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第8話 馬上にて

少々、短いです。

指先にとまっていて白き鳥が、ゆっくりと羽を開くと澄み渡った青空に向かって優雅に羽ばたいていく。



「これでよかろう。さすがにこの数を葬送する暇はないからな」



 伝書を携えた連絡鳥を見送ったアヴィネスは、そう口を開くと愛馬へと跨がる。白地の衣服と甲冑の加え、それに合わせるかのように彼女の愛馬もまた美しい白馬であった。


 こんな外見の皇女が、昨日は暴虐なる獣達の流血に染まっていたというのだから、分からないものでもある。



 とはいえ、街路に倒れる村人の他、彼女が成した虐殺の後ははっきりと残っている。


 二度と閉じられることのない光の消えた眼をこちらに向ける獣達の一人は、大地に突き立った鉄槍に串刺しにされたまま風に揺られているのだ。


 同情するつもりはないが、それでも思うところは出てくる。実際、他のセデュール兵がこの姿を見れば、戦意は著しく昂揚するか、低下するかの二択であろう。



 個人的な感情からすれば、眼前の皇女には向かうような真似は絶対にする気にはならないと優哉は思う。



 そして、戦いにあっては圧倒的な力を見せる彼女が、暴虐に晒された女性を今も保護していたり、殺しという人として最大の業に手を染め、自分を見失いかけた優哉をやさしく支えたりもしている。


 何よりも、敵対陣営に属するアリーの罪を問うどころか、いまだに自由を許してもいる。


 正邪の相反はどの人間にもあるのだが、彼女のそれは他を凌駕しているのかも知れなかった。



「どうかしたか?」


「いえ。それで、エフィスまではいかほどですか?」



 そんな風に思いながらアヴィネスに視線を向けていた優哉であったが、彼女の訝しげな視線を向けられると苦笑しながら話を変える。


 教庁から三日ほどとはじめには言われていたが、教師がよかったのか馬には問題なく乗れている。そのため、予想以上の速度で進めているというのは、ロトの村を前にアヴィネスが口にしていた。


 おかげで、襲撃の最中に到着できたというべきが、到着してしまったと言うべきかは分からなかったが。




「急げば今日の夕刻にはつけるであろう。サーリャが耐えられればの話であるが」


「さすがに、厳しいんじゃないですか?」



 案の定、予定より早く到着できそうではあったが、それには今も村の入り口を見つめて、静かに佇んでいる女性、サーリャの体力面の問題があった。


 目を覚ましてから、一貫して口を閉ざし、苦悩に顔をゆがめていた彼女であったが、今こうして故郷を見つめる表情に、感情の類は認められなかった。


 暴虐に晒された女性は、悲嘆にくれるか、心を閉ざすか、男性に反発するか、気丈な者ならば復讐を考えるという反応が一般的であり、今の彼女はそのうちの心を閉ざしている状態と言えるのであろうか。


 なんにせよ、疾駆する軍馬に耐えられるとは思えなかったが。二人の会話に対する彼女の返答は意外なモノであった。




「私は、大丈夫です」



 消え入りそうな声であったが、はっきりとそう告げる。それには、優哉とアリーは元より、アヴィネスですら目を見開いている。



「我々に気を使っているのならば、無理をする必要は無いぞ?」


「大丈夫です……。それより、出来るだけ速く、ここから離れたい……」




 そんなアヴィネスの言に、サーリャは静かに、そしてはっきりとそう告げる。


 それまで、まるで消えてしまいそうであった彼女の姿に、再び血が通ったかのような、それだけの意志の強さを三人は感じていた。




◇◆◇




 優哉達の視界に、城塞都市エフィスの遠景が映りはじめたのは、日も大分傾きかけた頃のことである。


 アヴィネスからそのことを告げられた優哉は、途端に全身に疲労感が襲ってくることを自覚する。


 召喚による肉体強化により、体力自体は消耗しきっていないのであろうが、精神面は高校生のままであるのだ。肉体に疲労以上に、精神的な消耗が激しいのである。


 慣れない乗馬であると同時に、今も優哉に背中を預けて寝息を立てるサーリャに対する気遣いが大きかったのであるが。




「ふう……。ようやくですね」


「ああ。よく頑張った……。ま、あと少しの辛抱だな」



 大袈裟な仕草で安堵を示す優哉に対し、アヴィネスは口元に笑みを浮かべつつそう答える。


 面倒ごとを押しつけた自覚もあるのであろうか、終始サーリャの様子を気遣っていたのだが、優哉は問題なく彼女をここまで連れてきている。彼女からすれば、賞賛に値すると言うことであろうか。



「あれが……、エフィス。我々が幾度となく」


「うむ。最近では、教庁より西には行かせておらぬがな」




 そんな二人を無視するように、馬を進めたアリーが、感慨深げにエフィスを見つめる。今回が初陣であった彼女も、敵対国家の難攻不落の城塞のことは聞き知っていたであろう。


 勝者としてではなく、敗者としてその城門をくぐることになろうとは思いもしてなかったであろうが。



 東方防衛の要衝たるエフィスの町は、周囲を幾何学的に城壁が取り囲み、“地中海”に面する大規模な港を抱えている防衛と経済の要衝でもある。


 近年研究が進んでいる刻印学と法術学の発展により、それまでの兵士の侵入を阻むための高層城壁では、強力な法術によって破壊されやすく、城壁そのものの防御力も求められるようになっているのである。


 このエフィスの城塞は、ユディアーヌ帝国における新型の防衛構想にあるといい、海を背後に半星形に居ならぶ低く作られた城壁は、批判を防ぐだけでなく、刻印の水晶球各所に埋め込むことで、法術による攻勢を軽減するという。



「とまあ、建前はこんなところだ」



 徐々に大きくなっていくエフィスの姿を視界に収めながら、アヴィネスがゆっくりと語り終えると、若干イヤミのこもった声でそう言う。



「建前って……実際にはどうなんですか?」


「近年、貴族のあり方に対する疑問が出てきている。義務を果たすこともなく、祖先の名声だけに頼って国に寄生している害虫だというな。ヤツ等は、その批判を逸らすために、“私費”を投じて国防を担う。という、お題目を唱えているのだ」


「その言い方だと、貴族は損をしているわけではなさそうですね?」


「“私費”というのは、別に金銭だけを指す分けではない。自身が所有する奴隷や私兵達を駆り出すことも立派な名目になる。加えて、その者達にかかる費用は国から支払われる。要は、批判を利用して一儲けしようとしているのさ」


「……いろいろと考えるんですね。でも、そこまで分かっていて、なぜ是正されないのですか?」




 苛立ちを隠そうともせず、そう口を開くアヴィネスであったが、彼女は皇女である。それも、自ら戦の陣頭に立つようなタイプの人間であり、それだけで注目される人物であるとも思える。


 そんな彼女が、まるで自分の無力さを呪うかのような言を繰り返しているのだ。



 優哉にとっては、それが少々疑問でもあった。




「優哉殿。貴公がどこからやってきたのかまでは興味はないが、貴族にとってはそれが当たり前と言うことだ。それを是正するともなれば、それこそ国を覆すほどの変革が求められる。皇女であるのならば、むしろその地位が邪魔をするわ」



 そんな優哉の疑問に、当のアヴィネスではなくアリーが返答する。


 彼女自身、セデュール朝の上流階級の出身者であり、政治や権力の腐敗を幼き頃より見せられている。故に、それらの改革が一朝一夕でなることは無いと言うことも身に染みているのである。


 とはいえ、相手の暗部を揶揄するどころか、自分の経験や祖国の暗部を元に冷静な発言をするというのは、優哉にもアヴィネスにも驚きであった。




「……驚いているようだが、私も私なりに祖国の行く末は考えている。イブルや皇女殿下のような力があるわけでもなく、こうなってしまえば家柄という強みを用いることもないのだがな」


「謙遜するな。私とて、人のことは言えぬ。優哉。アリーの言はたしかに正しい。分かっていても、国政に関しては、私は一臣下に過ぎぬのだ。それより、アリー」


「なにか?」


「すまぬが、そろそろ馬を下りて、こちらをつけてくれ」


「っ!? …………そうであったな」


「自由にさせては来たが、貴様は捕虜でもあるのだ。分かってくれ」


「かまいませぬ。元より、今まで自由にさせてくれたことには感謝している」


「私には、貴公を利用してセデュールに相応の要求が出来るとの判断があるだけだ」


「それでもだ。それに、名家とはいえ、軍に身を置く女にそれほどの価値は無かろう」




 そう言うと、アリーはゆっくりと馬から下り、アヴィネスに差し出された二つの穴の空いた木枠に両の腕をはめ込む。


 はじめは何事かとも思っていた優哉であったが、彼女は敵対国の人間。自分のように、求められての存在ではないと言うことに気付くと、黙ってことの成り行きを見つめるしかなかった。



「さて、明日には帝都に赴けよう。優哉、アリー、サーリャ。今しばらく、不便をかけるぞ」



 そう言うと、ゆっくりと馬を進めはじめるアヴィネス。


 アリーが余裕を持って歩けるだけの速度ではあったが、それでも先を急ぎたい気持ちは垣間見える。



 そして、優哉にとっての運命の時もまた、ゆっくりと近づきつつあったのだった。

タイトルやあらすじ、プロローグなどがころころ変わって申し訳ありません。

訂正分の投稿も予定しておりますが、今のところは現状のままですので、ご了承ください。

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