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前回のあらすじ:港町について、メルディメルとジャニーラウラの訓練に付き合いました。

今回予告:船に乗って大陸をわたります。こんなはずじゃなかった。

「そういえば、馬は船に載せられないから売らなきゃなりませんよ」

 昼まで四人で訓練し、酒場へご飯を食べに行くと、デクスさんとアルヴェドさんがいた。アルヴェドさんは付き合わされているとしても、デクスさんは酒場でしか見かけない人だ。


「長期の船旅に馬は耐えられません。怪我をするか、病気をするか。ほぼ確実に使い物にならなくなります。なので、そもそも最近の船は馬を載せる場所を作っていないことがほとんどです」

「そうなのか……。じゃあ、どこへ行けばいいのかな?」


「ああ、わざわざ売りに行くことはありませんよ。必要があるなら昨日言ってますから。……馬はこの街が買い取ってくれます。買い取った馬は船でこの街に来た人たち、主に商人にですが、彼らに売り渡されます。阿漕な商売が成り立たないようにという国の配慮だそうですよ? なので、この街では馬の売り買いができるのは市長だけなんだそうです」


 この港町までがこの国の領地。ここから東は海だし、南は山脈の途切れたところが国境で砦が建っている。北もなめらかな斜線を描くように砂浜と崖が続く海岸線だ。国の玄関口であり国防の要となる街。首都ほどではないが、賑わいと活気、見た目の美しさはうちの国の国力の高さを教えてくれる。これらを実状的に支えているのが、この街特有の様々な義務と、それにともなう助成金なのだそうだ。馬の売り買いもその一部だということらしい。他にも街の建築物に使ってよい資材が限られていたり、商業施設の運営に定期的に視察が入ったり、面倒なものが多いのだそうだ。


「ところでその面子はどうして集まったんですか?」

 レニー、私、メルディメル、ジェニーラウラさんの四人。今思えばレニーは良いところにいる。


「あたしたちが鍛錬に二人を誘ったのよ」

 メルディメルがジェニーラウラさんの肩に手を置く。が、二人には結構な身長差があるので、違和感のある絵になっている。メルディメルは自分の頭より高い位置にある肩に手を置くことに何も思わなかったんだろうか。


「へえ」

 何か思うところでもあるのか、デクスさんは含み笑いをしている。理由がまったく推察できないせいで、なんとも気味が悪い。


「団長だけあって、いい御身分じゃないですか」

 そっちか。


「……ええ? そうなるの?」

 言われた意味に気づくのに時間がかかり、そして困惑している。確かにレニーはそんなつもりではなかっただろう。なにせ、今回は私が戦うところをじっくりと見る初めての機会だったから。狼狩りのときは状況的にじっくり観察することはなかったろうし、それ以前には、はっきりそういう部分では避けてきたし、避けられてきた。今はもう仕方がないと思っているけど、昔は私のこういう部分を知られたくないと思っていて、きっとレニーもそれに気づいていて避けてくれていたのだ。


「それって私に失礼なんじゃあ?」

 一応言ってみた。気にしてないけど反応が見てみたい。


「おっと、これは失礼」

 普通の反応で、ちょっとつまらなかった。




 ガレオン船が港を出る。馬車を載せるのにお金がたくさん必要だったので、船の中で取った部屋は三つ。女性四人の部屋と男三人ずつ二部屋。これで南の大陸まで行くと護衛の料金が吹っ飛ぶ。ところではあるのだが、うちは海賊や私掠船が出た時に戦う契約をしたので、もしその機会があれば料金が値引きされる。海賊はおそらく出ないらしいが、私掠船は中継する大陸の辺りでは出る可能性があるらしい。デクスさんは何も言わなかったが、きっと出ることを期待している。




 ところで私は船に弱いらしい。頭痛がするわけではないが、頭が重い。吐くほどではないが、なんだか胸が悪く感じる。二日目の朝を迎える頃には、陸が恋しくて仕方がなくなっていた。私の他にはコトレーさんがダウンしている。


「予想外だったな。エーナがそんなに船酔いするなんて。そういうのとは無縁の人間かと思ってた」

「なんで」

 理屈がわからない。


「まあ、もう半分ほどまで来たんだから、頑張れ」


 村にいた頃、村長の娘さんに読ませてもらった恋愛小説のような船上のロマンスとは無縁の船旅だった。もともと期待なんてしていなかったが、それにしたって最悪だ。エリスが熱心に看病、……されるほどではないが、水や食事を持ってきたりしてくれたのが救いだった。




 今日中には港に着くと言われ、むかむかしながらもやがて訪れるであろう開放感に希望を見出し、胸を膨らませていたのだが。……微かに見える陸地が赤い。


「本当に街が燃えてんのか?」

 甲板に上がってきた誰かが呟く。今ここには多くの船客、船乗りが集まっていた。にわかに船内が騒がしくなったからだ。


 船着場まで何キロ、というところで錨が下ろされる。明らかに街の様子がおかしい。


「えー、我がジェニファー号の、客人たちよ。目的地、リネン港を、目の前にして、今さらではあるが、一度ここを離れ、海岸沿いに南東へ進み、セントアルアーナの半島を、目指すことにした。これは船長決定であり、不満があるものには小舟を差し上げるので、ここで降りてもらいたい」

 騒がしくなった船上に船長が姿を現した。やたらとハキハキとした発音で語句を細かく区切る特徴的な喋り方だ。


 そんなことを言われても、この甲板中に伝播した不安と燃える街並みを見て降りようなんて思う客はいないだろうと思っていた。が、ざわつく中で静かに手を挙げる紳士がいた。


「私は降りさせてもらうぞ。あの街で妻と子が待っている」

 こういうこともありえるのだった。


「では、荷を、まとめてきてください。小舟を、出す準備を、しておきます。……他に、降りたい方は?」

 もしかすると彼に触発されて降りようとする客が増えるかもしれないとも思ったが、紳士の表情には悲壮なものが漂っている。誰も彼に続かなかった。


「皆さんへの、補償など、今後の細かい対応は、これから考えるので、今しばらく、お待ちいただきます」



「大変なことになってきましたな」

 今、甲板には傭兵団の全員が集まっている。集合をかけたわけではなく、非常事態を前にして全員が自然と集まってきていた。その中には、おそらく私より顔色の悪いコトレーさんもいる。


「仕事の匂いはするんですがね、流石に団体となった今では軽はずみに動こうとは思えない」

 デクスさんはもっと慎重な人かと思っていた。個人でやっていた頃ならこの状況でも船を降りていたのか。


「やっと降りられると思ったのに……」

 コトレーさんの演技じみたほど惜しみ深い言葉が低く渡る。それを聞いてマフス君が笑ってしまい、睨まれている。


「あなたたちは傭兵なのですか?」

 先程降りると宣言した紳士がいた。


「そうですが」

 レニーが対応しようと前に出る。素晴らしい。デクスさん頼りをやめるのだろうか。


「……無理を承知でお願いしたい。私を……」

「私は協力したい」

 紳士が話しきる前に、船を降りたい一心でつい言ってしまった。


「……はあ、いい加減にしなよ奥方さん」

 言ったのはウィーさん。……ジェニーラウラさんからは野盗の件以降、ある程度の信用を取り戻すことができたと思うし、よそよそしかった態度もなくしてくれた。しかし、狼狩りの件での失敗で態度を変えた人がもう一人いる。彼だ。表立って非難はしなかったものの、私やマフス君に苛ついていたのはわかっていた。


「俺はそういう勝手が嫌いだ。大将はついていってもいいと思える人だが、一緒についてきたあんたは駄目だ。あんたの立場でこれ以上勝手をやるなら、俺はこの団を抜ける」


「待ってくれ! 私が話を持ってこようとしたのが原因だ。護衛を頼もうとはしたが、こんなことになるならやめるから収めてくれ」

 紳士が割り込む。でも。


「悪いな。こっちを気遣ってくれんのはありがてえ話だが、問題はそこじゃねえんだ」

「しかし……」


 レニーを見る。静かに見つめ返される。……任せてくれそうだ。


「じゃあ、決闘しましょう」

「……はあ?」

 周りがどよめく。


 さて、ここで発言を取り消すのは簡単だ。おそらくウィーさんもそれならばこの場を収めてくれるだろう。すぐに翻すようないい加減な発言をしたことを悪く思うよりは、筋を通そうとしたことを評価するタイプだと思う。それが最上だ。しかし、今回は引き下がれない理由がある。船を降りたい一心で迂闊な発言の仕方をしたが、それだけじゃない。この紳士には繋ぎを持ちたいのだ。使命を果たすのに必要な情報を持っているかもしれないから。


「エーナさん、エーナさん、あなたは何を言っているんですか」

 デクスさんが目元に手を当てながら言う。彼の言う通り、我ながら本当に度し難い。


「……言っていませんでしたが、私にはレニーの妻としてではなく、やらなければならないことがあります。何をしなければいけないかは言えません。それで、この方とは懇意にさせていただきたい。私にとっては必要な事なんです」

 紳士が目を見張る。……彼は盗賊ギルドから報酬としてもらった情報の中に載っていた人物だ。勘で言えば、標的に関する情報を持っていそうな気がする。


「本当に勝手だね」

 メルディメルが笑う。


「なら俺はこの傭兵団を抜ける。あんたと決闘なんてする必要はねえな? そもそも船の上にいる間は私闘厳禁だ」

「ええ。ですが、最後に憂さ晴らしでもしていきませんか?」


「なに?」


「このまま別れると自身の胸にしこりを残すでしょう。最後に意志と力をぶつけ合って、すっきりしてから去れば良いでしょう。……ただし、私が勝てば残っていただきたい。という提案ですが、どうですか?」


「……自分勝手この上ねえなあ。俺には理解できねえや」

 怒りを通り越してしみじみと呆れられた。自分でも呆れた物言いだと思う。


「まあでも、あんたの強さには興味があったし、最後ってんならやり合ってみんのもいいかもな。……あんたフラフラだから負けねえだろうし」

 メリットなんてほとんどないのに乗ってくれるとは。

 強さに興味があるならフラフラなあの子を相手にするのってどうなの? とエリスが呟いたのが聞こえてくる。


「ちょっと待ってくれ! ……団長はこれでいいんですか!?」

 デクスさんが慌てている。そりゃあ急にこんな展開になれば驚くだろうし、ついていけないのはわかる。


「良くはないよ。けど、仕方がないとも思う」

「そんな無責任な……」

 レニーの評価まで損ねるようなことをしてしまっている。


「ちょっとあんたたち、この船に乗るとき私闘禁止って聞きませんでしたか?」

 船員が見かねてやってくる。

「これでいい場所を紹介して」

 握らせた。

「……ういっす」

 ちょろい船員だ。




「どちらかが降参するまで勝負は続けること。船を傷つけないように配慮すること。以上」

「オーケー。条件はシンプルだな。船を傷つけるな、ってのが面倒だが」


 空き倉庫に案内された。それほど広くはないので、中に入っているのは私とウィーさん。見届け人を務めてくれるデクスさんの三人。デクスさんが見届け人として最も信頼できた。他はこの倉庫のすぐ前で待っている。


「なんでこんなことになってしまったかねえ……」

「俺のセリフだよ」

「ごめんなさい」

 二人を沈黙させてしまった。




 上手く勝とうとするのは難しいけど、上手く負けるのはもっと難しかった。ウィーさんが勝負に乗ってきてくれた時にはほとんど成功したようなものだと思っていたけど、このあとのことを考えると下手に手傷を負うわけにもいかない。


「うぉらあああ!!!」


 気迫がすごい。メルディメルは技と戦術でごり押しするタイプだったが、彼は力と速さでごり押しするタイプだ。こちらの方が素直で与し易い。ただし、実力差がはっきり出るので順当に結果が出る。彼は強い。

 斬撃のコンビネーションも精密で、とても受けきれるものではない。そもそも私は受けようとしないけど。斬るというより破壊するような勢いで振られる大剣、バスタードソードのリーチと速度、返す刃のタイミングを完璧に覚えるべく、間合いに入っては引く、引いては入るを繰り返す。ウィーさんが苛々してきている。少し攻め方が変わってくるかもしれない。

 それにしてもバスタードソードの威圧感が強い。一振り一振りに対峙する者の呼吸を阻害するほどの旋風が舞う。躱しても巻き取られるような感覚が襲い、いちいち体が無事かどうか確認したくなる。


「くそっ! 船酔いしてるくせにキレがいいな!」

 彼は両手で振るっていた剣を片手で構えなおした。


「誘っておいて動けませんじゃあ仕方がないでしょ」


 これまでは縦振り、袈裟斬り逆袈裟ばかりだったが、斧を振るかのようなどっしりとした横一文字の攻撃がきた。半歩下がって紙一重、これまでと同じように返しの一撃がくるが、隙がある。誘いの隙だ。完全に重心が寄っているが、その勢いを使って蹴りが繰り出されるのだろう。小さいが、足にタメがつくられている。彼ほどに力があれば、ただ足を出すだけでも仕留められるだろうに、わざわざ見せている感があった。……死にはしないし大きな怪我もしない。勘がそう告げている。

 蹴りより速くこちらが仕留められる見立てで、返しの刃が通り過ぎてから飛び込んだ。これは彼の思惑通りなのだろう。足のタメは踏み込んできたこちらの足を踏み抜くため。そしてこちらの短剣が彼に届く前に、持っていたバスタードソードを手放し拳を向かわせる。

 防がず、避け切らない。狙われた横っ面を反対側へ逃がそうとして、彼の、空いていたもう片方の腕に頭を捕らえられ、拳をまともに喰らう。……わけではない。焦りはしたが、間に魔法で泥水を作り出した。威力がそこそこ落ち、死なず、クラクラする程度に収める。


「降参!」

「……了解」


 足と頭を抑えられ、一撃喰らっているから降参してもおかしくない。薄氷を踏むようだが、上手くいったと思う。


「……本当に抜けるつもりか」

 デクスさんが問う。

「その必要はありません。私がここを離れますので」

 頭が痛い。踏まれた足は、なんとか靴の先だけに止めさせたので骨など折れたり欠けたりはしていないが。


「は?」

 二人の反応が重なる。


「負けた人間が思い通りにするのは間違っているとは思いませんか。本来ならこの決闘で私が負けた場合は、私が紳士に協力したいと言ったことを取り消す方が、筋が通ります。……甲板でも言ったように、私には独自の目的があり彼に協力しないといけませんので、そのようにはできませんが、それならば私が団を抜けるべきです」

 泥を拭いたい。魔法で作ったものだから時間が経てば綺麗さっぱり消えるけど、気持ち悪い。


「……最初からそうするつもりだったのか? まさかわざと負けたんじゃねえだろうな」

「そもそも団長には話してあるのですか? あなたは彼の妻なんでしょう。彼が認めるとは思いませんが」

 当然顔をしかめられた。


「わざとではありませんし、これから話します」




「それ本気で言ってるの?」

 呆れられた。


「ごめん。悪いとは思ってるけど、少なくともこれが私にとっては最良なの」

 ウィーさんを抜けさせないこと、私が紳士と繋ぎを持つこと。両立させたかった。


「任せろ、って目をしてたような気がしたんだけどなあ……」

 確認のつもりで見ていましたが。……ちょっと利用してやったようなところはある。


「本当に悪いとは思ってるんだけどね。自分でも見通しが甘かったと思ってる」

「意味がわからない。……僕たちは会話を怠りすぎたよ。君が何をしたいのか分かっていれば、ここまで酷くはならなかったと思うんだ」

 落ち込ませてしまった。


「多分、夫婦としてはおしまいよね。私はやるべきことを終えたら村に戻るつもり。あんたもゼノンまで行って目的を果たしたら戻ってくるんでしょ? その時まだお互いに気が有ったら、その時はちゃんと話しましょ。……ああ、だから浮気しても別に構わないから」


 すごい勢いで後悔していく。言えば後悔すると思いながら口を開く。今まで使命に突き動かされるようなことはなかったけど、なぜか今はレニーとのことより使命を果たさなければいけないと思っている。ずっと使命のことを後回しにできていたのに、なんで今になってこんなことをしているんだろう。


「せめて手伝ってくれ、とか言えないかい?」

「……これが最良だと思ってるの。レニーは団長なんだから、こんな理由も説明できない行動に周りを巻き込じゃあだめ。馬車のこともあるし、あんたはここで船を降りられない」


「……僕がやらなかったことを棚に上げて君のことを悪く思うのはどうかと思うけどさ、それでもちょっと嫌いになってしまうよ」

 これには結構ガツンときた。


「仕方がないよ。覚悟はしてた」

「僕は覚悟できてないけど」

「ごめん。やめられないから」

 二人の間に割り込む誰かはいなかった。そりゃあ出会ってからまだ一月ほどだし、こういう問題にはなかなか口を挟めないだろう。


「……わかった。もう好きにしてくれ」

 長い逡巡だった。


 ……ああ、見捨てられてしまったんだな。





「本当に申し訳ない」

 荷物を用意した紳士、テルディーノさんが船を降りる直前になって言う。彼は決闘以降を荷物の準備をしていたので見ていないし、どういう話になったのかも言ってないから知らない。教えると面倒臭そうだった。


「気にしないでください。私は自分で選んだので」

 誰も見送りには来ていない。今、甲板から船員が縄梯子を下ろした。下には頼りなく揺れる小舟が一隻。


「私は駄目元で護衛を依頼するつもりだったのだ。揉め事を起こして仲違いさせたくはなかった」

「でも、護衛が必要だと思ったんでしょう? 私は……、ライネル教に太いパイプを持つあなたに恩を売りたいだけです」

 後半は音量を下げて。


「あれはライネル教という名ではなく、マナ神教と呼ばれているよ」


 先日までいた故郷の大陸ではまったく広まっていなかったが、五十年ほど前に世界各地をライネルという男性が巡り、行く先々で不毛の土地に活力を、干ばつに雨を、病に倒れる人々に健康を与えた。彼の魔法で。およそ人の業ではない。そして彼はそれまで人々の持っていなかった、神という概念を持ち出しマナ神教を立ち上げた。教義を簡単に言えば、努力をすれば良い力が体をめぐるようになり、幸せになれるというものだ。人を超えたような力をもってして人々を救うライネルの広めた宗教だからこそ、短期間で国境、大陸を越えて信者を増やした。口さがない人は、最も世界征服という無理難題を成功に近づけた帝王だとライネルを評する。十年ほど前に彼自身が死に、その後彼の意志を継いで弟子たちがなんとかライネルの意志に添った神教の運営を試みてはいるが、彼ほどのカリスマを持った者はおらず、理想を求めて暴走している。利害のある国を焚きつけて、マナ神教を禁じる国を攻撃させたり、運営費を求めてたかりのようなことを影で始めた。……といったことがもらった情報の中に含まれていた。


 紳士テルディーノは本来の目的地、港町リネンに住む賢者だそうだ。そしてマナ神教に多額の出資をしている。故郷の大陸の有力者からは外れた存在だが、さまざまな大陸に顔を出して王侯貴族、有力な商人などに様々な題目の講義を行う各界の著名人だから、情報のリストに入っていた。彼自身はともかく、マナ神教は私の標的となる人物にかなり近いように思う。勘ではあるが、ライネルとやらはすでに死んだにしても臭い。


「そうらしいですね。故郷の辺りでは全く広まっていないので詳しくは知りませんが」


「おい、さっさと降りてくれよ。もうこれ以上ここに留まっていたくはないんだ」

 船員に急かされる。


「おーい! 待ってぇー!」

「……え、なんで?」

 振り返って甲板に上がってきた人物を見る。エリスだった。


「あたしも一緒に行くよ!」

 やけに張り切った笑顔で手を振りながら寄ってきた。


「どういうこと? どうして?」

 何かおかしな子だと思ってはいたけれど、こういうことになるとは考えてもいなかった。テルディーノさんも困惑している様子だ。


「こっちの方が性に合ってるかなって」

「えっと……、本当にどういうこと?」


「あたし、エーナちゃんについていきたいなって思ったの」

 想定外すぎる。極力レニーの邪魔をしないように私一人だけ離れるつもりだったのに。


「心配いらないから、できればレニーたちのところへ戻ってほしいんだけど……」

「止められたってついていくよ。なんなら護衛料だっていらないから」

 後半はテルディーノさんへ向けて。何が彼女をそうまでさせるのだろう。


「危険は承知の上ですね?」

 港町はもはや完全に火に飲まれている。ただの火事ではありえない。

「当然!」


「……では護衛を依頼させていただきます。えー……」

「エリスだよ。よろしくね、おじさん」

 握手までしている。もう彼女を引き止めるのは手遅れか。


「もうどうでもいいからさっさと行ってくれ。俺が船長にどやされちまうよ」

「……すみません」




「うわっ! せまっ!」

 ちょうど三人乗るスペースがある小舟だが、膝を窮屈にたたまなければ入りきらない。


「パドルをバカみたいに漕いでいては日が暮れてしまう。私が魔法で波止場まで押すよ」

 テルディーノさんが呪文の詠唱を始めた。賢者と呼ばれるだけあって、詠唱ができるようだ。


 普通魔法は使おうと思って瞬時に発動するものであるが、それでは出力が弱い。多少の個人差はあってもできることの規模には違いがほとんど出てこない。しかし、一部の魔法使いと呼ばれる人たちは、魔法で行おうとする内容に言及した呪文を唱えることで出力を高めることができる。というより、詠唱ができるかどうかが一般的に魔法使いとそうでない者の分かれ目とされている。

 詠唱でできることは出力を高めることだけではない。普段はできないようなこと、例えば空を飛んだり、あるいは魔法で作ったものが勝手に消えるまでの時間を長くしたり、といったこともできる。単純に言ってできることの幅が一気に広がり、重宝されるのだが、詠唱を使いこなせる人は一万人に一人もいないらしい。どうして使いこなせるのか、なぜできないのか、魔法について研究する人は数多くいるし、大抵の国家で大きな援助をしているが、まだ分かっていない。そもそも魔法、魔力というものの定義だってころころ変わっている。個人差が現れる部分が多すぎて、傾向を捉えることしかできていないような物なのだ。


 小舟が勢いよく水を割って進む。いくらか離れたところで、先程まで乗っていたジェニファー号が錨を上げ始めた。


「おじさんすごい人なんだね。護衛、必要だった?」

 エリスが無邪気に、無邪気そうに聞いている。なんとなく、演じているように感じる無邪気さだ。


「一人でできることなんてたかが知れているし、私は荒事に向いていないからね。頼りにさせてもらうよ」

 まっすぐ、燃え盛る街を見つめている。妻と子がいると言っていた。船に乗っていた時と違い、焦りを隠せなくなってきているのだろう。


「少なくともテルディーノさんの安全は保証しますよ。あなたのご家族だって、可能な限り探して守ります」

 そうして目的を果たさなければ、ここで離別した意味がない。




 離れていく小舟を見守る影が一つあった。


本当にプロットって大事ですよね。こんな展開にする予定じゃなかったのに、書いているときはあたかもTRPGでPLがこちらの全く想定していない行動に出てシナリオブレイクしてしまった時のような感覚でした。まあでも、なんとかなると思います。

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