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魔神、一条マコト

 朝日が黄色く見えた。

 マコトは気怠い身体を動かして、眠気覚ましに熱いシャワーを浴びる。


 結局、昨夜から今まで、ずっと遙と抱き合い続けてしまった。

 十八年間の想いが溢れ過ぎて制御を失ったのだ。

 

 人の温もりに触れる営みは、生きていることを確かに思い出させてくれた。

 短期間に生と死を繰り返し過ぎて、肉体よりも精神の奥底が癒しを求めていたのかもしれない。

 

 鏡に映る顔には、深い隈が刻まれていた。

 七日間まともに眠っていないのだから当然だ。

 疲労は絶え間なく押し寄せ、思考を濁らせる。

 

 アル茶さえあれば一時の回復は可能だった。

 だが昨日アキラへ、もう休むから大丈夫だと言って予備を受け取らなかったのだ。

 その事を、今は深く後悔していた。

 

 正直、今すぐ布団で眠りたい。


 大和に行く日を別日にずらせないかと思った。

 それとも、いっそ行かずに思い切り休んだ後、そのまま大和を潰してしまおうかと考える。


 疲労が思考を短絡的にしていた。


 今、全ての元凶である大和の当主に会ったら、そのまま勢いで殺してしまいそうだ。

 それほどまでに恨みは熟し、沸点は低くなっていた。


 風呂から出て着替えると、使用人が告げた。

 大和からの迎えがすでに到着していると。


 義父は、私をほんの少しも休ませる気が無いらしい。


 ——アイツ、殺そう。


 頭の奥で、殺意が静かに形を結んだ。


 朝食すら口にせず、そのまま大和の車へ乗り込む。

 後部座席には、すでに遙が待っていた。


 清楚な服を着て、先ほどまでの乱れた姿を微塵も残さず、私へと笑みを向ける。

 その艶やかな表情は、私とは対照的に生気に満ちていた。


 発車と共に、遙へ視線を向ける。

 

『……お義父さんを殺すかもしれない』

 

 運転手の手前、声にはせず、視線で伝えた。


『お望みのままに……』


 笑顔を崩さず、私に寄り添う視線を返す。

 すでに二人の心は言葉を超えて繋がっていた。


 それほどまでに深くわかり合ったのだ。

 自然と手を重ね合わせ、大和本家への到着を待った。


 

 広間へ通され、当主と重鎮たちが並ぶ中、部屋の中央へ座らされる。

 

「直にアキラも来る、少し待て」


 偉そうに告げる義理の父、大和宗真。


 昔はその存在が恐怖そのものだった。

 

 全ての者を平伏させるような威圧感。

 老いを感じさせない筋骨隆々な身体。

 見る者を震え上がらせる猛禽類のような視線。

 

 そのどれもが、私の存在を小さく感じさせた。


 だが今は、ただのいけ好かないパワハラ(ジジイ)にしか見えない。

 コイツのせいで、私は地獄すら生ぬるいような一週間を過ごしたのだ。

 

 視線に憎しみが籠る。

 

 しかし、それ以上に眠気が辛い。

 もはや一刻も早く事を終わらせて帰りたい。


 私は欠伸を我慢するために、歯を食いしばり続けていた。


 少しして、アキラが現れ、話が進みだす。


 どうやら、若い陰陽術士と鬼ごっこをして逃げきれたら助命されるらしい。

 なんてぬるい条件なんだ。

 面倒なので、今すぐ当主もろとも殺して帰ろうかと思った。

 

 だが、この若い術士に恨みはない。

 私を殺しにくるのだから、返り討ちにしても文句はないだろうとは思う。

 だが、それをやらせているのは大和の当主だ。


 そう、全ては宗真のせいなのだ。


 とりあえず、この爺の鼻を明かしてやろう。


 そして、私は彼を倒すと宣言した。

 出来る訳も無いだろうと高笑いをする爺に突き付けてやろうではないか。

 

 己の愚かさを。


 

 試験そのものは、拍子抜けするほど簡単だった。

 精美にも劣る若い術士を捕縛し、制限時間まで休んで戻るだけ。

 

 私は勘違いをしていた。

 遙を基準に陰陽術士の強さを想定していたのだ。

 

 だが、昨夜告げられた通り、遙は大和の中で最強に近い存在だった。

 つまり、後半に施された私への改造は、本来は必要なかった。


 優秀だと言われた術者の実力を観察して、その事実を確認した私は、宗真への憎しみをさらに深めた。


 何の為に魂を削られるような苦痛を耐えたのか、その理由がわからなくなる。



 広間へ戻ると、宗真が私へ許しを告げた。

 なぜか嬉しそうな視線が(しゃく)に障る。

 

 だが、これで事が終わるなら構わない。

 今の私は、一刻も早く帰って寝る事しか頭に無かった。


 この爺は、今度、ゆっくりと苦痛を刻んで殺すことを決めていた。


 だが、話はこれで終わらなかった。

 宗真の興味がアキラへ移ったのだ。


 爺の言い分は理解できた。

 

 しかし、私はアキラの父親だ。

 すでに、息子の全てを受け入れることを決めている。


 それに、ここ数日で、ニクス様からアキラとテラ様の様々な事情を聞かされていた。

 そのことで、なおさら息子に寄り添おうという思いを強めていたのだ。

 

 大体、大物ぶって、扇子をパンパン叩くのが気に喰わない。

 その鬱陶しい癖だけで万死に値するんじゃないか。

 

 ちょうど基地外呼ばわりされたので、お望み通りの狂気を見せつけ殺してしまおう。

 

 殺意を滾らせ立ち上がろうとしたが、なぜか話が逸れた。

 その結果、幸江とアキラが立ち会う事となった。


 幸江のことは、遙が決めたアキラの元婚約者だということ以外、正直よく知らない。

 アキラが倒れた際に、甲斐甲斐しく見舞いに通ってた姿を目にしたくらいだ。

 

 だが久しぶりに会って、直接見たその瞳には既視感を覚えた。


 そこには、私に似た狂気を孕む鈍い光が見える。


 それは操る太刀筋にも表れていた。

 神へ挑む為に、身を削り足掻き続けた者特有の動き。

 人を超え、神の領域へ足を踏み入れた修練の証。


 思わず感動してしまうほどの強さをみせていた。


 きっと彼女は、アキラのことが心から好きなのだろう。

 

 その太刀は、自分の事をアキラに知って欲しいと訴えているようだった。

 命を尽くして出した技は、まるで息子へ告白しているようで、観ていて思わず頬が緩んだ。


 そして、アキラもそれに気付き、彼女の想いを受け入れたようだ。


 父として、二人の姿に思わず胸が熱くなるが、クソ爺がそれを遮る。

 パワハラを全開にして喚き散らす姿は、まさに老害そのものだ。


 アキラが所用でいなくなり、その標的が私たちへと移る。

 

 ——もういい、今ここでコイツを殺そう。


 アキラから受け取ったアル茶を飲み干し、体の回復を済ませる。

 そして、溜まりに溜まった憎しみを殺意に変えて叩きつけた。

 

 私の力に驚愕し、狼狽える爺の姿が可笑しくてしょうがない。


 ——もっと、もっとだ。


 自身に宿った狂気が、仄暗い喜びを伴い体を突き動かす。

 爺の顔が歪むたびに、胸の奥で黒い蜜が滴るような甘美を感じていた。


 とことん追い詰め、止めを刺す準備を整えると、そこから宗真の最後の悪足掻きが始まった。


 神の力を借りるだけでは飽き足らず、身体を明け渡したのだ。


 その身に纏う威圧感は、確かに神を感じさせるものだった。

 

 それを見て、私が何の為にこの力を手に入れたのかを思い出す。


 ——そう、神へ挑む為だ。


 丁度良い試金石だと思った。

 持てる全てを使い、この神を殺すことを決意した。


 ヤツの咄嗟の攻撃に、防御のための影を身体に纏った。

 その状態でもダメージを受ける。


 神を名乗るだけあって、やはり強い。

 思わず心が湧きたつ。

 

 相手の強さを想定すると、おそらくは分の悪い戦いになるだろう。

 急ぎ、ニクス・スーツの為に魔力を練る。


 だが、そこへアキラが帰ってきた。


 それにより神は逃げてしまい、勝負は有耶無耶な状態で決着が付いてしまった。

 宗真もすでに死に瀕しており、止めを刺すまでもない状態だ。


 肩透かしを喰らってしまった。

 しかし、自分の信じた神に逃げられ、絶望のまま死にゆくなら十分復讐は果たされただろう。

 

 そう思っていたが、アキラが宗真を助け始める。


 内心、思う所はあったが息子が望んでいることだ。

 復讐心を抑え込み、それを静かに見守った。


 私の全てを救ってくれたのは、紛れもなくアキラなのだ。

 息子の望む事を最優先とする、それが父親として出来るせめてもの恩返しだ。


 そして遂に、私の人生でもっとも長く苦しい一週間は、終わりを告げた。

 残されたのは、自分の命と家族の笑顔、そして遙からの深い愛情。

 

 十分すぎる報いだろう。


 だが、私の前にはすでに新たな道が開かれている。

 それは、神へと挑む果てなき道だ。

 

 もはや、今まで通りの人生を歩むことはできない。

 それでも、追い続けると決めた。


 命尽きるその日まで。


 

 こうしてマコトは歩き始めた、神へと続く道を。

 やがてその名は、恐怖と畏敬をもって語られるだろう。

 “魔神”一条マコト、その誕生はここより始まったのだ——。

広告の下にある☆☆☆☆☆から、作品の率直な評価をよろしくお願いします。


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