表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

お望み通り悪役令嬢になって差し上げます

作者: のぞ
掲載日:2026/08/12

目を止めていただきありがとうございます。

もし少しでも記憶に残ったら、評価や感想など頂けると嬉しいです!

公爵令嬢レティシア・フォン・ヴァルハルトは、半年後に学園を卒業次第、婚約者である第二王子のアルベルトと結婚し入り婿に迎える予定の、どことなく近寄り難い空気を持つ美少女だ。


そんな彼女の日常に、異物が混入した。


いきなり胸倉を掴まれた瞬間に理解した――この少女は“現実”を見ていない。いや、正確には“見えている現実の種類が違う”。


「アンタも転生者なんでしょ!」


「……は?」


王立学園の中庭。平民出身の聖女マリアベルは、怒りに顔を歪めていた。桃色の髪、宝石のような瞳。誰もが“聖女”と呼ぶ少女は、今やその称号にふさわしくないほど、感情の制御を失っている。


レティシアは掴まれた腕の痛みよりも、その言葉の意味の方に意識を向けていた。転生者。ゲーム。攻略。


――単語は理解できる。だが、意味が繋がらない。


「悪役令嬢のくせに! なんで私を虐めないのよ!」


レティシアは一切動かない。怒りも、困惑も、表情としては出さない。ただ内側で静かに“違和感”だけが積み上がっていく。


(悪役令嬢? 虐める? 何の話をしているの?)


目の前の少女は、明らかに“会話”をしていない。こちらの言葉を受け取っているのではなく、自分の中の台本を読み上げているだけだ。


「だってここ、『星の乙女と五人の王子』の世界なんでしょ!?」


その瞬間、レティシアの思考は一段階冷えた。


――ああ、これは“認識の断絶”だ。


現実を共有していない相手と対話している。そう理解した瞬間、感情はほぼ消える。代わりに観察だけが残る。


「私、知ってるんだから! アンタは悪役令嬢、レティシア・フォン・ヴァルハルト! ヒロインの私を虐めて、王子たちに嫌われて、最後は断罪されるの!」


「……」


レティシアは黙ったまま、マリアベルの瞳を見た。そこには“他者”がいない。自分の物語しか存在していない目だ。


(私を見ていない。私という個人を認識していないわ)


「なのに全然イベントが起きないじゃない!」


焦り。苛立ち。恐怖すら混じった声。


「階段から突き落とすイベントもない! 教科書を破るイベントもない! お茶会で嫌味を言うイベントもない!」


周囲の空気がざわつく。だがレティシアの内側は逆に静かになっていく。


(イベント? 何を基準に“起きるべき出来事”を語っているの?)


「おかげで攻略が進まないのよ!」


その言葉で、確信に変わる。


――この少女は、現実を“進行する物語”として扱っている。


レティシアは一度だけ瞬きをした。感情の揺れを整えるためではない。理解の歪みを固定するためだ。


「つまり、私に悪役になれと言っているの?」


「そうよ!」


即答。迷いがない。


「あなたを虐めろと?」


「そう!」


レティシアはそこで初めて、わずかに目を細めた。怒りではない。嫌悪でもない。ただ純粋な“異物認識”。


「……馬鹿なの?」


その一言は、感情ではなく結論だった。

空気が凍る。だがマリアベルは凍らない。凍る世界にいない。


「私はあなたを虐める理由なんてないわ」


「でもゲームでは――」


「ゲーム?」


その単語を聞いた瞬間、レティシアの中で何かが“切り替わる”。


(ああ、これは対話ではない)


一歩、踏み出す。距離が詰まる。


「あなた、現実とゲームの区別もつかないの?」


声は静かだ。静かすぎて、周囲の空気が逆に重くなる。


「ここは私が生きている現実よ」


「でも……」


マリアベルの声が一瞬だけ揺れる。初めて“想定外”に触れたような揺らぎ。だがすぐに戻る。


「私には家族がいる。友人がいる。仕える者がいる。王国がある」


一言ずつ、切り分けるように告げる。それは説得ではない。境界線の宣言だ。


「そして、あなたが何者だろうと、私には関係ない」


その瞬間、マリアベルの中で何かが噛み合わなくなる気配がした。


――理解できないものを拒絶しているのではない。


――理解そのものが存在していない。


レティシアはそこで初めて、ほんのわずかに“危険”を感じた。


(このまま放置すれば、現実の方を壊す)


その場はそれで終わった。だが終わったのは“会話”だけだった。


マリアベルの中では、まだ物語が続いている。

そしてレティシアの中では、別の意味で“処理対象”として記録が残った。


――この少女は、修正不能かもしれない。

その認識だけが、静かに沈殿していった。


翌朝。


レティシアはいつも通り、午前六時に目を覚ました。


公爵令嬢としては早すぎる時間ではない。ヴァルハルト家の人間にとっては、むしろ遅い。


「お嬢様。おはようございます」


侍女のエリナがカーテンを開ける。


「おはよう」


「昨夜の件ですが」


「報告して」


エリナは一礼した。


「聖女マリアベル様は、昨夜遅くまで神殿関係者と話をしていたようです」


「内容は?」


「お嬢様が聖女様に嫉妬している、と」


レティシアは眉を上げた。


「私が?」


「はい」


「嫉妬する理由がないでしょう」


「私もそう思います」


「それから?」


「王太子殿下や第二王子殿下と親しくなるため、お嬢様が邪魔をしている、と」


レティシアは黙った。

そして小さく息を吐く。


「なるほど」


「お嬢様?」


「昨日、私が悪役になれと言われたでしょう」


「はい」


「なら、あの子の中では、私が何もしないことそのものが“おかしな展開”なのね」


「……そのようです」


「面倒ね」


レティシアはベッドから降りた。


「朝食を」


「かしこまりました」


「それと、お父様に連絡を」


エリナの表情が変わる。


「旦那様に?」


「ええ。聖女について調べたいことがあると伝えて」


ヴァルハルト公爵家は、王国の暗部を担う。


表向きには、国内でもっとも王家に忠実な名門公爵家。しかしその実態は、王家直属の諜報機関に近い。


誰がどこで何をしているのか。

誰が誰に金を流しているのか。

誰が国家転覆を企んでいるのか。


必要なら、証拠を集め、処罰し、時には存在そのものを消す。レティシアは幼い頃から、その仕事を教え込まれていた。


だからこそ、マリアベルの異常さを放置するという選択肢は、最初から存在しなかった。


調査を始めて三日。


レティシアは、想像以上の事実を知ることになる。


「聖女マリアベルの入学以前の記録だ」


父であるヴァルハルト公爵が、重い封蝋の施された書類を差し出した。


「孤児院育ち。十六歳。魔力適性は極めて高い。神託を受けたのは一か月前」


「問題は?」


「神託以前の記録が、妙に少ない」


「……少ない?」


父は一枚の紙を指で叩いた。


「出生記録がない」


レティシアの目が細くなる。


「孤児院に入った経緯は?」


「本人曰く、幼い頃に両親を亡くした」


「その両親は?」


「不明」


「不明?」


「墓もない。親族もいない」


レティシアは書類をめくった。


「では、神託が出たこと以外、彼女を聖女と認定する根拠は?」


「神殿が保有する聖印が反応した」


「それだけ?」


「それだけだ」


レティシアは沈黙した。


神託そのものを疑っているわけではない。聖女という存在は、実際にこの国の歴史に何度も登場している。だが、マリアベルという少女には不自然な点が多すぎた。


「お父様」


「何だ?」


「彼女が言う“ゲーム”について調べられる?」


公爵は一瞬だけ黙った。


「ゲーム?」


「ええ。彼女はこの世界をゲームだと思っているの」


「……」


「冗談ではありません」


「分かっている」


公爵はため息をついた。


「お前がくだらない妄言のために私の時間を使わせるとは思っていない」


「ありがとうございます」


「ただし、調査には限界がある」


「承知しています」


「それと」


公爵は娘を見る。


「その少女に関わるな」


「なぜ?」


「お前が怒っている顔をしているからだ」


レティシアは一瞬、無表情になった。


「……怒っていません」


「昔からお前は、怒るほど冷静になる」


「では問題ありません」


「問題だ」


公爵は即答した。


「お前が本気で怒った時、相手がどうなるかを私は知っている」


レティシアは答えなかった。


その日の午後、事件が起きた。

レティシアの教科書が、黒いインクで汚されていた。


机の上には、破られた便箋。


そこにはこう書かれていた。


『悪役令嬢なんだから、そろそろ私を虐めなさいよ』


レティシアは紙を見つめた。


「……」


隣にいた令嬢が青ざめる。


「レティシア様……」


「誰がやったか分かる?」


「分かりません」


「そう」


レティシアは紙を折った。


「先生には?」


「報告しますか?」


「いいえ」


「え?」


「私が報告する」


その日の放課後。


レティシアはマリアベルの前に立った。


「何よ」


「これ」


レティシアは汚れた教科書を見せた。


「あなたがやったのでしょう?」


「知らないわ」


即答だった。


「証拠は?」


「筆跡鑑定をすれば分かるわ」


「ふん」


マリアベルは鼻で笑った。


「悪役令嬢が証拠なんて持ち出す?」


「あなた、私を何だと思っているの?」


「悪役」


「そう」


レティシアは微笑んだ。


「なら、悪役らしく忠告してあげる」


「何よ」


「二度と私の物に触らないで」


「怖くないわよ」


マリアベルは笑った。


「どうせ最後は私が勝つんだから」


その瞬間、レティシアは、本当に腹が立った。

今までは異常な少女として見ていた。理解不能な存在として観察していた。だが、今の言葉だけは違った。


自分の努力も。

自分の家族も。

自分の人生も。


すべてを“ゲームの設定”として扱われた。


それが、どうしようもなく不快だった。


「……そう」


レティシアは笑った。


「分かったわ」


「何が?」


「あなたがそこまで望むなら」


一歩、近づく。


「本当に悪役になってあげる」


マリアベルの顔が輝いた。


「やっと!?」


「ええ」


「じゃあ明日から私を虐めてよ! そうすればイベントが――」


「違うわ」


レティシアは遮った。


「あなたが想像しているような悪役ではない」


「え?」


「私はヴァルハルト公爵家の長女よ」


声が低くなる。


「あなたが今まで知らなかった種類の悪役になってあげる」


翌日から、レティシアは動いた。


まず、学園内でマリアベルを取り囲む令嬢たちに声をかけた。


「聖女様と仲良くするなとは言わないわ」


「はい」


「ただし、金品を要求されたら断りなさい」


「え?」


「あなた方が彼女のために使った金銭は、記録しておきなさい」


次に、教師たちへ。


「聖女だからといって、規則を免除する必要はありません」


次に、王族へ。


「聖女の行動について、正式な監督制度を設けるべきです」


そして神殿へ。


「聖女の権限が何に使われているのか、記録を提出してください」


マリアベルは激怒した。


「何よこれ!」


「何か?」


「アンタが私の周りを固めてるじゃない!」


「ええ」


「ゲームの悪役令嬢はそんなことしない!」


「だから言ったでしょう」


レティシアは紅茶を口にした。


「私はあなたの知っている悪役令嬢ではないの」


「卑怯よ!」


「何が?」


「私を攻略できなくしてる!」


「それが目的なら成功しているわね」


マリアベルは唇を噛んだ。


そして翌週、事件が起きた。


王太子の婚約者である令嬢が、階段から落ちた。


幸い命に別状はなかった。だが、彼女の足元にはマリアベルの髪飾りが落ちていた。


学園は騒然となった。


「聖女様がやったのでは?」


「そんなはず……」


マリアベルは泣きながら否定した。


「私は何もしてない!」


レティシアは現場を見た。


そして、一秒で理解した。


(雑すぎる)


髪飾りが落ちている。


目撃者はいない。


犯人の痕跡はない。


「レティシア様」


エリナが耳元で囁く。


「どうしますか?」


「調べる」


「聖女を?」


「ええ」


レティシアは階段を見上げた。


「そして、犯人が誰であろうと捕まえる」


調査の結果、犯人はマリアベル本人ではなかった。しかし、マリアベルは事件が起きることを知っていた。なぜなら、彼女自身がその日の朝、友人にこう話していたからだ。


『今日は婚約破棄イベントが起きる日なの』


さらに調査を進めると、マリアベルは事件の直前に、王太子の婚約者を階段へ誘導するよう他の生徒に頼んでいたことが分かった。


本人が手を下していなくても、事件が起こるよう仕向けていた。


「……どうして?」


レティシアは尋ねた。


「どうしてこんなことを?」


「だってイベントだから」


マリアベルは当然のように答えた。


「これをきっかけに王子様が私を好きになるの」


「そのためなら、誰かが怪我をしてもいいの?」


「ゲームなんだから平気でしょ」


レティシアは、そこで完全に怒った。


静かな怒りだった。


それはヴァルハルト家の人間が最も恐れられる時の顔だった。


「分かったわ」


「何が?」


「あなたを排除する」


「え?」


「聖女であろうと関係ない」


レティシアは立ち上がった。


「この国の人間を傷つける存在なら、私が処理する」


マリアベルの顔から、初めて笑みが消えた。


「……私を、殺すの?」


「必要なら」


「悪役……」


「ええ」


レティシアは微笑んだ。


「やっと理解したようね」


だが、レティシアはマリアベルを殺さなかった。

彼女が選んだのは、もっと確実な方法だった。マリアベルが自分の足で、王国から出ていくしかない状況を作ること。


証拠を集めた。


神殿の宝物庫から無断で魔道具を持ち出したこと。


聖女の権限を利用して王族の私生活を探っていたこと。


複数の令嬢に嫌がらせをするよう指示していたこと。


事件を“イベント”として発生させるため、他人を利用していたこと。


さらに決定的だったのは、神殿の最奥部へ侵入し、封印されていた古代魔法具を持ち出そうとしていたことだった。


その効果は、現在では禁止されている【魅了】の魔法であった。


「これは……」


第二王子アルベルトは書類を読みながら、顔をしかめた。


「本当に全部、聖女本人が?」


「はい」


「証拠は?」


「揃っています」


「どうしてここまで調べられた?」


レティシアは微笑んだ。


「私は公爵家の娘ですから」


アルベルトは苦笑した。


「君の家が敵に回ると怖いという噂は、本当だったんだな」


「敵に回さなければ問題ありません」


「それはつまり?」


「私を怒らせなければ、という意味です」


「……覚えておこう」


アルベルトはため息をついた。


そして、聖女マリアベルの裁定が決まった。


聖女の資格剥奪。

神殿からの追放。

王都からの退去。

王族への接近禁止。

そして国外追放。


最後の日、マリアベルは震えていた。


「おかしい」


誰に言うでもなく呟く。


「こんなの、おかしい」


レティシアは正面に立っていた。


「ゲームと違う」


「ええ」


「私はヒロインなのよ」


「ここでは違うわ」


「攻略対象が私を選ぶはずだった」


「あなたが相手を人間として見なかったからでしょう」


「私は……」


マリアベルは泣き出した。


「私は幸せになりたかっただけなのに」


その言葉に、レティシアは一瞬だけ黙った。


幸せになりたい。

その願い自体は、悪いものではない。


「なら、覚えておきなさい」


レティシアは静かに言った。


「自分の幸せのために他人を不幸にしていい理由にはならない」


マリアベルは何も答えなかった。


やがて彼女は馬車に乗せられ、王国を去った。その背中を見送りながら、レティシアは思った。

これで終わった。


もう、自分を“悪役令嬢”と呼ぶ人間はいなくなる。そう思っていた。


しかし数日後、アルベルトから呼び出しを受けた。


「レティシア」


「はい」


「一つ、聞きたい」


「何でしょう」


「君は、婚約破棄を望んでいるか?」


「……?」



「聖女がいなくなった今、君を悪役として扱う理由もなくなった」


レティシアは首を傾げた。


「最初から、殿下が私を悪役だと思っていたことはありませんでしょう」


「ない」


即答だった。


「むしろ私は、君を最初から評価していた」


「評価?」


「冷静で、聡明で、責任感が強い」


アルベルトは少し照れたように笑った。


「それに、君は私が知っている誰よりも優しい」


「……私が?」


「困っている令嬢を助けていたことを知っている」


「それは……」


「聖女の事件でも、彼女を殺さなかった」


レティシアは黙った。


「君は冷酷に見えるが、本当に冷酷な人間なら、もっと簡単な方法を選んでいたはずだ」


「……」


「だから聞きたい」


アルベルトはレティシアを真っ直ぐ見た。


「君は、私との婚約を続けたいか?」


レティシアは少しだけ考えた。


アルベルトは優しい。よく話を聞いてくれる。


自分を公爵令嬢という肩書きだけで見ない。

そして何より、彼の前では、自分が何者なのかを説明する必要がなかった。


「はい」


レティシアは答えた。


「続けたいです」


アルベルトは笑った。


「なら、私もだ」


それから一年。


王都では、レティシアの評判が大きく変わった。

以前は“冷酷な公爵令嬢”。


今では“美しく気高い才女”。


もちろん、ヴァルハルト家が暗部を担っていることは変わらない。


レティシアも仕事を続けた。


ただ一つ変わったことがある。


仕事が終わった後、帰宅すると、待っている人がいる。


「おかえり、レティシア」


「ただいま」


「今日は遅かったな」


「少し仕事が長引いて」


「疲れただろう」


「ええ」


「では、こちらへ」


アルベルトが手を差し出す。


レティシアは、その手を取った。


「今日は何を?」


「君の好きな菓子を用意させた」


「……覚えていたの?」


「当然だろう」


レティシアは笑った。


かつてマリアベルが言った。


『この世界は私が幸せになるためにある』


あの言葉を思い出す。


今なら、少しだけ分かる。


誰かが自分のために世界を用意してくれるわけではない。


幸せは、与えられるものではない。


自分で選び、守り、時には戦って掴み取るものだ。


レティシアは、窓の外を見た。

夕暮れの王都が赤く染まっている。


「ねえ、アルベルト」


「何だ?」


「私って、やっぱり悪役令嬢なのかしら」


アルベルトは少し考えてから答えた。


「さあな」


「否定しないのね」


「君自身がそう名乗っているだろう」


「そうね」


レティシアは笑う。


「じゃあ、悪役令嬢でもいいわ」


「それでいいのか?」


「ええ」


そして、彼の肩に頭を預けた。


「だって私は、自分の人生では主人公だもの」


アルベルトは笑った。


「それなら、私は?」


「あなたは……」


レティシアは少し考えた。


「私の物語の、唯一の共犯者」


「随分と物騒な夫婦だな」


「嫌?」


「まさか」


二人は顔を見合わせて笑った。


遠い異国で、かつて聖女だった少女がどうしているのか。もうレティシアは知らない。

知ろうとも思わない。


彼女の人生から、マリアベルという登場人物は消えた。


誰かが用意した筋書きも、誰かが決めた役割も、レティシアにはもう必要なかった。


彼女は悪役令嬢になった。


聖女を排除した。


アルベルトを手に入れた。


そして何より、誰にも奪わせない幸福を、自分自身の手で掴み取ったのだ。それで十分だった。


「レティシア」


「何?」


「幸せか?」


「ええ」


レティシアは迷わず答えた。


「今までで一番」


その笑顔を見て、アルベルトもまた笑った。


物語に悪役が必要なのならば、喜んでその役を引き受けよう。


ただし――。


最後に誰が幸せになるのかを決めるのは、物語ではない。


自分自身だ。


レティシア・フォン・ヴァルハルトは、そう信じている。


そして今日も、王国の暗部を担う公爵令嬢は、愛する人の隣で笑っている。


悪役令嬢として。


一人の女として。


そして、自分自身の人生の主人公として。

さくっと読める短編

【悪役令嬢は白銀の老紳士と結婚したい!】

【典型的なドアマットヒロインが溺愛される話】

【断罪された悪役令嬢は、魔王様と恋をする】

も、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ