婚約破棄され、すべてを失いました。さて、どう反撃しましょうか?
本作は、全七章で構成された異世界恋愛短編小説です。
第五章で展開の分岐がありますので、どちらのセリフにするか選んでみてください!
一気に読んでいただいても、お気に入りの場面で一度閉じて続きを楽しんでいただいても、どちらも大歓迎です。どうか、ご自分のペースでゆっくりお付き合いください。(*‘ω‘ *)/
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第一章 完璧な令嬢の、完璧な終わり
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ルドルフ王太子と婚約するまで、五年かかった。
私は、アリステア・フォン・レイブルック。
公爵家の長女として生まれたが、その実、レイブルック家が爵位を得たのはわずか二代前のことだ。
「成り上がりの家」と陰で囁かれることも、幼い頃から知っていた。
だから私は、努力した。
礼儀作法。語学。歴史。財政。医術の基礎。
幼い頃から、一つ一つ積み上げた。
昼は師匠の前で完璧に振る舞い、夜はランプの灯りで書物を読んだ。
笑顔は正確に。姿勢は崩さない。感情は表に出さない。
王太子妃とはそういうものだと、教師や父が言った。
いつの間にか、私もそう信じた。
そして、婚約するための作戦が始まった。
十三歳の時、初めて王宮の夜会に出た。
震えていた。
でも、顔には出さないように努力した。
十四歳の時、先輩令嬢に「あなたって面白みがないのね」と言われた。
笑顔を絶やさないように努力した。
十五歳の時、ルドルフ王太子と初めて言葉を交わした。
やっぱり震えていた。
でも、顔には出さないように努力した。
十六歳の時、夜会で政治的な議論に加わり、年上の男爵たちを論破した。
翌日、父が「よくやった」と言った。
嬉しかったのに、感情を出さないように我慢した。
十七歳の時、ルドルフ王太子に「貴女がいれば、この国は安心だ」と言われた。
その翌年、正式な婚約が成立した。
嬉しかった。
でも、泣かなかった。
泣いてはいけないと思った。
「完璧な王太子妃候補」として見られることが、私の全てになっていた。
誰かに甘えたことなど、一度もなかった。
誰かに「怖い」と打ち明けたことも。
そういう感情は、ずっと奥に仕舞い込んでいた。
それが当たり前だと思っていた。
婚約してからの三年間も、緩めなかった。
王太子妃に相応しい知識を。
人脈を。
発言の重みを。
どんな場でも、隙を見せなかった。
それが、間違いだったのだと気づいたのは、もっと後のことだった。
◆
~春の夜会~
シャンデリアの光がホール全体を満たし、宝石のように着飾った貴族たちが音楽に揺れていた。
いつもと変わらない、華やかな夜のはずだった。
私は中央に立っていた。
婚約者に、怒られながら。
「アリステア・フォン・レイブルック。貴女が妹のミレイユに行ってきたことは、もはや隠しようがない」
ルドルフ王太子は静かな声で言った。
怒りではなかった。
哀れみだった。
それが一番、堪えた。
彼の隣には、妹のミレイユが寄り添っていた。
白いドレス。赤く泣き腫らした目。小刻みに震える肩。
絵に描いたような、傷ついた少女の姿だった。
(……また、ルドルフ様に何か言ったのか)
心の中だけで思った。
妹のミレイユからの嫌がらせは、今日に始まったことではない。
ルドルフ王太子も、最近はミレイユがお気に入りのようでよく二人でいるところを見る。
(いつも通り、でっち上げだから上手く話を合わせれば……)
この場で何を言っても、あの涙の前では悪役にしかなれない。それだけは分かっていた。
「今日は誤魔化せないぞ。『記録石』による証拠もある。貴女がミレイユの部屋を訪ねて、彼女の大切なものを壊し、何度も呪詛の言葉を浴びせたと」
呪詛の言葉。
大切なものを壊した。
……私は、そんなことをしていない。
いつも通りの嫌がらせ。
でも、今回は少し違う。
……『記録石』の証拠がある?
ミレイユは泣いている。
そして、ルドルフ王太子はもう私を見ていない。
「度重なる、ミレイユに対する嫌がらせ。そして、キミの性格……我慢の限界だ」
ルドルフ王太子は、息を整えてから声を上げた
「この婚約は、破棄させていただく!」
会場が静まり返った。
次の瞬間、波のような囁きが広がった。
(は……?)
私は一歩も動けなかった。
冷静さを保ち、口を開いた。
「先ほど、『記録石』と仰られていましたが、それは本物でしょうか?」
「ああ、本物だ。キミの保身のため、ここで再生することは避けよう」
「いいえ。そんなことはしていませんので、この場で披露していただけますか?」
「どうなっても知らないぞ」
ルドルフ王太子は、『記録石』に魔力を込めて記録の再生を始めた。
……嘘のはずだった。身に覚えのない事象。ただのミレイユの嫌がらせなだけ。
そのはずだった。
『ミレイユ、あなたは出来損ない…私が王太子妃になる……あなたが、私の妹だなんて…本当に恥ずかしいわ……』
(……何これ?こんなこと私、言ってない)
録音を聞いた私は、倒れなかった。泣けなかった。叫べなかった。
それが余計に、会場の冷たさを呼んだのかもしれない。
「……感情がない人ね」
「やっぱり怖い人だったのか」
「ミレイユ様が可哀想」
「アリステア様って、昔から近寄りがたかったし……」
全部、聞こえた。
一言一言、全部聞こえた。
視線が刺さった。
会場中から。
友人だと思っていた令嬢が、目が合った瞬間にそっと背を向けた。
以前よく話しかけてきた男爵令息が、私を見て、すっと違う方向に歩いていった。
数年かけて積み上げた人間関係が、一夜で崩れていくのを、私はただ立って見ていた。
(……そうか。私が王太子妃候補でなくなった瞬間、誰もいなくなるんだ)
その時、会場の隅から近づいてくる人影があった。
ソフィアだった。
妹ミレイユに仕える侍女で、私と同い年。
気が合って、いつも屈託なく笑いかけてきた。
王都で、数少ない本当の友人の一人だった。
「アリステア様……」
彼女だけが、私のことを心配そうな顔で見ていてくれていた。
「……ソフィア」
ミレイユの声がした。
「何しているの。戻りなさい」
ソフィアが、止まった。
私は彼女の目を見た。
何かを言いたそうな顔だった。
でも、立場がある。彼女はミレイユの侍女だ。
「……も、申し訳ございません」
小さな声で、彼女は言った。
そして、背を向けた。
それが、この地獄のような夜で一番、刺さった。
ルドルフ王太子がゆっくりと口を開く。
「君はミレイユの価値を理解していない。だが私は知っている。ゆえに――私の新たな婚約者は、ミレイユとする!」
「わ、私を婚約者に選んでいただけますのね」
ミレイユが涙ぐみながら言っていた。
(はめられた……)
◆
後のことは覚えていない。
気が付いたら、屋敷に戻っていた。
翌朝、父から手紙が届いた。
『家の恥を晒すな。大人しくしていなさい。お前の代わりはミレイユが担う』
短い内容だった。
封蝋もなかった。
私はその手紙を、暖炉に放り込み、
父の文字が、音もなく燃えていくのを見た。
喉の奥に何か硬いものが詰まった。
翌日も。
その翌日も。
誰も来なかった。
誰も手紙を寄越さなかった。
婚約からの三年間、王宮での付き合いはすべて、私の「役割」あってのものということだった。
数日後、王宮から辞令が届いた。
『ヴァルター侯爵領への出向を命ず。
農業振興事業補佐官として、向こう一年間勤務すること』
……左遷だ。
誰が見ても分かる、追い出しだった。
ヴァルター侯爵領。
「荒野の果て」と呼ばれる北方辺境。
農地には石が多く、冬は長く、貴族社会では送られることが「消えろ」と同義だった。
私は一人で、荷物を整理した。
コンサートのドレスは要らない。
社交用の扇子も要らない。
爵位を飾るリボンも要らない。
必要なものだけを残していく作業は、思ったより早く終わった。
私の「必要なもの」は、思ったより少なかった。
「お嬢様……っ!」
背後から声がした。
振り返ると、涙をぼろぼろ流した侍女が立っていた。
エルナだ。
ずっと仕えてきた侍女で、歳は私より三つ上。
どこか抜けているところがあって、感情がすぐ顔に出る。
「令嬢様、今日の帽子は左に傾いています!」と言いながら自分が縁石に躓くような人で、一緒にいると思わず笑ってしまう。
でも誰よりも、私のことを心配してくれた。
誰よりも、私を見ていてくれた人だった。
「……荷物をまとめて」
「わ、わかりました……っ!でもっ……」
「エルナ。泣きながら動けないでしょう。まず鼻をかんで」
「うあ゛あ……っ」
「順番が逆よ」
彼女はしゃくりあげながら荷物をまとめ始めた。
その姿を見ていたら、喉の奥の硬いものが少し緩んだ気がした。
「……一緒に行きます!」
「危険かもしれないわよ」
「それでも!お嬢様一人で泣かせるわけにはいきません!」
「……泣いてないわ」
「じゃあ、一人で強がらせるわけには、いきません」
私は少し黙った。
「……ありがとう」
エルナはまた泣いた。
出発の日、見送りは誰もいなかった。
屋敷の使用人でさえ、目を合わせなかった。
馬車の窓から王都を見た。
王太子妃になるために、すべてをかけた場所。
(あそこに、私の居場所はなくなってしまった……)
馬車が動き出した頃、一通の手紙を読むことにした。
差出人はミレイユだった。
開けたくなかった。
でも開けた。
『お姉様、ご出発おめでとうございます。
辺境の土地、きっとすぐに音を上げて帰ってくるでしょうね。
でも帰ってきても、もう王都には居場所はありませんよ。
お姉様は完璧すぎて、誰も近づけなかった。
それが全ての原因ですから、自業自得ですよね。
――ミレイユ』
読み終えた。
馬車の窓を開けて、その手紙を風に放った。
エルナが「ひどい……っ」と小声で泣いていた。
(……完璧すぎた、か)
刺さった。
私は「完璧でなければならない」と信じて生きてきた。
感情を見せれば弱いと思われる。
助けを求めれば無能と思われる。
だから、全部一人でこなした。笑顔で。淀みなく。正確に。
それが、孤独を作った。
誰も私の内側を知らなかった。
だから、誰も守ってくれなかった。
(……これから、どうしよう)
馬車はゆっくりと、北へ向かった。
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第二章 荒野と、本音と
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ヴァルター侯爵領は、噂通り荒れていた。
でも、死んではいなかった。
荒れた土地の向こうに、石造りの村が続いていた。
畑は痩せていたが、そこに人が働いていた。
子どもたちが走り回っていた。
老人が丁寧に土を耕していた。
(……生きている土地だ)
馬車が到着した時、出迎えたのは一人の男だった。
背が高かった。
無駄なものが何もない、引き締まった体。
(この人が、おそらくヴァルター侯爵だろう……)
鷹のような目が、私を一瞬だけ見た。
「……補佐官殿か」
低い声だった。
「はい。アリステア・フォン・レイブルックです。よろしくお願いいたします」
完璧な礼をした。
彼は眉を動かした。
「……王都式の挨拶はいらない。ここには形式を喜ぶ人間はいない」
「では、どういう挨拶が好ましいですか」
「働いてみせること、だ」
愛想も社交辞令もなかった。
私は少し、好感を持った。
後ろでエルナが「はぁ〜……かっこいい……あいたっ」と踏み石に躓いた。
ヴァルター侯爵が無言でちらりと見た。
私も無言でちらりと見た。
「……侍女も連れてきたのか」
「はい。エルナ、です。不慣れなことも多いですが、よろしくお願いします」
「う゛あっい……よ、よろしくお願いします……っ」
エルナは泥で汚れた手で礼をした。
ヴァルター侯爵は何も言わなかった。
ただ、眉が少し上がった気がした。
◆
翌日から、仕事が始まった。
農業振興、水路整備、村人との折衝。
王都でやっていたことは何一つ役に立たなかった。
最初の一週間、私はひたすら失敗した。
農具の使い方を間違えた。
村人の訛りが聞き取れなかった。
書類仕事を一晩で終わらせたら「そんなことより現場に来い」と言われた。
エルナも失敗続きだった。
洗濯した布を風に飛ばし、
「あ゛っ!待って待って待って——」
と叫びながら畑の中を走り抜け、村人たちに大受けしていた。
「……エルナ」
「お嬢様、ご覧ください、私のこの活躍を」
「褒められてないわよ」
「でも笑ってくれてます」
それは、確かにそうだった。
村人たちが笑っていた。
エルナのおかげで、私たちは「変な王都の人」から「面白い王都の人」になっていた。
二週間目に、閃いた。
幼い頃、独学で読んでいた農学書。
父に「役に立たない趣味だ」と言われて、こっそり読み続けた本。
その知識が、突然輝き始めた。
三つの村を結ぶ水路の改修案。
夜通しかけて計算した。
数字が合うたびに、胸の中で何かが熱くなった。
翌朝、それをヴァルター侯爵の机に置いた。
「……誰かに手伝わせたか」
「いいえ」
「本当か」
「嘘をつく理由がありません」
彼は私を見た。
長い沈黙の後、こう言った。
「……ああ、確かに嘘はついていないな」
「どうしてそう思うのですか」
「目が、言い訳をしていない」
それだけ言って、彼は図面に判を押した。
水路工事は、三ヶ月かかった。
途中、一度だけ折れそうになった。
石が予想より硬く、工期が延びた。
村人の一人が「どうせ途中で逃げ帰るんだろう」と言うのが聞こえた。
その夜、私は一人で外に出た。
荒れた畑の向こうに、星が出ていた。
ひざを抱えてしゃがんだ。
しばらくして、後ろで足音がした。
「……何をしている」
ヴァルターだった。
「星を、見ていました」
「嘘だな」
「……少し、疲れました」
「そうか」
彼はそれだけ言って、隣にしゃがんだ。
何も言わなかった。
ただ、隣にいた。
ちゃんと、星を見ることができた。
◆
水路が完成した日、村人たちが歓声を上げた。
子どもが私の手を引いた。
老人が深く頭を下げた。
「補佐官様のおかげで、今年の秋は豊作になります」
必要とされている、という感覚。
王都では知らなかった、温かさだった。
子どもたちが農具の使い方を教えてほしいと来た。
老婆が「うちの煮込みを食べに来て」と誘ってくれた。
村の長老が「あんた、人の話をちゃんと聞くね」と言った。
完璧な令嬢に向けられたことのない言葉ばかりだった。
どれも、温かかった。
エルナが「お嬢様、昔より笑うようになりましたよね」と言った。
「そう?」と答えたら、「全然違います!!」と叫んで泣き始めた。
それが可笑しくて、また笑えた。
秋になると、収穫量が増えた。
私はさらに、土地改良の提案を続けた。
石の多い土地に適した作物の選定。
冬を越すための食料備蓄の仕組み。
次の世代の子どもたちに農業を教える仕組みづくり。
一つ一つ、実った。
ヴァルター侯爵はいつも、報告を黙って聞いていた。
そして一言だけ言うことが多かった。
「よくやった」
それだけで。
でも、それで十分だった。
ある夜、侯爵と食堂で二人になった。
「……王都で何があったか、聞いてもいいか」
私は少し考えて、話した。
婚約破棄のこと。
妹のこと。
父の手紙のこと。
彼はずっと聞いていた。
最後に、こう言った。
「あなたが頑張ったのは、誰かに求められたからか。それとも、自分でそうしたかったのか」
「……分かりません」
「分からないなら、まだ本当の答えを出していない、ということだ」
それ以上は何も言わなかった。
でも、その言葉は長い間、頭の中に留まり続けた。
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第三章 証拠が、揃う
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六ヶ月目に入った頃、王都からの知らせが届いた。
エルナが青い顔で手紙を持ってきた。
差出人は、ミレイユの侍女で友人のソフィアだった。
手紙の文字は、丁寧すぎるほど整っていた。
もしこの手紙がミレイユに見つかったら、という恐怖が滲んでいるような、細くて正確な字だった。
『アリステア様。
突然の手紙をお許しください。
私はミレイユ様の侍女として、王都で引き続き務めております。
長い間、お手紙を出せなかったことをお許しください。
怖かったのです。ミレイユ様の……能力が。
ミレイユ様は、録音石を操る特殊な魔力をお持ちです。
歴史的にもごく稀な、「記録魔法」と呼ばれる才。
音を切り取り、繋ぎ合わせ、存在しない会話を作り出せる……そういう力です。
この能力は王都ではほとんど知られておらず、ミレイユ様は意図的に隠していらっしゃいました。
私がそれに気づいたのは、ミレイユ様の部屋で偶然、複数の録音石を見つけた時のことです。
その一つに、アリステア様の声が入っていました。
でも……その声の並び方が、おかしかった。
私は、ずっと黙っていました。
使用人の私には証拠を集める手段もなかった。
でも夜会の後、アリステア様が辺境へ送られたと聞いて……もう黙っていられません。
もし、戦うお気持ちがあるのなら。
私にできることがあれば、力を貸したいと思っています。
返事をいただければ、直接お話しできる方法を考えます。
ご健勝をお祈りしています。
――ソフィア』
読んだ。
もう一度、読んだ。
(……録音石の、特殊魔法)
そういうことか。
全ての欠片が一直線に並んだ。
パズルの最後のひとつが、音を立てて嵌まった。
「エルナ」
「は、はい」
「ソフィアに返事を書いて。戦う気がある、と。証拠の揃え方を一緒に考えたいと」
エルナは目を真っ赤にした。
「……お嬢様っ……!私は、ずっとずっと、信じていました……!」
「泣かなくていい」
「泣きますっ!!」
私はため息をついた。
でも、少しだけ笑えた。
(今度こそ、私のために戦う)
◆
その夜、ヴァルターに話した。
全部話した。
ミレイユの特殊魔法の可能性も含めて。
彼は最後まで黙って聞いた。
「……手を貸そう」
「なぜ」
「あなたは、我が領地を救った恩人だ。恩人が理不尽に踏みつけられているなら、正す義務がある」
「ただ、仕事をしただけです……変わった義務感ですね」
「辺境育ちだからな」
それが、彼の優しさの形だった。
一ヶ月かけて、証拠が集まった。
ソフィアが侯爵領まで来てくれた。ヴァルター侯爵が手配してくれた。
馬車の中でずっと震えていたと、後から話してくれた。
「怖かったです。もしミレイユ様にばれたら、どうなるか……でも」
彼女は少し笑った。
「ずっと後悔していたので」
「本当にありがとうね。ソフィア」
ミレイユが使用した『記録石』を持ってきてくれた。
魔法解析局の鑑定し、結果も出た。
証言者も揃った。
全部、揃った。
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第四章 王太子、辺境へ来る
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八ヶ月目。
予想外の来訪者があった。
ルドルフ王太子が、辺境まで来た。
護衛もろくに連れず、私的な訪問という形で。
馬から降りた彼は、以前より少し疲れて見えた。
目の下に翳があった。
私は門で待っていた。
横にはヴァルターがいた。
「……アリステア」
ルドルフが言った。
懐かしい声。
でも、何も感じなかった。
「殿下。ようこそ、ヴァルター侯爵領へ」
完璧な礼をした。
感情のない、礼儀だけの礼を。
彼は私の顔を見て、何かに戸惑ったようだった。
私は変わっていた。
日焼けしていた。手が荒れていた。目つきが違っていた。
「……俺は、謝りに来た」
「謝罪ですか」
「ミレイユが……最近、彼女の言動がおかしくて——」
「少し待ってください」
私は静かに遮った。
「殿下。私には今、お聞きする義務はございません。ここは私の職場で、私は今、業務中です」
「でも……」
「ただ」
私は彼をまっすぐ見た。
「明後日、この領で視察の会合がございます。王宮の視察団と有力者たちが集まります。殿下がその場においでになるなら、その時にお話を伺いましょう」
それだけ言って、私は踵を返した。
その夜、エルナが興奮気味に言った。
「お嬢様、すごかったです……!あの顔!!冷たいんだけど礼儀正しくて、でも完全に見下している感じの……!!私、思わず震えました……っ」
「……それ、誉め言葉なの?」
「最大級のやつです!!」
後ろからヴァルターが静かに言った。
「……よく堪えた」
「見てたんですか」
「全部」
少し、笑ってしまった。
◆
会合の場。
王宮の視察団と領の有力者たちが揃い、ルドルフが立ち上がった。
「アリステア、改めて話がしたい。ミレイユはわがままで、俺はやっぱり——」
その瞬間、私は静かに立ち上がった。
前夜、あまり眠れなかった。
でも不安ではなかった。
八ヶ月前の私と、今の私は違う。
あの時の私は、誰かのために「完璧」だった。
今の私は、自分のために「戦う」。
それだけで、全然違う。
(さて、どう反撃しましょうか)
答えは、もう決まっていた。
───────────────
──あなたはどちらの言葉を選びますか?
【A】「殿下。恥ずかしながら、私はあの日の夜会で動揺しておりまして、
うまく弁明ができませんでした。今改めて、書類でご説明させていただけますか」
→ 第五章「静かな断罪」へ
【B】「まあ、ちょうど良うございました。
皆様も、ぜひ一緒にお聞きになってください」
→ 第六章「公開処刑の夜会」へ
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━━━━━━━━━
第五章 静かな断罪(Aルート)
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場が静まり返った。
私は立ち上がり、卓上の書類を手に取った。
震えていなかった。
声も、手も。
「殿下。こちらをご覧ください」
書類を差し出した。
「……これは」
ルドルフの顔が変わった。
「録音石の記録分析書です。私が妹に行ったとされる『暴言』の音声記録を、魔法解析局の鑑定士に依頼して分析してもらいました。結果は明確です。複数箇所で記録石の異変が認められた。つまり……」
私は一拍置いた。
「あの記録は、偽造です」
静寂が、会場を満たした。
「さらに、こちら」
次の書類を差し出した。
「妹ミレイユが持つ特殊魔力——記録魔法——の存在を証言する人物がいます。妹はその能力を隠しながら使い、意図的に私との会話を誘導し、切り貼りした音声で偽の証拠を作成した」
ルドルフは椅子から立てなかった。
「……そん、な」
「殿下」
私は彼をまっすぐ見た。
「私は数ヶ月、ここで働きました。嘘をつかずに。誰かを踏みにじらずに。それが、私の答えです」
「殿下が私を信じなかった理由は分かります。私は感情を見せなかった。助けを求めなかった。だから、信じる材料がなかった。それは、私の失敗でした」
声は震えなかった。
今の私の、強さだった。
「でも、確認もせずに信じなかった結果は、殿下自身が受け取るものです」
書類は既に、視察団の王宮貴族の手に渡っていた。
この会合には王宮の記録官も同席していた。
全て、ヴァルターが手を回してくれていた。
「この件は正式に、王宮の調査機関へ提出されます」
ルドルフは何も言えなかった。
「……俺は、間違えた」
「はい」
「アリステア……やり直せるか」
「……私との婚約の話でしたら、お断りします」
静かに。確かに。
「もう、殿下の隣に立つつもりはありません」
テーブルを挟んで、ヴァルターが私を見ていた。
何も言わなかった。
でも、目が言っていた。
(よくやった)
ルドルフは俯いた。
長い沈黙の後、彼は静かに立ち上がり、退室した。
扉が閉まる音が聞こえた。
会合室に、静寂が戻った。
視察団の法務官が立ち上がった。
「この件は正式に調査へ回します。ご協力に感謝します」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
後ろでエルナが「……ぐ、っ……」と必死に泣くのをこらえている音がした。
会合が終わった後、廊下でヴァルターと二人になった。
「……よくやった」
低い声だった。
いつもと同じ調子なのに、なぜか胸の奥に深く落ちてきた。
私は少しだけ息を吐いた。
「……終わりましたね」
長かった。
本当に、長かった。
「本当に、よくやった」
「今日で何回目ですか、その言葉」
「数えていない」
「私は数えています」
彼は少し黙った。
「……何回だ」
「三回」
彼は小さく眉を寄せ、視線を逸らした。
「……でも、それだけ今日は頑張ったと思う」
私は前を向いたまま、少しだけ微笑んだ。
「ありがとうございます。もう少し褒めてください」
何も言わずに、そっと手を伸ばした。
大きな手が、静かに私の頭を撫でる。
「……よくやった」
その一言は、
今日一日で初めて、私の力を抜かせた。
「……四回目です」
→ 第七章「エピローグ」へ続く
━━━━━━━━━
第六章 公開処刑の夜会(Bルート)
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場が静まり返った。
私は微笑んだ。
「まあ、ちょうど良うございました」
私は立ち上がり、両手をテーブルの上に静かに置いた。
「少し、余興をご覧に入れましょう」
視察団が顔を見合わせた。
ルドルフが眉をひそめた。
「……余興?」
「ええ。王都から、わざわざお越しいただいた皆様へのおもてなしです」
私はヴァルターに目をやった。
「準備を」
「すでに整っている」
扉が開いた。
入ってきたのは、ソフィアだった。
その後ろに、さらに二人の証人が続いた。
ルドルフの顔が青ざめた。
「ミレイユの侍女……なぜここに」
「ご招待いただきましたので」
ソフィアは澄まして答えた。
私を見て、小さく頷いた。
私は卓の中央に、魔法具を置いた。
再生型録音石。
「皆様、これは私が妹に行ったとされる『暴言』の音声記録です。婚約破棄の場で証拠として提出されたものの、写しになります」
再生した。
私の声が流れた。
『ミレイユ、あなたは出来損ない…私が王太子妃になる……あなたが、私の妹だなんて…本当に恥ずかしいわ……』
あの日、流れた記録。
「……次に、こちらを聞いてください」
もう一つの石を置いた。
「これは、ミレイユが録音し、編集する前に保管されていた元データです。ソフィアが証拠として確保してくれました」
再生した。
私の声が流れた。
「"ミレイユ、あなたは出来損ない"なんかじゃないわ。
"私が王太子妃になる"ように支えてくれる"あなたが、私の妹だなんて"誇らしい。
それを嘲る人がいるなんて、"本当に恥ずかしいわ……"」
そこで、音声が切れた。
録音石の魔法光が揺れた。
編集の痕跡が、光の乱れとして会場の全員に見えた。
全部、分かった。
その場の全員に、全部、分かった。
誰かが息を呑んだ。
誰かが椅子から少し浮き上がった。
誰かが小さく「……まさか」と呟いた。
「ミレイユ様が、そんなことを……」
「証拠の捏造、ということか」
「王太子殿下は、それを知らずに……」
囁きが広がった。
ルドルフの顔が、どんどん青くなっていった。
ルドルフが立ち上がった。
声が震えていた。
「これは……作られたのか?」
「殿下。あなたは八ヶ月前、私に確認しましたか」
「……」
「証拠を見せられ、涙を見て、それだけで判断しましたか」
「……俺は、ミレイユが辛そうで……」
「それは、演技です」
ソフィアが前に出た。
緊張で手が震えていたが、声は強かった。
「私は侍女として、長くミレイユ様にお仕えしました。ミレイユ様は記録魔法という特殊な魔力をお持ちです。声を切り取り、貼り合わせ、存在しない会話を作り出せる……その能力を、ずっと隠していらっしゃいました。そして……意図的に泣くことができます。必要な時に、必要なだけ。私は何度も、その練習を見ました」
練習。
その言葉が、会場に落ちた。
「ミレイユ様は私に言いました。『お姉様を消せれば、全部上手くいく』と。それを聞いた時から、ずっと黙っていました。でも、もう……」
声が途切れた。
ルドルフは立ったまま動かなかった。
「……そんな、ミレイユが……」
「殿下」
私は最後に言った。
「私は何年も、あなたの隣に立つために努力しました。でも、あなたに頼れなかった。それが私の失敗でした」
私は一度だけ、ルドルフをまっすぐに見た。
「でも、あなたは確認しなかった。それは、あなたの失敗です。お互いに」
「……アリステア、すまなかった」
視察団から法務官が立ち上がった。
「……この証拠は、正式な手続きで提出されますか」
「はい。今夜中に」
「了解しました」
その言葉が、全ての終わりの始まりだった。
→ 第七章「エピローグ」へ続く
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第七章 エピローグ
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後日の話。
ミレイユへの正式調査が開始された。
記録魔法の保持者であることが確認され、偽造証拠の作成と貴族への名誉毀損が認定された。
爵位は剥奪。
王都追放。
調査官が認定書を読み上げた時、最初ミレイユは笑っていたという。
「どうせ認められない」という顔で。
でも証言が読み上げられるにつれ、顔色が変わった。
「嘘よ」
「私は何もしていない」
「ソフィア、あなたまで……っ」
声を上げたが、誰も信じなかった。
泣いた。
でも今度は、誰一人として同情しなかった。
ルドルフは最後まで黙って聞いていた。
彼女を庇う言葉を、一度も言わなかった。
ただ、どこか遠くを見ていたと。
「なぜ。なぜ私が悪いの。私は、ただ……お姉様みたいに認めてほしかっただけ……」
最後にそれだけ言って、ミレイユは連れていかれた。
その場にいた誰も、答えなかった。
ルドルフは王太子の座にしがみついたが、評判は二度と戻らなかった。
「確認もせず感情だけで動いた王太子」と陰で呼ばれるようになった。
ソフィアは王都を出て、侯爵領に来た。
「ミレイユ様にお仕えする立場はなくなりましたので」
少し笑って、そう言った。
私は彼女を、手放したくなかった。
「……うちで働く気はある?」
「あります。よろしくお願いします、アリステア様」
エルナがソフィアを見て、「よろしく……っ!!わあああ」と泣き崩れた。
ソフィアが困惑しながら背中を叩いていた。
「……コントみたいなんですけど」
私は、また笑った。
任期が終わった。
一年が経った。
王都に戻る道は、今なら開いていた。
謝罪の声も届いていた。
爵位も、望めば取り戻せる気がした。
でも。
「……戻るのか」
ある夜、ヴァルターが夕食の後に聞いてきた。
「少し悩んでいます。レイブルック公爵家のこともありますし」
沈黙があった。
「この領地のことは好きですが、戻る方が得策だと考えています」
彼はしばらく黙っていた。
それから、立ち上がって窓の外を見た。
「……アリステア。迷っているのなら」
名前で呼ばれたのは、初めてだった。
「俺はあなたに、ここに残ってほしい。仕事のためじゃない。……俺の隣に」
部屋が静かだった。
窓の外に、星が出ていた。
王都では、こんなに星は見えなかった。
「……聞いてもいいですか」
「何でも」
「あなたは、私が完璧じゃなくてもいいですか。泥まみれになって、失敗して、たまに弱音を吐く私でも」
ヴァルターは少し考えた。
「むしろ、そっちの方がいい」
「……なぜ」
「完璧な人間は、助けを必要としない。俺は、あなたの隣にいたい。支え合える関係でいたい」
私は窓の外を見た。
(……支え合える、か)
涙が来るかと思った。
今度は、来た。
一粒だけ。
ほんの一粒だけ。
「……分かりました」
「返事は」
「まずは、ここに残ります」
「十分だ」
ヴァルターが振り返った。
不器用で、でも嬉しそうな顔をしていた。
後ろからエルナの声がした。
「……聞こえちゃいました……っ!!うわあああ——」
「コントみたいなんですけど、また」
ソフィアが困惑した声を出していた。
私は笑った。
声を出して、笑った。
こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。
完璧な令嬢は、もういなかった。
代わりに、泥まみれで笑うアリステアがいた。
それで、十分だった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
「婚約破棄され、すべてを失いました。さて、どう反撃しましょうか?」、いかがでしたか?
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選択肢で物語の展開を変えてみる挑戦をしてみました(^^)/
次挑戦するときは、最後の結末の内容も変わるような小説を書いてみようかなって思います。
また他の作品でも、お会いできることを楽しみにしております(*‘ω‘ *)




