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最終話 終局と開幕

腕を振るうと指先に絡まったそれが一直線に潰走する敵兵達の背に襲いかかり、それを穿ち、首を跳ね飛ばす。

 複数回それを繰り返した頃には、敵兵を追う者はなく、周囲も優哉が為した追撃を無言のまま見つめていた。

 その空気を感じ取り、一騎に疲労感に襲われはじめた優哉は馬上にて肩で息をはじめ、緩やかに身体を震わせる。

 戦の高揚感が去り、殺戮行為への寒々とした実感に襲われはじめていたのだ。

「ご苦労だったな。敵将も捕縛し、殲滅に等しい被害を与えた。今回は十分であろう。よくやってくれた」

「アヴィネス様」

「戻るぞ」

 そんな優哉の肩に手を置き、そう声をかけてくるアヴィネス。

 その白を基調とした軍装は赤く染まり、激戦の中に身を置いていた事を証明している。もっとも、激戦と言えど真相は一方的な殺戮行でもあったのだが。

 アヴィネスの後に続き、自軍へと戻った優哉を見つめる周囲の目線からは、畏怖と賞賛などの相反する感情が入り交じっている。

 たしかに、今回の戦いはユディアーヌ軍の圧勝に終わり、当初は勝利に喊声を上げていた彼ら。しかし、追撃に移る際に見せた優哉の一方的な殺戮行は、勝利の昂揚以上に“勇者”たる存在の恐ろしさと頼もしさを全軍に刻みつける結果になったのだ。

 なにしろ、優哉は開戦と同時に氷塊によって敵陣を乱し、その後の交戦でも敵を多く屠っている。そして、追撃にあっては、小さな氷玉を複数投じるだけで、敵に止めを刺してしまったのだ。

 味方となれば頼もしいが、万が一敵となったときはどうなるのか?

 ユディアーヌ軍の将兵の感情には、そんな複雑な思いが入り混じっているのだった。

「優哉。大丈夫?」

「ああ…………」

「きゃっ!?」

 そんな周囲の様子に目を向けることなく、アヴィネスの後に続く優哉。そんな彼を、自陣にて待っていた美波と朱音は、彼の姿を目にすると、そのどこか憔悴した様子を察して慌てて駆け寄る。

 そんな二人の姿に、ようやく緊張の糸が切れた優哉は、静かに美波の胸元へと倒れ込み、長身の優哉を支える形になった美波は、優哉を支えきれずにその場に尻餅を付く。

「ど、どうしたの?」

「怪我。と言うわけではないみたいです。疲れたんでしょう」

「……そっか」

 何事かと思い、優哉の肩を叩く美波であったが、すぐに脈を取りながら治癒法術をかける朱音の声に、安堵の声を上げる。

 自分達の制止を聞かずに戦の直中に飛び込んでいったことにはあきれかけたが、こうして無事に戻って来てくれたことは喜んでよいとも思っていた。

「すまぬな。いらぬ苦労をかけてしまった」

 そして、その様子を見ていたアヴィネスが、珍しく気まずそうな表情を浮かべて二人に対して口を開く。

 アヴィネス自身、優哉への負担を理解しており、今後は目の前にいる美波や朱音に対しても同様の負担を強いることになるのである。

 それは、彼女にとっては必要な事であり、そのことを理由に頭を下げたり、依願するつもりもなかったが、それでも友人を傷つく原因に対する謝罪ぐらいは口を付いたのである。

「二人も輜重隊とともに移動するがよかろう。ゆっくり休んでくれ」

「あの、今後は……」

「凱旋する。これ以上の出血は必要あるまい」



◇◆◇◆◇



「そうかっ。姉上は勝利したかっ!!」

「それで、敵は?」

 伝令の声に、システィーナは表情を綻ばせながら声を上げ、ティファーネもまた冷静ではあるが、声にどこか喜色がある。

「はっ。敵三軍団は壊滅。指揮官のジャルジャル、クトズを捕縛。イズディーンを討ち取っております」

「こちらの被害は?」

「極軽微でございます。殿下っ」

 その言を受け、両者は目を見開き、顔を見合わせる。敵軍団を壊滅させたところまでは、姉の人間離れした武勇を考えれば不思議ではない。しかし、味方の被害が軽微というのは一方的な勝利であったということになる。

 そして、二皇女の問いに答える伝令もまた、いまだに信じられないとでもいうように声が弾んでいる。それを見れば、伝令の言にも誇張はないように思える。

「あの優哉、いや、“勇者”達は?」

 システィーナの傍らにて話を聞いていた昴は、勝利の報に安堵する一方、従軍した三人は無事であるのかと言うことが出陣の時より気がかりであったのだ。

 同行したいという思いもあったが、今の自分の主人は第二皇女システィーナであり、彼女が動かぬ事には何も出来なかった。

「は、はい……勇者様ですが」

「何かあったんですか?」

 そんな昴の問いに、伝令は一瞬言葉に詰まる。その様子に、何事かの変事を感じた昴は、なおも伝令に詰め寄る。

 苦笑したシスティーナに宥められるも、伝令の表情は固いままであった。

「まあまあ、落ち着いて。それで、何かあったの?」

「はっ。勇者様におかれましては、多少の疲労はございますれど、お三方共にご健在にございます」

「それでは、何か?」

「いえ……。あくまでも、私見にございますが……、勇者様方の武勇は、その……」

 なおも言い淀む伝令であったが、昴のそれ以上の問いかけはシスティーナに宥められ、伝令はそのままに陣を後にする。

 健在であるとは言え、伝令が言い淀んだことがなんなのか。システィーナとティファーネはある程度の事情を察している様子だったが、それ以上話してはくれなかった。


「みんな無事だったんだから、今は待つしかないんじゃない?」

「ああ。とはいえなあ」

「なに? まだウダウダ言っているの?」

「あ、殿下」

 国境線にまで下がり、遠征軍の帰還を待っていた昴は、先ほどの伝令の様子を健介に話すも、皇女達が話さぬ以上は分かりようがないというのが健介からの返事であった。

 両者ともに三人の事が心配ではあるのだが。

 そんな二人の元に、これまた二人の皇女システィーナとティファーネがやってくる。姉アヴィネスに対する謀略を感じ取っての出陣であったが、今回に関してはそんな心配も杞憂に終わった言える。

「友達が心配なのは分かるわ。あんたも召喚されてから最初に気に掛けたのは、友達のことだったしね」

「そうですね。もう遅いとは思いますが、あいつ等にあんな思いは」

「ふうん。相変わらずね」

「それより、何かあったんですか?」

「客よ。それも、二組ね」

 立ち上がり、システィーナの言に応えた昴にやれやれといった様子で肩をすくめるシスティーナ。

 そんな二人の様子を横目に、健介はティファーネに対して口を開くと、元々物静かな彼女は、抑揚乏しくそれに応える。

「二組?」

「姉上が到着されたのよ。よけいなヤツもね。まったく、今頃になって」

「ああ」

 そんなティファーネの言に、顔を見合わせた昴と健介だったが、システィーナの言に頷く。元々の援軍の発案者であるのだが、出撃準備の遅延を理由に大幅に到着が遅れていたアモリアード家の軍勢が到着したと言う事であった。

「しかし、なんでまたこんなに? 戦は終わってしまいましたが」

「私達って言うよけいな戦力があったからね。で、調べて見たら案の定よ」

 健介の問いにシスティーナはいくつかの書状を二人に投げ渡す。

 渡されたそれを交互に見やった二人は思わず顔を見合わせ、再び二皇女に対して向き直る。

「もっとも、こちらが気付いたことは察している。だからこそ、堂々と私達に合流してきた」

「気付いていても何も出来ないんですか?」

「ボロを出すような相手じゃないって事よ。気付いたら気付いたでこちらが手を出せないようにしてある。現に、証拠となる敵部隊の姿はないわ」

 書状の内容は、交戦中のアヴィネス軍の後方へと迂回中の所属不明に部隊を発見していること。そして、その部隊の中にアモリアード家の関係者と思われる手勢が出入りしていることまでが記されていた。

 二人の話からは、救出と称してこちらの部隊と合流し、アヴィネス軍を完全に包囲戦滅せんとしたのであろうが、肝心のセデュール軍はほぼ全滅し、二皇女に率いられた後詰めの到着している。

 そして、これ以上国境にて事を起こせば、セデュールとの全面戦争に発展しかねない。それ故に、アモリアード公は謀略から手を引いたのであろう。

「姉上があっさりと包囲網の中に誘い込まれたこと自体がおかしいのだ。幸い、敵の短慮と勇者達。そして、癖の強い者達が働いてくれた事が幸いしたからよかったものの」

 ティファーネが珍しく饒舌にそう言いつつもその表情は険しく、相手の謀略に乗せられた形になったのが面白くなさそうである。

「まあ、私達もそのためにあんた達を呼び寄せた。相手の側にも勇者はいるけど、少なくともあんた達とユウヤの三人はもっとも大きな犠牲によって呼び寄せたんだ。重圧を掛ける分けじゃないけど、頼りにしているわ」

「はい」

「もう、覚悟は出来ますよ」

 そんなティファーネの様子を一瞥したシスティーナは、昴と健介の肩を叩き、両者へと視線を向かわせつつそう口を開く。

 両者ともに“犠牲”という言葉が引っかかったが、それに頷くだけである。

 少なくとも、彼女達は大きな力の助けを求め、本来であれば格下の地位にある自分達に対しても礼を尽くし、相応の態度で接してきている。

 だからこそ、両者ともに、二人の皇女に対しての助力は惜しまないつもりであったのだ。

「ありがとう。それじゃ、行くとしますかね」

 両者の言に満足げに頷いたシスティーナは、笑顔を浮かべながらそう言うと踵を返す。

 少なくとも、自分達の戦いの時は近い。

 後に続きながら、昴と健介はそう思っていた。



◇◆◇◆◇



 目が覚めたのは夜半になってからであった。

 窓から入りこむ月明かりが室内を柔らかく照らし、寝起き眼をやさしく光に慣らしてくれる。

 とはいえ、身体が目覚めるにはまだまだ時間必要な様子だった。

「いてて……。なんだか、身体が軋むな」

 肩を回しつつ、身体を伸ばして見るも、全身の筋肉が萎縮し、固まりきっている。

 戦いの疲れが出たのであろうが、周囲は静かなモノで誰かがここへ運んでくれたのであろう。

 戦いの後、目の前が暗くなってからの記憶は残ってないのだ。

 と、そんなことを考えつつ身体を動かしていた優哉の耳に、静かに扉を叩く音が届く。

「はい。どうぞ?」

「起きていたか」

「アヴィネス様?」

 すでに夜も更けており、首を傾げながらの出迎えであったが、そこに立っていたのは、自身の主人とも言える女性であった。

「身体はどうだ?」

「まだ、疲れが残っていますね。ちょっと、動きが悪いです」

「それはそうだろうな。あれだけの法術を使役したんだ」

「はい。それで、いかがいたしました?」

「なに。ちょっとした見舞いだ。むしろさせた手前、顔色ぐらいは見ておいてやろうと思ってな」

「そうですか。しかし、以外ですね」

「何がだ?」

「いえ、アヴィネス様はその辺りに厳しそうだったので」

「何? 軟弱者とでも罵って欲しかったのか?」

「そ、そうじゃないですってっ!!」

「そうか。だが、わたしとて臣下をねぎらうことぐらいはする。それに、貴様は頼りにしているしな」

「っ!? ありがとうございます」

「うむ」

 部屋に招き入れ、椅子に腰を下ろして談笑する両者。

 口調こそ、主君と臣下のそれであったが、見るだけであれば年頃の男女が、仲むつまじく談笑しているようにも見える。

 それだけ、戦の後の安堵感があるからであろうか。

「……優哉。この世界に来て、どう思う?」

「どう……とは?」

「戦いの連続であっただろう? そのことだ」

「そうですね。正直なところ、怖くて仕方がないですよ。あの連中……。村人を襲って、やりたい放題だった連中だったのに、少なくとも眠るたびに殺してしまった罪悪感に押しつぶされそうでした」

「今では?」

「今、ですか? ……何も考えずに寝ていましたね。実際、戦の最中では敵を倒すことだけに夢中でした」

 窓辺に立ち、そう問い掛けてくるアヴィネスに対し、優哉はそう応えると、改めて昨日からの戦いのことを思い返す。

 ひたすらに法術を駆使して目の前の敵兵達を屠っていた自分。それを逃避するまでもなく、徹底的に攻撃を加えてもいた。

 つまりは慣れてしまったと言うことなのであろうか? 人を殺すことに躊躇がないということに。

「そうであろうな。誰もがはじめは恐怖を感じるが、次第にそれに慣れていく。だからこそ、戦は続くのかも知れん」

 優哉の言に頷きながらそう言うと、アヴィネスは改めて優哉へと向き直る。

「優哉。平和な御代にて生きていた貴様に、そして友人達から平和な暮らしを奪ったことは、許せんだろう。だが、私にも大望はある。皇室の権威を取り戻し、貴族の跋扈する帝国を正すことと、大陸を制するという大望がな。そのために、貴様らを利用しようとしてもいる」

 はっきりと優哉を見据え、そう口を開いたアヴィネス。

 その目には、普段の冷徹さや戦場における狂気の色はない。

「改めて問う。祖国を救うと同時に、最後まで私と戦ってくれるか?」

 そして、ゆっくりと手を差し伸べ、静かに問いかけてくるアヴィネス。唐突ではあったが、これは彼女なりの救いなのであろう。

「正直に言えば、戦いなんていやですよ。喜々としてやるものじゃない。その辺りを考えれば、アヴィネス様とは相容れない」

 そう言うと、優哉は一端言葉を切る。

 相容れない。そう告げた優哉ではあったが、アヴィネスは無言でその後に続く言葉を待っている。

「ですが、アヴィネス様の思いも分かるつもりです。危険な戦いに挑んだのも、有能な招聘の力を謀ると同時に、自身に対して信頼を勝ち得るため。そして、真摯に自身の大望と向き合おうとしている。だったら、俺も出来ることをするつもりです」

 そう言うと、優哉は静かに差し出された手を取り、握りしめる。

「最後まで。というのは分かりませんが、精一杯、お仕えいたしますよ。皇女殿下」

「そうか。……ありがとう」

 そんな優哉の言に、アヴィネスは僅かながら笑みを浮かべながら頷く。思えば、アヴィネスの笑顔を見たのはこれがはじめてかも知れなかった。

「はじめて見ました……」

「なにをだ?」

「アヴィネス様の笑顔です。普段も、きれいですけど。笑顔は、本当にきれいですよ」

「ばっ、ばかもの。何を真顔で言っているかっ」

「あっ!? い、今のは聞かなかったことにしてください」

「無茶を言うなっ。ま、まあ、私の美貌に籠絡されるのは当然であるがな。貴様も、男の子だ。うん」

「照れた顔はかわいい、って、俺は何をっ!?」

「こっちの台詞だ。馬鹿者ーーーーーーーっっっっっ!!!!!」

 そして、はっきりとその感想を口にしてしまった優哉は、自身の言葉にあわてるも、正面からそのような事を告げられたアヴィネスはただただ困惑するしかなかった。


 戦いの後の平穏。

 大地を血に染める皇女と全てを凍てつかせる勇者のモノとは思えないほどの初々しさを持ったやり取りであったが、彼らにとって、この時の平穏は二度と忘れることのできぬものになるのであった。


 一つの戦いが終わり、新たな戦いの扉は今か今かと開かれようとしているのであった。

 そして、彼らに待ち受ける運命……。その先にある事実を知る者は誰もいなかった。

以上で完結となります。

展開としては、序章完結になりますが、どうしても納得のいく形に物語が終わりそうになかったため、一端この辺りで物語を締めたいと思います。


応援してくれた皆様、大変ありがとうございました。

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