大馬鹿野郎は神を目指す
漆黒の身体が、夜の庭園を縦横無尽に駆ける。
だが、そこに足音は存在しない。
敵の攻撃が放たれても、すでにそこには姿が無い。
気付けば相手の背後へ張り付いている。
静かに存在を消し、相手と同調して動く。
それはまさしく“影”の在り様。
暗殺者としての理想の姿。
それを体現しているのはマコト。
だが、本人の意識はその動きに付いて行けず、身体も耐えきれずに壊れ続ける。
あらゆる箇所の筋が切れ、時に心臓の鼓動が限界を迎えることもあった。
そして、空では命懸けのドッグファイトが繰り広げられる。
重力を無視するような急旋回、急加速、急停止を何度も行う。
急激な加速度により脳への酸素供給が不足し、失神を引き起こす。
内臓が重力によって押し込まれ、消化器官や心臓に負荷がかかる。
体の中を押しつぶされるような不快感が常に付きまとっていた。
だが、走り続け、飛び続ける。
それらを操作してるのはニクスだった。
マコトが着ている黒いスーツ。
そこからコードのように細い影がどこまでも伸び、ニクスの手元へと繋がっている。
それはまるで舞台裏の人形遣い。
マコトの意思とは無関係に操られ、死と再生の舞を踊らされていた。
それにより、本来出来ない動きを無理矢理こなしているのだ。
マコトが壊れると、影のコードを伝って回復が成される。
その姿はまさに不死身の戦士と化していた。
だが、その人の尊厳を無視したような方法は、確実にマコトを進化へと導く。
理想の動きを脳と身体に直接刷り込み、自分で再現できるまで何度でもやらせる。
繰り返される死への恐怖と痛み、そして生き残る意志と覚悟。
それらがマコトのチャクラを増やし、動きの再現率を高めていく。
アル茶による筋肉の即時強化も加わり、マコトは飛躍的に戦闘力を向上させていった。
朝日が昇り、庭園を照らす。
手入れの行き届いていた庭は、原型を留めていないほど悲惨な有様を見せていた。
だが、建物には傷ひとつ付いていない。
事前にアキラが屋敷を取り囲むように結界を張り、周囲へ被害がいかないようにしていたからだ。
防音防振も兼ねた結界は、この庭園の惨状を近所に気付かせることは無かった。
そして、使用人たちはマナで意識を誘導し、庭園の方には立ち入らせないようにしていた。
「まだやるのぉ?もう飽きちゃったんだけどぉ」
半日以上戦い続けたアストレアが愚痴りだした。
「このアストラヴィアは、主様の命を全うする為、いくらでもお付き合いしましょうぞ!」
それに対し、アストラヴィアは忠誠を誇示するように声を張る。
「そうね、そろそろアルが来る頃だけど」
ニクスがそう口にすると、丁度そこへアキラがやってきた。
「おはようございますお父様、調子はどうですか?」
爽やかな笑みを見せながら、マコトの様子を窺う。
「……なんとか、辿り着けたと思う」
黄金のバイザーが朝日に煌めき、マコトは静かに応えた。
マスクの下から発せられたその声は、自信に満ちた落ち着きを帯びている。
「というか、そのスーツかっこいいですね!」
アキラは、キラキラした眼差しで、ニクスが作ったスーツへと興味を見せた。
「……ニクス様が私の為に作って下さったのだ」
すでに皮膚のように馴染んだそれを、誇るように見せた。
「前は死体をたくさん動かすために使っていたけど、この使い方も良いですね」
アキラがなんだか物騒なことを口にしながら、まじまじと眺めている。
「それでは手合わせいたしましょう」
自然体に構え、マコトを誘う。
その場にいた使徒たちは、それを見守っていた。
「——素晴らしい成長ですね」
アキラは空中でマコトの突撃を片手で止めて伝えた。
「これならきっと大丈夫じゃないですか?」
そのままゆっくりと地上へ降り立つ。
マコトもそれに続いて降下する。
すでにニクスの操作補助は無くなっていた。
強制操作で覚えた動きを、自身の力のみでかなり再現出来るようになったのだ。
「……私もそう思う、今なら遙にも勝てそうだ」
気負いもなく、冷静に自分の強さを告げた。
「ちなみにそのスーツ、自分で作れるようになりたいですか?」
「今のままだと脱いだら消えてしまいますが」
それは禁断の選択。
マコトにはわかっていた、YESと言えば地獄の改造が待っていることを。
だが、すでにスーツへ対し、愛着や一体感も湧いていた。
なにより防御性能が高く、大抵の攻撃は無効化してくれる。
そして、ニクス様が自分の為に考案して下さった物だ。
それを一夜限りの消耗品として消失させてしまうのは、申し訳なさを覚える。
しかし、それは表面的な理由にすぎなかった。
「……お願いできるか?」
表情を変えずに告げる。
我ながら、痛みや死に対しての忌避感が薄くなったと思う。
昨日までの私なら、躊躇し断っただろう。
自分の価値観が大きく変わってしまった。
今の私が、心の奥から叫ぶ望み。
——それは強さへの渇望。
私はいつの間にか、強くなれる為なら悪魔に魂を売り渡しても良いとさえ思っていた。
九星の使徒という神のような存在。
その力を目の当たりにして、それを追ってみたいという願いが生まれてしまった。
人が神へと挑む所業。
その欲望の先は、きっと破滅が待っているだろう。
太陽へ向かい飛び続け、翼を溶かされたイカロスのように、きっと悲惨な最期を遂げる。
だが、きっと自分は狂ってしまったのだ。
遙へ対する想いと同じくらい、今は強さを心から欲していた。
「やっぱり親子ですね、僕もそんな目をしていた時期がありました」
アキラは私の瞳の奥に潜む狂気を見透かし、嬉しそうに微笑んで髪を掻き上げる。
「それでは、スーツの生成を可能にするため、魔術神経を取り付けますね」
「今のお父様なら、きっと耐えてくれると信じています」
その言葉を受け、私は力強く頷いた。
だが、使徒様たちが、アキラの後ろでやめておけと首を振っている。
それに気付き、瞬時に覚悟が揺れて中止を訴えた。
「やはりちょっとま——」
「はじめます」
アキラの声が、地獄の窯を開ける音のように響いた。
『大馬鹿野郎』
辞書でこの言葉を引いたら“一条マコト”と出てくるだろう。
なぜあの時、迂闊にもお願いなどしてしまった。
きっと調子に乗っていたのだ。
人を千人殺し、自分が一万回殺され、その結果、神の領域へ足を踏み入れた。
それらの経験による自信が、あの時の私を頷かせた。
今はそんな自分を百万回殺したいほど憎んでいる。
それほどまでに、その苦痛は想像を絶するものだった。
脳に繋げられた魔術神経がゆっくりと全身へ張り巡らされていく。
たった1ミリ伸びるだけで、脳を焼かれるような痛みに泡を拭き、絶叫を続ける。
全身を拘束されていなかったら、どんな手段を使ってでも自死していただろう。
合間で行われた体内への毒袋の生成や、爪の張り替え、肋骨の総取り換えなど。
それらが休憩時間に思えるくらいの痛み。
点滴のようにアル茶を摂取させられていなかったら、とっくに精神が崩壊していただろう。
むしろそうならない事が、地獄を長引かせていたともいえる。
なぜこんな生き地獄を味合わなければならないのか。
少しでも気を紛らわすようにその原点を必死に思い出す。
——大和だ。
自分自身への憎しみは、責任転嫁を経て大和への憎しみへと変わっていった。
——殺す。
今の状況を作り出した大和家当主への殺意が、苦痛を塗り潰すように耐えさせていた。
朝に始まった改造は、日が暮れるころようやく終わりを告げる。
そして、誕生した。
神みずからの手で造られ、人の限界を踏み越えた存在。
『魔人・一条マコト』が——。
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