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第7話 血濡れた腕

 獣王が立案した戦略は、想定外の乱入者達によって永久に日の目を見ることは無くなった。


 今も村の各所では火の手が上がり、家々が次々に炎に包まれている。街路には、人間であったもの、人間の一部、よく見れば人間であったことが分かるほどに焼け焦げた何かが無数に転がり、まさに地獄絵図と呼ぶに相応しい光景。


 そして、その実行犯達は、その首謀者たる獣王をはじめとする大半が冥府の門をくぐっている。


 暴虐を働き、村人のその欲望を全てぶつけた獣達は、一人の女性によってその対価を払わされたのである。



「ふふふ。中々、壮観な眺めと言えましょう。セデュール兵の串刺しですが、焼いても上手くなさそうですね」


「あ、アヴィネス様」


「なんですか?」


「そ、その、な、何もここまでしなくても」



 そんな地獄の中心に立ち、笑みを浮かべるアヴィネスの周囲には、地に突き立った無数の槍に文字通り串刺しにされた獣達の姿。


 たしかに、暴虐を働いた彼らには相応の裁きが必要であったであろうし、死んだところで自業自得としか言いようがない。


 それでも、生きたまま串刺しにされ、今も肉体が痙攣し続けている様を見せつけられれば、相応の嫌悪感を抱く。


 優哉の傍らに立つアリーは、その光景に顔を青ざめながら全身を震わせ、女性はすでに意識を断っている。


 優哉自身、戦いによる高揚感がなければ気を失っていてもおかしくはないほどの光景でもあった。



「ほう? 強姦魔達を情け容赦無く葬った者のお言葉とは思えませんね。勇者様」


「勇者とかは関係無しに……っ!?」


「いい加減にしろっ!! こやつらは武器を取って他人の死を望んだ。他者の死を望むのならば、自身の死を覚悟せねばならない。そして、こやつらは他者の死を望まぬ者達を蹂躙し、その尊厳すらも奪い取ったのだ。相応の報いっ! 残酷なる仕打ちっ! 煉獄の業火に身を焼かれ、冥界の凍土に幽閉されたとてその罪は償えぬっ!!」



 そして、なおも抗弁しようとする優哉に対し、苛立ちが募ったのか、胸ぐらを掴んで眼前へと引き寄せたアヴィネスは、怒りを表情にたたえながらそう言い放つ。


 その姿は、先ほどまでの笑みを浮かべながら獣達を蹂躙する死の女神としての姿を思い起こさせる。



「し、しかし……アヴィネス様っ!!」



 とはいえ、優哉としても目の前の虐殺に納得することは出来なかった。言い分も分かるし、相応の報復というのも理解できる。だが、頭で分かっていても、はいそうですかと納得行くモノではないのだ。



「ふう。もうやめだ……。優哉っ!」


「は、はいっ!?」



 しかし、そんな優哉の様子に、アヴィネスは不快のこもった溜息を吐くと、再び優哉に対して鋭い視線を向けてくる。



「今日はここで野営する。村に生き残りがいないか、食糧がないか、それと……」



 そう言うと、優哉の傍らに立つアリーと女性に視線を向ける。


 アリーはすでに味方の獣達が全滅し、眼前の皇女と勇者に適うはずもないことを悟り、すでに降伏を申し出ている。


 アヴィネスが視線を向けたのは、女性の処遇に対してであった。


 今でこそ、気を失ってアリーに支えられているが、彼女が受けた暴虐による傷は浅いモノではない。


 獣王イブルとの戦いを前に、優哉に対しても“死”を懇願していたのだ。放っておけば自殺してしまう可能性もあるのだ。



「まあ、私がなんとかしよう。アリーと言ったな。貴様も行け」


「……はい」


「生存者がいたら、可能限り助けるようにしろ。ただし、助からぬと思ったら。――――よいな? アリー、優哉はその辺の判断は出来ぬ。貴様がするのだ」


「…………私に任せてよろしいのですが? 私にとって、あなた方は異教徒。助かるはずの者も助けぬかも知れませんよ?」


 

 眼光鋭く、優哉に念を押してくるアヴィネス。


 彼女の言いたいことも、今となっては理解できる。しかし、なぜそこまで自分に手を汚させようとするのか。その辺りのことまでは理解できそうになかった。


 そんなアヴィネスの言に対し、優哉を一瞥したアリーは、表情を硬くしたままそう答える。


 たしかに、彼女は凶行には参加しておらず、どういうわけだか暴虐に晒された女性を気遣ってもいた。自身の正義感からの行動だとは言っていたのだが、そうであれば信仰を理由に傷ついた人間を見捨てるとは思えなかった。


 今の言は、彼女自身も自分の境遇や戦いの中でのあり方に疑問を持ったからこその言動なのかも知れない。



「それであればそれでよい。優哉。こやつが、助からぬと判断したら、止めを刺してやれ。先ほどのように、全てを凍結させれば、苦痛無く逝かせてやれるだろう」


「お、俺が……」


「甘えないでもらおう。貴様にとっては苦痛であっても、その者達にとっては救いとなるのだ」



 そう言うと、なおも逡巡する優哉とアリーに対し、手を払うようにして、出発するように促すと、自身は気を失ったままの女性を抱き上げ、教会と思しき建物へと足を向ける。


 そこは村の中心部に位置し、唯一と言って良いほどに原型を保っている。おそらく、緊急時の避難所としての意味も持っていたのであろう。

 その姿に顔を見合わせた優哉とアリーは、渋々と言った様子で村内に足を向け始めた。

 


◇◆◇



「貴公は……」


「はい?」



 村内を練り歩き、アリーが気まずそうに優哉に対して口を開いたのは、倒れ伏す中年男性の目を閉ざした時のことであった。



「私に対して、何か思うことはないのか? たしかに、あのような蛮行には協力しなかった。だが、私は止めることも出来ず、蹂躙される人々に対して目を背けるしかなかった。そして、捕虜となった今も、こうして自由に行動させていただいている」


「いや、そう言われても……。アヴィネス様が決めたことですから」



 声を落としつつ、そう口を開いたアリーに対し、優哉は答えに困りつつもそう答える。


 実際、自分にはどうしようもないとしか思えず、アヴィネスがともに行動しろ言うのならばそうするしかない。



「……しかし、異教の民と行動を共にすることなど……アヴィネス皇女が、私を貴公に預けたのも、その辺りのことがあるのではないか?」


「そうなんでしょうか? 俺は信仰というものには特に興味はありませんので……。それでも、初詣には行くし、クリスマスとかを楽しんだりもしますが」


「ハツモウデ? クリスマス?」


「ああ、こっちの話です。あ、あそこにも人が」


「うむ……」




 一瞬、表情を曇らせながらそう口を開くアリー。先ほどからの彼女の沈黙には、“異教徒”に対する嫌悪が含まれていた様子で、言われてみれば、あれだけ行動的なアヴィネスが、理由も無しに捕虜を自分に任せるとも優哉には思えなかった。


 とはいえ、優哉自身は宗教戦争のこともようやく授業で習った程度の普通の高校生である。大学受験でもそこまでの知識は求められなかった以上、テレビなどで見たテロや諸問題ぐらいにしか宗教問題に対する印象はない。


 とはいえ、初詣やクリスマスのことを口にして、相手にいらぬ印象を与える必要は無かったのかも知れないが。



「この人も駄目ですね」


「ああ……。すまん」


「あなたのせいでは」


「それでもだ。このような……」




 眼前に倒れ伏す女性は、頸部にナイフを突き立てて血の海の中に倒れ伏している。衣服は引き裂かれ、全身には暴行の跡が色濃く残っており、生きることに絶望しての行動であろう。


 アリー自身、汚れを知らぬ良家の子女なのである。このような、戦場での現実をまざまざと見せつけられては、さらなる自己嫌悪に陥りもする。


 その後は、二人は淡々と村内を捜索し、食糧や女性物の衣服、その他役立ちそうな物資を調達し、アヴィネスの待つ教会へと足を向けた。


 捜索の結果は、生存者は“なしということ”になったのである。



◇◆◇



「そうか……。まあ、当然ではあるな」


 灯された火を囲って段を取るとアヴィネスは静かにそう口を開く。


 甲冑を脱ぎ、軽装となっているが、露出した肌の各所には、刀傷の後が無数に走り、女性としての柔らかさを残しながらも、彼女の身体は限界にまで鍛えられている。


 あの常識を外れた強さは、無数の鉄槍を出現させた法術によるモノだけではなかったのだろう。



「それで、死体には慣れたか?」


「……ええ」


「それでいい。いちいち動揺されていては、これからの戦いでも生き抜けるからな」



 そう言って肩をすくめるアヴィネスは、囲んでいた焚き火に枝をくべると、悪びれる様子もなくそう口を開く。もっとも、言葉の端々には、一方的な召喚によってこの世界に連れてこられた優哉に対する気遣いも、僅かではあるが感じ取れる。


 昨日までのような姫君を演じることはなく、冷徹な戦士の表情を見せてはいるものの、普段の彼女であれば、役に立たない者は切り捨てるだけのことはすると優哉は思う。


 動揺による失態を回避させようという配慮は彼女も持っている様子であった。



「それより、腹ごしらえはしておけ。アリー、こちらには来ぬのか?」


「その辺りはわきまえている。それに、私はそのような肉を食すわけには行かぬ」




 目の前では良い匂いのする料理が温められている。略奪品から拝借したと聞いていたが、信仰の異なるアリーにとっては、禁忌となる食材が含まれているらしく、今も二人からは距離を取って携行食を口にしている。



「ふん、強情なヤツめ」


「俺はいただきますよ?」


「ああ、遠慮はするなよ」



 その様子に、少し残念そうに口を開いたアヴィネスに対し、優哉は遠慮無く料理を口に運ぶ。素っ気ない物言いではあったが、その様子を見たアヴィネスは口元だけに笑みを浮かべている。


 それでも、いくらか表情は満足げであった。実際に、味付けも良い。


 アリーと優哉が村内を捜索する間、彼女は今も眠り続ける女性の身を清め、食事の用意をしていたのだという。


 第一皇女であると言う話は聞いていたが、料理の腕も悪くはない。正直なところ、普通のお姫様が、料理や他人の世話をする所など想像も出来なかったのだが、眼前のお姫様は、どう見繕っても“普通”という範疇には収まらないのであろうから、それも当然であった。



「彼女は……、大丈夫なんですか?」


「さてな」


「さてなって……」


「そこまでの責任は持てん。ただ、彼女は襲撃の生き証人。アリーと同様に、生き長らえてもらわねば困るというのは本音だ」


「私は何も知らぬぞ」


「構わん。虐殺言う事実を知っているだけでよいのだ。貴様がどう思うと、こちらにある以上、政治的な駒にはなる」


「くっ……」




 軽く腹ごしらえを済ませた優哉は、今も目を閉ざす女性へと視線を向け口を開く。しかし、優哉の問い掛けに、アヴィネスも力無く首を横に振るだけであった。


 アヴィネス自身、政治的な駆け引きの道具として二人を利用するつもりはあるようだが、こと女性に関しては、幾分かの同情があるのであろう。


 アリーに関しては、さっさとこちらに降伏したように、身の程こし方を心得ている面はあったが、女性はそうもいかない。


 それまでの平穏な暮らしを、最悪の形で奪われたのである。目を覚ました途端、自殺してしまう可能性も否定できないのだ。




「彼女は、俺に“殺してくれ”とすがってきました。でも、俺は何も出来ませんでした」


「おかげでこちらは助かるがな。まあ、捜索をやらせておいてなんだが、貴様に求めるのは敵を倒すことのみ。味方に対する配慮などは、徐々に身についていくるだろう」


「そうであればいいのですが」


「優哉」



 空ろな目をしたまま優哉に縋りついてきた女性。あの後、イブルとの戦いになってしまったため、細かいことまでは知らなかったが、アリーの言に寄れば、彼女は目を逸らすことなく優哉とイブルの戦いを見ていたという。


 自身から全てを奪った相手の最後を見てみたいという意地か、はたまた別の理由か。少なくとも、彼女の瞳に虚ろな光はなかったという。




「ここは私が見ている。アリーとともに休んでこい」


「し、しかし……」


「第一皇女ともあろうものがすることではないと思うが」



 そんな優哉の心情を察したのか、休息を取るように言ってくるアヴィネス。しかし、アリーの言の通り、本来であれば先に休むべきはアヴィネスであろう。



「地位は関係無い。私は私だ。それに、貴様らは今にも倒れそうだぞ? それとも、勇者と、形の上での捕虜が、第一皇女の命に背くとでも言うのか?」



 しかし、自分達の元を逆手に取られてしまっては、それ以上の反問は出来なかった。




 宛がわれた一室のベッドは、来客用であったのか、手入れが行き届いていた。いつ、どんな時にでも客を迎え入れられるようにとの配慮であろうが、次にここが使用されるのがいつになるかは皆目見当がつかない。


 となれば、ありがたく使わせてもらう方がよいだろう。


 そう思いつつ、ベッドに横たわる優哉。



 たしかに、身体は疲弊しきっており、すぐにでも眠れるモノと思う。だが、どうしたことか鼓動が静まることはなく、一向に寝付くことが出来なかった。


 なぜか、まぶたを閉じることを全身が拒否しているのだ。




(……そっか。目を閉じたら、昼間の光景が甦ってくるからか)




 そんなことを思いつつ、優哉は今もぼんやりとした光を灯す右手の甲へと視線を向ける。


 自身が投じた氷玉によって、身体を穿たれ、肉塊になりはてた襲撃者達。暴虐の犠牲になった村人。そして、鉄槍に貫かれ、地を流し続ける獣達に、大地に転がるイブルの頸。



 それら全てが、一日のうちに起こったことであるのだ。



(右腕は元に戻った。仮に、元の世界に帰ることが出来たとすれば、また野球が出来る。……でも、俺の腕は……、俺はもう人殺しだ。再び、あのマウンドに立つ資格なんて)




 疲労からか、次々に浮かんで来る思考。


 本来であれば喜ぶべきでもある、右腕の完治であったが、結果としてそれは、自分が殺戮に手を染める結果を産んだのである。



 気がつくと、涙がこぼれていた。




(なんでだろう? 俺は、もう戻れないって……、そう思っているからかな??)



 そして、拭っても拭っても涙が止まることはない。なぜかは分からない。いや、分かろうとしていないだけなのだろうか?


 と、人の気配がしたかと思えば、扉が開かれ、誰かが室内へと入ってくる。



「眠れぬのか?」


「アヴィネス様…………っ!?」


「黙っていろ。そして、何も考えるな。私が、そなたを選び、この世界に導いた。そなたの罪は私の罪。今は、こうしてやることしか出来ぬ」




 入室してきたアヴィネスは、起き上がった優哉をそっと抱き寄せ、静かにそう口を開く。口調こそ、先ほどまでの厳しいモノであったが、それでも人の温もりに代わりはない。


 そんなアヴィネスに対し、優哉もまたゆっくりを抱きしめ返す。その温もりを離さぬように……。

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