じた小汚さがなくなっている!


「エーナはそういうこと、村にいた頃からあんまり気にしない性質だったように思うけど……」

 口を挟むレニーは口元がピクピク引きつっていた。こいつはバカにしている。先程のやり取りでしゅんとしているのをいいことに。


「村のみんなが女の子のことを姫って呼んだり私を熊殺しなんて言ってからかうのとは違うでしょ」

 五日に一度は熊を狩ってくるから熊殺し。最後の狩りでとびっきり大きい熊が出てきたのも、因縁めいたものを感じた。きっと同族の復讐に来たのだ、なんて笑われたりもしたけど、そもそも熊は縄張り意識が強いのでそんなはずがない。言った同僚も分かって笑ったのだ。狩場となる山と森の規模から考えても、そんな頻度で熊と出会うわけがないのに引き寄せられる。「熊フェロモン」なんて呼ぶ悪ガキまでいた。


「熊ですか? わたくし、生きてる熊は見たことないんですよねえ……。熊の手を食べたことはあるんですが」

 焼いて食べたそうだ。コトレーさんは炎を扱う魔法に特化した奇人。生活に必要最低限と言われる、調理出来る程度の火を出す魔法、体を洗ったり飲んだりするための水を出す魔法。このうち後者が使えない。この二つが使えない人間は障害があるとされ迫害されることが多い。しかし彼は炎に魅了されていてむしろ炎以外を扱えないことを誇りとしているフシさえあるらしい。彼がこの傭兵団に入ったのもそのあたりの事情が絡んでいる。


 レニーが南の大陸のどこを目指しているのかというと、ゼノン騎士団国と呼ばれる戦士の国に行って様々な戦いの技術を仕入れてくることを目指している。ゼノン騎士団国は人口の六割が職業戦士だという狂国家で、傭兵稼業で外貨を仕入れることで生き残っているのだそうだ。その国のお姫様がとてつもない炎魔法の使い手で、“シンデレラ”(灰かぶりのエスメラルダこと、エラ)と呼ばれているらしい。コトレーさんは、そのお姫様に会いたくてレニーの傭兵団に参加した。


「まあ、立場ってのにはそれなりの習慣がつきまとうもんです。そんでもって習慣が人を守る。俺のじいさんが言ってました」

 ウィーさんのおじいさんが語ったらしい言葉には含蓄が窺える。


「これを習慣と言うかどうかはさておいて、呼び方なんてそう気にするものではないと思いますよ? わたくしは」

 まあ、コトレーさんは見た目にもあんまり気を遣ってないようだしね。この人はそうかもしれない。


「あっ、大将おはようございます!」

 マフスくんが大きな荷台を引いてやってきた。横4m、縦6mほどはありそうな、縁から中心に向かってなだらかな斜面になるよう三角形の木板を四枚嵌め合わせたような造りの荷台だ。車輪が地面を噛む音が非常にうるさい。


「これ、デクスさんに頼まれて持ってきました。獲物はこれに集めるそうです!」

 マフス君が勢いよく下手くそな敬礼を見せ、荷台の引手を放した。大きさに合わない二輪の荷台だったため、荷台が傾いて引手が地面にぶつかり、ゴオオンと大きな音を鳴らす。役場の兵士が「うるせえ!」と怒鳴った。

「すんませぇん!!」

 さらにうるさい。



 それから間も無く全員集まった。

 確認事項を言い渡している最中に、眠たげなあくびを連発するメルディメルに気を引き締めるよう注意するデクスさん。

 初仕事を前にレニーが宣誓のようなものをし、街門を出て行った。


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