第1話 ー 実乃里
「ご懐妊ですね」
「え…?」
一瞬、何を言われたのか分からず、実乃里は、口を開けたまま固まってしまった。
「ほらぁ 、俺の言ってたとおりじゃん」診察室まで勝手に入り込んでいた男が、後ろから得意気に言うのも耳に入らず。
「あ、あのっ。何かの間違いですよね? その、冗談とか?」
取り乱す実乃里を、医師は穏やかに見返し。
「いいえ、間違いではありませんよ」
「そんな! だ、だって、私、今まで一度も……、その、心当たりが全然ないんですけど?」
「大丈夫。俺にはたっぷり、心当たりあるから」
上ずった声を出す実乃里の肩を抱き、あっけらかんと言う男に。
「あんたにあっても、私には、無ーいっ!」
実乃里は振り向きざまに、パンチを食らわせた。……つもりが、避けられてバランスを崩したところを抱き止められ、よけいムカつく。
久住実乃里。十九歳。もうすぐ二十歳、大学二年生。
彼氏いない歴、年齢と同じ。
ちょっと妙な感じの男に、勝手に『俺の』認定されてはいるけど、ピカピカの処女を守ってきた、はずなのに……。
それが……なんで?
「おい、律。妊婦を興奮させるな」
「いやぁ、ワルいな。人前ではあまりジャレつくなって言ってんだけどな」
「いやいや、そういう問題じゃないから」
医師と男の、妙に馴染んだやりとりに、実乃里はハッと目を上げる。
そうだ。そもそも、この病院に彼女を引きずって来たのは、律だった。
小林律。学部は違うが、実乃里と同じ大学の三年生。知り合ったその日から、何故か実乃里を『自分のモノ』認定して、勝手にあちこち引き回したり、世話を焼いたり。
今日も今日とて、気分が悪いという彼女に、いきなり『俺の子か?』などと言い出し、既成事実もないのに、無理矢理婦人科に引っ張ってきて。
医師に否定されれば納得するかと、好きにさせていたら、とんでもない話で。
驚愕させられたが、やっと話が見えてきた。
「先生、律の仲間なんですね。それで口裏を合わせてただけなんですね」
ほっとした顔で言う実乃里に、医師は苦笑気味に。
「いいえ、あなたのご懐妊は本当ですよ。疑問があるなら、他の病院も受診されることをお勧めします」
いわゆる、セカンドオピニオンですね。穏やかに、医師は続ける。
「それから、私は彼の仲間ではありません。同族でもありませんし」
「え……?」
「私もマレビトではありますが、同じ種族ではないんです」
それで言うなら、彼の仲間なのは、あなたですよね。
ーー涼しい声で言う医師を、実乃里は呆然と見返した。