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プロローグ

 高校生の頃『Color』をテーマとした文化祭のために、ポスターやアーチを作成することがあった。

 

『色のない暗闇の世界にいた人間たちは、天使に光と色を与えられ――、彼らは何を思い、何を成し遂げるのか』

 作品を生み出すにあたって、まずはストーリーがないと作り出せなかった俺は、文化祭のテーマからある物語を生み出し、画用紙の真ん中に要約文を書き記し、そこから絵を描く。

 ただ、その時描いた絵は、ポスターだということを忘れ、デザイン構成を何1つ考えていなかったことで大体の絵は、文化祭を案内する文字に隠れてしまい、せっかく描いた絵は消えていった。

 

 そんな絵でも、心を惹かれた人物がいた。

 

「君がどうしてあの作品を作れたのかを、教えてくれ」

 

 1つ上の学年であった、演劇部部長兼生徒会長は、わざわざ下級生の教室まで足を運ばせ、初対面の人間に対し、腕を掴み、目を輝かせながら捲し立てた、らしい。

 そんな衝撃的な出来事も半年後には忘れ、次に会った時は初対面だとでもいうような態度をとってしまったことに多少の後悔と反省をしながらも、あれから約十年近く関係は続いている。

 関係と言っても、時折連絡が入っているは近況報告をメッセージアプリ上でやる程度で、実際に顔を合わせたことは殆どなく、最後は八年前だっただろうか。

 俺の成人式祝いに花束を持って来られ、困惑したことを覚えている。

 

 そして本日、「会って話がしたい」と連絡をもらい、指定されたファミレスにて会長を待つ。

 外はゲリラ豪雨で雨が強く降り、傘を差さずに走り去る人間や、屋根の下で立ち尽くす人間を、ドリンクバーに合った珈琲を飲みながら眺める。

 

 仕事の関係で会長から三十分遅れると連絡をもらっていたが、約束の時間からすでに三十分過ぎている。豪雨で足止めを食らっているのだと思い、『ゆっくりでいいですよ』とメッセージを送る。

 いっそリスケするのも1つだな、なんて考えもしながら、その提案を伝えることはせず、鞄から手帳を取り出し、真っ白なページに外の景色を描く。

 

 真っ黒の空から降り注ぐ雨に反した、カラフルな傘や店の看板。

 珈琲の匂いに、隣の席の人が食べているデミグラスソースのハンバーグ。賑わう店内、壁紙に描かれた天使。

 髪も服も濡らし、息の荒い、一人の男性。


「待たせてしまって申し訳ない」

「……いや」

 

 店内に入る前に濡れた服や髪を最低限拭いてはいるみたいだが、手に持っているハンカチは既に濡れていて、水を吸いとる機能は果たしていない。

 俺は鞄からタオルを取り出し会長に渡すと、「ありがとう」と彼は爽やかな笑顔で感謝を言い、タオルで水を拭きとっていく。

 

 水も滴る良い男、という言葉があるように、彼も『良い男』となっているが、濡れている時点で見るに堪えない。

 何よりこのまま何もせず、後日風邪を引かれるほうが後味悪い。

 

「ゲリラなんですし、止むまでどこかで待てばよかったのに」

「少しでも早く吉野君に会いたかったからね」

「連絡をいただければ、いつでも会いに行きますよ」

「はは、昔と変わらず君は嘘が下手だな」

 

 彼は伝票を見てから、「先に頼んでいてよかったのに」と言いながらも、どこか嬉しそうにメニュー表を渡してくる。

 昔から気を使える部分も変わらないですね、と、言おうと思ったが、左薬指に光る指輪を見て口を閉じ、メニュー表を開く。

 ハンバーグやステーキ、パスタやピザのファミレスにはありきたりな料理が並び、彼はメニュー表を開きながらも卓上POPに記載されている桃のパフェに目を向けている。

 

「ファミレスっていろいろあるから、いつも困るんだよね」

「そうですね」

「いっそお子様ランチみたいなのがあると、選ばなくて済んで楽なんだが……。吉野君は何にする?」

「……和風ハンバーグにします」

「ハンバーグか。なら俺もハンバーグの……、チーズにしよう」

 

 会長は手際よく呼び鈴を鳴らし、俺が出る暇もなく会長は淡々と注文する。

 その際、彼は追加でドリンクバーを頼み、その間に俺はデザートのページを開くが、卓上POPに書かれている桃のパフェを追加で注文すると、会長も透かさず苺のパフェを注文する。

 店員がメニューを復唱している間に、開かれたメニュー表を片付ける。

 

「……デザートも頼むなら先に言ってほしかったよ」

「でもちゃんと、苺のパフェ頼んでましたね」

「ん?」

「昔からいちご、好きでしたよね」

「そんなこと言ったっけ?」

「高校の頃から苺飴をずっと持っていたのに、何言っているんですか」

「ああ、あれか。あれは途中から……、清水さんがよくくれてね」


 会長が左薬指に目を落とすその仕草から目を逸らすように、冷めた珈琲をひと口飲む。

 甘いものを好まなかったはずの幼馴染が、ポケットに忍ばせていた苺の飴玉の理由––あの時の俺は、それに気づくことすら遅かった。

 底に溶けきれず残った砂糖よりも、よっぽど甘くて。潤すはずの液体は、喉を通るたびに、水分を奪っていく。

 雨は未だ降り続け、暗くなった窓には、会長と俺の姿がぼんやりと映っていた。

 

「…………無理に、『清水さん』なんて呼ばなくていいですよ」

 

 空になったカップをゆっくりと置くが、テーブルとぶつかり音が鳴る。

 会長もまた水を飲んでいたのか、水の入ったコップとテーブルがぶつかり、じっとこちらを見てくる。

 

「……おめでとうございます、会長。今日は、結婚することを教えてくださるために、呼んでくださったんですよね」

「…………やはり、君にはばれていたか」

 

 口角だけ上げた笑いをして、会長は鞄から『吉野那津様』と書かれた封筒をテーブルの上に出す。

 

「君には、どうしても結婚式に来てほしいんだ」

 

 出された封筒を手に取り裏側を見ると案の定というべきか、新婦の名前は見たことがある人物だった。

 彼らが出会ってからの時間を考えると、互いの気持ちを伝え合う時間は十分にある。だからこそ想像のできることだった。

 

「会長にはお世話になっていますが、この式だけは参加できません」

「どうして?」

「新婦が俺の参列を望まない」

「……」

 

 黙ってしまった会長を横目に、持ち上げた封筒をテーブルの上に置く。

 

「俺は、彼女に会うわけにはいかないんです」

 

 置いた招待状を会長の前にスライドさせる。

 新婦の欄に書かれた『清水芙由』。

 この世で最も大切で、大事な幼馴染の名前は、ここ数年口にすることもなければ、目にすることもなかった。

 それでも、彼女が今、どこで何をしているのかは知っている。それは誰かが俺に、『清水芙由』を忘れさせないとでも言うかのように、情報を流し続けていた。

 

 そのうちの一人が目の前にいる、恩人でもある会長だった。

 会長がいたからこそ、今の彼女がどんな生活を送って、何に感動して、何を好きで、何を嫌いでいるかを知っている。

 

「お待たせしました、和風ハンバーグと――」

 

 届けられたハンバーグは、湯気を立てながら前に置かれる。

 

「……和風ハンバーグ、一口もらってもいいかな」

「え?」

「今の君には、和風ハンバーグよりも、こっちのチーズハンバーグを食べてほしい」

「……」

 

 すべてを見透かしているかのような彼の言葉にムッとしながらも、ハンバーグの端を一口サイズに切り離す。


 和風ハンバーグよりもチーズハンバーグ。苦い珈琲よりもオレンジジュース。


 二八になっても未だ子供舌でいながら、背伸びして、食べたくないもの、飲みたくないものを口に含む理由は。



 すべて、『ディースカップル』が原因だ。


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