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前回のあらすじ:レニーが迎えにくるようです。後付け設定といっても、頭の隅にもともとあった案の一つではありました。

今回予告:テルディーノの家族を取り戻そうとします。

 トサカ付きを眠らせてから、一度テルディーノさんの自宅に寄り、彼の必要な物を取りにきた。幸い自宅はまだ燃えてはいなかったようである。豪奢な自宅には彼の家族の死体こそなかったが、執事など使用人が正面から斬り殺された遺体が残されていた。十分ほど時間をくれと言われ、エリスと二人で家の玄関で待っていた。


「エーナちゃん何か雰囲気変わった? なんだか生き生きしてるみたいだよ?」

 生き生き。もしそうなら空元気なのかもしれない。喪失感が再び戻っているのだ。


「そう? ……確かになんだか気持ちが浮ついてるのかもしれない。なんだか落ち着かない感じはあるわ」

 自分から切り捨てられにいったことへの後悔と、内蔵がモワモワするような、不思議な心の身軽さ。これはきっと喪失感をごまかしているだけだ。


「落ち着かないからそこらへんの民家とか死体からお金をもらってるの?」

 身一つで船を降りた。せめて背負い袋に携帯食と路銀くらいは持っておこうと思っただけだ。しかし、もらっている。言い方としては気を遣っているようで遣っていない、らしさを感じる表現だ。


「……それって嫌味だったりする?」

「ううん。あたしも前は野盗とかやってたしねー」

 それは割と驚愕の事実。目の前で火事場泥棒と死体漁りをやった私がどうこう言えた話ではないけど。


「なんだか……、エリスってもうちょっと純心で爛漫な子だと思ってたのに、少しショックね」

 言えた義理ではないと思っていても、言った。


「あたしはエーナちゃんがそういう子だって、最初からわかってたよ? 勝手にシンパシー感じてましたー。あはは」

 こういうところにシンパシー。心根の悪臭は払えないということか。私が私を悪く思うのは心の合理化なのだと思う。ゆえに、こうしてさらけ出されるといくらか息が詰まる。


「待たせたね」

 テルディーノさんは山にでも登ろうかというような大きなリュックを肩にかけて現れた。リュックの生地がところどころゴツゴツと角張っていて、何をパンパンになるまで入れているのか気になる。


「オーべスでしたっけ。北東にあるんですよね」

「歩けば四日ほどの距離だが、千三百人で行軍しているらしいからね、明日には最後尾に追いつくだろう」

 アルス某の王国軍、……王国軍という呼び方の如何にはあえては触れないが、共和国の常備軍三千に対して千五百に満たない兵力で事を起こしたそうだ。よくもまあ、百年前の王族がそれだけの兵力を用意できたものだと思う。


「追いついてどうするの? 流石に相手はできないし、紛れ込むのも難しいんじゃない?」

「妻と子であれば、1km以内に近づけば魔法で感知することができる。上手くそこだけを突いて助け出せれば、と思っているが、どうだろうか?」

 行軍中で横に伸びているであろうとはいえ、千人以上の大軍に突っ込めとは、一度の仕事で随分と信頼されてしまった。


「この街にいる兵たちと練度がかわりないなら、タイミングにもよりますが問題ありませんね」

「本当に、君たちと出会えたことは幸運だったね」

 苦笑。といっても、苦さは自身に向けられたものだろう。


「ああ、念の為に確認しておきますが、我々の仕事はテルディーノさんを守ることですよね? それで、可能であればご家族もお助けすると」

「……私の妻と息子が危険な状態であれば、私より優先して守ってほしいところではあるがね」

 それは困る。報酬は彼でなければ支払えない。


「私への報酬がお金ではないことに留意していてくださるなら、望む通りにいたしましょう」

 マナ神教へのツテ。こうなったからには早いところ使命を果たして自由になりたい。


「あたしはもう即金でもらってるもんね。無茶な注文でもエーナちゃんが大体なんとかしてくれそうだし、問題なーし」


「一応言っておきますと、守る戦いは苦手ですので、ご家族を助けたければなるべく自重してくださいね」

 頼られすぎても失敗の元だ。苦手なことは苦手と言い切って確実な仕事をすればいい。それで力が足りないということはないのだから。


「……聞いてもいいかな? 君のその戦闘技術はどこで培ったものだ? 明らかに一傭兵が持つ技量を凌駕しているように思うが。それほどの実力があれば他に稼げる仕事はあるだろうに」

「私はそもそも傭兵ではありませんので。……どこで技術を身に付けたかという話は秘密にさせていただきます」

 秘密にしたところで実際のことがわかるはずもない。これからもいろんな人に訊かれることになるなら、次からはそれらしい嘘の一つも吐くことにしようか。


「エーナちゃんはもともと団長についてきただけだもんね。別れちゃったけど」

 それを嬉しそうに言うのはどうなんだろう。


「むう……。いや、今さら言うまい」

 テルディーノさんがまた謝ろうとしていた。もう面倒だ。


「さあ、危機的状況なんですから、さっさとやるべきとこをやりに行きましょう。話は後でもできますよ」




 港町リネンを出たのは日が暮れ始める直前だった。そして秋の過ごしやすい夜を迎えるまで歩き通したところ、地平線の彼方へ、おそらくは目的の大軍の尻尾であろう一団が見えるまでに追いついた。とうに野営を始めていたであろう彼らは、のんきに篝火を焚いて自分たちの居場所を知らしめている。千三百人ほどであるならば、うまくやれば隠れておくこともできるだろうに。共和国が自分たちを討伐するために夜襲をかけてくるかもしれないとは思わないのだろうか? 彼らの決起について、トサカ付きにもう少し詳しく聞いておいた方がよかったかと少し反省する。決起のタイミングによっては、まだ共和国を警戒せずしっかり休める状態にした方がいい状況ということなのかもしれない。彼らの事情は関係ない話だと切り捨てたのは早計だったか。……いや、それがわかったところで活かしようがないか。体力の消耗具合から言って、このあとはもう寝るくらいしかできない。仮に夜襲でテルディーノさんの家族を奪還するチャンスがあったとしても、無理してリスクを負うよりは時間を有効に使うべきだと判断しただろう。


「隠れる場所はありませんが、足元もそれなりに茂っています。明かりをつけなければ、ばれないでしょう。今晩はここで寝て、明日一日かけて回り込んで追い越し、テルディーノさんのご家族を探しましょうか」


 テルディーノさんの見立てではまだ追いつかないはずだった。そしてこの先の山をアルス某の王国軍は道に沿って右回りで進むだろうから、こちらは左回りで追い越す予定だった。山に差し掛かる前に一晩過ごされると、山を使って追い越すことができなくなるかもしれない。それでも、今日はこれ以上身動きできない。警戒されていないところを突かないと、彼の家族が人質に取られる前に決めたいのだから。今度は商人を見捨てたようにはできない。その時がくれば、一瞬たりとも止まれない、早さが命の戦いとなる。


「おじさん、若い女の子が隣で寝てるからって、襲っちゃだめだよ?」

 なんて失礼なことを!


「ははは……」

 複雑そうな笑いだ。


「すみません、テルディーノさん」

 というより、荒事に向いてないと自分から言っておいて、あの大量虐殺を行った女たちに対してそう簡単に劣情を催すとは考えづらい。引いてたし。さらに言えば彼は家族のことが心配でそれどころじゃないだろう。


「でもエーナちゃんは夫婦破鏡の初夜だよ? 絆されちゃったりしない?」

 なんてことを。


「まだ離婚はしてないし」

「まだ、なんだ」

 言い返せない。たしかに現状は、まだ、でしかない。


「エーナちゃんは自分が何をしたいかわかってる? 選んだんでしょ? 選ばなかった道を振り返っても何にもならないよ」

 したいことをしようとしていない。というのは言い訳だ。


「急に真面目な話をしちゃって……」

「だってあんまりあの人のこと想っていられるとあたしにとっても良くないもん」

「え?」

 エリスがいじけたように言う。


「だってエーナちゃんはあたしのパートナーだもんね」

「……もう一回聞くけど、なんでついてきたの?」


「ほんとのところは、まだ秘密ねー」

 口元で指を立てている。


「……もういい。寝る」

「おやすみー」

 目を閉じる前に周りを見渡すと、テルディーノさんは居心地が悪そうにしていた。




「さあ、テルディーノさんの出番ですね。感知できたら教えてください。即座に突撃しますので」

 街道になっていない足場の悪い道を強行軍し、なんとか王国軍の先頭集団が山の向こうへ来る前に先回りできた。あとは当初の予定通り、テルディーノさんが家族を見つけたら、そこへ突撃して取り返すだけだ。……彼の家族が行軍の中にいなかった時のことは考えていない。


「私だって自分の家族を助け出すのに君たちを頼るだけでは格好がつかないからね。最悪一日がかりの仕事になるとしても、死ぬ気で魔力を使い果たしてみせよう」

 感知の魔法がどれほど魔力を喰うのか知らないけども、ここは任せるしかない。


「もうちょっと離れたほうがいいんじゃない?」

「……1kmまで感知できるんでしたよね? それなら道が見えなくなるまで森の奥まで引っ込みますか」

 山の裾野には鬱蒼とした森林がドレスの裾のように広がっている。1kmとは言わないが、奥まで行けばまず気づかれない。そして、いくら生い茂っていても私はこういう場所に慣れているから問題ない。


「では見つからないうちに引っ込みましょう」

 森の影に身を潜ませた。




「……いた。いたぞ! 二人とも生きている!」

 じっくり待つこと一刻ほど。テルディーノさんが安堵の涙を流している。


「念のため、エリスはテルディーノさんについていて」

「りょうかーい」


「では、すぐにお二人を連れてきます」

「ああ。二人は馬か何か、生き物に乗せて連れられているようだ。隠されてはいないようだから、すぐに見つかると思う」

 感知の魔法はすごいけど、微妙に痒いところに手が届いていない。そこまで分かるならはっきり状況が見えていてもいいんじゃないかと無い物ねだりしてみたい。



 木々の間、地に張る木の根の出っ張りや土のくぼみを避けながら走った。森の端まで戻ってきて、慎重に行列を眺める。それらしい人がいないかどうか、横に太い列なのでじっくり観察しなければならない。先へ行く方から手前へゆっくり視線を移していくと、馬などの生き物ではなく、クロスボウの二台取り付けられた魔導戦車の椅子に三十代の女性と小さな男の子が座っているのが見えた。きっとあれだ。あんな無粋な兵器に乗せているのはどういう意図だろう? ……考えても仕方がない。森と戦車が一番近くなるタイミングを見計らう。……今だ。


 無言で疾駆する。普段の、意識するまでもなく使われている身体能力上昇の魔法を意識して使う。地を這うように姿勢を低く、一足一足飛ぶように地面を蹴って進む。あの人形を思い出し、呼吸を捨て、意識を微睡ませ、ただ体が動くように動かす。……この感覚だ。やるべきことだけが頭の中を埋め、それに引っ張られる感じ。今まで記憶の中にこそあれ、実行はできなかった境地だ。

 十歩足らずで肉薄した。時間感覚もないが、周りはまだこちらを認識してさえいない。魔力でゆっくりと動く、車体から出っ張った車輪に片足をかけ、飛び乗った。驚く二人と、彼らを見張って一緒に戦車に乗っていた兵士が一人。彼がこちらに振り向く前に刃を伸ばして引いた。死んだはず。二人が悲鳴をあげるより早く、まず息子の襟首を掴んで背負うように振り回し、奥さんも短剣を捨てて血だらけの手で捕まえ抱き寄せた。彼らが自主的に動くことを期待してはならない。そのまま戦車から飛び降りてもときた道をなぞるように森へ逃げる。

 二人を捕まえて戦車から降りた頃、ようやく周りの兵士たちも異常事態に反応し始め、こちらを追おうとするがもう遅い。彼らが具体的な行動を取り始める前に私は森の中に消えていた。しかし二人が悲鳴をあげるから、どこにいるかばれてしまう。それはわかっていても、今の私は口が聞けないほど反射で動く生き物になってしまっていた。だから彼らを絞めて気絶させるしかなかったのだ。



 テルディーノさんのところへ戻る頃にはその境地から戻ってきていたが、今思い出してもあれは気持ちの良いものだ。すぐ離れたほうがいいと言うエリスや、気絶した二人を抱きしめて再度涙をこぼすテルディーノさんを意識から追いやり、ひたすら思い出して浸っていた。なぜ今、あれができるようになっていたかは大した問題じゃない。ただ、平穏な心のままでいられるあの状態は、嫌なことを完全に忘れてしまえる心地よいひと時だったのだ。


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