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第15話 開戦

「何かの間違いではないのか?」



 セデュール王朝第7軍団指揮官、イズディーンは、斥候からの報告に思わずそう声を漏らした。


 日の落ちたる原野に灯った無数の炎。それは、遙か北方にあるアレンの町にて野営するユディアーヌ軍の存在を知らせる松明であるというのである。


 本来であれば、こちらの掲げる松明や喊声に恐れおののき、なすがままに包囲されるか虚を突かれた猛獣の如く突進してくるかの二択であるはずの敵軍が、眼前にて堂々とこちらに向かってきているのである。



「包囲網の直中に飛び込んできたというのか? ……致し方ない。こちらで迎え撃つぞっ!! 左右の第5,第9軍に伝令を飛ばせっ」



 予想外の事態に唇を嚼んだイズディーンは、そう言うと全身を支配していた動揺を吹き飛ばし、剣を手に配下の将兵達へと向き直る。


 一瞬の恐慌に支配されようとしていた将兵達も、それによって徐々に戦意を取り戻していく。


 もともと、正面から敵と相対する役割が与えられていたのであり、それに対する高い戦意を全員が抱いていたのである。


 もっとも、高い戦意の割に、実際の役割は囮と呼んでも差し支えがない。


 国境を侵犯し、前線にあるアレンの町を占拠し、そこに拠点を置くユディアーヌ軍に対し、正面戦闘を挑む。


 馬鹿正直な攻勢ではあったが、敵との交戦中に左右より接近した第5,第9軍団が彼らを包囲し、これを殲滅する。


 およそ二万の侵略軍に対し、こちらは倍以上の5万を揃えているのである。正面決戦を挑んだところで、地の利や補給面を考えても戦力は圧倒している。


 となれば、敵は大軍に対して小さく固まることで防御に徹してくるか、占拠の打開を見て一転に戦力を集中してくるか、それとも一目散に逃げ帰るかのいずれかとも言える。


 そして、大軍の圧力に押された軍は、大抵が密集して防御に徹してくる方法をとり、指揮官が勇猛か愚物であれば、決戦を挑んでくる。


 どちらにせよ、主導権を握ることが出来るのはこちらのはずであったのだ。


 しかし、イズディーンや第5、第9軍団の指揮官である、ジャルジャル、クトズの両名は、今回の戦いあって、一抹の不安を感じてもいた。



 相手は帝国が誇る『流血皇女』。



 戦場において、数多の将兵の血をすすってきた鮮血の姫君として、としてセデュールはおろか、大陸各国にて畏怖されかつ憎まれる人物に率いられた軍団が相手であると言う事であった。


 それ故に、倍する兵力での正面からの分断作戦や果敢な決戦を挑まなかったのである。


 だが、結果として包囲されるはずの敵は、彼ら第7軍団の眼前にあり、予定された囮の役目を果たす時は、予想を遙かに繰り上げて実行されることとなった。


 その事実に、指揮官たるイズディーンが一瞬瞑目した後、無数の炎の一つが、激しい光を放って燃え上がる様が見て取れた。



「来るぞっ!!」



 思わずそう叫び、剣を抜き放ったイズディーンは、それを眼前にて掲げ、固く握りしめると、それまで通常の曲刀であったそれが、赤き炎の如き色を帯び始める。


 それを待って馬に鞭を入れ、虚空へと跳躍すると飛来した無数の火球を躊躇うことなく斬り捨てる。




「敵は愚かにも、我が術中に嵌り、包囲陣の中に投入せり。やがて、第5,第9軍団が駆けつけてくる。そうなれば、敵を挟み撃ちに出来るぞ。同志達よ、異教徒の血を天に捧げるのだっ!!」



 飛来する火球の残火が、夜空に散華し、闇を照らしていく。


 予想外の攻勢に対するセデュール軍の意気は、そんな指揮官の勇猛さによって今や最高潮に達しようとしていた。



 そんな最中。一条の光跡が、闇夜を引き裂くように疾走していく。



「っ!?」



 イズディーンがそれに気付いたのは、自身の額にそれが突き立つほんの数瞬前のこと。


 そして、自身を貫いたことを自覚したのは、大地に投げ出され、意識が漆黒の闇に沈んでいくほんの一瞬のことであった。



◇◆◇◆◇



「……敵指揮官を撃破。これより、敵正面に突撃する。続け」



 静寂を破るように、凍土の如き冷静さを持った声が、原野に響き渡る。


 決して小さな声ではないが、それが耳に届いた者達にとっては、声の主、ヴェロスの呟きとしか思えぬような、それほどに小さな声のように感じていた。


 しかし、それが決して呟きなどではないことは、彼の背後に続く直属部隊二千が、一騎の乱れもなく弓をかまえ、突撃していく様が証明している。


 静寂に支配されていた原野を踏みにじりながら疾駆し、再び弓を構えるヴェロスとその部下達。


 彼らの手から引き絞られた弓が、まるで生きているかのように自身の身体を踊らせると、闇夜の中を無数の矢が飛来していき、その都度セデュール兵達を貫いていく。


 その様を見て取った第二陣のフリッツ隊が重装騎兵を先頭にその後に続き、歩兵主体のシュメイル隊が翼を広げた鳳の如く展開し、両者の背後を支えていく。


 やがて、正面から敵陣へと突撃するかのように思われたヴェロス隊は、セデュール第五軍団の眼前にて横に逸れ、なおも留まることなく全軍に矢を射掛け、崩れたところに府立の騎兵と軽装歩兵が突撃し、漏れ出た敵をシュメイルが叩きつぶしていく。


 先ほどまで、意気揚々と喊声を上げていたセデュール軍は、ほんの僅かな間に一方的な殺戮の被害者へと姿を変えようとしていた。




「さすがだな。……それにしても、どこからあれほどの男を見出したのだか」


「いいんですかぁ? そんなのんきなことを言って? 事が起これば、あの男と対峙することになるんじゃないですか?」


「そうなれば、それでいい。楽しみだ」




 そして、軍団最後方にて戦況を見つめるアヴィネスは、三隊が圧倒しはじめている敵軍の様を見据えつつ、その状況を作り出した男の姿にほくそ笑む。


 それに対し、馬を並べているベルサリアがあきれたような口調でそう告げるも、そんな事実すらアヴィネスにとっては歓楽の一つでもあるかのように肩をすくめる。



「まあ、こうなれば後は貴様らに任せても問題あるまい。ベルサリア。私の麾下も貸してやる。徹底的に殺し尽くせ」


「はい……。でも、いいんですか?」


「確実に勝つためだ。少なくとも、他の二軍が合流すれば、まだこちらより数は多い。ヴェロスとていつまでも敵を圧倒するのは不可能であろう」



 特に表情を改めることなくそう告げたアヴィネスは、今もなお敵の周囲を駆け巡りながら矢を射掛け続ける男へと視線を向けている。


 たしかに、包囲展開中の二軍が合流して迫ってくれば、背後を突かれる可能性もある。だが、兵力差を鑑みれば、如何に戦況では圧倒していても、そんな優位は簡単に崩されるのだ。



「たしかに、敵にちょっとはキレる指揮官がいれば、そうするでしょうね。もっとも、元からまとまっていればこんな無様な結果にはならなかったんでしょうが」


「そう言うことだ。とはいえ、ここまでの乱戦になっては面白くもない」


「…………。あなたを敵にはしたくないですね」


「そうか。まあ、ここは頼んだぞ。優哉、美波、朱音。付いてこい」




 その状況を鑑みつつ、ベルサリアは頷きながらアヴィネスへと視線を向ける。だが、自身の上役であり、今回の戦いの最高指揮官が本音とともに作りだした表情は、普段から冷静な彼女をして、思わず息を飲まざるにはいられないほどの気分にさせる。



 乱戦では、力を振るうことは出来ない。



 言外にそう告げたアヴィネスであったが、その真意が大言ではないことを、ベルサリアは良く知っていた。


 そして、自分達以上に、敵軍に畏怖されている眼前の皇女の力のことを。


 そんな皇女が、新たに得た勇者達。彼らの力が、皇女の宴をどれだけ盛り上げることになるのか、今現在の彼女には予想も出来なかった。



「リーナ。用意は出来ているか?」


「あ、は~い。出来てま~すよ~」



 そんな声とともに、その場に用意された転移方陣へと写っていくアヴィネスと勇者達。ほどなくその姿が消え、彼女の耳には前線にて交わされる剣戟の音だけが轟いている。


 しかし、眼前から皇女の姿が消えた途端、フッと肩の荷が下りたような気分にベルサリアはなっていた。




「しかし、馬鹿なもんだね。アドリアード公も、あんな化け物を相手に戦おうって言うんだし、他の貴族連中もまた」



 一人独白しつつ、前方にて派手に立ち回るフリッツの姿が目に写る。


 ああして純粋に戦い続ける若者すらも、いずれは政争の道具となる。いや、すでに成っていると言った方が正しいのかとベルサリアは思う。


 だが、彼女と敵対したモノに待っているのは、流血を伴う破滅でしかないだろう。


 少なくとも、門閥貴族同士の水面下の抗争を老いを感じ始める年にまで生き抜いてきたベルサリアには、それが本能的に察することが出来ているのだ。



「ま、今は期待に応えておくしかないな。総員、戦闘態勢っ!!」



 静かに呟くと、ベルサリアは引かれてきた馬に飛び乗ると、そう声を上げる。無言にて命を待つ直属の兵達が一斉に視線を向け、それを受けたベルサリアは淀みなく指示を麾下の兵達に告げていく。



 この時、セデュール第7軍団の命運は、決定したのだった。

 


◇◆◇◆◇




 光が消えると、剣戟の音は消え去っていた。


 代わりに耳に届くのは、大地を踏みしめる、何かが蠢く音。地をゆっくりと揺らしながら、確実にそれは近づいてきていることがよく分かる。



「この先に……」


「ああ。敵第9軍団およそ一万七千。女将軍ジャルジャルに率いられた、セデュールでも勇猛な軍団だ」



 優哉が闇夜に轟く足音と、それに伴う殺気を肌で感じながらそう口を開くと、アヴィネスは表情を崩さぬままそう告げる。


 心なしか、その声には喜色が含まれているように思えた。実際、彼女が眼前の戦いを心待ちにしているという事は、理解できるのだが。



「それを、私達だけで?」


「うむ。私が一万。優哉と美波で三千五百づつ討てば問題ないな」


「い、いくら何でも無茶ですよ」



 至極真っ当な疑問を口にした美波に対し、アヴィネスはさも簡単なように口を開く。実際の所、こちらの手で全滅させることはさすがの彼女でも不可能であることは分かっている。


 だが、闇夜にいるはずもない敵から受ける奇襲の。それも、数人の手によって、まるで数万規模の敵に匹敵する攻撃を受けるのである。



 そうなった敵がどうなるか? 結果は見えている。



 アヴィネスが思い描いた意図はそんなところであるのだが、そんな事情を知るよしもない、優哉は表情を強ばらせるしか無く、アヴィネスに対して反問する。




「そうか? この前の獣どもには足も及ばぬ連中だぞ? 加えて、ヤツ等のように地に忠実でもないから、少しでも脅せばすぐに散っていくぞ」



 そんな優哉の言に、過日に相対した獣王とその臣下達との戦いを口にするアヴィネス。


 今回の相手は、あくまでも戦のために動員された兵が大半であり、戦に生きている人間とは本質的に異なるのだと彼女は思っていた。



「さきほどは、勇猛だとおっしゃっていましたが?」


「勇猛さ。自分達が有利であるならばな。だが、見えない敵からの攻勢には、どう反応するかな?」


「そ、それは……」


「まあいい。貴様らが勇者であることを、存分に相手に知らしめてやればいい。リーナ。用意は?」


「はいです~。いつでも行けますよ~?」


「よし。優哉、以前のように、氷の刃を意識し、敵に仕向けろ。美波、貴様は光であったな。補助が中心の刻印でもあるが、数少ない攻撃法術は強力だ。学んだことを生かせ。朱音。貴様の聖法術は、基本的には肉体を癒し、それを回復させる。だが、当然攻勢に使役できるモノもある。貴様も、フリッツ等から受けた指導をしっかりと生かせ」



「は、はいっ」


「分かりました」


「全力を尽くします」



 そうした問答の間に、敵軍はすぐ側にまで前進してきていた。


 となれば、やれることは一つ。眼前の敵を屠る事のみ。だが、アヴィネスは敵を倒すことではなく、自身の中にある経験則や学習の過程を脳裏に思い浮かべさせる。


 魔力に関してはそこいらの魔術師では及ぶこともないほど。そんな力を持った者達は、敵に対する意識より、自身の内面に向けさえた方が結果は出やすい。


 そう判断した結果の言であり、戦に対する恐怖に震える三人にとっては、戦いの意識が僅かでも逸れていくことこそが肝要であるのだった。



「さて、見せてくれ。貴様達が、我が臣下であるに足りることを」


 静かに、そう呟いたアヴィネス。


 彼女の眼前にて、取り取りの光が眩く輝き、それが眼前の闇間へと襲いかかっていくのにそれほどの時間は掛からなかった。

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