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第5話 辺境惨禍②  ※凄惨な描写有り

拍手をくれた方。本当にありがとうございます。

「ふっ!!」


 投じられた氷玉は、コースを僅かに外れて、逃げる男の腿の部分を撃ち抜く。


 一撃で葬ってやろうと思ってはいたが、やはり力みが出ているらしい。どうしても指先のコントロールにブレが出る。


 周囲に転がっている、頭部を破壊された死体も、例外なく頭部以外の部分を破壊されているのだ。


 もちろん、優哉自身に他者をいたぶる趣味はなく、それによって歓喜を覚えると言うこととも無縁だった。


 当人としても、今目の前で苦痛に顔をゆがめる獣。優哉自身は、魔族と思っていた男を見下ろしながらも、自分が大変なことをしている自覚に最悩まされている。



「な、なんだっ!? 震えていやがるのかっ!? ゆ、勇者なんて大層な呼ばれ方をしている破壊兵器のクセに。俺達に、同情しているってのか??」



 そんな優哉の様子に、男は挑発するような笑みを浮かべ、口を開く。


 優哉から見れば、コースを外した格好になっているものの、大腿部から下が欠損しているのだ。今も、留まることなく流れる出血量を見ても、男が長くないことは分かっている。


 それでも、目の前に現れた小僧に対して強気に出るというのは、歴戦の猛者という誇りが故か。



「………………ち、ちがう」


「ははっ……。震えているじゃねえか。こんなことを、しやがったくせに、よお。いざとなったら、殺せ、ないってかい?」


「そうじゃない。同情だって? 違う。単に怖いだけだよ」


「なにっ? プビュッ!?」



 そして、男の挑発に対し、震えを隠すことなく首を振るって答える優哉は、再び出現させた氷玉を無造作に男に叩きつける。


 鮮血が跳ね上がり、それが顔に降りかかると、いまだに村内に轟く悲鳴や破壊音から離れ、静寂が周囲を支配していく。


 優哉は、そんな静寂の支配する通りの一角に、崩れるように座り込む。周囲はまさに血の海になっており、とある事情によって濡れている優哉のズボンや下着を赤く染めていく。




「は、はは……。野球の神様は、こうなることを見越して俺の肘をぶっ壊したのかな?」



 そうして一息つくと、改めて周囲の惨状が目に付き、優哉は声を震わせる。


 “鉄の玉”とまで言われる野球の硬球。当たり所によっては即死の危険もあるが、間違っても頭部そのものが吹き飛ぶようなことはない。


 身体面が強化され、身に宿した刻印が普通とは異なると言うことは聞き知っていたのだが、こんな形でそれを証明されると、理解が追い付いてくれなかった。


 とはいえ、いつまでもこんなことをしていられる状況ではない。村内ではいまだに暴虐が続き、悲鳴や鳴き声は止むことなく続き、時折爆発音のようなモノも耳に届いてくる。


 優哉に先んじて、村内に駆け込んだアヴィネスの姿も、今のところは目にしていないのだ。




「しっかりしてください」



 そう思いつつ身を起こした優哉は、空ろな目をして道に倒れる女性に上着を掛け、声をかける。


 しかし、女性は答えることなく、虚ろな視線を優哉に向けてくるだけである。そして、優哉もまたその目から視線を逸らすことは出来なかった。


 全身を蹂躙され、目の前で恋人を虐殺されたのである。正気を保つことすらも難しいのだろう。向けられてくる視線から、“絶望”とはどういうモノなのかを、女性は目に見える形で優哉に教えていた。


 そんな女性をどうすれば救えるのか? その術を優哉は知らない。ただ、そんな女性の口が僅かに動いていることに気付く。



「っ!? なんですか?」


「…………い、……ろ……」


「しっかりしてくださいっ!!」



 しかし、今にも消え入りそうなほどのか細い声であり、慌てて耳を近づける優哉であったが、女性はすでに心身ともに疲弊しきっている。


 どうしたらいいのかも分からず、苦悩する優哉であったが、そんな彼の姿を見かねたのか、あるいは悪意を向けられ続けた彼女が、自身に向けられた善意にすがろうとした結果であったのか。顔を優哉へと向けると、虚ろであった目に光を灯し、最後の力を振り絞るように口を開く。



「おね、がい……。殺…………して」


「っ!?」



 女性の口から出た言葉は、善意を抱いたことすらも後悔するほどに重いものであった。



「おねがい……。みんな、殺されて。お父さんも、お母さんも……彼も……わたし、わたし……」


「う、あ……、そ、そんな、こと」


「殺して、ください……勇者、様……。私達を、救ってくれるのが……勇者様でしょっ!?」



 女性の懇願に、唖然として言葉に詰まった優哉であったが、女性はさらに縋りつくように優哉に迫る。


 殺すと言うことならば、すでに5人の魔族達を優哉は残虐な方法で殺している。だが、優哉なりに言い訳をするならば、殺したヤツ等は生きる資格も無いような連中だった。だから、自分は悪くない。そう思える。


 だが、今、目の前で自分を殺すよう懇願する女性に、なんの罪があるのか?


 そう言う時代だから、世界だから、運命だからと言うのは簡単であるが、そう簡単に割り切れるほど、優哉は常識を欠落させてはいない。


 ほんの数日前まで、彼は初めての挫折を経験しただけの高校生であったのだ。



「…………」



 思わず女性から目を逸らす優哉。罪の意識からか、現実から逃避をしてか、どちらかは分からない。


 しかし、この僅かな逡巡が結果として彼を救う事になる。




「危ないっ!!」


「っ!?」




 途端に優哉の眼前を横切る一条の光。女性の声が耳に届いたのと、逸らした視界の端にそれが映った瞬間。優哉は何かに弾かれるように身体を後ろへ倒す。



「ひゅうっ!! やるじゃねえか」



 女性の傍らへと倒れ込んだ優哉の目に映ったのは、獰猛な笑みを浮かべる獣達の王の勇壮なる姿であった。



◇◆◇



「こんな、こんな酷いことが許されるなんて……うっぅ」


「おいおい、高々この程度の事で一々吐いていたら、戦場では生きていけねえぞ? さて、お前はたしか娘が病気持ちだったよな? 指揮官首はお前にくれてやる。これで、薬代の足しにでもしろよ」


「はっ。ありがとうございます。閣下のお心遣い、感謝してもしきれません」


「はっ、似合わねえ言葉を話すんじゃねえ。さて、他んとこはどうなってんだ?」




 蹲る副官に声を掛けた“獣王”であったが、その返事を待つ事なく、眼前に控える部下に手柄首を分け与える。


 惨劇を目撃して崩れる彼女を観察することより、部下の慰労を優先したのである。


 この先、いくらでも働いてもらわねばならない。そう思ったイブルは、目の前で燃え盛る惨劇に炎に油を注ぐためにも打てる手はいくらでも打つつもりであったのだ。



「他の連中は、まだまだ満足しない様子ですぜ?」


「はっ、欲張りどもが。まあいい。好きなだけやれ」




 やれやれといった仕草でそう口を開いたイブルは、ゆっくりと腰掛けにしていた死体の山から立ち上がる。そうして、今もなお続く暴虐の嵐の中に足を向けんと、心の底からの湧いてくる喜びに震えながら剣を抜き放つ。


 その傍らにて、無力な副官は宮廷では見た事も無いような、おぞましい光景を目に焼きつけられ、悲鳴と歓声をただ聞き続けることしか出来なかったものの、彼女自身にも矜持というものがある。


 眼前の獣達の所業はすでに起こってしまったこと。なれば、今なお続く暴虐を、ほんの僅かでも止めるための努力をしようと、身に過ぎたる意志を持ったのである。



「閣下。何故、このような所業をもって、悪戯に時を費やすのですか? 虚を突いたことは、無様な最期を遂げた異教徒達が証明しておりまする。なれば、狼狽する敵を討つ絶好の好機ではありませんかっ!! このままユディアーヌに時を与えれば堅牢なるエフィスの守りは益々固まり、それを陥落させる事が困難になるのは、火を見るよりも明らかです。我々は略奪の為だけにこの地に赴いた訳ではありませんぞっ!!」




 無謀にも、悠然と馬を進める獣王に対し、真っ当とも言える進言を口にするアリーは、それこそ命の覚悟すらもしていた。


 しかし、以外にも殺戮の狂気に湧き立つかのように見えていたイブルは、ジト目で自分を睨みつけることしかできない副官(お姫様)に対し、やれやれと大袈裟に肩をすくめて見せながら、口を開く。




「神速と拙速は似て非なるもの。ユディアーヌが多少浮き足立った所で、俺の手勢程度じゃ落とせはせん。何より、エフィスは東方の要衝。今はセデュールに対する恐怖心が周囲の村々に広まるのをゆっくりと待てばいいのさ。難攻不落の城塞都市に逃込めば殺されない。そんな噂がユディアーヌ東部一帯に広がればどうなるか? 素人のお姫様でも分かるだろう? 人の心を攻むるを上ってやつだ」


「確かに、その理は分かりまする。ですが、エフィスのような城塞都市が近隣の村人数千人が逃込んだ程度で、兵糧不足に陥るとは到底思えません」



 アリーは予想外に慎重で長期的なイブルの作戦構想に目を見開きつつも、東方防衛の要衝たる城塞都市がその程度の策で容易に落ちるとは、到底思えず、彼女は反論せずにはいられなかった。


 なにより、今回の目的である城塞都市エフィスの攻略ですら、戦略的意義を見出せないでいるのである。


 東方防衛の要衝であるとは言え、この一都市を占領したところで、強大なるユディアーヌの反抗を呼ぶだけである。


 残念ながら、肥沃な内海一帯に勢力圏を持つユディアーヌと母国セデュールの国力差は大きく、長期戦になればこちらの不利は否めない。


 そうでなくとも、先日のユディアーヌの侵攻によって打撃を受けているのだ。報復行動としては、今回の行動は行きすぎてもいる。


 そもそも、エフィスへと続く街道を全て絶つ兵力が自分達に無い状況。常識から言えば、兵糧攻めなど出来る筈が無い。


 それが分かっているからこそ、敵の隙を突くなりして、目標を攻略するしかないのでは? とアリーは考えていた。




「エフィス。いや、ユディアーヌの弱点はその巨大さだ。国も都市も軍も大きくなればなるほど扱いづらくなる。それに、うちと同じで、内部はひどい有様のようだしな。こういう国家は、少しのほころびを作ってやれば、それが勝手に広がっていく」


「たしかに、異教を信仰し、門閥貴族が幅を効かせておると聞いてはおりますが」


「そうだ。そして、人口の数%に満たぬ、生活基盤の全く無い流民達をヤツ等がわざわざ食わせると思うか? 彼等の住居は? 職は? 何より、特権をむさぼってきた連中が、自分達を肥え太らせるための基盤を失った者達を救うと思うか?」




 不敵な笑みを浮かべながら、イブルはアリーに対してそう口を開く。


 そうでなくとも、ユディアーヌの内政は少数の門閥貴族に牛耳られ、平民の不満は溜まっているとも聞く。そこに、目に見える形で新たな問題が沸いて出るのである。心ある為政者であれば、その解決に腐心するであろうが、果たしてそのような為政者が的にいるのかと言えば、おそらく答えは否であろう。


 そして、逃込むことになる村民がほとんどが農民であるのだ。彼等が逃げ放棄した農地から収穫される筈だった作物の殆どは、本来であればユディアーヌ全土で消費される予定の物ばかりである。


 それが突然途絶えるのだ。自分の利しか考えぬ小賢しい商人達は、此方が何もしなくても勝手に相場を吊り上げ、民衆の生活を乱し、彼等の不満を高めてくれる。


 そして、それを解決するべく、流民達を農民から農奴へと堕とすことはもっとも簡単な解決手段であろう。何しろ、それまでは作物を収めれば自由に過ごすことの出来た者達を、滞納を理由に奴隷へと堕とせるのだ。


 むしろ、門閥貴族達は歓喜すらするかも知れない。


 そういった種々の要因が重なって、最もユディアーヌの力が弱まった時こそ攻勢を掛ける好機であるイブルは考えていた。



「しかし、一つの城塞都市を攻略するにしては手が込みすぎておりませぬか?」


「ふふ。お姫様でも知らんか」


「は?」


「あるんだよ。それだけの時を掛けるだけの価値あるモノが、エフィスにはな」


「そ、それは?」


「おっと、おしゃべりはここまでだ。……ほう? 面白いことをやるな」


「えっ?」


 なおも問い掛けてくるアリーに対し、そう答えたイブルは、すでに彼女から興味を失っていた。


 殺戮の宴に花を添えるべき、敵主の存在が彼の両の眼に映っていたのである。



◇◆◇◆◇



 眼前に立つ獣の放つ人間離れした殺意に、優哉はただ震えることしかできなかった。しかし、ほんの一瞬だけ覚醒した肉体が、無意識のうちに傍らに倒れる女性を庇うように移動する。


 暴虐に晒され、今もなお絶望の縁に立つ女性を、無意識のうちに守らねばならないと思ったのであろうか?


 それでも、優哉のその挑戦はあまりに無謀であるようにも思えた。



「なんだよ。俺の剣をかわしたかと思えば、無様に震えているじゃないか。ヤツ等を手ひどく殺してくれた割には情けねえな」


「閣下……。お待ちを。この者、ユディアーヌの者では」


「だからなんだ? 大事な俺の部下を殺してくれたわけだぞ? ユディアーヌの人間であろうとなかろうと、“敵”であることに代わりはない」



 そんな優哉の姿に、いくらか失望の色をその両眼にたたえた獣に対し、遅れてやって来た副官と思しき女性が口を開く。


 だが、それに対して煩わしそうに声を荒げた獣は、再び剣先を優哉へと突き付ける。


 いくつかの毛が跳ね上がり、額から何かが滴り落ちる感覚があったが、優哉は蛇に睨まれた蛙の如く固まったまま、獣を見つめるしかできなかった。


 しかし、恐怖で固まる宿主の意志とは裏腹に、もう一つの意志を持つそれは、明確に獣に対して敵意を向け始める。



「えっ!?」


「なっ!? あなた、死ぬ気ですか?」



 突如として光を放ちはじめる優哉の右手。


 その様に、優哉はただ驚くことしかできず、副官の女性、アリーは思わぬ少年の行動に、その無謀さを嘲るように口を開く。


 しかし、それを見て取った獣、イブルは、再び獰猛な笑みを浮かべると、傍らの副官を抱き抱えると、乗馬の背から一気に後方へと跳躍した。


 眩い水色の光が周囲に放たれると、その場には鋭利な氷柱に串刺しにされた、氷で作られ、方々から鮮血を流す軍馬の彫刻が産み出されていた。




「…………ふはっはっはっはっは。そうだよな? そうでなくてはなっ!!」




 ほどなく続いた沈黙。



 それを破ったのは、やはり獣王の獰猛なる咆哮であった。

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