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微笑みオバケ

 日曜の夜、アキラは色々なことがひと段落して、ソファーに座り寛いでいた。

 だが、不意に知り合いの女子からメッセージが送られてきた。


 『たすけて』


 短い文字続けて、知らない住所が貼られている。

 その場所はここからそう遠くはない。


 アキラは立ち上がり、沙耶へ外出を告げると迷いなくその場所へ向かった。


 

 住所の場所にあるマンションへ着き、書いてあった部屋の前でインターフォンを鳴らす。

 返事がないのでドアノブを回すと、鍵が掛かっていなかった。

 

 中に入ると部屋は暗く、静まり返っている。

 ただ、窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らしていた。

 

 そして、その光の中で、アキラを待つように水瀬裕子が立っていたのだ。

 

 黒くまっすぐに伸びた髪が、額を出すような髪型に整えられている。

 そのせいで、下がり気味の眉がよく目立ち、どこか弱々しく、憂いを帯びた印象を与えていた。

 

 上目遣いでこちらを見つめ、その瞳には怯えを湛えている。

 少し猫背の姿勢が、不安を物語っていた。

 

 けれど、その怯えの奥には、なんらかの覚悟が潜んでいるように感じられた。


 彼女は、まるでこれから運動するかのようにジャージを羽織り短パンを履いている。


 足元には底の薄いスニーカー。

 両拳には厚く包帯が巻かれていた。


 

「いっ、一条くん……」


 か細い声でアキラへ話しかけてきた。


「あっ……あのね」


 今にも泣き出しそうな顔で眉をよせて呟く。


「わたし……こっ、こっ、こわいの」


 震えながら必死に言葉を口にしている。


「おっ、おっ、おねがい」


 そして、ゆっくりとジャージと短パンを脱ぎ捨てる。

 月明かりに浮かび上がったのは、鍛えられた肉体を包むスクール水着。

 その姿は、戦うために選ばれた戦闘服のように見えた。

 

「……たすけ……て」

 

 そう呟くと同時に、彼女は構えを取る。


 ボクシングのオーソドックスな構えに似てるが少し違う。

 両手は手首を曲げて、招き猫のようにこちらを向けている。

 足幅は狭く、前脚が少し曲げられた前傾姿勢。


 その形は、手や足によるガードをしないことを前提とした、超攻撃型の構えだった。


 アキラはその姿を見て、微笑みながら問う。

 

「どうすれば、水瀬さんを助けられるのかな?」


 裕子は、アキラの顔に拳の照準を合わせて、震える声で答える。


「わ、わたしの……あっ、安心を……かっ返して!」


 言い終わらないうちに左ジャブがアキラへ向かい飛んできた。


 まるで時を消したような踏み込み。

 そして、瞬きよりも早い高速のジャブがアキラの顎を的確に打ち抜こうとした。


 ——だが、当たらない。


 アキラは二センチほど顔を引き、それを躱す。


 ピッタリと裕子の腕の長さでお互いが向かい合う。


「ほ、ほんとに!みえてるんだ!」


 裕子は再び話せるようになってから今までで、一番大きな声が出た。

 それほどの衝撃だったのだろう。

 

 動揺と共に、同じ構えから再び放たれるジャブからのワンツー。

 音速を思わせるほどの、常人では目視できないパンチ。

 

 それをアキラは、先ほどと同じスウェーからのヘッドスリップで全て躱す。

 

「やだ!やだぁ!」


 まるで駄々っ子のように喚き出す裕子。


 そのまま地面にしゃがみ込み、アキラの左足へ目掛けタックルをする。

 左手を引っかけると、その勢いで背後に回り、アキラの膝裏に肩を押し当てて倒しにかかる。


 しかし、アキラの体は少しも揺るがず、まるで大木のように地面に固定されたままだった。


「なんで!」


 叫びながら瞬時に立ち上がり、右肘をアキラの後頭部へ打ち付けた。


 その致命の一撃は、後頭部に回したアキラの手のひらに無音で収まる。


「あたらないのぉ!」


 アキラの背後から、筋肉の薄い肋骨ごと肝臓を狙った右のボディーフック。


 絶対に見えないはずのその攻撃も、アキラが背中に回した左手で受け止められた。


「これじゃわたし!安心できないのよおぉ!」


 アキラは振り返り、真っ直ぐに裕子を見つめて聞く。


「当てたら安心できるの?」


 不思議そうな顔で聞くアキラの顔を見て、裕子の瞳から涙が零れた。

 

「そうよ!かわすなんてありえないの!」

 

 流れる涙は恐怖から来るものではなく、悔し涙だった。

 

 自分の心の拠り所である対男戦闘術たいだんせんとうじゅつ

 その長年必死に磨き上げた技が全て否定された。

 

 安全安心の世界を保証してくれたトライセクト。

 そこに土足で踏み込んできた。

 

 そのことに対し、恐怖より怒りが上回った。

 親に捨てられた時ですら湧かなかった、目の前が赤く染まる程の憤怒。

 

 魅了も、トライセクトも効かない理不尽な存在。

 そんなアキラに対して、自分の人生を全て否定されたような激しい憎悪が湧いていた。

 

「わたしの安全な世界をかえせぇ!!」

 

 眉を吊り上げ、泣きながら行われたラッシュ。

 秒間千発を超えるパンチの嵐。


 能力が続く三秒間——それをアキラは無防備に受け止めた。


 技が途切れ、裕子は激しく呼吸を繰り返す。

 腕の筋はズタズタに切れ、肩は脱臼していた。

 指先はうっ血しどす黒くなり、包帯は細切れになって空中へと舞い散っている。


 スクール水着は衝撃で切り刻まれて肌が露出しており、皮膚も所々切れていた。

 スニーカーは底が摩擦で溶けて形だけが残り、足裏の皮膚が剥がれ床に着いていた。


「安心できた?」


 微笑みながらアキラが聞く。


「この……微笑みオバケ……」


 裕子は憎しみを滾らせた目で睨みつける。

 そして自分がアキラに付けたあだ名を、吐き捨てるように呟いた。

 それが最後の足掻きだったように、膝からゆっくりと崩れ落ちる。


 裕子はそのまま荒い息を吐き出しながら床へうつぶせになった。


「……好きなだけ殴れよ、犯したきゃ犯せ……絶対に復讐してやるけどな」

 

 裕子は床に伏せたまま、泣きながら呪詛を吐く。

 そこには、先ほどまでの弱々しい雰囲気は欠片も残っていなかった。


「よかった、安心したんだね」


 告げられたのはまるで現状に沿わない言葉。

 それを聞いて、思わず裕子は呆然としてしまった。

 

「なに……言ってんだ?」


 思わず憎しみも忘れ、聞き返してしまった。


「だって、もう怖くないんでしょ?」


 言われて初めて気付く、確かにもうアキラのことが少しも怖く無くなっていた——。

 

挿絵(By みてみん)

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