第2話
もはや何から考えてよいのか分からない状態で、実乃里はふらふらと病院を後にした。
「はーい、実乃里。実乃里、こっちこっち」
心得顔の男に肩を抱かれ、駐車場へと誘導されていることも意識の外だ。
そのまま、車の助手席に座らされ、シートベルトを締められる。
はっと気づいて降りようとドアに手をかけた時には、車は既に滑らかに発進していた。
「さっき会計の待ちの間に、実乃里の家に電話入れといたから」
「え、ええーっ!」
「真っ直ぐ家に送ってくよ。いやぁ、二人きりで祝杯も捨てがたかったんだけど。実乃里、体調良くないし。今は飲めないしね」
「電話って、何話したの? 何か変なこと言ったんじゃ……」
「変なことなんて言ってないよ。ありのままを話しただけで」
「ありのままって、何ーーーっ!」
実乃里の叫びに、律は呑気な笑い声で応える。
どうしてこんなことに、と、実乃里は頭を抱える。
初めて会った時から、妙な人だなぁ、とは思っていた。
そもそも 同じ大学とは言っても、学生数も多く、そもそも学部が違うとキャンパスも違い、構内で出会う可能性も低い。
最初に見かけたのは、公園のベンチでだった。
晴れたいい陽気の日で、ちょうど講義の間も空いていたし外に出ようと、売店でサンドイッチを買って、ベンチでお昼を食べていた時。
目の端に、ちらちらと明るい光が見えた気がして、実乃里は顔を上げた。
と、向かいのベンチに座って、不思議なパフォーマンスをしている男の人が見えた。
パフォーマンス、という程でも無かったのかもしれない、本人にしてみれば。ただ缶コーヒーとコーラで、お手玉していたというだけのことなのだろう。
ただ、その缶が、通常ではあり得ない軌跡を描いて、しかもちゃんと手の中に収まっていたこと。そして、手のひらから、何かキラキラした光が溢れて、両方の缶をぼうっと包んでいたことが、不思議だった。
……キレイ。
目が吸い寄せられるままに眺めていると、男の人は缶を操ったまま、いつの間にか実乃里の目の前に立っていた。
「面白い?」
「ええ。手品みたい」急に話しかけられて、何故か自然に答えていた。
「手品ねえ。まぁ、そうかな」
「やっぱり。手品師なんだ。 その光、どうやってるの?」
「光?」
「その手から出してる、キラキラしたの。缶に絡まるみたいになってるでしょ? それって……」
話している途中、ふと何かの気配を感じ。実乃里は男の手元から視線を上げる、と。
「へーえぇ」男は、実乃里にぐっと顔を近付け、まじまじと眺め。
楽しげに、にいっと笑う。「あんた、見えるんだ」
「え……?」
妙に懐っこく笑いながら、隣に腰かける。
「その売店の袋。あんた、そこの大学の学生?」
「え? うん、そうだけど」
「へぇ、そっかラッキーだな」
……ラッキーって、何が?
「俺と同じ大学ってことは、俺が確保していいってことだよな」
何か、不穏な気配が漂ってくる気がするのは……気のせい?
「これからよろしくな」気付くと手を取られ、握手されていた。
それが、始まりだった。