第4話
住んでいるマンションの部屋に着くなり、顔色を無くした叔母に出迎えられ、実乃里は驚く。
「叔母さん? どうしたの、仕事は?」
「律くんから、会社に電話もらって。半休もらって飛んで来たの」
「ええっ? 大丈夫なの?」
「まぁ、大丈夫よ。このところ休日出勤も多くて、どうせ振休(振替休日)も取らなきゃだったし」
実乃里は現在、大学に程近いこの叔母のマンションに住まわせてもらっている。
大学に受かった時は、実家から通うつもりだったが、県境を越えて2時間という距離は、実際通いはじめてみると、なかなか辛いものがあった。
叔母の好意で、マンションに同居させてもらえるようになって、通うのが随分楽になった。今まで断っていた、コンパなどにも参加できるようになって。
そしてーー。
………あれ? …………あれは………。
「で、どういうつもりなの?」
何か思いだしかけていた実乃里は、叔母の声で現実に引き戻される。
叔母は実乃里ではなく。彼女を送ってきた律を見据えていた。
「節度ある交際、というと古臭く思われるかもしれないけど。学生の間は妊娠を避けるくらいの分別はあってしかるべきだと思うんだけど?」
こういうことは、男の側が気を付けるべきじゃないかしら?
厳しい口調で言う叔母に、律はまるで悪びれず。
「まあ、気を付けてはいたんですけどね。それ以上にこの子の」
と、実乃里の腹部に手をかざす。「この世に生まれてきたいっていう気持ちの方が強かった訳で」 致し方ないですね。などといけしゃあしゃあと言う律に、叔母は目をむく。
「そんなことより、実乃里、調子悪そうなんで休ませますんで。おーい、実乃里。パジャマに着替えるだろ?」
「そんなこと、ですって!? ちょっと待ちなさい!」
叔母の怒りなどどこ吹く風と、勝手知ったる、という様子で実乃里を彼女の部屋に引っ張っていく律に。
「ちょっ、何、律?」
「実乃里! あんた私が居ないときに、その彼、部屋に上げてたんじゃないでしょうね?」
「ち、違……っ!」
それとも、違わないのだろうか?
……分からない、何も。
こんなに不安な時に、自分の記憶にさえ自信が持てないというのはとても恐いことだ。
そして。
何かを忘れているのかもしれないのに。大事なことだったのかもしれないのに。それを思い出したいとは全く思えない自分も、何故か空恐ろしくてならなかった。
※2月13日、最後の何行かを加筆修正しました。