SOSは急に来る
アキラはその後、大和の面々と今後の事を話し合い、夕方ごろに帰宅した。
ちなみに父はそれに参加せず、すぐさま帰っていった。
玄関を開けると、神妙な顔をした沙耶が待っていた。
「ただいま沙耶さん、どうしたの?」
アキラが心配して声を掛けると、彼女は小さな肩を震わせて深々と頭を下げた。
「……アキラ様、本日は大変申し訳ありませんでした!」
「えっ、なにが?」
特に思い当たる節のないアキラが首を捻る。
「テラ様のことをお任せくださいなどと言って、私自身がアキラ様にご迷惑をお掛けしてしまいました」
しょんぼりとしながら、自らの失態を告げた。
「いやいや、ぜんぜん大丈夫だから。むしろ呼んでくれて助かったよ」
沙耶は、秋葉原でコンカフェのスカウトにしつこく迫られ、思わず助けを願ってしまった。
それを受信したアキラが、血塗れの状態で助けに現れたのだ。
その姿のお陰でスカウトは逃げるように去っていったので、アキラは実質何もせず解決した。
しかも、沙耶が困っているのを感じてテラ殺気を膨らませていた。
つまり、結果的にアキラを呼んだことで秋葉原の崩壊を防いだともいえる。
「大体、それを言ったらニクスの方が酷いでしょ」
外国人観光客にテラを勝手に撮影され、ニクスが激昂したらしい。
そして街中で黒豹の姿に変化し、カメラごと腕を食いちぎった。
それを見て、沙耶は慌ててアキラを呼び寄せたのだ。
治療とカメラを吐かせるのが大変だった。
結局大変な騒ぎになり、皆で慌てて逃げる羽目になった。
「アイツ、テラのことになるとポンコツになるからな……」
アキラは、あらためて黒猫を同行させたことを後悔していた。
「すみませんでした……」
ニクスを止められなかったことで、沙耶はさらに小さくなる。
「沙耶さんは最善をつくしてくれたよ、本当にお疲れ様」
「おかげで、無事にこちらの用事も済ませられたし」
笑顔で感謝を告げるアキラを見て、ようやく沙耶の表情が和らいだ。
「それなら良かったです……大和のお爺様と会われたのですよね、お元気でしたか?」
「元気だったよ、曾孫を楽しみにしてるってさ」
祖父の言葉を思い出して、笑顔で答えた。
「それは素晴らしいお言葉ですね!」
気が早いとも思ったが、それだけアキラを可愛く思っているのだろう。
大和のことをまるで知らない沙耶は、微笑ましくそれを受け止めた。
リビングに入ると、そこには段ボールがいくつも積み重なっていた。
そして、大きめのパソコンデスクが置かれ、噛り付くように卓上の画面へ向かう二人の少女がいる。
「あれ?ヒルちゃん来てたの?」
巻いたツインテールの後ろ姿に、我が子が遊びに来ていたことを知る。
「パパー!おかえりー!」
アキラに気付き、ゴスロリ姿の蛭子は勢いよく抱き着く。
「テラから、パソコン組み立てるの手伝ってって連絡きたのー」
アキラを味わうように頬ずりして、ここにいる理由を告げる。
「そっかありがと、助かるよ」
頭を撫でてお礼を言うと、蛭子は嬉しそうに戻っていった。
設定が上手く出来ずに癇癪でも起こされたら面倒な事になる。
それを回避してくれるならありがたかった。
「それにしても、また部屋が狭くなるな」
パソコンデスク、水槽、鳥かご。
次々増える物を見て、部屋が手狭になったと感じる。
精美は父の練習相手として実家に置いてきた。
しかし、これからさらに人が増えたら、一軒家への引っ越しも考えなければならないだろう。
「まあいいや、その時がきたら考えよう」
ソファーに座って寛ぐと、隣で丸くなっている黒猫へ話しかける。
「——おい、なにか言う事あるだろ」
黒猫は起き上がり伸びをすると、普通の猫のように前脚で顔を擦る。
「お前、都合が悪くなると猫っぽくなるよな」
冷めた視線に、黒猫はバツが悪そうに言い訳した。
「……今日のあれは、勝手にテラ様の御姿を撮った向こうが悪いのよ」
「だからって、もう少し穏便なやり方があっただろうが、何のための魔法だよ」
至極まっとうな意見に、黒猫はそっぽを向く。
「……まあ、今回はお父様のことで助かったし、帳消しにしてやるよ」
何日も泊まり込みで父の相手をしてくれたことを考慮した。
「そういえば、マコトはどうなったの?」
話題が逸れたことに便乗して、試験の様子を聞く。
「無事に試験は合格したよ」
「あっそ、まあ当然よね」
鼻を鳴らして、得意げに誇る。
どうやらマコトに対して、弟子のような思い入れがあるらしい。
「それがさ、大和の守護霊ってスーくんだったんだ。久しぶりに会ったよ」
その名前で黒猫の目が見開かれる。
「スーくんってスサノオのこと!?あのクソガキがいたの?」
怒りを露わにして眉間に皺を寄せる。
「そう、数千年振りに会ったけど、テラが近くにいるって言ったら消えちゃった」
「あのガキ……今度会ったら殺してやるわ」
「いや、もう死んでるから」
憤りが収まらない黒猫は、毛を逆立てて恨みを口にする。
昔、テラを殺されたことが許せないのだろう。
主従そろって執念深いことだ。
「それと、新しい彼女が出来た」
「また!?今度はどんな人間よ」
「霊気を使う元許嫁で、剣がとっても上手なんだよね」
「ふーん、ま、どうでもいいわ」
そこまで聞いて興味を無くし、黒猫はまた丸くなる。
それにしても、さっちゃんが僕の事を好きだったとは驚いた。
アキラの記憶にある彼女は、むしろ自分を嫌っていると思っていたのだ。
幸江の剣から伝わる想いが、その誤解を切り裂いた。
あれほど綺麗な魂の持ち主が、僕の子供を産んでくれるというのだ。
ありがたくお願いしよう。
しかも、今回はちゃんと段階を踏んだという手応えもあった。
やはり、しっかりとした確認が必要なのだ。
彼女は、すぐにでも子供を産むと言ってくれていた。
だが、それは出来なくなった。
大和の新しい当主を決めるという問題が起こったのだ。
お爺様が引退を宣言し、その後継に幸江を指名したからだ。
実力こそ全ての大和において、それは自然な流れだったのだろう。
さらに幸江は、六樹衆という実力者揃いの集団を束ねていた。
そのため、大和内での派閥の力も強く、彼女を推すことに抵抗は少なかった。
聞くところによると、そのメンバーはみんな僕の顔見知りだという。
会いたがっているらしいから、近いうちに顔を出すことにした。
幸江が当主へ指名されたことにより、子作りは後回しになった。
須佐之男命の引継ぎ、各所への通達と顔見せ、大和分家の掌握。
やらなければならない事は、山のようにある。
若い当主になるので、そこらへんを怠るわけにはいかないのだろう。
当初、幸江は次期当主への指名を、僕との子作りを理由にその場で断った。
しかし、子供が生まれた時に、大和の全面的な協力があると良いのではないかと、お爺様に説得された。
結局、僕の勧めもあり、高校生のうちに大和を纏めて、それから子供を作ることにした。
たくさん産んでもらうのだ、頼れるところが多いに越したことはない。
それに、彼女の剣にはまだ先がある、あと二年もあればそこに辿り着くことが出来るだろう。
子供を作るのは、それからでも遅くないと思ったのだ。
なんにせよ、これで大和の件はひと段落した。
あとは今のところ、哲也と拓人に頼んでる三兆円と、僕の娘とのお見合いがどうなったのかが気になるくらいだ。
二人からは連絡が無いが、観光を楽しんでいるのだろう。
何かあったら連絡が来る手筈になっているから心配はない。
それに僕の娘は優しい子だから、きっと歓迎されてるに違いない。
そんなことを考えていた時、スマホが短く鳴った。
画面に表示されたのは、先週知り合った女子からの短いメッセージ。
彼女は、この一週間、アキラを何度も待ち伏せしていた。
呼び止められても、何かを言いたそうに上目遣いでこちらを見るだけで、結局なにも口にしない。
だが、先日、ついに愛の告白をされた。
しかし、アキラはそれを受けずに、父親の手伝いを優先していた。
そんな彼女からのメッセージは、異常事態を指し示すものだった。
『たすけて』
その文字は、新たなトラブルの始まりを告げていた——。




