やりましたわね、婚約者様。ご家族が増えましてよ
大晦日でお忙しい中、お読み頂き有難う御座います。
私の名前は、ヨアンナ・エズトリ。お祖父様の勲功にて爵位を授かった、エズトリ伯爵家の長女。
年の大半を領地に長くいるせいか、あまり王都風の淑女教育には自信はないの。
だけれど、頑張ったのよ。
話し方なんかはあまり……王都風ではないけど。
だけど、何でも勉強だわと思って努力しているの。今からいくお芝居も、何か……。人付き合いのヒントになるかもしれないわ。
本当は、婚約者と行く筈だったけど、忙しいって……。
最近そんなのばかりで、悲しくなってくるわ。
「ヨアンナ、手を」
「有難う、ジョルダン」
従兄のジョルダンが馬車から降りる為に手を貸してくれたわ。劇場の停車場って、少し離れているのね。裏手ってこんな風に……あら、あの通りが近くなの。
「もううんざりなんだ……。婚約者の頭が固すぎる」
「あらー、お可哀想に……」
聞き覚えのある声と、聞いたことのないお声がカフェテラスに響き渡ったの。
通行人も、なんだなんだと振り返るような大声だったわ。
「愛がないんだよ! 勉強しろだのなんだのと喧しい! ああ、君のようにおっとりした癒しのある女性と田舎暮らしを送れたら……。庭には可憐な花を植えて育てよう」
「私、黄色のチューリップが好きだわ」
聞かれたくない話は、漏れるものなのかしら
でも、仕方無いわね。
だって、今は日差しも眩しい昼日中。流行りで少しばかり高価なカフェ。
婚約者である私と、つい一昨日、行ったばかりの場所。
ケーキが高い、クリームが不味い……挙句の果てにボッタクリだ! 等と大恥をかかされた所。
「何て声高で下品な内容だ。
紳士とはとても思えない……」
付き添ってくれた従兄が、呆気に取られていたわ。
そして、私の握りしめて白くなった手を緩く解いてくれたの。
黄色の帽子の御婦人に熱弁を振るうのは、メダーン伯爵令息アンノ様。
忙しくてたまらないと仰っていたのに。
以前より約束していた私との誘いを断って、別の女とデートなの?
歳上の愛人となら、和やかに過ごせるの?
……目も眩むような屈辱も飲み込める程、愛していたのに。
思い出したくもないのに、あの方との思い出が蘇る……。
「きみ、頭がいいんだね。ぼくは頭があんまりよくないからなあ……」
「そんなことありませんよ。ほら、この文字は……」
あれは8歳の頃。
新興伯爵家として社交界に馴染みがなく、招かれたお茶会でも貴族の子供達から遠巻きにされていた私。
持ってきた大好きな絵本も、誰も一緒読んでくれなかった。
大人と話し込む両親の傍に行くことも出来ない。
泣きそうだった、その時に……。
「その本、絵がキレイだね!」
「あ……」
「でも、字がいっばいだ!」
話しかけてくれたその笑顔が、どれだけ眩しかったか。
婚約者だと決まって、どれ程心地よかったか。
歳下に親切で、優しい婚約者。
だけれど。
年月を重ねてきたら、なんだか変なの。
うっかりと水たまりに浸かったドレスの裾に、ジワジワと沁み入るように。
寒気と違和感と心地悪さが、襲ってきたの。
「あそこで道に迷っている人がいる!」
「え? あ、でも付き添いの侍女がいる方で……」
「そこの御婦人! どうしましたか」
なんと、道のど真ん中で馬車を停めさせて、降りて行ってしまった。
「嘘でしょう……」
馬車を停められる所を探すとか、訪れる予約を入れた店に、遅れる旨の連絡を寄越すとかその後始末は、すべて私。
婚約者同士のデートの際にも、『困っている人』の下へ駆けつける。
その人は、必ずうら若き御婦人。
殿方をお助けしたことなど、少なくとも私は一度も見たことがない。
所謂、可哀想な女が病的なまでにお好きなのよ。
でも、もう終わり。
愛も時間も助けも、たっぷりと差し上げた。
なら、差し上げるわ。
田舎暮らしとやらを、お楽しみあそばせ。
此方が連絡をしなければ、あちらは言伝寄越さない。
放置されていた時間が辛くて長くて、ひどい偏頭痛を起こしていたけれど。
覚悟が決まると、やることが多すぎて瞬く間に時は過ぎ行くものなのね。
不貞をした、だけでは婚約破棄には悲しいことに弱々しい。
貴族の婚約は家同氏の契約だから、面子が大事。
不履行したお相手に沢山負債を負わせたいの。
たっぷり支払って貰って、息が止まるほど後悔して貰いたいの。
だって息が止まる程、愛していたのだから。
子供の頃、叔母から聞かされた不可解だった言葉の辻褄が合ってしまった……。
従兄も憤って協力してくれたわ。
殿方にしか入れない世界も有るものだから、とても助かったの。
流石に、紳士の社交場へうら若き私が立ち入る訳には行かないものね。
幼い頃、お父様について行こうとして怒られたことは内緒よ。
そして、沢山の方々の手を借りて一つ一つ端切れのような情報を繋ぎ上げたら、とっても大きな瑕疵に仕上がったの。
騎士道物語の奪取した砦に飾りたいくらい、素敵な出来よ。
お父様の顔色が暗くお変わりになって。
メダーン伯爵家ご当主夫妻が、アンノ様を引き摺って泡を食って駆け付けるほどにね。
「エズトリ嬢、誤解なんだ!! ワーリー男爵未亡人は親戚筋で」
「ちょっとした行き違いなのよ!」
「娘に近寄らないで頂けないか?」
以前は飾らなくて気さくなお人柄だと思っていたご夫妻が、とても醜悪で自己愛に溢れた自分勝手な御方達だということもよく分かったわ。
現に、ワーリー男爵家と血縁関係も皆無なのに、よくもまあ抜け抜けとご夫婦で言い訳ばかり。
「いや、でも……父上母上。向こうから婚約破棄を言い出したんだし、家族のようなものだから」
アンノ様は何の反省もないようね……。
「何を言っとるんだ! いやあエズトリ伯爵! このボンクラ息子の戯言は聞かなかったことに」
「なりませんなあ。貴族の婚姻は、緻密な契約ですからなあ」
お父様は、妹……私にとっての叔母様が手酷く婚約破棄されたから、不貞をとても嫌われるの。
「でも、だって……」
「街道の補修! 交易港の借り入れをどうするんだ! エズトリ嬢、このバカには直ぐに手を切らせます! 何卒」
私は、口を挟む気はなかったの。だって、もう決まりきったことだもの。
後でメダーン伯爵家の領民に申し訳なくは思うかもしれないけれど。
「だって、その……実は子供が……」
「はあ!?」
婚約者持ちの息子が愛人……しかも、未亡人に手を出して子を成した。
普通なら、蜂の巣を突いたような大騒ぎとでもなるのかしら。
でも、違うのよね。そんなことはとっくに把握済みなの。
つまらない人。
愛していた方なのに、この下種が! 以外何も浮かばないのよ。
「孫も、ではなくって?」
「……は?」
あ、つい口を挟んでしまったわ。
おかしくておかしくてたまらないわ。でも、微笑んだように見えたのかしら。
「お父様、メダーン伯爵様はご存じないのかしら」
「そのようだな」
「な、な……何を、なに……」
「沢山ご家族にお悩みをお抱えで、お気の毒ね」
お可哀想、メダーン伯爵夫人のお顔の色が白黒しているわ。
以前、年若い使用人に無理矢理密着していらしたのにね。息子の不始末だと心が痛むのかしら。
おかしな人。
メダーン伯爵家の皆さんは誰も私に謝ってないのに、自分のことだらけ。
「アンノ様は、ピエニーナ・ワーリー様の御歳をご存じですか?」
「……未亡人だからと言って馬鹿にするのか!?」
「そう、未亡人ですよ。前夫様の間に御子息がお出でだとご存じなく?」
「たった14歳の少年だ!」
因みに恥も外聞もなく憤るアンノ様……このボンクラの歳は、18歳。
つい最近まで思春期を送っていたことも忘れて、4歳年下のワーリー男爵令息に父親面出来るなんて。
面が厚いにも程が有りますわね。ぶん殴られれば宜しいのに。
現に、メダーン伯爵は殴りかかりそうだわ。
でも、それだけではね。
「頭でっかちの君には分からない! 実に快活で気持ちのいい少年なんだ」
「懐の広い方ですね」
「当然だろう」
「ワーリー男爵令息が洗濯メイドと戯れてらしてたのは?」
「? 幼馴染の娘だと先月に紹介された」
アンノ様ったら、もうすっかり家族気分だったのね。呆れ果てるわ。
この方の距離感がお母様からしておかしいから、気付かなかったのかしら。
「洗濯メイドが産み月間近だとご存じで、そのご感想なんですか?」
驚いた顔は母親似なのね、なんて、どうでも良かったわ。メダーン伯爵は椅子からひっくり返りそうで、夫人は気を失いそう。
「僅か4歳しか変わらない少年のオイタにも、慈悲のお心。
人助けの心に、感服ですわ。流石ですわね」
「倫理観がそっくりな義理の父親なら、男爵未亡人も安心だろうな」
後ろにいる執事に、お父様は書類を持ってこさせたわ。王印もしっかりと捺された、立派な羊皮紙。婚約破棄を認める令状をね。
「ウチはもう縁が切れるから助かったよ。
貴家が最悪な紳士教育をなさるのだと分かったのが幸いだね」
お父様が言い残された後。私達が席を立って暫く応接間に絶叫が轟いたそう。
叫びだした途端追い出した、と執事が言っていたわ。
私達は本館に急いでいたから、聞こえなかったけれど。
「ヨアンナ、辛い思いをさせたな」
「……いいえ、お父様。お父様が無理にでも私の初恋を叶えてくださったのに」
「……」
お父様が子供のように撫でるから、泣くつもりはなかったの。
きっと冬風が目に染みたんだわ。だって、もう別館に全て置いてきたのだもの。
……何時か、殴りたくなくなる日が来るのかしら。
「ヨアンナ」
「ジョルダン」
あれから、半月。
従兄のジョルダンが、文官の制服を纏った大柄な殿方を伴い待っていたの。お友達かしら。
「面白い話を持ってきたよ」
「そうなのね」
社交シーズンが終わるから、そろそろ領地に帰ろうかと思っていた矢先だったわ。
「ヨアンナ嬢にこれを」
大柄な殿方から頂いたのは、冬に慣れた目には眩しい、赤と黄色と青の花束。
昔、好きだった童話の挿絵のような鮮やかさに目を奪われてしまったわ。
「まあ、素敵なプリムラの花束。有難う御座います。ええと……」
「ガイール・オリエ子爵令息だよ」
「初めまして、オリエ子爵令息」
「ガイールで結構ですよ」
「まあ」
お花を頂いたのなんて久しぶり。
夜会にも出ていないから、見るのも久しぶりだったわ。
私、曇り空ばかり見ていたのね。
「ボンクラの顛末は聞いたかい?」
「いいえ、聞いてません。どうでもいいので」
「そ、そっか。うん……」
どうしてお二方、私の後ろを伺うのかしら。
壁なんて殴っていないわ。単なる砂袋よ。
ちょうどあのボンクラとの思い出が浮かんできた時用に作らせたのよね。
「ボンクラは、お飾りの繋ぎの男爵になったらしい」
「まあ素敵。若おじいちゃん男爵ですね」
「「ぶっ……!」」
私の話を聞いてくれて、笑ってくれる。中座しない。当たり前のことなのに。
なんて素敵なことかしら。
「醜聞だらけだというのに、若いながらもあのワーリー男爵令息はやりますね。
若ジジイ男爵の息子……父親違いの弟を庶子扱いにしたらしいですから」
「ガイール、余計酷くなってるぞ」
「ヨアンナ嬢は、ワーリー男爵未亡人に何かされていないですか?」
「ご親切に。でも、屋敷内で豪遊しているので、大丈夫ですわ」
「では外にお誘いしても?」
「そうですわねえ、貸し切りならば」
「おい、ヨアンナ」
従兄は心配して、婚約者のいない令息を連れてきたのだわ、位判るわ。
でも、未だ恋には発展しないでしょう。傷は未だ膿んでいるの。
社交界は、醜聞こそ大好物。今は良くても、いずれ、干上がるもの。
ワーリー男爵未亡人も、若い男を引っ張り込んで幸運だ。少し息を潜めていればと思うかもしれないけど。
彼女の男を見る目は、節穴だわ。特に若い男には曇りすぎている。
貴女の一番愛する若い男……息子が手を出した女は、ひとりではないのよ。
ご自慢の美貌を生き写した息子が、あの若さで子を成したのだもの。一途な訳が無いでしょう。
良かったわね、元婚約者様。
ご家族がみるみるうちに増えましてよ。
見届けていたら、この傷も恋で塞がるかしら?
婚約者が他所に浮気して子供出来ちゃった話は有れど、孫が増えるパターンあまり無いな、と思って書きました。
読んでくださった貴方に心よりの感謝を!




