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前回までのあらすじ:なし
友達の男の子に誘われて、野草摘みの帰りに小高い丘まで行った。
「俺、傭兵団の団長になる」
「何言ってんの? あんた」
おそらく先日村に来て大猪を狩っていった傭兵たちに憧れてしまったのだろう。馬鹿馬鹿しい。
「俺、こっそり見に行ってたんだよ。あの人たちが例の猪を倒すところをさ!」
「ちょっと、やめて!」
もう完全にその気になっている。そんな目で野草を摘んだかごを、剣を振るようにぶんぶん振り回す彼は周りが見えていない。
「陣形組んでさ、髭の団長さんの指示でバァーっと魔法を撃ってさ、大猪がひるんだ隙に思いっきり剣を突き立ててさ!」
興奮気味にまくし立てられてうんざりした気分になる。この子もまあ、七歳という年相応で可愛らしいといえば可愛らしい。彼の振り回すかごが頭にぶつかったけど、そう納得することにしよう。
「……話ってそれだけ?」
二歩ほど下がって訊ねた。
「うん? あ、いや、それでさ……、頑張るから!」
「え?」
頑張るからなんだというのか。
「えっと……。俺、頑張るから邪魔すんじゃねえぞ!」
わけがわからない。この子はいったい何を言いたいのか。
「心配しなくてもいいよ。ほっとくから」
「……ん。そうだ。それでいい」
なんだかもどかしげな様子。
「もう帰るけど」
何のために遠回りしてまでこんなところまで来たのか。たいして実のある話をするわけでもなかった。本当に、無駄な時間を過ごすというのはこういうことを言うのだろう。またひとつ学べた。
「あ、待った!」
大きく息を吸って、はぁーと深いため息を吐いた。もう帰りたいと思っていることをアピール。
「なに」
「俺が傭兵団を作ったらお前も入れてやる! その時までに強くなっとけよ!!」
「……ふっ、あはははははは」
笑かしてくれる。
「わ、笑うなよ……」
しょんぼりした。この子は普段から威張ってる分、打たれると弱い。
「いや、面白いんだから仕方がないよ。いやほんと。ふふっ」
「だから……、笑うなって!」
ちょっとやりすぎたかもしれない。良い子だから、つい。
「ごめんね。でも、入れてやる。はないよ。そういう口利きはせめて誰かに頼ってもらえるほどの人間になってからにして」
すると、こっちをまっすぐ見つめて。
「エーナは俺のこと、頼ってくれないのか?」
「じゃあ……、レニー」
無責任。というか、自分勝手なことを言ったと思う。
ちょっとだけ、生意気にもかっこいいと思ってしまったから。
あらためて、自分の運命に感謝したくなって。
「わたしのこと、助けてくれる?」
失敗したかな。
朝が早い。背嚢に仕事道具がきちんと揃っていることを確認し、マッシュポテトを香料につけた鹿肉で巻いて揚げたコロッケをガジッガジッガジッとたいらげる。ポテトの中には細かくちぎった山草のほのかな山の香りが引き立っていて、美味い。
「ごちそうさま! おかあさんいつもありがとう!」
私の仕事の時間に合わせて早起きし、朝ごはんとお昼の携帯食を作ってくれた母に感謝。
「気をつけてね。あんまり獲りすぎないように!」
玄関の扉を開けたところで母の見送りの声が届く。最近目尻の皺が気になってきたようで、しきりに皺を伸ばそうとしているが、あまり意味はないようだった。
「大丈夫ですよ。僕というお目付け役がいますので!」
家の前で待っていたレニー青年がそれを受けて、いつも通りの返しを。
「毎朝変わらないやり取りして楽しい?」
朝のやり取りに混ぜ返す。
レニー少年はかの宣言の後、隣町に住む引退して隠居した元騎士のフリックさんに弟子入りし、十年かけて剣と弓と戦術と騎士道をみっちり叩き込まれた。フリックさんはできた大人だったため、レニー少年も倣って今では立派な青年に。村一番の好青年だ。
昨年には同盟国で起こった戦争に傭兵として参加。フリックさんの弟子として密かに注目され、実際に戦果を挙げて顔を売ってきた。レニー青年自身の夢のためでもあるとはいえ、私が巻き込んだということを思うと、いかんともしがたい後悔の念に心がもやもやする。
「さっきの言葉」
真面目な声色。今では真面目でないことの方が珍しい堅物になってしまってはいるのであるが。
「ん? なに?」
「もうすぐ、いつものやり取りも出来なくなってしまうんだから、今くらい、ね」
レニー青年は私の母を気遣っている。自分が娘を遠くに連れて行ってしまうから。
もうすぐレニー青年が傭兵団を立ち上げる。顔を売った甲斐があったというか、こいつについていけば生きて稼げると周りに感じさせることができたようだ。数人が今後もよろしくやっていきたいと申し出てきたらしい。それで渡りに船とばかりにレニー大将は傭兵団の立ち上げを決めた。
レニー青年が傭兵をやるのは先の戦争の報奨で村と近くの街の間の街道が整備されることになったのもあって、彼の家も村全体も既に認めている。村の誇りとなるよう頑張れ、だ。
それに私がついて行くのは、レニー青年の態度から既定路線となっていた。村としてもよその人間にこの小英雄を取られたくない、と私に向ける視線が力強い。要するに嫁さんとしてついて行けということ。
私は私の目的のためにもレニー青年の傭兵団に加入する運びとなった。
「もうすぐいなくなるからこそ、今のうちから慣れさせた方がいいってものよ」
「そうかなあ……」
空を見上げるレニー青年はどう思ったか。まあ、考え方に違いがあるのは仕方がない。
熊と遭遇した。山の中に仕掛けた罠を巡り、森の開けた場所で休息を取っていたら、あちらさんがこちらを見つめている。魔法で炎を見せびらかしたが引こうとしないどころかじりじりと距離を詰めてくる。これはあちらさん、相当な自信がお有りに。
レニー青年がそっとショートボウに矢をつがえる。それを静観する熊のなんという貫禄か。
張り詰めた緊張を弦の解き放たれる音が打ち破った。同時に私は熊とレニー青年の決闘を邪魔しないように距離を取る。レニー青年は矢を放つと弓を捨て、腰に提げたロングソードを抜きながらすぐ側の岩に飛び乗った。20mはあった互いの距離はその時点ですでに5mとない。
高きに上がったレニー青年を切り裂くために立ち上がった熊の全長は3mほどあるだろう。レニー青年が投げた短剣を右手で払い、標的を見上げた熊の額にはロングソードが深々と突き立てられた。あれは脳から首へ、そして心臓付近にまで達しているかもしれない。即死だろう。
「お疲れさま」
「……戦場で出会ったどの敵より怖かったよ」
レニー青年の勝因は岩に登ったことだ。たとえ足場が悪くなろうとも、明らかに通常より図体のでかい熊に、相手にとっては慣れないであろう上方からの攻撃を仕掛けたことが大きい。短剣を打ち払う熊の動きは自身の視界を遮り、頭上からのプレッシャーに対応できなかったのだ。単純なことのようだが、強さはそういう時に差をつくりだす。
仕掛けた罠に掛かったのは小鹿だった。母親らしき鹿がいたが、私たちを見つけると、どうにも動けそうにない我が子を諦めて逃げたのでそのまま見逃がしておいた。母の言う通り、獲りすぎはよくない。
剥ぎ取った獲物を役場に収めて仕事は終了。今宵は鹿肉。熊は保存食にするので食えない。
「最後の獲物は鹿だったかあ」
大した感慨ではないが、最初、それから最後というものは何か特別なもののように思える。鹿でなかったとしてもこのようになんでもないことを感じ入ったのだろうな。たとえ最後の仕事がボウズで、レニー青年の獲物だけだったとしても。これはきっと、人らしさというものだ。
「旅に出たら当分は食べられないかな。山以外ではあまり見るものではないらしいから」
「そうなの?」
確かに鹿の肉はこの村に来て初めて食べた。いや、鹿という生き物を初めて知った。
「その分他の美味しい食べ物があるだろうから、それを楽しみにしよう」
実のところレニー少年に助けてと言ったことついて、あの日以来話したことはない。多分彼も忘れている。
「あはは。楽しみね」
だから、今さら慌てて私が嫌がるとでも危惧したか。
それにしても今日は熊を運ぶのにたくさん体力と魔力を使って疲れた。
「まさか坊主があんなに大成するとは、あの頃は思いもしなかったなあ」
レニー少年を知る彼の隣人が感慨深げにつぶやく。あの人は流されやすく少々バカっぽいレニー少年の将来を案じ、何かにつけては気にかけていた。レニー少年がフリックさんの下で立派に成長していくにつれ、少々寂しげな顔をしていた。彼は誰に対しても面倒見がよい。いつぞやは、私が急な嵐で山から降りられなくなって岩室に避難していたところを身の危険も顧みず迎えに来てくれた。といっても、二人とも山から降りられずに岩室で一晩過ごしたわけだが。それでも持ってきてくれた保存食が暖かだった。
「エーナちゃん? レニー君は誠実で良い人に育ったけど、ずっと良い人のままとは限らないわ。男なんていつ心変わりしてもおかしくないんだから、目を離しちゃ駄目よ。監視としつけを忘れないようにね。それでも駄目になったら、とっとと捨てて村に戻ってきなさい」
そういう彼女は女癖の悪い旦那をもらってしまって苦労している三児の母。ぐうたら怠けてばかりの旦那さえも許容し、旦那以上に家族五人の食い扶持を稼ぐ一家の大黒柱だ。自分自身が駄目な夫を捨てられないくせに、よく言う。彼女はいつ、いかなる時でも頑張る女の子の味方だ。一度だけ、彼女の大きな胸で泣いたことがある。
「まあ、なんだ。傭兵なんて一生続けられるもんじゃないからな。辛くなったらさっさと帰ってこいよ。村の名誉がどうこうとは言ったがな、レニーはもう充分うちの村の英雄さんさ」
そうは言うものの、レニー青年にとっては夢が叶うのだ。そう簡単にはやめないだろう。私も、少なくとも目的を果たすまではついて行く。村長はこれから大変だろう。昨年の戦争以来、レニー青年を訪ねる人間が出てきた。士官の要請だったり婿養子に迎えたいという話だったり弟子入りの話だったり。これまではレニー青年本人が対応していたものの、彼が村を出れば村長が応対しなければならない。しつこい客人もいるだろうし、前途多難だ。レニー本人がいるこちらとしても他人事ではないが。
「明日、師匠に挨拶をして、明後日には出発だ」
先日ようやく傭兵をやった褒賞が受け取れたので、あとは恩師に挨拶をするだけになったレニー青年。旅立ちにわくわくして足取りが少々浮かれているのは男の子らしいか。
「私はもう村のみんなへの挨拶は済ませてるからね。明日は付き合うよ」
お礼に行ったつもりが多くの人にエールをもらい、だいぶん励まされた。
こんなに幸せなのに、私にはどうしても仕損じることのできない使命がある。こんなに恵まれていて、なお目を灼くほど眩しく熱い。
気分屋なので更新は不定期です。




