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第9話 現実と証明

 目を開けると、見覚えのない天井が目に映る。


 覚醒を待って身を起こすとそこは当然、見覚えのない一室。実際、見覚えがないというのは語弊があるが、いまだに目覚めてみたら、もといた自分の部屋であって欲しいと言う願望が消えたわけではない。



「この格好にもそろそろ慣れないとな」



 肌着自体はもといた世界のそれと変わらないものの、上着などは中々お目にかかれない種のそれ。貴族趣味の機能性の悪いモノでないだけマシであったが、それでも違和感はある。


 革製の防具が、剣戟を防いだというのには正直驚きもしたが。



「優哉殿。起きたか?」


「ん? ああ、今、行きますよ」



 そんな調子で着替えを済ませると、それを待って居たかのように凛とした女性の声が、しきりとなっているカーテンの向こう側から届く。



「すまない。待たせたかな?」


「いや、着替えを覗かれる心配がないだけ良い」


「覗く気はないけど」


「ふ、そうかもな。それより、頼む」


「ああ」




 ベッドに腰掛けながら二、三言言葉を交わすと、アリーは両の手を差し出してくる。優哉は、ベッド脇に置いてあった手枷を手に取ると、丁寧にアリーの両手首に装着していく。


 昨日は頸と手が一体となった木枠をつけていたが、政庁到着後は手枷へと変更になっている。


 行動の自由は制限されるが、監視下にある室内では、自由にして良いとの話であった。



「それより、俺が監視役では息が詰まったでしょう?」


「別に? 貴公は害がなさそうだしな。ふむ、随分緩くしてくれたじゃないか」



 手枷をつけ、両の手を鎖で繋ぎ終えた優哉の言に、アリーは鎖を伸ばしたり弛ませたりしながら素っ気なく答える。


 正直なところ、優哉は同年代の女性がすぐ側にいると言うだけで、寝付くまでは鼓動が収まらなかったし、真面目で潔癖なところのあるアリーも似たような印象だと思ってた。


 それ故に、その返事は優哉にとっては以外であった。



「なんだか驚いているようだけど、私は行軍の際に、あの獣どもと一緒にいたのだぞ? 貴公のような誠実そうな人間なら別に気にしないよ」


「いや、誠実かはどうかは……。まあ、あの連中に比べたらな」


「友軍の女に手を出すようなのはいなかったがな。さて、食事を終えたら出立だと聞いている。私は先に行っているので、一応、エスコートを頼む」


「ああ。なんだったら、好みのものでも持っていこうか?」


「最低限のモノぐらいは出されるだろう。問題ない」




 と、そこまで離していたその時、乱暴に扉がノックされたかと思うと、野太い声が室内に届く。




「失礼っ。皇女殿下の命により、捕虜の護送に参った。入室を許可されたし」


「っ!? なんでまた。まあ、いい。どうぞ、入ってくれ」




 一瞬、何事かと顔を見合わせた両名であったが、声の内容に仕方なく応じる。すると、乱暴に開かれた扉から、大柄な体躯の男とこちらも鍛え抜かれた身体をしている女達が入室してくる。



「さあ、来るんだ。皇女殿下がお待ちだ」


「了解した。それと、戦時協定の遵守派お願いするぞ」


「ふん、異教徒が。生意気な口を叩かないことね」


「皇女殿下の寛恕が無ければ、貴様など等に処断している。扱いぐらいで文句を言うな」


「分かった分かった。さっさと連れていけ」




 そうして、乱暴にアリーに掴み掛かり、鎖と引っ張ると思わぬ苦痛にアリーが顔をゆがめる。


 彼女に抵抗の意志はなく、これも仕方がないとばかりの態度であったが、それが兵士達をよけいに刺激している。


 優哉自身も、あり得る事態であることは予測していたし、聞かされてもいたが、実際に目の前で事が起こると見過ごせなくなる。



「お、おいっ!!」


「何か?」


「何かじゃないだろ。そんな乱暴に……」


「優哉殿」



 思わず声を荒げた優哉であったが、兵士達は優哉の反応を予測していたのか、ひどく冷淡に反応するだけ、加えてアリー自身も嗜めるように優哉を見つめてくる。



「っ! ……丁重に頼みますよ。皇女殿下の捕虜であることをお忘れ無く」



 そんな反応を返された優哉は、一瞬押し黙った後、アヴィネスの威を借りる形で、兵士達に言い含めるしかなかった。


 無意識のうちに自分の正義を確信していたのかも知れなかったが、ここは、自分の価値観とは異なる世界なのである。


 実際の所、特定の民族に対する、少々行きすぎた言動程度で揉めるような平和国家の価値観など、異なる世界で通用するはずもないのであった。



 ほどなく、食事を終えた優哉は、アヴィネスとサーリャとともに転移方陣の間へと向かい、待たされていたアリーとともに眩い光の住人となる。

 それでも、胸の内にあったわだかまりは、簡単には消えてくれなかった。



◇◆◇



 眩い光が霧散した先にあったのは、教庁とよく似た青き光の灯る空間だった。



「お帰りなさいませ。殿下」


「うむ。待たせたな。それで、父上達の反応はどうであった?」



 青き光に灯されながら、アヴィネスに対してひざまずく数人の男女。おそらく臣下達であろうが、その中で最前列にある男が最初に口を開く。


 少壮といった年頃の男で、今でこそアヴィネスと動揺に白地の衣服に身を包んでいるが、その均整の取れた体躯を見ると鎧姿の方が似合いそうである。




「あまりに凄惨な被害に、青ざめておりました。獣王を討ち取ったことで、さすがに溜飲は下がったようですが」


「ふん。青ざめるだけの良心がまだ残っていたと言うことか」


「御意。して、彼女達が例の?」


「うむ。アリー・ベナレスとサーリャ。そして、彼が氷上優哉。――おそらく、“本物”の勇者だ」



 そんな男達に頷いたアヴィネスは、ゆっくりと歩みを進めながらそう口を開くと、男も彼女の背後に従う。


 優哉達三人も他の者達に促される形でそれに続き、なおも二人の会話は続く。


 そして、視線を向けてきたアヴィネスの言を受け、他の者達の視線が優哉に集中する。



「本物?」


「さようでございますが。……第二皇女殿下がお連れした方も、中々の人物のようでしたが」


「ほう? システィーナが。あのじゃじゃ馬も中々運がいい……。だが、彼の右手を見て見ろ。それが、全てを証明している」



 周囲の視線に、“本物”と言う単語が気になった優哉であったが、アヴィネスと男は、それには答えず話を続ける。


 どうやら、アヴィネスにはシスティーナという妹がいる様子だが、じゃじゃ馬と称したところを見ると、少々やんちゃな人物であるようだった。




「はっ。勇者様、自己紹介が遅れ、申し訳ありません。私は、パキュレスと申します。以後、よろしくお願いいたします」


「え、ええ。よろしくお願いします」




 そんなことを考えている優哉に対し、頭を下げ来るパキュレスと名乗った男達。一瞬、頭を下げられたことに困惑した優哉は男の手を握って握手を交わす。




「あの、アヴィネス様。刻印を見せればいいんですか?」


「うむ……、それと、獣どもを屠ったアレも見せてやれ。的には……っ!!」




 年長者に頭を下げられることになれていない優哉は、アヴィネスに救いを求めるように口を開く。


 悪い気はしないものの、初対面の大人に下手に出られるというのはなんとも居心地が悪い。世間を知らないガキの生意気な言い様はあるが、どんな人に対しても不遜に振る舞える人間が時としてうらやましくもなる。


 そんな優哉の様子に苦笑したアヴィネスは、ゆっくりと頷くと、何かを思いついたかのように、目を閉ざし、右手を握りしめると床に手をつく。


 そして、床から何かを引き出すかのようにそれを持ち上げると、その場に等身大の鉄板が現れた。




「これにですか? 跳ね返ったら危ないんじゃ」


「その辺りは心配するな。不意打ちでなければ問題はない。ああ、サーリャは私の側に来ていろ」


「殿下? こちらは」


「まあ、見ていろ。最下級法術の応用だ」




 そぅ言うと、アヴィネスはやや怯えがちな目をしているサーリャ手を取り、自身の背後へと誘う。


 彼女とアリーだけが、優哉が行った一方的な殺戮の目撃者であり、軍に身を置くアリーに対して、サーリャは暴虐に遭ったあげく、目の前で男の顔が吹き飛ぶ様を見せられているのだ。



 トラウマを刺激してしまったのは想像に難くない。


 とはいえ、これで断るのもおかしな話。優哉は、おもむろに右手の革手袋を外す。


 常時、水色の光を放つため、人目に触れぬようにとの指示で身に着けているのだが、やはり暗がりにあっては鮮やかな光は目立つ。




(きれいはきれいだけど、すげえ疲れるんだよな……これ)



 久々に空気に触れ、普段よりも光を増しているかのように見えるそれを一瞥し、目を閉ざす優哉。


 次第に右手に何かが集まってくる感覚が伝わり、目を見開くと、水色の光が集まって野球ボール型の氷玉が優哉の手に収まる。


 氷であっても、冷たさを感じないのは助かっているが、手触りまでは、さわり慣れたそれとは大きくことなる。投手にとって、指先の感覚は第一。


 力でごり押しできるとは言え、それに拘って来た優哉には、完璧な再現が出来ていないことが少々納得がいかない点でもある。



「ぶつけるだけでは芸がないですので、ちょっと変わった事でも」



 そう言うと、優哉は振りかぶって氷玉を投じる。


 風を切って鉄板へと向かったそれは、乾いた音を立ててそれに激突すると、き

れいに霧散し、氷の花のような結晶を鉄板の表面に撫でつけ、周囲に飛び散らせる。


 それを見て取ると、同じ軌道でもう一球を投じ、寸分の狂い無く同じ花を咲かせ、それから上下左右に投球を散らせて、文字通り氷の結晶を鉄板に描いて見せた。




「優哉。私は遊べと言ったわけではないぞっ!!」


「あれ? 駄目ですか??」


「子どもの雪遊びと変わらぬわ。全力でやれっ!!」


「いや、肩も温まっていないですし」


「いいからやれっ!!」


「だから、無理ですって。肩は消耗品ですよっ!!」


「何をやっているんですか」




 しかし、得意げで周囲を見返した優哉に対する反応は、非常に冷めたモノであり、アヴィネスに至っては、あきれたような表情を浮かべた後、声を荒げる。


 とはいえ、いきなり全力投球をしろと言われても、せっかく元に戻った腕が壊れるのは優哉には耐え難い。



 肩や肘を故障したプロ選手は、その後のケアに非常に気を使うと言うが、優哉もその分に漏れない。


 昨日も保護やマッサージなど、その場で出来るとこを成してから休んだのだ。




「殿下。それでも、あの距離から精密に投じることが出来ると言うことは分かりました。あれだけの氷玉を短時間で産み出すことも上級の法術師に劣りますまい」


「加えて、非常に効率的です。意識を集中させ、自身の投球の助けになるよう造形しております。彼の能力の一端を知るには十分かと」




 そして、珍しく声を荒げる両名に対し、パキュレスと白い外套と顔までのフードに身を包んだ人物が双方を宥めるように口を開く。


 フードの人物は声の様子から女性のようであるが、声には若々しさを残している。




「しかしな、優哉。一応、理由だけ聞いてくれ。私は、貴様の持つ才に勇者としての破格の才を感じている。だがな、それを大々的に披露するつもりはない」


「は、はあ……」



「気のない返事だな。今回の、貴様らの召喚は一応は国家行事。門閥貴族どもにも、相応の人材は行くようになっている。いや、むしろ有能な者達は根こそぎ持って行かれる可能性すらもある」


「それと、俺の全力がなんの関係が?」


「隠し立てする必要があると言うことだ。あくまでも、貴様は優れた身体能力と魔導力を持った召喚者の一人。こう言った立ち位置である必要がある。システィーナが相応の勇者を召喚したのならば、尚更だ」


「俺が、買収、もしくは脅迫などといった形で門閥貴族に引き抜かれたら……と言うことですか?」


「そう言うことだ。現実問題として、“凍界の刻印”を操れている事実は何物にも代え難い。それだけに、ヤツ等は手段を選ばん」




 二人に宥められ、気持ちを落ち着けたアヴィネスは、改めて優哉を見据え、そう口を開く。


 先ほどの言から、自分以外にも召喚者はいる様子だったが、自分が宿した刻印が如何に重要なモノであるのかは、リーナに言い含められている。


 そう考えればたしかに特殊な存在であり、それを他人に奪われることなど考えがたいであろう。


 実際、アヴィネスはその門閥貴族なる存在を毛嫌いしている様であるし、彼らがそのようなことを平気でしてくると言うこともなんとなく理解できる。



 たしかに、字面だけでもよい印象は抱かないが。




「つまり、隠し立てするにも自分の判断だけで事を運ぶわけにはいかない。だったら、それだけの価値があることを部下達に見せ、目に見える形で納得させたい。と言うことですか?」


「そうだ。少なくとも、私は貴様を強引にこの世界に呼び寄せた。これからも自由を縛ることはあるだろう。とはいえ、心情的にな」


「そうですか……。まあ、俺自身この世界に来て日が浅いですし、アヴィネス様に着いていくしかないって言うのが本音ですが」


「人の心は変わるモノだ」


「……それで、隠し立てとはどういう形で?」




 本音を言ったつもりであったが、やはりアヴィネスには自分を強引に呼び寄せたという後ろめたさが強い様子である。


 今更どうにもならないことであるし、最初の芝居じみた態度より、今の態度の方が好感はもてると優哉は思うが。




「使役に制限をかける。初級刻印が可能な法術は使役できるが、教庁を凍り付けにしたようなことや獣王の攻勢から身を守ってくれるようなことは、私の許可無く場出来ぬようになる。謁見に際し、己が力を証明する必要が出てくるからな。――今のも、あやつらの前でやれば、相応しい余興になったというのに」


「申し訳ありません。でも、制限をかけると言うことは、万が一アヴィネス様の側を離れていた場合は」


「そうだ。だからこそ、他の者達にも納得して欲しかったのだ。そなたが相応の力を持っている。私の代わりに守るだけの価値がある人間だということをな」


「なるほど。まあ、分かりました…………今度は壊れてくれるなよ?」




 そんなアヴィネスの言に、渋々といった態度で頷いた優哉は、自身の右の腕に静かに語りかけると、再び目を閉じ、右手に意識を集中させる。


 氷の表面は磨き上げられており、非常にすべりやすい。冷たさは感じないため、指先の感覚が狂う心配は薄いが、滑りすぎる表面は僅かなミスを産むことがある。


 プロでもボールの変化に神経質になる事があるのと同様に、正確さを求めるのであれば気にしていく必要は十分にある。


 そして、意識を集中させていくと、不思議と手に馴染む氷玉が右手に生まれた。


 さすがに、縫い目の感触までは再現できていないが、表面の感触は、握り慣れたそれに極めて近いように思える。


 あくまでも余興。それでも、自分の力の証明が必要になってくる。であれば、それ相応の形式も必要だった。




「な、なんだ?」


「派手な動作だな」




 そして、慣れた投球動作に入った優哉に対し、周囲の者達が顔を見合わせる。たしかに、ただ氷玉を投げるだけにしては大袈裟すぎるだろう。しかし、優哉にとっては必要な儀式でもある。


 足の溜、踏み出し、腕の振り上げ、腰の回転。久方ぶりに理想的な動作が再現できたように思える。



 刹那。轟音とともに鉄板に突き刺さった氷玉は、霧散するだけでなく、一枚等身大の鉄板を氷の板へと変えてゆき、そこから広がった氷の波は鉄板の周辺に鮮やかなクリスタルの群生を産み出していく。



「な、なんと……。ラミザ。見たことがあるか?」


「いえ、ありませんね」



 パキュレスとラミザと呼ばれたフードの女性の言が、端的にその場の者達が抱いた印象を代弁していた。


 この時、一人の若者によって、長年変化することの無かった法術に、一つの変化が与えられたのであった。

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