思いやりのある死刑宣告
六日目。
閑静な住宅街に轟音が鳴り響く。
地面が抉れ、土煙が立ち昇る。
私は泥にまみれながら、まるで空襲のような水の爆撃を浴びていた。
「ヒャハハハハァ!まだまだいくわよぉ!」
嗜虐的な笑みを浮かべて攻撃を繰り返すのは、人外の美しさを誇る女性。
「ほらぁ、ほらぁ、ほらあぁ!」
再び水で出来た塊が多数、私へ向け爆弾のように降ってくる。
水塊が爆弾のように降り注ぐ。
私は猫科の獣のように変質した両脚で跳び、かわし続ける。
だが、そこへ容赦のない追撃が降り注ぎ、避けきれず直撃を喰らい吹き飛んだ。
肋骨が二本折れたのを自覚するが、それでも攻撃は止まない。
「まだ動けるでしょぉ、がんばってぇ」
彼女は嬉しそうに氷の刃を作り出し、それを容赦なく何枚も飛ばす。
咄嗟に背の翼を広げ、上空へと舞い上がる。
だが、そこには既に待ち構える影があった。
「ようこそ!このアストラヴィアの主戦場である天空へ!」
「ですが、迂闊に逃避されると辛酸を舐めますゆえ、お気を付けください」
周囲に響くようなテノールの声が、嗜めるように告げられる。
次の瞬間、小さな竜巻が私の体をねじるように拘束し、男から蹴りが放たれ地面に落とされた。
「アンタたち、ちょっと休憩しなさい」
動かなくなった私を見て、ニクス様が二人を制した。
「あらぁ、いいところだったのにぃ、まぁ、それならお寿司食べてくるわぁ」
「でしたら、このアストラヴィアもご相伴に預かりましょう」
声の主はニクス様と同じ、九星の使徒である二人。
一人は、世界一の女優と名高い、ヴェネリス・アストレア。
そしてもう一人は、無駄に声が良い背の高い男性。
痩せすぎず鍛えすぎず、しなやかな長身。
その姿は立っているだけで舞台に立つ俳優のような存在感を放っていた。
片手をポケットに突っ込み、もう片方の手で髪をかき上げる仕草が板についている。
彫りの深い顔立ちに、少し垂れた色気のあるの碧眼。
口元には常に自信に満ちた笑みを浮かべ、相手を挑発するような視線を送る。
無精髭をわざと整えず残しており、洗練と野性味を同居させている。
黒に近い栗色の髪はウェーブがかかり、後ろで結ばれ背に垂れていた。
前髪を長く無造作に残した髪型が、自然な色気を演出している。
服装は、白の仕立ての良いスーツに、真紅のシャツを合わせていた。
ネクタイはせず、ボタンを開け、胸元を覗かせている。
足元には光沢のある革靴を素足で履いてた。
言葉で表すなら、二枚目俳優と伊達男を掛け合わせたような存在。
アキラが連れてきた小鳥が、人の身体へと変身した姿。
天王星のアストラヴィア。
その身に纏う空気は、戦場ですら舞台に変えてしまうほどの色気と華やかさを持っていた。
「アンタ、生きてる?」
地面に衝突した私を、ニクス様が声を掛け確認してくださる。
そう聞かれるくらい何度も死んでいたのだ。
「……な、なんとか生きております」
全身に骨折の痛みを抱えながらも、意識だけは辛うじて繋ぎとめていた。
彼女はため息をつき、私の傍らに膝をつく。
「いちいち治す方の身にもなってほしいもんね、めんどくさい」
口ではボヤキながらも、毎回すぐに蘇生や回復をしていただける。
——心根が優しいのだ。
今も私の疲労限界を見極めて、わざわざ休憩を取って下さった。
その御心遣いに、どれほど感謝してもしきれない。
「んで、まだ慣れないの?」
新しい機能の馴染み具合を問われ、私は苦笑する。
「……ええ、なにせ今までの体と全く違うので」
前回、アキラによる改造は、私をさらに異形へと変えた。
両足は、ネコ科の動物のように形状を変え、踵が伸び、脛と同じくらいの長さとなっている。
前より瞬発力が上がり、一瞬の動きは格段に早くなったのだが、それに振り回されていた。
そして背中には、蝙蝠の様な羽を生やせるようになった。
これは、アキラの持っていた特殊な布を改造して、肩甲骨へ埋め込まれた物。
それにより空中を飛ぶ事が出来るのだが、もともと飛行能力が無かったので感覚が掴めない。
あと、舌が伸び、カメレオンのように相手を絡め捕ることが出来るようになった。
これで、ニクス様の影による捕縛を疑似的に行うことが可能となる。
だが、ある程度近寄らなくては効果が発揮できない。
一番役に立っているのは、新たに強化された目だった。
チャクラと連動して、視覚が強化されたのだ。
それにより、動体視力が格段に上がった。
そして、体中に眼球のような球を多数埋め込まれたのだ。
これは、錬成術で作られた、目の役割を持った義眼らしい。
それぞれ、特殊な効果があるらしいが、今のところ使いこなせていなかった。
チャクラの渦ひとつに付き、一個の球が作動する。
つまり、今は両目とは別の視界があった。
チャクラの渦が増えれば、使える球も増えていくらしい。
今のところ、首の後ろにある球が開いている。
そのおかげで、ほぼ全方向の攻撃を把握出来るようにはなっていた。
だが、それらの新機能も、新しく用意された二人に対しては、まるで役に立たなかった。
アストレア様と、アストラヴィア様。
九星の使徒と呼ばれる神の様な存在。
魔力という力を操り、天変地異を自在に起こす。
私が知る限り、アストレア様は水と氷、アストラヴィア様は風と雷を自在に操る。
それらの力は、もはや人が立ち入って良い領域ではなかった。
だが、チャクラを開き数々の異能を手に入れた私は、その場所で戦う資格を得た。
つまり、遙のような超人的な能力を持つ陰陽師と、互角に戦うための力を手に入れたのだ。
——希望が見えた。
あとはそれらを鍛えるのみ。
「いちおう、すぐに馴染ませる方法はあるけど」
アル茶を飲みながら瞳に覚悟を宿した私へ、ニクス様がおっしゃった。
「……お願いします」
何も聞かずに即答する。
もはや躊躇などしていられない、そんな時期はとっくに過ぎている。
今は既に土曜日へと日付が変わっていた。
つまり、実質あと一日しか猶予は無いのだ。
「そう言うと思ったわ……簡単に説明するわよ」
呆れながらも望みを聞いて下さる。
私は、この御方に何度助けて頂いているのだろう。
「アンタの体、アタシが動かす」
そう告げて腕をこちらに向けると、私の体が黒く染まっていった。
全身が黒いタイツで覆われて、頭にはバイザーの付いたヘルメットが被されていた。
体の各所を守るように鎧の様なカバーが付けられている。
気になって、庭園の池に自身の姿を映して眺めた。
するとそこには、猫をモチーフにした変身ヒーローのような姿があった。
「衝撃をある程度防げるようにはしたわ」
「だけど、確実に何度か死ぬわよ……いいのね?」
それは優しい死刑宣告。
ニクス様から告げられたそれを、私はゆっくりと頷き、覚悟をもって受け入れた——。




