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前回のあらすじ:テルディーノの家族がどこにいるかわかりました。
今回予告:レニーの決意と後付け設定。
エーナとエリスが船を降りた二日後、共和国の隣国、半島の根元に栄える水彩都市のセントアルアーナについていた。
そこではすでに共和国で反乱が起こっていることが噂になっており、そこへ本来共和国の港町へ寄港するはずだったジェニファー号が現れ、港町の燃え盛る様を伝えれば都市中が隣国の情勢について不安を伝播させあう。そしてここ、セントアルアーナの政府機関から船長に何を見たのか説明するよう招集され、補給を済ませれば明後日にも南の大陸に出発するはずだった予定がさらに一日ずれる。上陸さえしていないのだから話せることなどほとんどないだろうに、ほぼ一日拘束され、船長がやらなければならない仕事が残ってしまっている。予定にない寄港で、しなければならない手続きが増えているそうなのだ。
迷っている。本当にこのまま南の大陸へ行き、ゼノン騎士団国へ直行してもいいものか。フリック師には、彼女が大切にしようとしていることも含めて守ると宣言したのに。分岐にて迷う時間が増えてしまった。
もともと自分勝手な子だとは思っていたけど、村にいた頃は越えてはいけない一線を越えたことはなかった。それが、自分が村から連れ出した途端におかしくなった。周りに迷惑をかけることより、自分の都合を優先してしまうほどではなかったはずなのに。エーナを変えてしまったのは自分なのだろうか……。
傭兵団の団長という立場になって、今まで以上に責任を重く受け止めなければいけない。きっと村にいた頃の、他人への責任が少なかった自分であればエーナについていっただろう。本音を言うと、今からでも残りの航海をキャンセルして彼女の元に向かいたい。あの時だって、ここで放してはいけないと思っていた。苛立って諦めてしまったが。
二兎追うものは一兎も得ず。では追いたい兎は夢とエーナ、どちらなのだろう。
「はあ……」
「そう辛気臭くされると飲みづらいんですが」
ため息をデクスが咎める。
「すみません。……はあ」
「そんなに気になるなら追いかければいいじゃないですか」
「……え?」
「俺は団長が指示するならついていきますよ。勝手をやる奴が許せないだけで、別に何をするのが嫌だ、なんてこたあ、ありませんので」
ウィーがあっけらかんと言ってのける。エーナはどうしたって一人で、……エリスがついていってしまったが、一人で抜けていってしまっただろう。だから恨んだりはしていないものの、こうもあっさりされていると思うところがないこともない。
「とはいえあの場でそれを言われても、それはそれで反抗しただろうな。増長させる気かと」
「そうだと思っていたから、そっちについては何も言わなかったんだよ」
「どうするんですか? 今なら行き先変更できるでしょう」
「あれ? 反対しない?」
デクスがけしかけるようなことを言うとは思っていなかった。
「そりゃあ、あなたの傭兵団ですからね。多少わがままを言うくらい、いいじゃないですか。というか、ゼノン行きは後回しにできないほど重要なことなのかと訝しんでいました」
この傭兵団の立ち上げは自分一人の功績ではない。フリック師の弟子というネームバリュー。デクスをはじめとする数人の実質的な団立ち上げの手配。子供の頃からの憧れ、夢であった傭兵団の立ち上げは、自分の功績などいくらかしかない。そういうところに不満は感じつつも、力を貸してくれた人達を裏切らないようどっしり構えた団長になろうと思っていた。ゼノンに行くという話は自分で提案したものだ。コトレーはそれが目的でついてきたようだし、これをないがしろにしては自分で言い出したことさえ碌に果たせない奴だという評価になる。これをエーナと天秤にかけてしまったのだ。しかし、デクスの言う通り、もっと好きにやっていいのだろうか?
「……ゼノン行きは僕が言い出したことです」
いつだったか、エーナに教えられたことだ。道のりはその道のエキスパートに学べと。彼女が、彼女の母の跡を継いで狩人を始めるときに、成果のあまりよろしくなかった母ではなく、村一番の狩人に仕事を学びにいった時の言葉だ。あの頃の彼女の母は寂しげだった。最初は狩人を引退するつもりなんてなかったのに、娘が自分より優れた狩人になると、自身は毛皮の鞣し業に引っ込んでしまった。あれにはエーナも心が痛んだようだったが。
「それは団長の意思で……、まあ、コトレーはゼノンに行きたくてついて来たようなもんだそうですが、それにこだわってるのなんて他にはいませんよ」
「国元を離れたんだ。それほどのことをしようというのに、あんまり勝手な理由で予定を変更するのは不誠実だろ?」
俺はなんて情けないことをしているんだろう。否定してもらって、免罪符を得ようとしている。
「組織のリーダーってのは、勝手をするもんだと思いますぜ? 下っ端は黙ってついていく。リーダーが勝手をやるのは、それが正しいことだからだ。それが社会のあり方だって、おれのじいさんが言ってました。ようは奥方を迎えに行くことが傭兵団のためだって言えるようにすればいいんですよ」
「一応言っておきますが、そもそも傭兵なんてものは個人主義の巣窟です。冒険者やトレジャーハンターなんて連中とどっこいどっこいな、野盗のなりそこないだなんて呼ばれることもあるのが大半です。……憧れだったという団長にこんなことを言うのは心苦しくもありますがね、傭兵団なんてものをやるなら名誉や信用は二の次にしてもやっていけるものですよ。うちはジェニーラウラをはじめ、善良な人間が多いから勘違いしてしまうかもしれませんが、善良な市民のやる商売じゃありませんから。……ああ、と言っても、そうした世間の評価に合わせろというわけじゃありませんよ? 騎士のような傭兵団を目指すというならそれもありですから。特にレニー団長はフリック氏の弟子ということで、そちらに期待する人もいるかもしれませんしね」
酒が入っているからか、デクスもウィーも、普段より一息で語る内容が多くなっている。
「すみません。兄さんの言うことはあまり真に受けないでください。今かなり酔っているので」
「なんだ? たまに人前で口をきいたと思ったら寂しくなるようなこと言いやがって。お前はもうちょっと兄を立てろ」
アルヴェドの肩をバシバシ叩いて笑う。副業のことを言っていた時と同じだ。
「まあなんだ。奥方を追いたいなら、仕事を探せばいいんですよ。割のいい仕事を見つけて、儲けながらエーナさんを探せばいい」
「確かに仕事がなければ苦しいか……。ありがとう。参考にさせてもらうよ」
もう完全に方向性を定めた。そうだ。やりたいことをやろうというのだ。自分の望みにもっと素直になろう。
アルヴェドが難しそうな表情をしていたが、今の軽くなって浮ついた気持ちには届かなかった。翌日、セントアルアーナが共和国での内乱を治めに行くために兵力を集めようというそれに参加することをデクスに伝えると、やってしまいましたなあ……、と誰にかわからない残念な言葉をつぶやいていた。だが、ゼノンへ行きたがっていたコトレーも続けて船に乗るのが辛かったのか、ほぼ全員がこの仕事に肯定的な態度を示してくれて、更に自分のやろうとしていることに自信を持てた。みんな俺を信じてついてきてくれたのだ。応える方法は一つじゃないし、その上で好きにやってしまおう。吹っ切るきっかけは情けなかったかもしれないが、今はそれが気にならないほど晴れ晴れとしていた。
「初めまして、私の赤ちゃん」
薄ぼけて、よく見えない視界の中心から聞こえる声。
「いないなあい、ばあー」
手で顔を覆い隠し、放す行為とともに。
「あーん。うーん」
上手く喋ることのできない中で、こちらが漏らした音を真似するように。
「あなた、なかなかしゃべんないよねー」
諦めてただじっとしていることが多くなって。
「お乳飲みましょうね」
危機感が芽生える。
それらの言葉と笑顔を向けられて、魂が軋む音を聞いたような気がした。このままでは変質してしまうという予感。なんとかして逃れなければ、命令を果たすことができない!
自己防衛のため、魂は新たにまっさらなものを造り出して、現実に差し出した。エーナという名は自分のものではなく、この新たな魂のものだとするために。そして、新しく造り出されたそれをゆっくりと染めていくのだ。そうすればいずれ入れ替わることができる。世界から身を守るための仮面とし、いつしか素顔となじませる。気の長い話だが、己の変質はなんとしても防がなければならないほど恐ろしいものだった。だってそれは、命令を果たすことができないということだから。
齢が十を超えても、隣人となった新たな魂はまだ表に残っている。本来ならばもっと早くに入れ替わっているはずだったが、何事にもアクシデントはつきもので、隣人はこちらを拒絶したのだ。こちらを人形と称し、別の何かとして扱い始めてしまった。なじませるために記憶を与えたことが徒になってしまったのだ。それからの作業は遅々として進まなかった。何度も神との対面を思い起こさせ、使命というくびきを確かに隣人へ打ち込んだ。しかし、何も行動させることができていない。こちらがほころびを作るのより、隣人が自我を強める力の方が強い。このままでは染めてなじませるどころか、こちらが塗りつぶされてしまう。これもまた己の変質と遜色のない恐怖だった。
転機が訪れる。打ち込んだくびきが作用したのだ。隣人は世界を回ることになり、その過程で使命を果たせるようにしなければならないと考え始めた。それだって専念するような殊勝な心持ちではないものの、揺さぶりをかける機会にはなる。もうすでにこちらは大分押さえ込まれていて、使命を思い出させることもほとんどできなくなっていた。これで駄目なら消滅するしかない。隣人はこちらを感情のない人形だと思っているようだが、私にだって感情はある。施設で刷り込まれた、命令を果たせないことに感じる恐怖の感情だ。私の自我を支えているのはそれだけ。しかし、丹念に削り出し、磨かれ続けたこの感情は、隣人の持ついかなる感情より強いはずだ。私は必ず成し遂げる。
そして今、レニーという青年の元を離れたことで隣人を支えるものが一時的に取っ払われ、その半ばまで侵食できている。しかし、このまま乗っ取ることはできない。乗っ取ってしまえば、今度はこちらが侵食される立場になるようだったから。微かな己の変容を感じて急いで引っ込む。楽しいという感情は隣人を眺めていて知ったが、感じたのは初めてだ。仕方がない。ここまでくれば、あとは時間をかけて隣人を取り込もう。あともう一歩だ。
未来の自分に向かって布石とか伏線を思いつき次第放り投げるスタイルで書いていますが、回収を忘れたりすることもあります。今回のは回収するはずですが、それは上手くいってほしいという願望でもあります。




