『駄賃』【掌編・ファンタジー】
『駄賃』作:山田文公社
ネルフェット通りはいつも人通りが絶えないほど賑やかで、都市の玄関口として発展している。南には大陸でも最高の港を抱えていて、朝から晩まで船が港に出入りしている。荷物が流れる所に人が流れ、流れがある場所は自然に栄える。そこに人がいるから商売人が店を出し、人寄せが集まって見せ物や占い師が居を構えて軒を連ねる。ネルフェット通りは港から都市へと続く街道を結ぶ表通りなのだ。その表通りから路地を抜けて通りを三本ほど東に抜けた所にある、もう一つの通りにランプ亭は店を構えている。表通りが特等地なら、ここエルネット通りは三等地と称しても差し支えないほど、主流の通りから外れた所にある。
かつてはエルネット通りも表通りであったが、新しく出来た港にあわせて大きくひろげられたネルフエット通りに主役の座を奪われたのだ。それから店は寂れてしまった。ここに泊まりに来る客は先代の親父の顔馴染みぐらいのものだろう。しかもその親父も5年ほど前に病気で倒れて、その代わりを親父さんの妻である。レベッカが一人で切り盛りしている。
そして俺はカウンターを挟んで、レベッカから宿賃の催促を受けている最中なのだ。
「で、もうあんた3週間も宿賃滞納してるんだけど、いつ払ってくれるの?」
実際手持ちの金はほとんど無く、支払いの見込みなど無かった。レベッカの視線が突き刺さる。
「もう少し待ってくれ、収入の見込みがあるから」
レベッカは胡散臭そうのこちらを見ながら、尋ねてきた。
「それはどんな仕事で、どれぐらいの報酬?」
答えようにも仕事などないし、報酬など支払われない。当然レベッカはその辺りも見越して質問しているのだから、実に狡猾で底意地が悪い。
「旦那のよしみで部屋を貸しているけどさ、うちもかなり厳しい経営で居候を囲えるほどの余裕もないんだよね」
レベッカは腕を組み、こちらを見てため息を漏らしている。それは無言で部屋を出て行くように告げているのだ。実際のところは、もうその覚悟はしていた。しかし出来ればもう少しだけ、あの部屋を間借りしていたいのも事実だった。
どう答えたら良いか悩んでいる所で、ランプ亭に来訪者があった。レベッカは愛想良く来訪者に尋ねると、来訪者は道を尋ねてきた。
「すいません、突然ながらレベナルト商店街はどちらにあるのでしょうか?」
レベッカはこちらを見て、来訪者に見えないように親指で俺に指示を下してきた。それは俺に案内しろと言う合図であった。
「良かったら案内しましょうか?」
俺が来訪者の男に尋ねると、男は喜んで聞き返してきた
「良いんですか? 助かります、どうも皆さん説明には困っている様子でしたけど、そんなに入り組んだ所にあるのですか?」
来訪者の質問はどうやら初心者であることを物語っていた。
「あそこは街の外郭に沿って立てられた場所で、スラム街区よりで危険な所ですよ」
この街で育っているなら、あのスラム街をしらない物はいない。それだけにあまり見知らぬ余所者をあの場所に連れて行く事に気がひけた。
「どうしても行かなくてはならないので、無論案内して頂けたなら報酬もお支払いをお約束します」
俺は来訪者の予想外の提案にしばらく言葉を失っていた。
「一応少ないですが、前払いで5金貨お支払いします」
宿賃の10日分にあたる額だった。俺は席を立ち上がり、ぎくしゃくしながら慣れない丁寧な言葉で応対した。
「じゃあ、すぐに案内します……そうだ、俺はリックって言いますよろしく」
そう言って俺は来訪者の男に右手を差し出した。
「ああ、これはご丁寧にどうも、私はラドモント・ネフェス、旅の商人をしております、こちらはギルド発行の行商許可証です」
そう言いラドモンドは胸にから下げている、行商許可証を俺に見せた。ギルドとは組合であり互助組織の通称である。それぞれに色々なギルドがあるのだ。
「ではさっそくリックさん、案内の方ヨロシクお願いします」
握手したまま、ラドモンドは俺にお願いしてきた。
それはもう実に簡単な仕事だった。俺はラドモンドを連れて外周付近へと来た。
外周付近はいつも薄暗い印象があった。道脇や狭い路地には孤児と老人がいつでも物乞いをしている。そこへラドモンドを連れて来たのだ。ラドモンドは目を輝かせながら、辺りを伺っていた。
「ありがとうございますリックさん、これで助かりました」
そう言ってラドモンドは残りの15金貨を支払ってくれた。俺はその金貨の詰まった小さな白い革袋を受け取ると、意気揚々とランプ亭に戻った。
「お帰り、で報酬だけど……」
そう言いレベッカは人差し指で拱くようにして、差し出すように催促してきた。
「ほら、これなら文句ないだろ?」
俺は革袋をレベッカに投げると、それを片手で受け取って中身を確認して、俺に微笑み言った。
「ついてる男だね」
そう言い鼻息を吹き出すようにして笑った。
「この調子で次の支払いお願いしますよ」
レベッカは嫌味交じりに丁寧にそう言い、カウンターにエール酒の入ったジョッキ樽を置いた。とはいえ今回の報酬は破格だった。道案内だけでこんなに支払ってもらえる事は決してない。
何か裏があるのは間違いないのだが、それは後日依頼として舞い込んでくる話で判る事になる、しかしそれはまた別の話。たかだか宿賃の支払いで揉めて、たかだか道案内の駄賃で破格の20金貨を受け取り助かった。今は素直に依頼主のラドモンドに感謝しよう。
カウンターに座りエール酒の入ったジョッキを片手に、アルコールが胃袋から脳に染み込んでいくのを感じながら、夜は更けていくのだった。
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