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前回のあらすじ:テルディーノの家族を取り戻しました。

今回予告:隣国へ逃亡&新しい仕事

「……エーナちゃん大丈夫?」

 あの後あんまりボケっとしていたものだからエリスに殴られて、我に返り急いで逃げ去ったのだが。


「……大丈夫よ。ちょっと没頭してただけだから……」

 まだ半ば夢現。あの感覚を忘れたくない。


「大丈夫じゃないでしょ。早く隠れられるところを探して、休んだ方がいいよ」

 いつになく真剣に訴えかけられる。それを少し鬱陶しく感じている自分を見つけて、冷水をかけられたようにはっとした。


「ごめんなさい。どうかしてたわ……」

 あれはもう忘れよう。今は現実に向き合わないと。一度切り替えると、先程までの霧がかったような悦に入る暗い感情がきれいになくなった。どういうことだろう? ここ数日の私はどう考えてもおかしい。


「あの、すみません。助けていただいたのに、あんなに暴れてしまって……」

「ありがとうございます。お姉さん」

「いえ、こちらこそ乱暴なことをしてしまいましたから」

 テルディーノさんの奥さん、ジェシカさんが申し訳なさそうに謝まり、息子のトランテッタ君は少年と幼子の境目らしいあどけない笑顔でお礼をくれる。いまいち覚えがないが、二人は私に抱えられながらも結構暴れていたようだ。それにしてもトランテッタ君、目の前で人を殺して、さらに自分を絞め落としたような相手が怖くないなんてことはなかろうに、なんでもないように笑顔をくれるのは元気が出る。ここまで気を遣える七才児って、それはそれで大人のエゴを感じて嫌になる気持ちがなくもないけど。




 いくらか山の裾野を登ったところで横穴を見つけた。


「それで、このあとはどうされますか?」

 どこへ逃げるか決めて行く。そこまでがお仕事だ。


「共和国から離れたい。この大陸は五つの国が親交を深め、ともに示し合わせて軍縮を行うほどには治安と仲が良い。大同盟を組むための話し合いも進んでいる。共和国の危機に他の四国が何もしないとは思えない。私はそちらに協力しに行くつもりだ」

 結構意外だ。


「共和国に合流して頑張るんじゃだめなの?」

 エリスが言ったのと同じ疑問を持っている。


「首都に行って合流しようとしても道が王国軍とかち合うし、街に入れるかどうかも微妙だ。最大限の警戒をしているだろうから、たとえ私であろうと、変装を疑われて厄介なことになるかもしれない。それならばここから近いセントアルアーナへ向かい、一人の男として彼らとともに共和国を取り戻そうと思う」

 まあ、彼がそう言うなら従おう。


「わかりました。では念のため、今日一日はここで休んで、明日から東のセントアルアーナへ向かいましょう」

 捕虜、というかただの一般人が攫われて、そう手勢を割いてまで探しには来ないだろうけど、一日くらいは置いてもいい。それに、もう日が暮れ始めた。


「今が秋口で良かったよね。もうちょっと冬に近かったら毛布もないし大変だったよ」

 本当に、なぜ旅の必需品を忘れていたのか。身軽な方がいいとは言え、旅慣れない人たちを連れるには休む時にしっかり休ませることが重要なのだ。すなわち食う寝る座って休む。これらを快適にできるかどうかが速度に直結する。


「では見回りを兼ねて野草でも摘んできます」

 そういうわけで、少しでも食事のグレードをアップさせるために山を回ることにする。隠れ潜んでいる時に何をするのか、なんて言われそうだが、もし王国軍らしきに遭遇してしまえば口を封じるだけだ。




 横穴のすぐ近くによもぎが群生していた。見回りはともかく食材は手に入った。携帯食のきつい塩味に、食べやすいアクセントとなるだろう。湧水でも探して吸い物にしてもいい。からっからに干された塩漬け鹿肉にどれだけの旨みがあるかは知らないが、多少なりとも染み出れば食えないものではないと思う。特にトランテッタ君にはあの肉は硬いだろう、ほぐして食べやすくしてあげないといけない。


「生肉も欲しいけど、それは流石に期待できないかな……」

 よもぎを摘み取りながら独り言。生肉と言っても食えない肉はいらない。例えば人とか。いや、食えないことはないけども、流石にあの場で振舞うことはできない。そして一応は隠れている身なので、騒がしくなりそうな野生動物との対面は遠慮願いたい。


 ……もうすっかり空が暗い。月は出ているが、森の深い山の中だ。これなら必要以上に警戒することもないかな。




「そういうわけで、うさぎを狩ってきました。血抜きをしておいて、明日の朝にいただきましょう」

 弓の扱いはさほどでもないが、偶然いい位置にいたので仕留められた。


「おいしいお肉が食べられるんだ。やったね!」

 エリスは喜んだけど、奥さんはうさぎから目を逸した。ちょっと配慮が足りなかったかも。


「えっと、それを食べるんですか?」

 トランテッタ君が指差したのはうさぎ。細かく見ると毛が赤く染まって血がポタポタ落ちている部分を指している。


「美味しくするから心配しないで」

 あえてはぐらかした。彼はまだ何か言いたそうな顔をしているが、さっさと血抜きにかかるべく横穴の外へ出た。満月がほのかに明るい。


 作った吸い物は味がなかったけど、まあ、携帯食そのままで食べるよりはマシだったと思う。



 それから恙無い五日の旅路を経て、セントアルアーナと呼ばれる水路だらけの都市についた。基本的に建物が白い。木製の建築物も外見は白く塗られているし、屋根にしても半分は白を混ぜて作られたような、やけにぼんやりした色ばかりだ。それらの建物をそれぞれに一定間隔で私の知らない幹の太い種類の植木によって囲っていて、白い壁と茶色い幹、緑の生い茂った葉、建物脇の張り巡らされた水路が全体で一種の清潔感溢れるアートになっている。土地と資材の贅沢な使い方をしているこの都市は経済的に特に裕福なわけではない。せいぜい著名な芸術家がいくらか多いといった程度で、目立った産業はなし、海に面した街であるため、他の産業と比べ漁業がいくらか賑わっているといった程度。ではなぜこんな贅沢な都市になっているかというと、国民性が際立っているのだそうだ。


 国の住民は成人していれば誰でも、望めば家をただで建ててもらえる。仕事がないと困ることがない。政府に申請すれば一日以内に仕事を紹介してもらえるから。なければ事業を作ってでも仕事を見つけてくる。食うに困れば炊き出しがある。だしを取った魚の残りかすのスープと山菜のサラダ、日によっては酒や肉もほんの一口程度だが出てくる。この国の国民は隣人の為にボランティアで何かすることが大好きなのだ。そのかわり、結婚と出産は国の定める資格を取って、それなりの金額を支払わねばならない決まりだ。もちろんよそ者がこれらのサービスを受けることはできない。といっても排他的なわけではなく、より近しい同国民に手厚く接するための分別である。要するに需要と供給を厳しく管理しているのだ。そしてそれを実行する美徳を持つ、良く言えば優しい、悪く言えばおせっかいな国民性。犯罪者の98%がこの国の国民ではないし、そもそもの発生件数も非常に少ない。政府が公に行っているサービスが受けられなくとも、腹を鳴らしてそこらへんを歩いていれば誰かが食事に誘ってくれる。金を儲けて裕福になれば、金に困っているような人たちを今までよりたくさん助けてあげることができる! と喜ぶのが国民の当たり前の感性で、そうした倫理観だというのだから、この国の歴史が八百年も続いているとテルディーノさんが旅の途中で教えてくれた時は驚いた。国民性は土地柄でもあるので、一時的に侵略の憂き目にあっても根っこは変わらないものだから、こうした人柄の良い地方があることはおかしくない。八百年もの間国が続くというのは、国民性とは別のところでこの国の人たちがいかに優れていたかわかる。


「とにかく支配欲、独占欲といったものが薄い。そして不幸になることを非常に恐れている。だから隣人の不幸に慄いて、彼、彼女らを助けようとするのだ。それが当たり前の社会を築くことで自分の不幸を遠ざけている。……大同盟を組めば、彼らは絶対に我々を見捨てることがないと理解できるからこそ、この大陸は一つに纏まろうとしていた。それが担保になるほど、彼らは信用されている。この大陸の為政者の共通理解は、セントアルアーナさえ残っていれば我々は滅ぶことがない、だ」


 彼らは決して奪わない。自分たちを利用させても勝たせないし負けさせない。隣人の不幸を放っておかない。一つ極まった形だ。実行し、成功させていることに薄ら寒ささえ感じる。彼の語ったままならば、自国のために戦う時にここを選んだのも理解はできるが、それほどの信頼を得るためにこの国はいったいどれだけ積み重ねてきたのだろうか。




「君たちには本当に感謝しているよ」

「いえ、むしろ私の方が助かりますよ。結構無茶なことをお願いしますので」

 街で宿を取ったあと、護衛の仕事が終わって、報酬について話し合う段に。


「マナ神教の現主教に会って話ができるように、ということだったね」

 かなり無茶なお願いだ。


「エーナちゃんそんな人に会ってどうしようっていうの?」

「人探しよ」

 そもそも人ではない可能性もある。


「主教となると私が直接願わなければならないだろう。しかし今はそれどころではない。最初に話し合った通り、王国軍と共和国のことが落ち着いてから、ということで大丈夫かね?」

「はい。それで構いません」

 早いほうがいいけど、それよりは彼の印象を良くしておいたほうが主教さんとのお話も上手くいきやすいだろうという考えで我慢する。


「それとは別に、これを受け取ってもらいたい」

 手渡されたのは小奇麗な巾着。お金だ。巾着の中身がじゃらじゃらいってる。


「あっ、いいなー」

 エリスの視線が痛い。


「お気持ち、ということですかね?」

 そんなに大きな袋ではないけど、中身の硬貨は金だったり絵柄が複雑だったりして価値の高そうなものばかりだった。こちらの硬貨はまだ慣れていないから価値がどれほどか具体的にはわからない。


「報酬が遅れることの謝罪と、君の言う気持ち。それから次の仕事の前金だ」

 中途半端に受け取りづらい。


「何をさせたいと?」

「エーナちゃんだけ?」

 彼女の方を見ることができない。後ろめたいというか、パートナーと言われたところで雇うのはテルディーノさんだ。もし、ということがあって迂闊なことは口にできない。


「君には共和国の人間として、王国軍との戦いに参戦してほしい。それだけの腕があれば名は知れ渡るだろう。少しでも共和国の名声を取り戻しておきたい」

「それって私を雇う意味がありますか? 仮に私が活躍したとして、共和国の戦士としてではなく西の大陸の戦士として、ということになりそうですけど」


「あたしはいらないの……」

 いたたまれない。テルディーノさんはどう出るのか。エリスも一緒に雇ったほうが私を釣りやすいとでも考えてくれれば……。まあ、おじさん呼びとか失礼な発言とかあったし仕方がないか。


「……じゃあエリスは私が雇うから」

 エリスがいなければテルディーノさんを守るのに手間取っただろうし、そこそこ使えるようなので。


「……それはそれでお情けみたいで嫌だなー」

 面倒な。


「ということは引き受けてくれるか」

 いいところだけ聞いている。もうちょっとこちらの人間関係に気を遣ってほしい。息子のトランテッタ君はあなたが育てたんじゃないのか。……世界中を回っているらしいしそんな時間はないかな。


「他にすることもないので」

 結局私が言った危惧には何も答えなかったが、まあ、お金がもらえるならいいか。


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